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第540話 平穏な世界

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『それじゃあ先駆けは自分が行きましょうかね。』

 そう言い放ったヒョウのエヴォルヴが突如凍り始めた。周囲の大気すらも凍りつかせる。それはまるで絶対零度を操るミスティルティアのようである。

『女王様ほどの冷気は使えないけど、その分神力は注ぎ込んだよ。満足いくまで味わってね。』

 ヒョウから溢れ出た絶対零度の風が簒奪者へと襲い掛かる。大気すらも凍りつかせる冷気によって簒奪者の表皮は白く凍りついていく。だがこれといったダメージはない。しかし凍ったことで硬化された表皮は脆そうに見える。そしてそれを見逃すはずがない。

『ケン!合わせて!』

『もち!』

 剣を持つユウと刀を持つケンが呼吸を合わせて簒奪者へと襲い掛かる。それに対応しようとする簒奪者だが、凍えているせいで動きが遅くなっている。

『英雄たちよ。そしてアレクリアル様。その力をお借りします。大英雄黒騎士の奥義…黒剣!』

『イッシンほど早くはないけど今できる限りの居合い見せるよ。』

 黒騎士どころかアレクリアルの行う奥義黒剣ほどの恐ろしさも破壊力もない。イッシンには遠く及ばない居合術。しかしそれであっても神力を注ぎ込んだこの一撃は、表皮を凍らされた簒奪者には大きなダメージになった。

 この一撃で数万もの魂が解放された簒奪者は怒りに任せて暴れ始める。そして瞬く間にユウとケンを踏み潰し、その背後の使い魔たちを薙ぎ払う。本気で怒らせた簒奪者は誰にも止められない。

「消え去れ!」「我を本気にさせた罰だ!」「すべて終わらせてやる!」

『楽しんでいるところ悪いけど、準備できたから派手にぶっ飛んでくれるかい?』

『行くよマリン!』

『オッケーウミ!』

『『海神の一撃!!』』

 巨大な水の渦を纏いながら巨大なトライデントが高速回転しながら簒奪者の身体の中心に突き刺さった。その破壊力に簒奪者の巨体が後退することになる。

 簒奪者の巨体を動かすほどの一撃だ。しかしそのため時間を作るために多くの使い魔を犠牲にした。この調子でいけば勝つのは簒奪者だ。だが簒奪者の視界が歪んで行き、先ほどまでの光景が消え去った。

「待て…」「なぜお前たちが生きている?」「それ破壊したお前たちの残骸が消えている」

『おやおや、良い夢が見れたようで何よりだよ。戦闘能力は皆無だけど、こういったのは得意なんだ。』

 先ほどの簒奪者の快進撃は全て夢幻であった。そしてそれを見せていたのはヨウ。ヴァルドールのような攻撃力はないが、ヴァルドールの神夢としての幻影魔法を得意とする。そして幻影魔法で惑わされていた簒奪者の身体に木の根がまとわりつく。

「これは世界樹の根か!」「ふざけるな」「神であるこの身がこの程度の根で…」

『世界樹…神力の塊……地上における…代行神…』

『世界樹は元の神が地上に遣わせた代行神。神力だけで言えば十分対抗できる。そして私の妖精魔法も世界樹によって強化される。』

 ドルイドと名無しにより世界樹魔法と妖精魔法の合わせ技をくらい動きを封じられる簒奪者。さらに体にまとわりつく世界樹の根が徐々に徐々に魂を解放して行く。

「この程度で神を封じられると思うな」「すぐにでも振り払ってお前たちを殺してやる」

『怖いこと言うよね。やだやだ……まあこっちも準備できたから今から振り払っても遅いよ。それじゃあ白之拾壱も始めるよ。』

『りょ、了解ですムーンさん。…大役だなぁ……』

 ムーンにより簒奪者の周囲に無数の魔法陣が形成された。それはまさにナイトの得意とする設置型魔法陣だ。さらにその魔法陣に追加の魔法術式を白之拾壱が追加して行く。

『術式追加完了しました。』

『極大魔法“天災”。天の神がその身に受けるなんてなんて言う皮肉だろうね。』

 ムーンはかったるそうに魔法を発動させる。本来ムーン一人ではさすがに行使できない魔法も白之拾壱と共同でやることで行使できる。全使い魔の中でムーンの次に魔法に精通しているのが、神魔の元で魔法を見続けてきた白之拾壱だ。

 簒奪者を覆うように展開された数百もの魔法術式から放たれる攻撃の一つ一つはそこまで脅威ではない。しかしこの魔法の考案者はナイトだ。全ての魔法が他の魔法と相乗効果により数倍にも威力が膨れ上がる。

 破壊の嵐が簒奪者を襲う。爆風で簒奪者自体は見えないが、解放されていく魂を見ることでその威力を測ることができる。

『十分仕事は果たしたかな?たださすがに魔力空っぽだから一旦下がるよ。』

『了解です。僕も一旦下がりますね。この魔法威力はあるけど、魔力持ちませんよ。』

『ナイトも普段は圧縮魔法の中に魔力ごと溜め込んでいるからね。連発するような魔法じゃないよ。今やつは無防備になっているから追撃よろしくね。』

『了解しました。弓兵部隊、城塞部隊、魔法砲撃部隊、あと遠距離攻撃できるやつらは全員追撃を開始せよ!』

 使い魔の号令のもと再び攻撃が始まる。簒奪者もかなりのダメージを受けているのか防御魔法を使っているそぶりが見られない。使い魔たちはここぞとばかりに追撃をしていく。

 簒奪者からどんどん魂が解放されていく。このまま押し切れそうな勢いだ。だがその時、遠方からじっと簒奪者を監視しようとしている使い魔エンは爆風の隙間から見えた簒奪者の姿に違和感を覚えた。

『何か…溜め込んでいる?確証はないけど嫌な予感がする。ボス!なんかやばそう!!』

「さすがにそんな簡単にやらせてもらえないよな。ガーディアンの防御…いや、多分足りないな。だが何をする気だ?」

 ミチナガも何かあるのは感じ取っていた。しかしそれが何かはわからない。そしてそれは唐突に訪れた。

 真っ白な世界が黒く染めあがっていく。光を飲み込み、全てを覆う闇の空間。そして世界が崩壊を始めた。まるで砂のように崩れていく世界。そんな世界の崩壊からミチナガたちは逃れることができなかった。

 そして何もない無の空間。そこに突如巨大な白い空間が現れた。その中心には簒奪者の姿がある。

『やれやれ…』『まさかワールドエンドと』『ワールドクリエイトを使わされるとはな』『だがこれで全て片付いた』

 簒奪者はミチナガたちに対応するために先ほどまでの神の世界そのものを消し去り、新たに神の世界を創造したのだ。

 神を手に入れた簒奪者だからこそ使える奥義。たとえ神魔であっても使うことは叶わない神の真の力。これにより簒奪者は再び平穏を取り戻した。
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