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第327話 脱けだすために

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「それじゃあエリーをうちで雇うにあたってお姉ちゃんもうちで働いてくれないかな?エリーも一人じゃ寂しいだろうし…頼れる家族は近くにいた方が良い。」

「わ、私もですか…でも私なんて…お役に立てるかどうか。エリーの足を引っ張ることになるかも…」

「そんな即戦力にとは考えていないよ。エリーだってしばらくは絵の勉強をしないと。お姉ちゃんも色々勉強してやりたいことを探せば良い。うちはいつだって人材不足だからね。ってそういえばまだ名前聞いてなかった!これは失礼したな。名前はなんていうの?」

「エーラです。でも本当に私まで良いんですか?負担になることだって…」

「エーラとエリーの2人だろ?その程度の負担はどうということない。なんせ俺は未だに赤字国家2つも抱えてんだから。まあセキヤ国の方はだいぶ赤字は少なくなってきたけどね。ああ、そんなことよりも早速この書類にサインしてもらおうかな?うちで働くことに関する契約書。」

「はい。あ…えっと……ごめんなさい。文字読めなくて…」

 エーラは貧しい環境下で育ったせいで文字を読み書きすることができない。かろうじて自身の名前はかけるが、その程度だ。そして契約書の中には文字を読み書き出来ない者が騙されない様に文字を読めない者は契約できない様にする魔法がかけられていることがある。

 ただ基本的にそんな契約書は高額なため使われることはない。よって契約書で騙されることもまだまだ多いらしい。ただミチナガはそんな騙す気がないため、その高額な契約書を用意している。その契約書で契約を交わす際には読み聞かせれば問題ないので、ミチナガは契約内容を読み上げていく。

「…ってことでここまでが基本的な規則事項で、契約内容は3年間はミチナガ商会の元で勉学をしながら時折実地研修も行う。ただし、本人からの申し出とこちらの許可が下りれば3年経つ前にでも正式採用が可能。3年間の間の生活費は全額こちらで負担して、特別給金として月額金貨2枚を支給する。」

「ちょ、ちょっと待ってください!契約内容があまりにも良すぎて…今までだって月に金貨1枚ももらったことないのに…」

「あ、そうなの?でもうちの従業員は基本月に金貨8枚とか10枚とか渡しているからな。そこと比べたらかなり低いよ?まあ生活費も負担するから実質…金貨5枚くらいかな?まあそれでも十分黒字だからうちに悪影響はないよ。うちは社員待遇よくしていますので。ホワイト企業よホワイト企業。」

 あまりに破格の待遇に思わず手が震える。なんせ今の商会では一般従業員の給金は月額金貨3枚と大銀貨5枚ほどだ。この国の平民の平均月収は金貨3枚に届かないので十分良い方だ。それなのにエーラは勉強しているだけで生活費は全額支給されるし、給料として金貨2枚までもらえる。

 あまりにも好待遇。これが夢なんじゃないかと、嘘なんじゃないかと疑うほどだ。しかしミチナガ自身はそうは思っていない。エーラとエリーの勉強にはまた別途金がかかると考えているので、そのあたりを含めて、他の従業員から文句が出ない様に少なめの金額設定にしてある。

 誰か一人を特別待遇すれば他の従業員から反発があるのは間違いない。だからあまり特別待遇にならない様に少し厳しめに設定したのだが、これでも十分喜んでくれることをミチナガは驚いているし、喜んでいる。

 エーラは残りの話も聞き、二つ返事で契約書にサインした。これでエーラは正式にミチナガ商会の預かりとなった。ただ、今働いている商会はちゃんと正式な手続きでやめなくてはならない。ただ一悶着起きそうだと予想したミチナガは一つの書類を取り出した。

「もしも何かあった時はこの書類を使うと良い。俺直々の書面だから無視できない。今君のバックには俺が、ミチナガ商会がついている。自慢になるし、嫌味っぽくなるからあまり言いたくないけど、この国で俺より偉い奴はいないからエーラに害することのできる奴はいないよ。」

「そ、そんなに凄いんですか……この国の王様でも?」

「ん~…まあそうだけど、この国の王様良い人だから迷惑はかけないであげてほしいな。むやみやたらにそれ使わないでね。というか今の所辞めたらその書類返してね。悪用されると面倒だし。」

「も、もちろんです。」

 商人の魔帝としては世界十指に入るミチナガ商会と敵対する様なバカはいない。そしてすでに敵対したダエーワがあんな無残な形になったのは周知の事実。たとえ魔神でもそうそう手は出さない。ましてやこの国の王程度ならば手を出せるわけがない。

 契約を交わしたエーラに対しミチナガはお祝いのパーティを夜にでもしようと提案したが、エーラはエリーとちゃんと話し合って、仕事も正式に辞めてからの方が良いと断った。そもそもまだエリーはミチナガの元で働くことに対して了承していない。

 まだちゃんと決まってもないのにパーティを開くのはあまりに時期尚早だ。これにはミチナガも浮かれすぎたと少し反省する。まだ夕方にもならないが、話が思いの外早く済んだので今日はここで解散だ。

