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第356話 いざ巨大のヨトゥンヘイムへ

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「陛下、それに皆様もご武運を。」

「ありがとう。それでは後は頼んだぞ。」

 天高くそびえる壁の上。アレクリアルたちは多くの兵士たちに見守られながら魔導エレベーターに乗り下へと降りていく。すでに地上には多くの魔帝クラスの兵士たちが降り立ち、周辺の安全を確保している。

 ミチナガは若干顔を青ざめさせながら持ち手をしっかりと握っている。この魔導エレベーターはちゃんとした壁というものがない。クレーンで吊り下げられている籠のようなものだ。下手に揺れればそのまま落ちてしまいそうなほど作りが甘いように感じる。

 まあ落ちたところでミチナガ以外は全員普通に着地できる。この魔導エレベーターを使っている理由は空中にある防衛魔法に引っかからないようにするためだ。それ以外に魔帝クラスの以上の猛者たちがこれを使う理由はない。

 やがて5分ほどかけて200m下の地上へたどり着いた。ミチナガは地面に降り立った喜びを噛み締めている。その間にアレクリアルは素早く隊を組み、出発する準備を整えた。

「これより我々は中心部を目指す!自分たちが魔帝クラスだからと侮るなよ!ここは世界最強の危険地帯の一つだ!この私であっても手間取る強敵が多くいる地だ。決して気をぬくな。仲間同士連携して対処しろ!」

「「「「はっ!!」」」」

「よし、ミチナガ。ここからは全員で走るが…お前はどうするか。おそらく魔動装甲車じゃこの荒地で我々についてくることは叶わんぞ。」

「えぇ…キャタピラでも時速100キロは出せるように改良したんですけど……」

「我が王の心配は必要ない。私が連れて行こう。」

「そうかヴァル…ヴァリーくん。」

 ヴァルドールは相変わらずリッキーくんのお面をしている。そして今は偽名としてヴァリーと名乗っている。12英雄たちはヴァルドールのことを知っているが、他の魔帝クラスのものたちはヴァルドールのことを知らない。わざわざ話して混乱を招く必要はないと考えての判断だ。

 そんなヴァルドールの申し出を聞き届けたアレクリアルは早速出発する。ミチナガはその様子を見ていたのだが、一瞬のうちにその場にいるのはミチナガとヴァルドールだけになった。あまりのことに驚愕する暇もないミチナガはただただ目をパチクリとさせる。

「行っちゃった…あんなに早いの?」

「多少手は抜いております。全員の速度を合わせる必要もありますし、移動で下手に体力を消耗させすぎてはまずいですから。それでは我々も向かいましょうか。」

 そう言うとヴァルドールはミチナガの肩を抱く。すると一瞬のうちにまるで水になったかのように地面に溶け込んでしまった。そんなミチナガの視線は地面すれすれ、いや地面と同じだ。若干の地面の凹凸と後は空しか見えない。

「なんじゃこりゃぁぁ…」

「影渡りという魔法です。地面のわずかな影に溶け込む魔法です。まあ影がなくても無理やり影を作って移動できますが。」

 暗殺者などが好んで使うこの影渡りという魔法だが、現在でも使えるものはごくわずかだ。なんせ肉体を影に変える魔法など高難度中の高難度の魔法だ。由緒ある暗殺者の家系だけに伝わる程度だろう。まあ伝わったところで使いこなせるものは少ない。せめて魔王クラス上位の実力がないと扱うことはできないだろう。

 そんな影渡りは15分ほどで終わった。気がつけば目の前には広大な森が広がっている。荒野からいきなり巨大な森だ。そんな光景に頭が混乱するが、そんな森の手前には一人の大男、ナイトが横に倒れていた。一瞬ゾッとする恐怖を覚えたが、よく見ると胸が上下している。どうやら眠っているらしい。

「びっくりしたぁ…死んでいるのかと思った。」

「ふむ…我が王よ、ナイトに近づかないように。おそらく設置型魔法が仕込まれているでしょう。うまく感知はできませんが間違いないかと。これ以上近づけば我々が攻撃されます。」

 ヴァルドールは何やらナイトの魔法を感知しようと試行錯誤しているようだが、なかなか上手くいかないらしい。それだけナイトの罠魔法はすごいということだ。ただそれだけわからないとなるとヴァルドールは随分と興味をそそられたようでずっと考えながら魔力を放出している。

「…とりあえず休憩しようか。アレクリアル様たちも来てないし。」

 ミチナガは飲み物の用意を始める。時間もあるようだしと使い魔に教えてもらいながら自分でコーヒーを入れている。使い魔たちは普段から誰かしらがコーヒーを飲みたがるので、必然的にコーヒーを入れるのがとても上手い。

「ここでお湯を注ぐのを止めて…ここで完了ね。ヴァルくんコーヒー入ったよ。」

「ありがとうございます我が王よ。それにしてもなかなか難解な魔法ですな。全てバラバラの魔法のように思えて統一性がある。その統一性が全体の魔法の威力を高めている。面白い。この魔法をうまく使えば新しいアトラクションができそうです。」

