355 / 572
第342話 まだ答えは出ないけど
しおりを挟む
「それじゃあ明日のパレードの順番はメリア、リッキーくん、ナイト、アンドリューさん、俺で良いのね?」
パレードの前日の夕食時、パレードの時の順番はどうするかという話に対してミチナガが初めて出会った順番にしようということで結論ついた。メリアは一番手の露払いということでプレッシャーを感じていたようだが、大役を仰せつかったということで意気込んでいた。
すでに各々がどのようにやるかは決まっているので、これ以上決めることはない。あとはおしゃべりでもして、明日のために早く眠ったら良いだけだ。そんなおしゃべりの中、ミチナガは己の中の疑問をぶつけた。
「良い王様とは何か…ですか。しかし先生はすでに国を持って王として治められているのでは?」
「いやまあ…そうなんだけど。なんというか俺はまだ形だけしか王様になれていない気がしてさ。どうしたらちゃんとした王様になれるかなぁ…なんて。ちなみになんだけど…王様っていうとどんなイメージ?」
王とはどうあるべきか。ミチナガはそんな疑問を皆にぶつけた。ミチナガの表情を見ればふざけてそんな質問をしたわけではないことがわかる。そんなミチナガのためにも4人は考える。今は5人だけの食事会。他には護衛も誰もいない。身内だけのプライベートな話し合いだ。
「では私から。というよりも私の所属する国の王についてですな。それから連合同盟に所属する各国の王を見てですが…やはり王とは聡明であることですな。暗愚が王では国は持ちません。一人の暗愚な王が生まれたせいで長く続いた国が滅びることは歴史を見ても明らかです。賢い王こそ良い王かと。」
「賢い…か。まあ俺はそんなに賢くないけど…使い魔達がなんとかしてくれているからなんとかなっているな。確かに国の運営をしているけど、馬鹿じゃどうにもなんないわ。」
ミチナガはこれまで王として行ってきた業務を思い出す。その仕事量、重要性は一つ間違えただけで国が揺らぎかねない。間違いなく使い魔達がいなかったらセキヤ国などとっくに滅んでいただろう。
だからこそアンドリュー子爵の言うことは正しいと理解できる。すると珍しくナイトが口を開いた。こういった話は苦手かと思ったが、ミチナガのためを思って意見を言ってくれるようだ。
「俺は…優しさも必要だと思う。他を思いやれぬ王では人々は苦しむだけだ。」
「優しさ…確かにそうだな。俺は国とは人々のためのものだと思う。国を自分のものとしか考えないで自分勝手に国を動かせば人々はついてこない。人を思いやって優しさで国を運営する。確かにそれも良い王かもな。」
ナイトにしては意外な答えであったが、考えてみればナイトは元々孤児だ。しかも行く当てもなく、幼い頃は路地裏で生きて来た。そんな国に嫌気がさして国を離れ、人からも離れてナイトは森の中で生きて来たのだ。
そんなナイトだからこそ王とは優しさが、思慮深さが必要だと思ったのだろう。ナイトの答えを聞いて頷くミチナガに対し、メリアも口を開いた。
「私としては…魅力でしょうか。ゴテゴテに着飾った煌びやかな王はどうかとも思いますが…普通の服装で無精髭を伸ばしている王はどうかとも思います。」
「確かに。それは確かにそうだな。王がドロドロの汚い姿で出て来たら臣下も良い顔はしないだろう。美しい顔立ちで美しく着飾っているだけでも王だと思えるな。そういう考えもありだな。」
どんな王も宝石を散りばめた煌びやかな衣装で描かれる。王というものを深く考えていなかった時は、王は金ばっか使いやがってとも思ったことはある。しかし今こうして自身が王になるとTシャツに半ズボンというわけにもいかないだろう。
王としては最低限の衣服を身に纏わねば威厳を失う。さらに素の見た目も良ければ良いほど良いだろう。顔立ちの整ったイケメンでも良いが、筋骨隆々の王というのも威厳がある。そう、見た目だけでもやりようによっては威厳を醸し出せる。
見た目の良い王様。それもあながち的外れというわけではない。見た目もしっかりしてこその王様だ。するとリッキーくんが、素のヴァルドールとして意見を発した。
「王とは力だ。力無き王では人々はついてこない。我は力で吸血鬼達の王となった。故に王とは力である。そう我が王に進言します。」
「力…か。確かにそうかもな。力がなくては人々を守れない。弱い王では周囲の国々への牽制にはならない。強い王…強さもまた王として必要なのかもな……」
