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第371話 洗脳を止めるために

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 悲鳴が上がる。街では人々が大混乱を起こしながら必死に戦い続けていた。この世界に住む者達ならば多少の自衛の術は持っている。しかしそれが混乱をさらに加速させた。敵となった者達は自分たちと同じようにこの国に暮らしていた者達。服装も見た目も敵に統一性はない。

 だから戦う相手は武器を持って襲いかかってくる者達というふうに考えるしかない。しかし自衛のために武器を持つ者達も多い。だからぱっと見では誰が敵で誰が味方なのかよくわからないのだ。鎮圧に動いている兵士たちも敵か味方か判別しながら動くため、迅速な鎮圧ができない。

 とりあえず取り押さえながら一人一人質疑応答を繰り返し、敵味方を判別する。基本的に敵になった者達は捕らえるのが原則だが、甘いことは言っていられない。やらなければやられることの方が多い現状では敵とみなしてその場で殺すこともいとわない。

 おそらく兵士達が殺したものの中にはただの民間人もいるだろう。何の罪のない人だっているかもしれない。しかし今はそこまで考える余裕がない。洗脳されたもの達の中には街に火をつけるものもいる。鎮圧と同時に消火活動もしなくてはならないのだ。

 そんな騒動が起きている場所の屋根の上では使い魔達が情報収集に当たっている。誰が敵で誰が味方かを観察によって確かめているのだ。その情報を兵士たちに知らせている。この使い魔達のおかげで民間人の死者は多少なりとも減っているはずだ。

『デルタ457・あの辺りは全員味方。あの2人は敵。兵士が来た。ペイント弾発射!』

「おい!あの2人は色がついた!確保しろ!!」

 殺傷能力のないペイント弾を敵と判別したものに付着させることで迅速な情報共有ができた。そして使い魔達が得た敵の情報をマザーが集約し、そこからいくつかの情報を得ることができた。

マザー『“敵の行動にいくつかの目的が見られました。食料や物資を買い集めていた貴族の館へ向かうもの。それから街を出ようとするものがいます。兵士たちを誘導してください。”』

ガンマ326『“了解。”』

 使い魔のマザーは今もスマホの中で大勢の使い魔達から寄せられる情報を整理し、そこからいくつかの結論を用意していく。これにより、よりよく兵を運用することができる。しかし英雄の国は良いとして、問題なのはそれ以外の国々だ。

 英雄の国の属国でも同じような騒ぎが起きているが、対応しきれていない。特に使い魔達がいない国ではかなりの被害が出ている。その国の兵士たちも誰が味方で、誰か敵か分からない状況で混乱を起こし、関係ない民間人を大勢殺している。

 アンドリュー自然保護連合同盟の同盟国でも同様の被害が出ている。ただこちらの被害はかなり少ない。それは兵士が迅速に動いたというよりも洗脳されたものの数が少ないからだ。法国関連の建物や怪しげな建物はダエーワ掃討の際に破壊されている。つまり洗脳のための鐘自体がないのだ。

 ただそれでも少なからず被害があるのは街中で急にハンドベルを鳴らしたものがいるからだ。そのハンドベルは洗脳のための鐘と同じ役割を果たしていた。しかしハンドベルという小ささのせいで効果範囲が非常に狭い。ハンドベルの半径30mほどの効果範囲しかないため、多くを洗脳するのには時間がかかった。

 そして事前に英雄の国で鐘が洗脳のために必要という情報を得ていたため、ハンドベルを扱っているものを素早く処理できた。このおかげでアンドリュー自然保護連合同盟全体での洗脳の被害は千数百人といったところだろう。

 ただ同盟に入っていない国についてはまるで分からない。おそらくだが大惨事になっていることだろう。下手をすればこれだけでいくつかの国は滅びるかもしれない。そして特に恐ろしいのが火の国だ。火の国は今も戦火が絶えない。洗脳で暴れ出したもの達がいれば被害はさらに広がる。

 ただそんな中、火の国でもほぼ被害のない国がある。マクベスの治めるシェイクス国だ。法国を極度に敵視しているため、使い魔達が情報を送る前にベルを鳴らそうとした怪しげなもの達を取り押さえたのだ。

 これによる洗脳の被害はわずかに数人。しかも洗脳されたもの達もすぐに取り押さえたので被害はゼロだ。そしてこのシェイクス国での迅速な行動により、洗脳のために必要な最後のピースを見つけることができた。

「洗脳されたとするもの達は全員麻薬中毒者でした。しかも重度の中毒者で、今も治療中でした。逆に治療できたとされるもの達の洗脳被害はありません。そしてただの麻薬中毒ではなく…ダエーワが供給していた特殊麻薬です。それ以外の麻薬中毒者が1人だけハンドベルの音を聞きましたが被害なしです。」

『ヘカテ・治療していたもの達は全員うちで特別に用意した世界樹の治療薬を使用した者達だね。洗脳されたもの達は世界樹の治療薬で元に戻せると思う。ただ、今洗脳されたもの達に使ったけど即効性はない。多分世界樹の薬を使用して麻薬中毒を治した時と同じくらいかかると思う。微量の中毒なら数日。重度の場合は数ヶ月。速攻で治療したいなら世界樹魔法を使うとかじゃないと厳しいと思うよ。』

 マクベスとヘカテの出した結論はまだ確証はない。数件ある実例から出された推論だ。しかしこの現状では唯一の光明だ。それに現状で洗脳されたもの達を調べると法国の信者以外にスラムや裏社会のもの達が洗脳されていることがわかった。

