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第395話 聖鞭vs天騎士3

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「よくも…よくもやってくれたなガリウス!!」

「貴様にも人の心があったのだなゲゼフ。貴様の行動から考えれば驚きでしかない。」

 ゲゼフは歯を嚙み鳴らしながらその手に持つ鞭を勢いよく振るった。まっすぐに伸びる鞭を前にガリウスは鞭の射程よりも大きく離れる。そして先ほどまでガリウスが立っていた位置で鞭の先端がバチリと音を立て、周囲に衝撃波を放った。その衝撃波の力は触れていない地面を弾き飛ばすほどだ。

 鞭の攻撃の中で最も威力がある部分は鞭が最大まで伸びた際の先端だ。鞭は引き戻すことで先端が音速を超え空気を叩く音がする。あの先端に当たれば肉はえぐられることだろう。ましてやそれが魔帝クラスの、聖人と呼ばれる法国の最高戦力の一人のものならばガリウスの鎧であっても一撃で穿つことだろう。

 ガリウスとしては本来、盾で身を守りながら突き進むのが最善だ。だが盾は先ほど投げ飛ばしてしまい、現在はゲゼフの近くに転がっている。回収は実に困難であろう。かといってランスで鞭をはたき落としながら突き進むのも手数が足りず、あまりにも不利だ。

 しかしそれでも覚悟を決めなくてはならない。ガリウスは全神経を集中させ、ゲゼフに突撃しようとする。だがその時、ガリウスは目の前の光景がわずかに歪むのを感じ取った。その歪みは徐々に大きくなり、あまりのことにその場に足をついた。

「これはまさか…毒か……」

「常人なら即死する毒だが、魔帝クラスにもなると目が回る程度で済むだろう。だがそれはこの戦いにおいてあまりにも致命的だ。」

 ガリウスはぼやける視界の中ゲゼフの息子が使用していたレイピアに目を向けた。どうやらこのレイピアは敵に突き刺さると毒が流れる仕組みだったらしい。

 もしかしたらかつてダンジョンから出土したダンジョンアイテムだったのかもしれない。そうでなければ魔帝クラスの魔力による自然回復及び毒耐性をこんな簡単に打ち破れるはずがない。

 ガリウスは立ち上がるが、離れた位置にいるゲゼフの姿を捉えることができなくなっていた。この毒を解毒することはガリウスの魔力では無理らしい。

 ゲゼフの息子のレイピアの突きはあまりにも軽かったが、こういう理由があったのならば納得だ。一撃の破壊力はこの毒が賄ってくれる。このレイピアの突きを一撃でも当てれば良いのだから破壊力も何も必要ない。

 ガリウスは足止めのために一撃受けたことを後悔した。しかし一撃受けなければこの1対1の状況は生まれなかっただろう。だが結局こんな状況に陥るのであれば足止めした意味はなかったかもしれない。

 そんな状態でも立ち上がりふらつくガリウスにゲゼフの鞭が襲いかかる。今のガリウスでは避ける術がない。万事休すと思われたその戦いに黒鉄の騎士、エヴォルヴが割り込んだ。そのエヴォルヴはその手に持つ大盾で鞭の軌道をずらし、ガリウスを守った。

『元は2対1……卑怯とは言うまいな。』

「ふん…魔王クラスにも至れぬ魔力量で何ができる。」

 間に入ったのは使い魔のガーディアンが搭乗したエヴォルヴだ。ガーディアンはミチナガ側の戦場で戦っていたはずだが、よく見れば他にも数体の使い魔たちが到着している。だが未だこの敵本陣とミチナガ側のエヴォルヴたちの間には数多くの敵兵がいる。

 実は敵本陣の守りが弱くなっていたのを察知し、念のために使い魔たちが無理やり増援として向かっていたのだ。しかしエヴォルヴに搭乗したままでは突破するのは困難であった。そのため使い魔の状態で敵の足元をすり抜けて必死に駆けたのだ。