リッキーくんは、ヴァルドールはかつて100年戦争時代に吸血鬼を束ねる王として世界中で戦いを繰り広げていた。強さこそが全て。そんな言葉が当たり前な時代に王として君臨していたヴァルドールならではの言葉だ。その言葉には重みがある。
弱き王では人々を救えない、導けない。王とは強さそのもの。そういう考え方も間違いとは言えない。むしろ弱い王は王と呼べるのか、そんな疑問がミチナガの中に浮かんだ。するとアンドリューとメリアがオロオロとしている。
「あ、あの…リッキーくんは王とか…吸血鬼とか…一体…」
「ん?……あ!そういえば昨日アンドリューさん眠っちゃったから言ってなかったっけ!メリアは当然知らないもんね。それじゃあ今は人目もないし…紹介します。リッキーくんこと吸血鬼ヴァルドールくんです。パチパチパチ…」
リッキーくんがその頭部を取り外し、素顔を晒す。その姿は数々の英雄譚に出てくる悪役、ヴァルドールそのもの。その正体を知ったアンドリューとメリアは慌てふためき混乱する。
そんな二人をなんとか落ち着かせて、現在は何にも怖いことはないんだと理解させる。しかしそうは言ってもヴァルドールは世界で一番有名な悪人である。悪の中の悪、吸血鬼神、虐殺神、英雄殺し、その悪名だけでも数多の呼び名がある。
そんなヴァルドールに対する怯えをなんとか払拭するのに数時間を用した。とりあえずなんとかヴァルドールのことを信頼してもらったので、このことは口外しないという約束だけしてその日はお開きになった。
部屋に戻るとミチナガは一人窓際に佇む。4人からはそれぞれ意見を言ってもらったが、しっくりくる答えはまだ出ていない。ミチナガはしばしの間、思案にくれた。
「王とは何か…多分こういうのは考えても答えは出ないんだろうなぁ……だけど…だけどこの答えは、いや答えじゃなくてもなんか…何かこう…欲しいんだよなぁ…」
ミチナガは王としての求める方向性を求めていた。王とはどうあるべきなのか、今後王として生きるためにはどんな風になれば良いのか、その方向性さえわかればこの不安も取り除かれるだろう。
「ああもう!わからん!全くわからん!そもそも俺は一般人だ!商会の商会長として活動するだけでも大変なのに、王としても活動しなくちゃいけないなんてそんなのはわからん!ああもう!もう寝る!」
ミチナガはベッドにダイブして布団にくるまった。しかしなかなか寝付けない。頭の中から王とはなんなのかという疑問が離れてくれないのだ。どんなに考えても答えの出ない疑問。そんな疑問に2時間、3時間と思案を続けたミチナガは徐々に疲労がたまり、眠りについた。
そして現在、ミチナガはホテルのロビーまでやって来た。外では使い魔たちがミチナガのパレードの準備を済ませている。胃が痛い。あまりにも胃が痛くて蹲りたくなる。体調が悪いから俺は休む、そう言いたくなる。しかし皆が一生懸命準備してくれたのを知っている。だから今更逃げ出せない。
ついにホテルの外に出たミチナガは太陽の光を憎く思う。こんなにも自分は思い悩んでいるのにいつもと変わらず、いやいつも以上に明るく照らしやがる。そんなミチナガが出て来たことで歓声が上がる。ミチナガはその歓声に対し、とりあえず手でも振ろうとする。しかし皆が見ているのは空だ。
「一体何を見ているんだ?」
ミチナガも人々と同じように空を見上げる。するとそこには見たこともない光景が広がっていた。この世界では決してありえない光景。ミチナガでさえも自身の目を疑った。
そこにあるのは飛行機であった。大型の飛行機が隊列を組んで5機もこちらに向かって来ているではないか。ミチナガが大口を開けてその光景を見ているといつの間にか使い魔たちが集まっている。
『ポチ・時間ギリギリだね。よかったよかった。』
『社畜・おお!無事ここまでたどり着いたのである!成功である!』
『サクラ・見事!今後は桜花航空師団と名付けよう。』
『ピース・そ、それだと爆発しちゃいそうな気が……』
「やっぱりお前らの仕業か…」
飛行機開発。そんなものに着手していたとは知らなかったミチナガは実に驚かされた。一応サクラの能力で戦闘機である桜花があるため、飛行機の設計は行いやすかった。しかし動力源の開発や大型化などの問題でなかなか開発が進まなかったらしい。
