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第352話 まだ成長するミチナガ商会

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 あれから数日後、ミチナガは幾人かの護衛をつけて街中を歩いていた。なんとも呑気な街の散策である。ただ、これまでミチナガは毎日のようにパーティーをしており、こうして街中を歩くことはできなかった。

 ようやくこうして街中を楽しめる日が来たミチナガは笑みを浮かべて散策している。もともとパーティーがそんなに好きでないミチナガにとってようやく来た安らぎの時間である。これまでのパーティーで溜まっていた鬱憤を発散するため自由にそこら中の屋台で商品を物色している。

「あ、これ可愛いな。おっちゃんこれちょうだい。」

「毎度!おや、護衛なんてつけてもしかしてどこかの貴族様かい?…あれ?なんかあんたの顔どっかで見たような…」

「おいおい、それナンパの常套句だぞ。おっちゃんにナンパされても嬉しかないよ。あ、そっちのも良いな。それもちょうだい。」

「ああ、はいはい。…いやナンパとかじゃ無くて本当にどっかで見たような…」

 店主は頭を捻らせているがまるでミチナガの正体に気がつかないようだ。ミチナガは英雄にも選ばれたというのに現在人だかりができることもなく、自由に街を散策できている。傍目からでもミチナガにオーラというものが感じられず、雰囲気がただの一般人のようだ。

 実はこれが意外とミチナガのすごいところである。ミチナガは王として振る舞うこともできるし商人として振舞うこともでき、一般人としても振る舞える。普通はこれが難しいのだが、ミチナガはこれをそつなくこなす。

 もちろん時にはミチナガのことを英雄として気がつくものもいる。そんな人に対してはさっと握手をして騒がないように口止めし、そのまま去る。おかげで気がつかれても騒ぎにはならない。

「メリアの新作入荷しましたぁ!入荷数わずかですので欲しい方はお急ぎくださぁい!」

「おっと、こっちはうちのがあるとこか。騒がれたくないし離れるか。」

 ミチナガがブラブラと歩いていたら離れたところから声が聞こえて来た。ここはどうやらミチナガ商会がある通りらしい。今の店員の声につられて幾人かの女性たちがミチナガ商会の方へ引き寄せられて行った。

 現在あのミチナガたちのパレードの影響でメリアのように美しくなりたいと思う女性たちがこぞってメリアの商品を買っていく。売り上げは先月比の400%増だ。まだまだ入荷数を増やせば売り上げは上がっていくだろう。ただ基本的にブランドメリアは売れるため、全店舗で品薄なのだ。だからこれ以上売り上げを伸ばすことは難しい。

 そんな大賑わいのミチナガ商会から離れるため、ミチナガは路地へと入っていく。なんとなく入った路地であったが、比較的賑わっている路地だ。薄暗い危険な場所ではない。人知れぬ名店が隠れていそうなワクワクする路地だ。そんな中ミチナガは何と無く一つの店舗へと足を踏み入れる。

 その店は冒険者専用の用品店であった。冒険者としては全く活躍できないミチナガには必要ないのだが、冒険者用品というのは荷物を少しでも小さく、そして軽く作っているため以外と実用的なものが多い。それに9大ダンジョンに行くのならば何か役に立つものがあるかもしれない。

「魔力を一度込めれば6時間点灯し続けるランタン。魔力込めれば1日10Lまで水を生み出す水筒。やっぱ面白いよなぁ…ん?熱を発するナイフ?なんの役に立つのこれ?」

「おそらくそれは簡易的な止血用です。魔力による自然治癒で傷はすぐに治りますが、治るまでに血が流れ、その血を作るために魔力が消費されてしまうので消費魔力を減らすためですね。」

「ああ~焼いて傷口を塞ぐのか。形状がナイフなのは何かが刺さった時に傷口を開いて取り出せるように。それに発熱すればナイフの殺菌にも良いのか。」

「ええ、時々横着したものがそこで肉を焼いて食べることもあります。まあナイフ自体が小さいので少量しか焼けませんが。」

 やはり魔力による自然治癒があるとは言っても応急処置をするかしないかで魔力の消費が違うので、冒険者にとっては重要らしい。金のある冒険者ならばポーションでなんとかしてしまうのだがそうはいかない冒険者の方が多い。

 そんなことをお供の騎士たちに教えてもらいながら店内を物色する。すると店主がハッと気づいてミチナガの元に駆け寄り握手を求めて来た。ミチナガがそれに応じると店主は涙目になって喜んだ。

