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第353話 いざ9大ダンジョンへ

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 早朝。いつもなら大勢の人々で賑わう大通りが閑散としている。今日は誰もいないのかと思ったがそうではない。大通りの左右を挟むように大勢の人々が固唾を飲んで何かを待っている。すると遠くの方から声が聞こえてきた。

 その声は徐々に大きくなってくる。どんどん大きくなる声は割れんばかりの大歓声だ。その大声で空気が揺れ、地面まで揺れているようだ。人々はこの歓声を上げるために声も出さずに待っているのだ。

 そしてとうとうその大歓声を受ける主がやってきた。それは魔神第2位、英雄の国を納める国王、勇者神アレクリアル・カナエ・H・ガンガルドだ。かの大英雄である勇者王の血筋であるアレクリアルは世界の至宝、英雄信仰のあるこの国では神そのものだ。

 そんなアレクリアルが目の前にいて叫ばないものはいない。しかもそのアレクリアルの後ろには4人の12英雄たちの姿もある。さらにその中にはつい最近12英雄以外で選ばれた英雄、ミチナガの姿もある。そんな6人の英雄を目にして人々は喉が壊れるほど叫んでいる。

 人々の大歓声を浴びながらアレクリアル一行は進む。そして彼らのために運行スケジュールを一部変更した魔導列車に乗り込むとミチナガはようやくホッと息をついた。

「も、ものすげぇ歓声…なんかもう疲れた……」

「これからが本番だぞ。まあ目的地まではもうしばらくある。それまで少し休んでいろ。」

 アレクリアルたちが乗り込んだのは先頭車両の超高級仕様の車両だ。他の車両には大勢の兵士たちも乗り込んでいる。この車両にはメイドの他には魔帝クラス以上の実力者しか乗り込んでいない。列車まるまる一つ貸し切って兵の大移動を行なっている。

「そういえば魔帝クラス以上の実力者しか連れて行かないって言っていませんでした?それ以外の兵士も山ほど乗り込んでいますけど。」

「ただの兵士の入れ替えだ。巨大のヨトゥンヘイムを警戒する兵士は定期的に入れ替えをしている。兵士たちもずっとあんな場所を住み込みで警戒していては体が持たないからな。」

 巨大のヨトゥンヘイムの防衛には常時10万人以上の兵士を導入している。超大人数のように思えるが、半径1000キロにも及ぶ防衛網を常時監視するためにはこの人数でもギリギリだ。そして日々命の危険があるため、兵士たちの入れ替えを定期的に行わなければ精神が持たない。

 ただ10万人の兵士を常時動かしていると食費や兵士たちへの危険手当といった防衛費が毎年巨額かかる。英雄の国の国家予算の大部分を占めている。だからアレクリアルとしてもこの巨大のヨトゥンヘイムを解放できるのは国のためでもあるのだ 。

「それよりもミチナガ。ナイトと…奴はどうした?」

「ああ、ナイトは先に向かうと言って走っていっちゃいました。ヴァルくんは新しいアイデアが浮かんだとのことでこっちの到着までには来るって言っています。」

「自由だな…まあいい。それでは軽く自己紹介でもしておくか。ダモレス来てくれ。」

「はい陛下。やあミチナガ。原初ゴブリンの時は助かったぜ。」

「ダモレス…ああ!ナイトからも聞きました。すごい剣を使う奴がいるって。確かフィーフィリアルとも友人だとか。今回はフィーフィリアルはいないんですね。」

「あいつはどちらかというと対人向けだからな。今回は別任務だ。またあのナイトと肩を並べて戦えるのは嬉しいぜ。それと…こいつどうにかならん?」

『スミス・はぁぁぁぁ…美しい…美しすぎる……』

 いつの間にかスミスがスマホから出てダモレスの背負う大剣にしがみついている。注意して今すぐ止めたいところだが、こればっかりはどうにもならないだろう。

 ダモレスの背負う大剣は伝説の刀鍛冶師トウショウが生み出した最高傑作の一振りツバキである。銘の由来はどんな生物でもいともたやすく切り裂くところが、椿の花のようにポトリと花がまるまる落ちるのに似ているからと言われている。

 そんなトウショウの最高傑作の一つを目の前にしたら鍛治師でもあるスミスが我慢できるはずがない。なんとかそのことをダモレスに伝えて少しの間ツバキを見させてもらうことに成功した。スミスはこの機会を逃すまいと徹底的に観察し、研究している。