しかしここ半年でようやくある程度のものになったので試験導入したらしい。そんなこの飛行機は一体どこから飛んで来たかといえば…セキヤ国からだ。
「お、おい!なんか降りて来たぞ!」
「何あれ…人だわ!」
一直線に並んでやって来た飛行機は突如ハッチを開けて人を降らせて来た。しかもよく見ると鎧を着込んだ状態で他にはパラシュートも何も装着していない。いくら魔法のある世界でもこの高さでは飛行魔法が使えでもしない限り着地と同時に死に至るだろう。
降り立って来たのは総勢500人の騎士たちだ。そんな500人全員が飛行魔法を使えるとは思えない。その光景に思わず血の気が引くミチナガであったが、突如砂埃が舞い上がった。その砂埃は騎士たちを包み込み、落下速度を落とした。
そして500人の騎士全員が何事もなかったように地面に着地する。そんな騎士たちの先頭にはミチナガもよく見知った男、イシュディーンの姿があった。
「イシュディーン…それにみんなも…来てくれたのか。」
「お久しゅうございます陛下。我らセキヤ王国騎士団500名、陛下の晴れの舞台にいても経ってもいられず、無理を言って駆けつけました。」
ミチナガの目の前で500人の騎士たちが一斉に膝をつく。その光景にミチナガは歓喜した、心震わせた。ありがとうと言って一人一人抱きしめたいくらいだ。しかし今はそうするべきではない。そのくらいの分別はミチナガにもある。
しかしそんな彼らに対して一体何をしたら良いかまるでわからない。王として振舞うべきなのはわかる。しかしミチナガは未だどんな王になれば良いかまるでわからない。だからどんな王として振る舞えば良いのかわからない。
そんなミチナガがふと横を見るとポチの姿があった。ポチもこの光景に感激して体が震えている。メイドたちも、ミチナガに同行して来た騎士たちも全員ミチナガに膝をついている。そんな彼らの先にいるのは自分だ。そう思った時ミチナガは初めて王としての自覚を持った時のことを思い出した。
シェイクス国でもうダメだと思った時、ミチナガのことを思い駆けつけてくれた人々。命をかけてミチナガのために戦ってくれたものたちの姿を。あの時の戦場を思い出したミチナガは、自分がどんな王になるべきなのか、なんとなくわかった気がした。
「そっか…人だ。俺は決して王じゃない。ただの人間だ。特別なんかじゃない…俺はただの人間だ。特別な存在になろうとしなくて良いんだ。」
『ポチ・何かわかったの?』
「ああ、なんとなくだけどな。俺は王になるべき男というわけじゃない。普通に生きていけるただの凡庸な男だ。だけど…だけどそんな俺でも…みんなが俺を王にしてくれる。俺が王になるんじゃない。みんなが俺のことを王にしてくれるんだ。」
ポチはミチナガのすっきりとした表情を見て笑顔になる。随分長々と考えたけれど、答えなんてものは案外単純だ。いや、まだ答えにはたどり着いていないのだろう。本当の答えを得るのはまだまだこれからだ。
しかし答えを得るためのとっかかりは得た。自分がどんな王になるか、みんなのためにどんな王様になれるか。そのとっかかりさえわかれば後はなんとでもなる。
「俺はただの人間だ。特別なんかじゃないただの人間。そんな俺でも…皆が俺を慕ってくれる。皆が俺を王にしてくれる。俺がどんな王になるか…それはこれからの出会いでいくらでも変わっていくんだろうな。だけど…だけどそんな俺を王にしてくれるものたちがいる限り、俺は王でいよう。王としてあり続けよう。いくぞポチ。」
『ポチ・はいはい…どこまでもついて行きますよ。僕たちの王様。』
ミチナガは一歩一歩確かめるように歩いた。一歩踏み出すごとに笑みが出そうになる。王は笑って良いのか。いや、ミチナガを慕うものたちはミチナガの明るく楽しい笑顔を親しんだ。だから笑みを浮かべよう。
己の全てを皆が肯定してくれる。そんな王で良いと思ってくれている。だからいつも笑っている王様でいよう。明るく楽しく、それでいて王としての威厳を保とう。ミチナガの雰囲気がガラリと変わった。先ほどまでの緊張していた凡庸な男とは思えぬオーラを放っている。そんなミチナガはイシュディーンの前に立った。
「皆よく来てくれた。色々話したいことはあるが、今はやめておこう。だから俺から今言えるのはただこれだけだ。…着いてこい!!」
「「「「「おぉ!!」」」」」
ミチナガはただ歩いた。メリアのような華やかさはない。リッキーくんのような面白さも、ナイトのような雄々しさもない。アンドリューのような知名度もない。それでもミチナガは後ろに騎士団を引き連れてただ歩いた。