「まさか英雄ミチナガ様にご来店いただけるとは。すぐに気がつかず申し訳ありません。」

「お忍びだからすぐに気がつかれるのも問題なんだけどね。しっかし面白いものが色々とあるね。」

「まあ…そうですね。正直なことを言えばその辺りの魔道具は必要ないものなんです。同じことを魔法で行えば良いので無駄に道具を増やす必要はなく…」

 この辺りの魔道具は魔法をうまく扱えない冒険者たちが消費魔力を減らすために使うものだ。魔道具は魔力を込めれば使えるので魔力のコントロールが下手でも使える。ただ、冒険者として上に行くには魔力コントロールは必須。必然的に冒険者として上に行くとこういった魔道具は使わなくなる。

 そして魔道具は値段も高い。つまり駆け出しの冒険者にはなかなか買えない代物。駆け出しを抜けた頃には魔道具は必要なくなる。つまり無用の長物ということだ。実はこういった理由から駆け出しの魔道具師というのはあまり儲からない仕事なのである。

 ただ魔道具師として腕を上げれば国や貴族、はたまた商人から雇われるので腕の良い魔道具師は儲かる。だからここに並んでいる商品はあくまで練習ついでに作ったものということだ。

「え?じゃあ…商売成り立つの?」

「まあ私が暮らしていく分にはなんとか。時々買っていく方がいるのでそういった方々のおかげですね。ですがここ最近は違います。我々の界隈も大賑わいですよ。冒険者ナイト様のおかげです。あのお方が大量のモンスター素材を納品したのでそれの加工に大勢が駆り出されていまして。うちの方でもいくつか入手することができましてこれがかなりの儲けになっているんですよ。」

 ナイトの納品したモンスター素材のおかげでこの業種は今バブル期を迎えている。魔道具師は皆モンスター素材の基本的な加工もできるため、今はそちらに駆り出されている。

 さらにそのモンスター素材が一般流通しているので、これまで入手できなかったモンスター素材を使用して新たな魔道具を作成しているのだ。

 おかげで魔道具師のレベルも上がっているし、多種多様な魔道具も流通し始めている。この商店でもナイトの討伐したモンスター素材を入手し、店主自ら魔道具を作成したという。高位のモンスター素材からできる魔道具は大いに役立つもので上位の冒険者がすぐに買ってくれる。おかげでしばらくは安泰だ。

「じゃあ腕の良い魔道具師が増え始めているのか。そう言えばうちってそういうのあんまり確保してなかったなぁ……」

 基本的にミチナガのやっていることは科学寄りだ。現在ある魔法技術に科学を組み入れることで新しいものを完成させている。魔法陣技術はナイトから教えてもらえば世界最高峰のものが使える。しかし魔法錬金や魔法薬の調合は使い魔たちもできるが、エルフたちやユグドラシル国のドワーフたちの方が優秀。

 唯一ミチナガ商会お抱えのような立ち位置であるのはユグドラシル国のエミルだ。彼女は古代魔法言語の研究者でその魔法言語の一部を学会で発表しただけで魔道具研究が大きく進んだ天才だ。しかし彼女はあくまで古代魔法言語を研究する歴史研究家だ。魔道具作成とはまた違う。

 一般的に魔道具作成は魔法陣技術と魔法錬金、魔法薬を合わせれば完成する。個別の技術は良いものを持っているミチナガだが、魔道具師によっては知識や経験から他の技術を取り入れることもある。そのため、個々の技術を持っているのと、それを一纏めにした魔道具師がいるのとではまた違う。

 そろそろ魔道具師を囲って新しい魔道具開発というのをやっても良いかもしれない。そんなことを考えていると店主はニンマリと笑みを浮かべる。

「そういうことでしたらうちに商品を卸している魔道具師の中で優秀なものたちを紹介しましょう。ミチナガ様のお眼鏡に適う人材だと自負しております。」

「あ、本当?それなら紹介してもらおうかな。ただ俺近々仕事でこの国出ちゃうから直接会うのは難しいんだけど…よかったら色々と手伝ってくれない?もちろん礼はするよ。」

「英雄のお役に立てるのであればこれ以上の幸せはありません。私でよろしいのであればいくらでもお手伝いさせていただきます。」

 この国の人々は皆、英雄信仰がある。だから英雄に選ばれたミチナガの手伝いができるというのは最高の喜びなのだ。特にこれまでの武人の英雄とは違い、ミチナガは商人の英雄だ。武人の英雄の手伝いは難しいと考えていた商人たちが、こぞってミチナガ商会の傘下に入ろうと打診してきている。

 もちろん全員傘下に入れられるわけではないのでちゃんと話を聞いて使い魔たちが選考している。結果が出るのはもう少し先になるだろう。

 英雄に選ばれたことでミチナガ商会は現在さらに大きくなろうとしている。いくつかの商会を取り込み、傘下に収めれば世界一の商会と言われる日も近いだろう。
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