「人に反応して発動する魔法か。ランド内にいくつか隠しておいて見つけた人には何かプレゼントしても面白いかもね。隠れキャラを配置しておくみたいに。」

「それはありですな。ふむ…こんな感じに使えば良いのかな?」

 ヴァルドールは模索しながらナイトの魔法も模倣して見せた。ミチナガにはよくわからないのだが、ヴァルドールとしてはいまいちらしい。するとヴァルドールの魔力に反応したのかナイトが起き上がり出した。

「あ、ナイトおはよう。コーヒー飲む?」

「いただこう。」

 ナイトは瞬時に周囲に展開していた罠魔法を腕に封印した。一瞬の出来事にヴァルドールも思わず感嘆の声を漏らす。そのままナイトはこちらに来るとヴァルドールの模倣した魔法を見つめる。

「…見ただけでそこまでできるのか。さすが…としか言いようがないな。」

「ここまで模倣してもこれ以上はうまくいきそうにない。それにしても圧縮封印魔法か。統一性があったのにはこういう理由もあったのだな。これだけの大魔法は流石に模倣は不可能だな。」

「俺のとっておきをそう簡単に真似されてはな。それにこれだけ隠蔽した魔法を知覚されているんだ。俺もまだまだ修行が足りないか。」

「二人の会話は難しくてよくわからんよ。それよりもとりあえず座って座って。」

 ミチナガは二人だけで会話が盛り上がっていたのが除け者にされたようで嫌だったのか、二人の間に入ってとりあえずナイトを席につかせる。そしてみんなで乾杯したのちにコーヒーを飲んだ。

「ナイトの圧縮魔法?ってやつは前にシェイクス国で見せてもらったな。あの時は国を覆うようなどでかいやつだったけど、いくつかあるのか?」

「ああ。広範囲型、広範囲方位型、局地型、就寝用、食事用…まだ他にも色々な。」

「かなりの魔力が注ぎ込まれているから発動時に自身の魔力が少ない状態でも使えるのか。圧縮状態ではまるでなんの魔法かわからない。魔法陣を用いた魔法は発動まで時間がかかるが、圧縮封印魔法が使えるのならこれほど便利な魔法はないだろうな。」

「俺は魔法使えないしあんまり詳しくわからんからどう便利なのかよくわかんないや。」

「簡単に説明しますと魔法は大きく変質系と詠唱系の2つに分かれます。自身の体内魔力を属性に変換して使うのが変質系。言葉や文字を用いて魔法を使うのが詠唱系です。変質系は基本的には一人一つの属性です。私でしたら闇の魔力に変質しています。ですので闇系の魔法なら大抵瞬時に使えます。」

「俺のような詠唱系は言葉や文字を用いて魔力を変化させて魔法を使う。詠唱や魔法陣を作成するのに時間はかかるが様々な魔法、それに強力な魔法を使える。」

 基本的には変質系の魔法を瞬時に使って戦い、敵がひるんだ隙に詠唱系の魔法を使って強力な魔法を打ち込むのがセオリーだ。ヴァルドールもそうやって戦っている。しかしナイトは変質系を使わずに詠唱系のみを使って戦う。

 はっきり言って変質系の魔法を使わないことによるメリットなどそうそうない。しかしヴァルドールはそうしないナイトのことをなんとなく理解していた。

「特質系ゆえにということなのだろうな。」

「なにそれ?」

「変質系は基本的に火、水、土、風、雷。それに闇と光。さらにこの7つを複合することによる属性です。しかしごくごく稀にこのどれにも当てはまらない魔力を持ったものがいます。それが特質系。崩神なんかがわかりやすい例です。物質を崩壊させる崩撃はどの属性にも当てはまらない。生まれながらの才能…というやつです。そしてナイトも…」

「…そうだ。俺は特質系。だが、その答えは誰にも教えん…」

『ムーン・まあぼく知っているけどね。』

「誰にもじゃないやん。」

 さすがに一番身近なムーンはその答えを知っているようだ。ただ、ナイトはこのことに関してはあまり人には言いたくないらしい。ミチナガもヴァルドールも無理に聞く気はないのでその件への追求はその辺で終わった。

 そんな3人がコーヒーを飲みながら談笑しているとようやくアレクリアル一行がやってきた。その表情には若干のいらつきが見える。

「ほぉ…こちらがモンスターを討伐しながらここまで走ってきたというのにお前たちはコーヒーを飲みながら談笑か。ヴァリー、お前手助けもせずにそのまま行っただろ。」

「我の役目は王を守ること。あそこで戦いに参戦し、王を無用な危険に晒す必要はない。それに早い所ナイトとも合流したかったからな。」

 さすがにヴァルドール移動速度と多くの魔帝クラスを引き連れながらのアレクリアルの移動速度では倍以上の差があったらしい。おまけに途中戦闘まであったのだからその苦労は多大なものだろう。

「えっと…とりあえずコーヒー飲みますか?」

「飲む!…それにここからは原始の森だ。ここからはS級以上が跋扈するこれまでとは格の違う危険地帯だ。下手をすれば魔帝クラス以上しかいないとはいえ脱落者が出るだろうな。」

 アレクリアルは一度全員に休憩を取らせる。そんな休憩をとるほど疲弊はしていないのだが、ここから先はまともに休むことすら難しい。今のうちに装備なども全て点検しておく必要がある。一つのミスが命に関わりかねない。

 ここまでの道のりは、はっきりいってチュートリアルのようなものだ。ここからが9大ダンジョン巨大のヨトゥンヘイムの本領発揮である。
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