その光景は異様であった。先ほどまでのパレードが嘘のようだ。観衆はその様子を見て驚いた。先ほどまでの歓声が嘘のようにピタリと止んだ。観衆はただ単に、単純に崇高の念を抱き、頭を下げた。
ド派手なパレードの最後尾を歩くミチナガ。そこには歓声はない。目を奪われるような催しはない。それでは先ほどまでのパレードの大トリとしてはダメなのかというとそうではない。最高の大トリだ。観衆も、その後ろに続く騎士団たちも一目で理解した。
そこにはまさに王がいた。誰が見ても異論を唱えることのない王がいた。誰もが認める王がそこに誕生した。
ミチナガ商会所属。ミチナガ商会創設者にして現商会長。世界に数多の商会あれど、この商会こそが世界一の商会と呼ぶものも多い。わずか設立数年で世界貴族になり、国を起こし、世界有数の商会まで上り詰めた。
彼の功績を挙げればきりがない。火の国の救世主、アンドリュー自然保護連合同盟の影の立役者、ブラント国の救国の英雄。他にも多くの国々がミチナガ商会によって食料問題を解決し、国の発展をすることに成功した。
年商金貨1000億枚以上。商国セキヤ・ミチナガ。そこらの国の国家予算を軽く稼ぐこの男の年収はすでに計測が困難だ。そんなこの男はミチナガ商会の商会長として、セキヤ国の王として、そして世界貴族として再び英雄の国へと舞い戻った。
パレードの前日の夕食時、パレードの時の順番はどうするかという話に対してミチナガが初めて出会った順番にしようということで結論ついた。メリアは一番手の露払いということでプレッシャーを感じていたようだが、大役を仰せつかったということで意気込んでいた。
すでに各々がどのようにやるかは決まっているので、これ以上決めることはない。あとはおしゃべりでもして、明日のために早く眠ったら良いだけだ。そんなおしゃべりの中、ミチナガは己の中の疑問をぶつけた。
「良い王様とは何か…ですか。しかし先生はすでに国を持って王として治められているのでは?」
「いやまあ…そうなんだけど。なんというか俺はまだ形だけしか王様になれていない気がしてさ。どうしたらちゃんとした王様になれるかなぁ…なんて。ちなみになんだけど…王様っていうとどんなイメージ?」
王とはどうあるべきか。ミチナガはそんな疑問を皆にぶつけた。ミチナガの表情を見ればふざけてそんな質問をしたわけではないことがわかる。そんなミチナガのためにも4人は考える。今は5人だけの食事会。他には護衛も誰もいない。身内だけのプライベートな話し合いだ。
「では私から。というよりも私の所属する国の王についてですな。それから連合同盟に所属する各国の王を見てですが…やはり王とは聡明であることですな。暗愚が王では国は持ちません。一人の暗愚な王が生まれたせいで長く続いた国が滅びることは歴史を見ても明らかです。賢い王こそ良い王かと。」
「賢い…か。まあ俺はそんなに賢くないけど…使い魔達がなんとかしてくれているからなんとかなっているな。確かに国の運営をしているけど、馬鹿じゃどうにもなんないわ。」
ミチナガはこれまで王として行ってきた業務を思い出す。その仕事量、重要性は一つ間違えただけで国が揺らぎかねない。間違いなく使い魔達がいなかったらセキヤ国などとっくに滅んでいただろう。
だからこそアンドリュー子爵の言うことは正しいと理解できる。すると珍しくナイトが口を開いた。こういった話は苦手かと思ったが、ミチナガのためを思って意見を言ってくれるようだ。
「俺は…優しさも必要だと思う。他を思いやれぬ王では人々は苦しむだけだ。」
「優しさ…確かにそうだな。俺は国とは人々のためのものだと思う。国を自分のものとしか考えないで自分勝手に国を動かせば人々はついてこない。人を思いやって優しさで国を運営する。確かにそれも良い王かもな。」
ナイトにしては意外な答えであったが、考えてみればナイトは元々孤児だ。しかも行く当てもなく、幼い頃は路地裏で生きて来た。そんな国に嫌気がさして国を離れ、人からも離れてナイトは森の中で生きて来たのだ。
そんなナイトだからこそ王とは優しさが、思慮深さが必要だと思ったのだろう。ナイトの答えを聞いて頷くミチナガに対し、メリアも口を開いた。
「私としては…魅力でしょうか。ゴテゴテに着飾った煌びやかな王はどうかとも思いますが…普通の服装で無精髭を伸ばしている王はどうかとも思います。」