『社畜・重度の麻薬中毒者の脳の萎縮はよくある話である。ダエーワの特殊麻薬には脳を変質させる効果があると仮定するのである。そう考えればダエーワの特殊麻薬とあの鐘の音の二つで脳を変質させ洗脳…というよりも脳を作り変えるという答えが導き出せるのである。』

『ヤク・各国でも麻薬中毒者の問題には頭を抱えていたので、ミチナガ商会で内密に世界樹から作成した薬を麻薬中毒者に使用しました。これにより大幅な中毒者の減少に成功しております。ただそれでも今後もゲリラ的にハンドベルを用いた洗脳をされると被害は増す一方でしょう。ダエーワは元世界一の闇商人。ダエーワの特殊麻薬の使用者は世界に数千万はいるでしょう。世界樹の薬で麻薬中毒者を治療し始めたのはここ最近。麻薬中毒者は世界にまだまだいます。』

『ポチ・麻薬中毒者を減らすことはすぐには無理。鐘の音を止める方法も確実なのはない。そうなるとあの日食をどうにかするしかないね。だけどあの日食どうやって止めんの?アレクリアル様だって止める方法はないよ。』

『社畜・そのことならもう少しで解決できると思うのである。もうすぐ…おやつの時間である。』

『ポチ・おやつ?なにそれ……あぁ、そういうことか。』

 今も恐怖で体が震えているミチナガの横で集まった使い魔達が討論をしていたが、とりあえず日食問題は解決できそうだと安心した。そして話は日食解決後の話に移行し始めた。




 そしてそんな使い魔達が話している巨大のヨトゥンヘイムの85階層から遠く離れた異国の地。そこでは1人の使い魔がテーブルの上にいっぱいのお菓子を用意している。そして時間を確認すると急いでベッドの上で眠りについている少女の元へと向かった。

『白之拾壱・フェイちゃんフェイちゃん。おやつの準備できたよ。』

「んむ……おやつ……あれ?…外…暗い……夜だから寝る…」


『白之拾壱・夜じゃない夜じゃない。夜だったらおやつ用意しないから。今お昼だから。』

「じゃあ何で外暗いの?」

『白之拾壱・太陽に何かが重なっちゃったんだよ。みんな困っているから何とかしてほしいなぁ…』

「ん…わかった…」

 寝ぼけ眼をこすりながらフラフラと歩いていく1人の少女。神魔の魔神フェイミエラル・エラルーである。世界最高、いや史上最高と言われる魔法使いである彼女であればこの日食も解決できる。世界中で日食問題を起こしたことで逆にフェイを動かすことができた。

 フェイは金環日食を起こしている太陽を見て少し感動したのか1分ほど見入っていた。そして太陽に向けて手を伸ばし、手をスライドさせた。するとフェイは不思議そうな表情をとり、何度か同じように手をスライドさせた。だが別になにも起こらない。

「動かない。強い魔法かかってる。めんどくさい…」

『白之拾壱・ちょ…ちょっと待って!もうちょっとがんばろ!今日のおやつは太陽の下で食べると輝いて綺麗なの用意したから!それに…太陽が出てないと花が枯れちゃうよ?』

「ママのお花が?ダメ!それは絶対にダメ!!頑張る!!!」

 フェイは太陽に向けて両手を伸ばした。どうやらようやく本気になってくれたらしい。太陽が少し出ていないだけで花が枯れることはないが、やる気を出してくれたようで何よりだ。ただ使い魔は少し罪悪感を感じた。

 フェイの住む王城の敷地植えられている花々はフェイの母親が育てていたものだ。そして今となっては亡き母の形見だ。フェイにとってこの世で一番大切なものの一つである。この花を守るためならフェイはこの世の全てさえ敵に回すだろう。

 そんなフェイから大量の魔力が溢れてきた。ミチナガへお詫びの気持ちと言って隕石を大量に降らせた時以上の魔力の高まりに使い魔もこれで問題が解決すると安心した。するとフェイは笑い出した。

「すごいすごい!こんな強力な魔法初めて!!全然動かせそうにない!」

 フェイはさらに魔力を放出させた。あまりに高出力な魔力は大気を震わせ、重力すらもかき消しているのかフェイの周囲に小石が浮かび上がり始めた。

「まだ動かない!まだ足りないの?もっと必要なの?」

『白之拾壱・え?う、嘘でしょ…神魔でも動かせないなんて…』

「あははは!じゃあもっといきまーす!!」

 フェイはさらに魔力を放出させた。すでに使い魔にはフェイの姿が見えなくなった。高密度な魔力は光すらも通さなくなった。フェイは漆黒の中に消えた。そしてその漆黒はさらに大きくなって城すらも飲み込んだ。

 この漆黒全てがフェイから発せられた魔力である。これほどの魔力を使用できるものなど世界でフェイだけだ。そもそも放出魔力だけで光すらも通さなくなるなど聞いたこともない。すると急にその漆黒から抜け出した。使い魔の目の前には天まで届く漆黒の柱があった。

 そしてその漆黒の柱は太陽に重なっている何かに届き、そしてその重なっている何かを収縮し始めた。そして漆黒の柱が消えると同時に日食も終わり、太陽がさんさんと輝き出した。

「あ~…疲れた。もう魔力空っぽ。おやつ食べて回復しよ。」

『白之拾壱・お、お疲れ…』

 疲れた表情でフラフラと移動するフェイ。使い魔はその場で佇みながらフェイが歩くのを見ていた。そしてもう一度太陽を見た。

『白之拾壱・神魔が魔力空っぽになるほどの魔法で打ち消せるレベルの魔法?そんな魔法がこの世に存在するの?法国は一体どんな魔法を使ったのさ…』
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