 そんな決死隊に挑んだのは2000人の使い魔だ。しかし結果としてこの敵本陣までたどり着いたのは30にも満たない。道中で踏みつぶされたり、敵に気がつかれて斬り殺されるものがほとんどであった。はっきりいって30では物の数には入らないだろう。

 しかしそれでも防御能力に特化したガーディアンがここまでたどり着いたのは運が良かった。他の使い魔たちでは今のゲゼフの一撃でエヴォルヴごと破壊されていただろう。

『準備を……短期決戦に持ち込む…突撃する……後ろに…』

「ああ、頼んだ。」

 ガリウスは空いている手でエヴォルヴを掴む。そしてガーディアンはガリウスが掴んだのを確認してそのままゲゼフめがけて歩みを進める。

「お前ごときがここまでたどり着けると思うなよ。」

 ゲゼフは鞭による連打を繰り出した。その一撃一撃はたとえ魔帝クラスであっても肉がえぐれる威力だろう。だがガーディアンはそれを全て防いで見せた。これには流石のゲゼフも驚いた。

 鞭は先端が伸びきった状態が最も威力が高い。だからガーディアンは鞭がぶつかる瞬間にあえて前に出ることでその威力を殺しているのだ。しかしそれでも本来はガーディアンごときでは防ぐことのできない威力のはずだ。

「この鞭の一撃を受けて耐えられるとは…その大盾、よほどの業物だな。持つものが持てば魔神の一撃ですら耐えられるだろう。そんなものを惜しげも無く使うとはな。」

 ゲゼフの言う通りこの大盾は世界最高の錬金術師トウが造った特殊合金と世界最高の鍛治師グスタフが腕によりをかけた逸品だ。使い魔たちの実験ではこの大盾に擦り傷を作るのがやっとの代物であった。

 しかしその大盾もゲゼフの鞭による攻撃の前に徐々に歪み始めている。さらにゲゼフに近づいていくとその歪みは凹みに変わり、外側から徐々に破損していった。じきにこの大盾は完全に破壊される。だが破壊されるその時までガーディアンは歩みを止めない。

 だがゲゼフはある程度近づいたその時を狙っていた。鞭の軌道を変え、ガーディアンの大盾を避けてその背後にいるガリウスを直接狙ったのだ。とっさのことにガーディアンも大盾を動かすのが間に合わない。だがギリギリ片手を大盾から離してその腕を犠牲にして無理やり鞭の軌道を変えた。

 片腕を失い大盾を掴む力が弱まったガーディアンは苦し紛れの突撃を敢行する。勢いよく突撃するガーディアンだが、一瞬にして大盾もろともエヴォルヴの機体が全損する。先ほどまで守れていたのは歩きながら鞭のヒットするタイミングと調整していたからだ。突撃すればそれができずに一瞬にして破壊される。

 そしてゲゼフはガーディアンの背後に隠れていたガリウスに鞭を繰り出す。毒に侵されたガリウスでは為すすべもない。鞭は破壊され散らばるエヴォルヴの機体の隙間をくぐり抜けガリウスへと近づき、そして弾かれた。

「何!」

「油断したなゲゼフ!!」

 ゲゼフの鞭を弾いたのはガリウスの持つ盾だ。しかしガリウスの本来の盾はまだ地面に転がっている。今ガリウスが持つ盾はガーディアンがゲゼフとガリウスの間に立った時に秘密裏に渡しておいたものだ。

 ガリウスはそのまま一直線にゲゼフへと駆け寄る。ゲゼフはすぐに鞭を引き戻し次なる攻撃を繰り出そうとするが、ガリウスはエヴォルヴの破片を足で蹴りとばしてゲゼフの妨害をする。