「確かに。それは確かにそうだな。王がドロドロの汚い姿で出て来たら臣下も良い顔はしないだろう。美しい顔立ちで美しく着飾っているだけでも王だと思えるな。そういう考えもありだな。」
どんな王も宝石を散りばめた煌びやかな衣装で描かれる。王というものを深く考えていなかった時は、王は金ばっか使いやがってとも思ったことはある。しかし今こうして自身が王になるとTシャツに半ズボンというわけにもいかないだろう。
王としては最低限の衣服を身に纏わねば威厳を失う。さらに素の見た目も良ければ良いほど良いだろう。顔立ちの整ったイケメンでも良いが、筋骨隆々の王というのも威厳がある。そう、見た目だけでもやりようによっては威厳を醸し出せる。
見た目の良い王様。それもあながち的外れというわけではない。見た目もしっかりしてこその王様だ。するとリッキーくんが、素のヴァルドールとして意見を発した。
「王とは力だ。力無き王では人々はついてこない。我は力で吸血鬼達の王となった。故に王とは力である。そう我が王に進言します。」
「力…か。確かにそうかもな。力がなくては人々を守れない。弱い王では周囲の国々への牽制にはならない。強い王…強さもまた王として必要なのかもな……」
リッキーくんは、ヴァルドールはかつて100年戦争時代に吸血鬼を束ねる王として世界中で戦いを繰り広げていた。強さこそが全て。そんな言葉が当たり前な時代に王として君臨していたヴァルドールならではの言葉だ。その言葉には重みがある。
弱き王では人々を救えない、導けない。王とは強さそのもの。そういう考え方も間違いとは言えない。むしろ弱い王は王と呼べるのか、そんな疑問がミチナガの中に浮かんだ。するとアンドリューとメリアがオロオロとしている。
「あ、あの…リッキーくんは王とか…吸血鬼とか…一体…」
「ん?……あ!そういえば昨日アンドリューさん眠っちゃったから言ってなかったっけ!メリアは当然知らないもんね。それじゃあ今は人目もないし…紹介します。リッキーくんこと吸血鬼ヴァルドールくんです。パチパチパチ…」
リッキーくんがその頭部を取り外し、素顔を晒す。その姿は数々の英雄譚に出てくる悪役、ヴァルドールそのもの。その正体を知ったアンドリューとメリアは慌てふためき混乱する。
そんな二人をなんとか落ち着かせて、現在は何にも怖いことはないんだと理解させる。しかしそうは言ってもヴァルドールは世界で一番有名な悪人である。悪の中の悪、吸血鬼神、虐殺神、英雄殺し、その悪名だけでも数多の呼び名がある。
そんなヴァルドールに対する怯えをなんとか払拭するのに数時間を用した。とりあえずなんとかヴァルドールのことを信頼してもらったので、このことは口外しないという約束だけしてその日はお開きになった。
部屋に戻るとミチナガは一人窓際に佇む。4人からはそれぞれ意見を言ってもらったが、しっくりくる答えはまだ出ていない。ミチナガはしばしの間、思案にくれた。
「王とは何か…多分こういうのは考えても答えは出ないんだろうなぁ……だけど…だけどこの答えは、いや答えじゃなくてもなんか…何かこう…欲しいんだよなぁ…」
ミチナガは王としての求める方向性を求めていた。王とはどうあるべきなのか、今後王として生きるためにはどんな風になれば良いのか、その方向性さえわかればこの不安も取り除かれるだろう。
「ああもう!わからん!全くわからん!そもそも俺は一般人だ!商会の商会長として活動するだけでも大変なのに、王としても活動しなくちゃいけないなんてそんなのはわからん!ああもう!もう寝る!」
ミチナガはベッドにダイブして布団にくるまった。しかしなかなか寝付けない。頭の中から王とはなんなのかという疑問が離れてくれないのだ。どんなに考えても答えの出ない疑問。そんな疑問に2時間、3時間と思案を続けたミチナガは徐々に疲労がたまり、眠りについた。
そして現在、ミチナガはホテルのロビーまでやって来た。外では使い魔たちがミチナガのパレードの準備を済ませている。胃が痛い。あまりにも胃が痛くて蹲りたくなる。体調が悪いから俺は休む、そう言いたくなる。しかし皆が一生懸命準備してくれたのを知っている。だから今更逃げ出せない。