「じゃあまた明日…もしくは話が長引きそうなら明後日かな?まあなるべく早くエリーにも話を通してくれると助かる。」

「はい、期待に添えるような返事ができるように善処します。」

 ミチナガとエーラはその場で別れた。頭を下げてミチナガを見送るエーラは頭を下げた際に大事なことに気がついた。衣装を借りっぱなしだということをつい忘れていた。

「み、ミチナガ様!衣装が!!」

「ん?ああ、それか。似合っているからエーラにあげるよ。大事にしてくれ。それじゃあ急ぐからじゃあな!」

 そういうとミチナガはどこからともなくやって来た魔動装甲車に乗り込み去って行った。エーラはというとどうしようかと頭を悩ませるが、ミチナガはくれると言ったし、今は返しようがないのでとりあえずそのまま着て行く。

 ただ綺麗な格好をして街を歩いていると道ゆく人々がエーラのことを羨望の眼差しで見つめる。それに思わず喜ぶエーラは軽くスキップをしながら家路につこうとした。しかしそこで一つのことを思った。

「まだ日も暮れてないし…今の内に仕事を辞めさせてくれるように頼んでこよ。」

 思い立ったが吉日だ。エーラはそのまま今勤めている商会へと向かう。エーラが商会の店先に現れると他の店員がエーラだとは気がつかずに挨拶をしてきた。いつもろくに関わろうとしないのに見た目が変わるだけで対応が全然違う。

 そんなことに喜ぶエーラであったが、逆に対応が違いすぎてなかなかエーラであると打ち明けることができない。そんなしどろもどろしているエーラの元に商会長がやってきた。どうやら店員に不手際があると思ったようだ。

「申し訳ありませんお客様、うちの店員の対応が悪かったようで。何かお困りでしょうか?」

「…し、商会長……お話があります。」

「……!そ、その声エーラか!い、いったい何が!」

 商会長の大声に店内がざわつく。今までまるで気がついていなかった店員もエーラのその変わりようを見て驚き、目を丸くしている。あまりの驚きに固まる商会長であったが、このままではまともな接客ができないと判断してすぐに会長室にエーラを連れて行く。

「…その声…本当にエーラなんだな?」

「はい、化粧と服装が違うだけでエーラです。それよりも商会長、お話を聞いてくれませんか?」

「わかった、わかったから少し待ってくれ……」

 備え付けのポットからコップに水を注ぎ一気にあおる。さらにもう一杯飲んだところでようやく落ち着いてきたのか椅子に腰掛けてため息をついた。

「それで?話とはなんだ。」

「私この商会を辞めたいんです。商会長には幼い私を雇ってくれた恩義があるのにこんな突然やめるなんて言ってすみません。だけど私は…」

「ふざけるな!ようやく仕事だってまともにできるようになったのに、今になって辞めるだと!これまで誰のおかげで飯が食えていたと思う!誰のおかげでまともに生きていけたと思う!」

 豹変したように罵詈雑言を浴びせかける商会長に対し、エーラは何も言わずに俯いていた。商会長が言っているのは事実だ。仕事はミスばかりで迷惑ばかりかけてきた。はっきり言ってお荷物だった。エーラのために無駄に仕事をしたことだって、儲けが減ったことだってあっただろう。

 仕事がまともにできるようになったのはここ1~2年のことだ。その恩義を返せていないのに辞めるなんてあまりにも都合が良い。商会長が怒鳴るのだってわかる。

 しかしミチナガからの誘いはこんな生活から抜け出す最初にして最後のチャンスだ。このチャンスを掴まないわけにはいかない。エーラは俯いていた顔を上げて商会長の顔をはっきりと見る。

「商会長のご恩は忘れていません。私が働き始めたら今まで迷惑をかけた分のお金は払います。だから…」

「ふざけるな…ふざけるなよ…ようやく食べごろだと思ったのに。」

「しょ、商会長?いったい何を…」

 怒りに震える商会長は突如エーラに飛びかかってきた。組み伏されるエーラは商会長の重みで動くことができない。そしてエーラは組み伏された状態で商会長の顔を見て…全身に鳥肌がたった。

「お前がガキの頃から待ったんだ。育てば良い女になると思って。案の定お前は良い女になったよ。お前がここまで育つためになかなかの金を払うことになったが、良い投資だったと思ったよ。だけど…だけどお前はあの男の元へ行くだと!ふざけるな!」

「ヒッ…や、やめ……」

「もうあの男に抱かれたのか?あの男に抱かれたからあの男の元へ行くんだろ?この売女が!ふざけるな…ふざけるな!」

「み、ミチナガ様はそんなことしな…」

「まだ抱かれていないのか?これから抱かれるのか!それならあの男よりも先にお前をめちゃくちゃにしてやる!」

 商会長はエーラを雇った時から今日という日が来ることだけを待っていた。近頃エーラが感じていた不快感は紛れもなく事実であった。
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