 とっさに破片を払いのけるゲゼフ。この程度の妨害ならばそこまで問題ではない。しかし毒に侵されているはずのガリウスはゲゼフの想像以上の速度で行動している。

 ここまで間を詰められたらゲゼフとしても相打ち覚悟の一撃を放つしかない。ゲゼフは鞭に渾身の魔力を込める。そしてガリウスをその両目で見据えた時、突如視界が覆われた。

「何が!」

『ガーディアン・2対1はまだ続いている…』

 ゲゼフの頭部にガーディアンが張り付き視界を奪った。エヴォルヴは破壊されてしまったのかもしれないが、搭乗していたガーディアンまでやられたわけではない。先ほどガリウスが蹴り上げたエヴォルヴの破片に張り付いていたガーディアンがゲゼフの視界外から妨害してきたのだ。

 視界を奪われたゲゼフは瞬時にガーディアンを引き剥がす。しかし再び視界が戻った時にはガリウスはランスによる突きを放っていた。そしてその突きはゲゼフの心臓を正確にうがった。

「貴様らぁぁぁぁぁ!!!」

「天よ、かの者を縛りたまへ。天法、神縛り。」

 心臓を潰されたゲゼフはすぐさま反撃に出ようとする。魔帝クラスが魔力を用いればたとえ心臓が潰されていても生命維持することは可能だ。しかしそんなゲゼフに対し、ガリウスは呪縛術を行使する。

 てっきり使い魔たちはすぐさま始末すると思っていたのだが、ガリウスは冷静さを取り戻し、殺すよりも捕らえた方が利になると考えたのだ。本来魔帝クラスを捕らえるなどかなり困難なのだが、ガリウスのランスはそれを可能にした。

 ガリウスの持つ鎧、盾、ランスの3つは全て9大ダンジョン出土の装備だ。そしてランスは封印能力に特化した武器だ。敵の心臓に突き刺せば敵が息絶えるか、ランスが心臓から引き抜かれるまで敵の魔力と五体の動きを止めることができる。

 本来の使用目的は討伐困難な強力なモンスターを封じ込めるためのものだ。法国にはこのガリウスの所持する天騎士装備の逸話がいくつか残っている。そしてそんな伝説の装備を持ってして封印されたゲゼフはなすすべなく肉体を封印された。

「貴様…ガリウス……なぜ動ける…毒は…」

「ふむ…どうやら問題なく解毒されているようだな。彼らから盾と共に解毒薬も貰ってな。この通り何の問題もない。ゲゼフ、お前は油断したのだ。彼らは確かに魔王クラスにも至れぬほどの弱者かもしれないが、彼らの主人は魔帝クラスの中でもトップの商人だ。その影響力はお前すら上回るぞ。」

 ガーディアンはガリウスに盾と共に世界樹製の解毒薬も渡していた。ゲゼフの息子が使用していたレイピアの毒の成分はわからないが、世界樹ならば問答無用で解毒できる。つまりガーディアンの功績はガリウスをゲゼフの元まで近づけさせることと、ガリウスが解毒できるまでの時間稼ぎの二つであった。

 そんなガーディアンはゲゼフに投げ飛ばされた先からゆっくりと戻ってきた。その手には何やら魔道具やら薬品が握られている。

「さてゲゼフ、時間がないので手短に済まさせてもらおう。お前たちの作戦の全てを洗いざらい全て吐いてもらうぞ。いかなる拷問訓練をこなしたお前でも魔帝クラスの財力を持った商人の所有する薬品や魔道具に耐えられるかな?」

 ゲゼフは自身の周囲に集まりだす使い魔たちに恐怖した。その使い魔たちはそれぞれが別々の薬品や魔道具を握っていた。そしてその魔道具から溢れ出すただならぬ気配はゲゼフにとってこの世のものとは思えぬ恐怖であった。

『ガーディアン・相手は法国の聖人…最初から全力でいかせてもらおう。』

「た、助け…」

 使い魔たちによる拷問が始まる。そして法国の作戦の全てを知ることになる。

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