ついにホテルの外に出たミチナガは太陽の光を憎く思う。こんなにも自分は思い悩んでいるのにいつもと変わらず、いやいつも以上に明るく照らしやがる。そんなミチナガが出て来たことで歓声が上がる。ミチナガはその歓声に対し、とりあえず手でも振ろうとする。しかし皆が見ているのは空だ。
「一体何を見ているんだ?」
ミチナガも人々と同じように空を見上げる。するとそこには見たこともない光景が広がっていた。この世界では決してありえない光景。ミチナガでさえも自身の目を疑った。
そこにあるのは飛行機であった。大型の飛行機が隊列を組んで5機もこちらに向かって来ているではないか。ミチナガが大口を開けてその光景を見ているといつの間にか使い魔たちが集まっている。
『ポチ・時間ギリギリだね。よかったよかった。』
『社畜・おお!無事ここまでたどり着いたのである!成功である!』
『サクラ・見事!今後は桜花航空師団と名付けよう。』
『ピース・そ、それだと爆発しちゃいそうな気が……』
「やっぱりお前らの仕業か…」
飛行機開発。そんなものに着手していたとは知らなかったミチナガは実に驚かされた。一応サクラの能力で戦闘機である桜花があるため、飛行機の設計は行いやすかった。しかし動力源の開発や大型化などの問題でなかなか開発が進まなかったらしい。
しかしここ半年でようやくある程度のものになったので試験導入したらしい。そんなこの飛行機は一体どこから飛んで来たかといえば…セキヤ国からだ。
「お、おい!なんか降りて来たぞ!」
「何あれ…人だわ!」
一直線に並んでやって来た飛行機は突如ハッチを開けて人を降らせて来た。しかもよく見ると鎧を着込んだ状態で他にはパラシュートも何も装着していない。いくら魔法のある世界でもこの高さでは飛行魔法が使えでもしない限り着地と同時に死に至るだろう。
降り立って来たのは総勢500人の騎士たちだ。そんな500人全員が飛行魔法を使えるとは思えない。その光景に思わず血の気が引くミチナガであったが、突如砂埃が舞い上がった。その砂埃は騎士たちを包み込み、落下速度を落とした。
そして500人の騎士全員が何事もなかったように地面に着地する。そんな騎士たちの先頭にはミチナガもよく見知った男、イシュディーンの姿があった。
「イシュディーン…それにみんなも…来てくれたのか。」
「お久しゅうございます陛下。我らセキヤ王国騎士団500名、陛下の晴れの舞台にいても経ってもいられず、無理を言って駆けつけました。」
ミチナガの目の前で500人の騎士たちが一斉に膝をつく。その光景にミチナガは歓喜した、心震わせた。ありがとうと言って一人一人抱きしめたいくらいだ。しかし今はそうするべきではない。そのくらいの分別はミチナガにもある。
しかしそんな彼らに対して一体何をしたら良いかまるでわからない。王として振舞うべきなのはわかる。しかしミチナガは未だどんな王になれば良いかまるでわからない。だからどんな王として振る舞えば良いのかわからない。
そんなミチナガがふと横を見るとポチの姿があった。ポチもこの光景に感激して体が震えている。メイドたちも、ミチナガに同行して来た騎士たちも全員ミチナガに膝をついている。そんな彼らの先にいるのは自分だ。そう思った時ミチナガは初めて王としての自覚を持った時のことを思い出した。
シェイクス国でもうダメだと思った時、ミチナガのことを思い駆けつけてくれた人々。命をかけてミチナガのために戦ってくれたものたちの姿を。あの時の戦場を思い出したミチナガは、自分がどんな王になるべきなのか、なんとなくわかった気がした。
「そっか…人だ。俺は決して王じゃない。ただの人間だ。特別なんかじゃない…俺はただの人間だ。特別な存在になろうとしなくて良いんだ。」
『ポチ・何かわかったの?』
「ああ、なんとなくだけどな。俺は王になるべき男というわけじゃない。普通に生きていけるただの凡庸な男だ。だけど…だけどそんな俺でも…みんなが俺を王にしてくれる。俺が王になるんじゃない。みんなが俺のことを王にしてくれるんだ。」
ポチはミチナガのすっきりとした表情を見て笑顔になる。随分長々と考えたけれど、答えなんてものは案外単純だ。いや、まだ答えにはたどり着いていないのだろう。本当の答えを得るのはまだまだこれからだ。
しかし答えを得るためのとっかかりは得た。自分がどんな王になるか、みんなのためにどんな王様になれるか。そのとっかかりさえわかれば後はなんとでもなる。