 ミチナガはそんなスミスを見た後にダモレスの方を向く。ダモレスの背後には他にも数人の魔帝クラスの実力者がいる。だがそんな中で目を引くのはやはり12英雄だ。

 12英雄が一人、雷轟のマレリア。時折彼女の身体の周囲に静電気のようなものが見える。その手に持つ天雷の杖にはいくつかの封印の呪符が貼られている。完全に使いこなすことができないのだろう。ただ己の体の一部を引き換えにすれば魔神に匹敵する一撃を繰り出せるという。

 12英雄が一人、双刃のケリウッド。腰に下げられている2つの剣はまるでこの世のものではないようなオーラを放っている。異なる9大ダンジョンから出土したと聞いていたが、本当によく似ている。そんな双剣を少し離れて使い魔たちが見ているとわざわざ使い魔に近づいてその双剣を見せてくれた。なかなかの優男だ。

 12英雄が一人、剛槍のギュリディア。彼もまたトウショウの最高傑作の一つ黒竹を所有する。鋭さとしなやかさを併せ持つ黒竹は実戦でも無類の強さを誇るが、美術品としても白銀の刀身に漆黒の柄は目を惹きつけられる。そんなギュリディアはミチナガの視線に気がつきすぐに近寄ってきた。

「ダモレス、私も少しいいかな?久しぶりだなミチナガ。お世話になっているよ。」

「順調そうで何よりですよギュリディア。近々完成予定だったよね?」

 ミチナガの言う完成予定というのはユグドラシル国で開発中のユグドラシル学園都市だ。世界初の学園が主軸の都市だ。初めてづくしということで開発が難航していたがもうじき完成するという情報は入っている。

 ミチナガの作っているアンドリュー・ミチナガ魔法学園国もこのユグドラシル学園都市を大いに参考させてもらっている。いずれは姉妹都市として交換留学などもできたらと考えている。ギュリディアとウィルシ侯爵の共同資金で完成させるユグドラシル学園都市の完成はギュリディアも楽しみにしている。

「ああ、もう再来週には開園して学生を入学させる予定だ。すでに1000人を超える学生の入学が決まっているぞ。立ち会いたくはあったが、私は自分の職務を全うする。」

「そっか。俺も顔は出したいんだよな。知り合いが入学するらしくてさ。」

 このユグドラシル学園都市にはユグドラシル国の孤児院の子供達も入学するらしい。それに葉白も歯科衛生士として年に数度入学生の歯を検査するらしい。それにリリーも入学予定ということだ。さらに獣人街からも入学者がいるらしい。

 世界最高の教育機関として今から期待されているため、身分や性別、人種で差別が起きないように様々な子を集めたらしい。教師たちも徹底的に教育されてきたらしい。失敗は許されない。

 その後もミチナガは他の魔帝クラスの人々とも会話をする。皆気さくで会話が盛り上がる。そんな楽しい時間を過ごすミチナガであったが、突然魔導列車が止まった。もうついたのかと外を確認するがそうではない。分岐点の手前にある基地で止まっているのだ。

「これは?」

「今は手続きです。許可のない列車は通すことができませんから。30分ほどかけて手続きすると通れますので。そしたらもうすぐですよ。」

 そう教えてくれた魔帝クラスの男のオーラが少し変わった。もうすぐ9大ダンジョンにたどり着くということで気合が入っているのだろう。周りを見てみると他にも意気込んでいるものがいる。

 これから巨大のヨトゥンヘイムを囲む巨壁にたどり着いたら待機している魔帝クラス数人と12英雄を2人合流させてからダンジョンを目指す。ダンジョン攻略を知っているのはここにいる魔帝クラスと12英雄、アレクリアルにミチナガ、それにヴァルドールとナイトだけだ。

 人々にはあくまで暴れているモンスターを沈静化させるためにアレクリアルたちが赴いているということになっている。いきなり9大ダンジョンを解放すると言っても人々は理解できないだろう。だから事後承諾だ。

 それから30分ほど経つとついに魔導列車が出発した。切り替わった分岐により魔導列車は南へと進んでいく。目的地が近づくにつれ、皆の気配が変わっていく。まさに戦闘モードだ。

 ミチナガはその様子を見ながらとりあえずやる気だけ出して皆に合わせようとする。ただミチナガはダンジョンにたどり着くまで特にやることはない。だから特に今やる気を出しても意味はない。

 だけど一人だけ仲間はずれになるのは寂しいので頑張ってみる。そんなピリピリとして緊張感の中で一人変な空気を醸し出しているミチナガの乗った魔導列車の向かう先には山脈のごとき巨壁が徐々に見え出してきた。
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