「俺はただの人間だ。特別なんかじゃないただの人間。そんな俺でも…皆が俺を慕ってくれる。皆が俺を王にしてくれる。俺がどんな王になるか…それはこれからの出会いでいくらでも変わっていくんだろうな。だけど…だけどそんな俺を王にしてくれるものたちがいる限り、俺は王でいよう。王としてあり続けよう。いくぞポチ。」
『ポチ・はいはい…どこまでもついて行きますよ。僕たちの王様。』
ミチナガは一歩一歩確かめるように歩いた。一歩踏み出すごとに笑みが出そうになる。王は笑って良いのか。いや、ミチナガを慕うものたちはミチナガの明るく楽しい笑顔を親しんだ。だから笑みを浮かべよう。
己の全てを皆が肯定してくれる。そんな王で良いと思ってくれている。だからいつも笑っている王様でいよう。明るく楽しく、それでいて王としての威厳を保とう。ミチナガの雰囲気がガラリと変わった。先ほどまでの緊張していた凡庸な男とは思えぬオーラを放っている。そんなミチナガはイシュディーンの前に立った。
「皆よく来てくれた。色々話したいことはあるが、今はやめておこう。だから俺から今言えるのはただこれだけだ。…着いてこい!!」
「「「「「おぉ!!」」」」」
ミチナガはただ歩いた。メリアのような華やかさはない。リッキーくんのような面白さも、ナイトのような雄々しさもない。アンドリューのような知名度もない。それでもミチナガは後ろに騎士団を引き連れてただ歩いた。
その光景は異様であった。先ほどまでのパレードが嘘のようだ。観衆はその様子を見て驚いた。先ほどまでの歓声が嘘のようにピタリと止んだ。観衆はただ単に、単純に崇高の念を抱き、頭を下げた。
ド派手なパレードの最後尾を歩くミチナガ。そこには歓声はない。目を奪われるような催しはない。それでは先ほどまでのパレードの大トリとしてはダメなのかというとそうではない。最高の大トリだ。観衆も、その後ろに続く騎士団たちも一目で理解した。
そこにはまさに王がいた。誰が見ても異論を唱えることのない王がいた。誰もが認める王がそこに誕生した。
ミチナガ商会所属。ミチナガ商会創設者にして現商会長。世界に数多の商会あれど、この商会こそが世界一の商会と呼ぶものも多い。わずか設立数年で世界貴族になり、国を起こし、世界有数の商会まで上り詰めた。
彼の功績を挙げればきりがない。火の国の救世主、アンドリュー自然保護連合同盟の影の立役者、ブラント国の救国の英雄。他にも多くの国々がミチナガ商会によって食料問題を解決し、国の発展をすることに成功した。
年商金貨1000億枚以上。商国セキヤ・ミチナガ。そこらの国の国家予算を軽く稼ぐこの男の年収はすでに計測が困難だ。そんなこの男はミチナガ商会の商会長として、セキヤ国の王として、そして世界貴族として再び英雄の国へと舞い戻った。
10
お気に入りに追加
545
あなたにおすすめの小説
半分異世界
月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。
ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。
いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。
そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。
「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
どーも、反逆のオッサンです
わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。
蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-
星井柚乃(旧名:星里有乃)
ファンタジー
旧タイトル『美少女ハーレムRPGの勇者に異世界転生したけど俺、女アレルギーなんだよね。』『アースプラネットクロニクル』
高校生の結崎イクトは、人気スマホRPG『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-』のハーレム勇者として異世界転生してしまう。だが、イクトは女アレルギーという呪われし体質だ。しかも、与えられたチートスキルは女にモテまくる『モテチート』だった。
* 挿絵も作者本人が描いております。
* 2019年12月15日、作品完結しました。ありがとうございました。2019年12月22日時点で完結後のシークレットストーリーも更新済みです。
* 2019年12月22日投稿の同シリーズ後日談短編『元ハーレム勇者のおっさんですがSSランクなのにギルドから追放されました〜運命はオレを美少女ハーレムから解放してくれないようです〜』が最終話後の話とも取れますが、双方独立作品になるようにしたいと思っています。興味のある方は、投稿済みのそちらの作品もご覧になってください。最終話の展開でこのシリーズはラストと捉えていただいてもいいですし、読者様の好みで判断していただだけるようにする予定です。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。カクヨムには第一部のみ投稿済みです。
ドグラマ3
小松菜
ファンタジー
悪の秘密結社『ヤゴス』の三幹部は改造人間である。とある目的の為、冷凍睡眠により荒廃した未来の日本で目覚める事となる。
異世界と化した魔境日本で組織再興の為に活動を再開した三人は、今日もモンスターや勇者様一行と悲願達成の為に戦いを繰り広げるのだった。
*前作ドグラマ2の続編です。
毎日更新を目指しています。
ご指摘やご質問があればお気軽にどうぞ。
マギアクエスト!
友坂 悠
ファンタジー
異世界転生ファンタジーラブ!!
気がついたら異世界? ううん、異世界は異世界でも、ここってマギアクエストの世界だよ!
野々華真希那《ののはなまきな》、18歳。
今年田舎から出てきてちょっと都会の大学に入学したばっかりのぴちぴちの女子大生!
だったんだけど。
車にはねられたと思ったら気がついたらデバッガーのバイトでやりこんでたゲームの世界に転生してた。
それもゲーム世界のアバター、マキナとして。
このアバター、リリース版では実装されなかったチート種族の天神族で、見た目は普通の人族なんだけど中身のステータスは大違い。
とにかく無敵なチートキャラだったはずなんだけど、ギルドで冒険者登録してみたらなぜかよわよわなEランク判定。
それも魔法を使う上で肝心な魔力特性値がゼロときた。
嘘でしょ!?
そう思ってはみたものの判定は覆らずで。
まあしょうがないかぁ。頑張ってみようかなって思ってフィールドに出てみると、やっぱりあたしのステイタスったらめちゃチート!?
これはまさか。
無限大♾な特性値がゼロって誤判定されたって事?
まあでも。災い転じて福とも言うし、変に国家の中枢に目をつけられても厄介だからね?
このまま表向きはEランク冒険者としてまったり過ごすのも悪く無いかなぁって思ってた所で思わぬ事件に巻き込まれ……。
ってこれマギアクエストのストーリークエ?「哀しみの勇者ノワ」イベントが発動しちゃった? こんな序盤で!
ストーリーモードボス戦の舞台であるダンジョン「漆黒の魔窟」に降り立ったあたしは、その最下層で怪我をした黒猫の子を拾って。
って、この子もしかして第六王子? ってほんとどうなってるの!?
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
異世界隠密冒険記
リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。
人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。
ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。
黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。
その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。
冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。
現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。
改稿を始めました。
以前より読みやすくなっているはずです。
第一部完結しました。第二部完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる