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第316話 大山鳴動

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 アンドリュー子爵の映像は撮影されてからわずか5分後に使い魔を通じて世界中に配信された。ミチナガ商会の店舗では急遽映像を流す特別ブースが設置され、多くの貴族や国王の元へはディスク化された映像が運ばれた。

 そしてここに運ばれて来た映像に喜ぶ一人の国王がいる。穏健な王でアンドリュー子爵の大ファンだ。そしてアンドリュー自然保護連合同盟の一員でもある。そんな国王は映像を運んで来た男の慌てようを見て何かを察した。

 すぐに大勢を呼んで映像の鑑賞に入る。集まったのは宰相や大臣、騎士団長など国の重鎮ばかりだ。そしてそんな人々の前でアンドリュー子爵の助けを求める映像が流れ始める。

 最初見たときは全員理解できずにいた。ぽかんとした表情でもう一度映像を見る。そして2度見てようやく事態を理解した。そしてもう一度見たことで怒りに体が震え上がった。騎士団長に至っては奥歯が割れる音まで聞こえた。

「…最後の…頭を下げたとき見たか?わずかに流れ落ちた涙の跡を。悲しみに打ち震えるあの姿を。なんということだ。あんなお優しい方に対して…兵を放つだと?」

「陛下!これはあまりにも!」

「わかっておる。わかっておるよ騎士団長。あの方が泣いていた。あんなに毎日毎日楽しそうにしていたお方が涙を流して助けを求めて来た。我々を信頼して助けを求めて来た。これは嬉しい。そして…それ以上に私は怒っておるぞ……騎士団長、兵を集めよ。宰相、我が国の民を集めよ。それからミチナガ商会にも声をかけよ。これより1時間後、声明を出す。」

 王の表情を見た大臣たちは恐怖に震えた。この王のあんな表情は見たことがない。しかしそれと同時に大臣たちも奮起した。そしてすぐに自身の私兵にも招集をかけた。

 1時間後、大勢の人々が集まった広場の上方に国王は現れた。その姿は鎧に包まれている。かつて一度も戦場に出たことのない国王が鎧を着込んでいるのを見た人々は息を飲んだ。

「皆、よくぞ集まってくれた。1時間前、私の元にミチナガ商会から一つの映像が届いた。その映像はアンドリュー自然保護連合同盟、連合同盟長のアンドリュー殿からだ。まずは皆にもこの映像を見て欲しい。」

 そして大勢の前でアンドリュー子爵の映像が流れる。それを見た多くの人々は声を失った。静寂に包まれる広場で国王は再び声をあげた。

「我が国は比較的裕福だ。しかしそれでも足りぬものは多くあった。金属や他にも色々とな。しかしアンドリュー自然保護連合同盟に加入した今ではこの国はかつてないほど栄えている。隣国はこの国の豊富な資源を狙っていたが、加入後は良き同盟国、良き隣人としていさかいなく、平和に暮らせている。」

 食料の豊富なこの国はよく周囲から狙われていた。いつ戦争が起きても不思議ではなかった。しかし今では戦争が起きるなど杞憂だ。周辺国は全てアンドリュー自然保護連合同盟の加盟国。すでに街道の開発も終わり、毎日貿易が盛んに行われている。

「今のこの平和は全てアンドリュー子爵のおかげだ!そのアンドリュー子爵が今、ダエーワというクソ虫どもによって命の危機に脅かされている!我々はかの恩人のために立ち上がる時である!アンドリュー子爵がいなくなればこの連合同盟は無くなる!平和な毎日が終わりを告げる!かのお方は我らの救世主である!そして今こそ我々がアンドリュー子爵のために立ち上がる時だ!」

 王は剣を抜き放ち、天高く掲げる。これほど勇ましい王の姿をみたことがあっただろうか。これほどまで心震わせる王の姿を見たことがあったであろうか。王を前にして心震えた人々は拳を握りしめた。

「ここに宣言する!私が生きている限り、私はダエーワと戦い続けると!悪逆非道なる犯罪者を許すな!ウジ虫どもを薙ぎ払え!奴らを一人でも多くこの世界から消し去るのだ!私に賛同するものは私に続け!奴らを皆殺しにするぞ!これは聖戦だ!」

「「「「「おおおおおお!!!!!」」」」」

 あまりの声に大気が震え、地面が震える。そしてその様子はミチナガ商会により、使い魔により全世界に発信された。そして同じ時刻に他の多くの国々でも同様の声明は発せられた。アンドリュー自然保護連合同盟加盟国奮起の時である。




 そんな声明が発せられた1時間後、この動きは冒険者ギルド、商業ギルドでも大きな動きを見せていた。今も冒険者ギルドでは受付嬢が新たに発注された依頼書を掲示板に張り出していった。

 それは貴族たちによるダエーワの掃討依頼。手練れの冒険者向けの依頼書である。しかしその依頼書をみた冒険者たちはなんとも渋い顔をしていた。

「まあ気持ちはわからなくはないが…相手はダエーワだろ?流石に……なあ?」

「俺たち冒険者には荷が重いぜ。戦う気力も出ねぇよ。」

 冒険者たちは非常に冷静であった。相手はダエーワ。世界最大の犯罪組織である。それを敵に回すような命知らずでは冒険者は続けられない。ちゃんと相手を判断した上で戦うべきだ。まあそれも一部の例外を除く。

 そしてその一部の例外が依頼書を剥がしていった。一体どこの物好きだと剥がしていったものたちを見た冒険者は動きを止めた。

「なんで…グリファラ…A級冒険者……」

「おい、そこをどけ。」

「っな!!S級冒険者バデジャル!!貴族に召し抱えられて冒険者は引退したはずじゃ…」

「そのお貴族様からしばらく暇を貰ってな。休暇ついでに冒険者稼業一時復帰だ。」

 その後も名だたる冒険者たちが、引退したはずの冒険者たちまでもどんどんダエーワ討伐の依頼を受けていく。中には急造のパーティまで作るものまでいる。しかもその人数はさらに増えていく。

「おい!もうダエーワ討伐の依頼はないのか!」

「なんだ一足遅かったな。なんならうちのパーティに加わるか?」

「おお、助かる。お前らもあの映像見てきた感じか。」

「当たり前だ。あれを見て立ち上がらないのは男じゃねぇ。それじゃあ商業ギルドに行くぞ。武器と食料が大量に必要になるからな。しかも半額はミチナガ商会が出資してくれるらしい。あの商会も本気だな。」

 幾人もの冒険者たちが互いに情報交換しながら次々と冒険者ギルドを立ち去って行く。その様子を見ていた他の冒険者たちはその姿に触発され、彼らについて行く。そして1時間も経たないうちに冒険者ギルドから冒険者の姿はなくなった。

 こんなことになるのはごく一部の冒険者ギルドだけ、誰もがそう思っていた。だが同じように引退したはずの高ランク冒険者、貴族に召し抱えられた高ランク冒険者、今なお現役で戦う高ランク冒険者たちが皆一様にダエーワの討伐に乗り出した。

 元々、ダエーワと戦いたいと思う冒険者は少なからずいた。しかし少人数でダエーワと戦うのは不可能だ。しかし今はアンドリュー子爵の映像によって大勢の人々が立ち上がった。そうなればそれに便乗するものも多く出る。

 そして便乗するのは冒険者たちだけではない。かつてダエーワによって被害にあったものたち、今尚ダエーワによって被害にあっているものから匿名の情報提供が寄せられてきた。中にはダエーワに関係ない情報もあるだろう。しかしとにかくダエーワと思わしき情報に冒険者たちや、貴族たちは食いついた。

「西の森に山賊が住み着いているんです。奴らは以前村を襲った際に俺たちはダエーワの傘下の盗賊だと言っておりました。」

「西の森だな?よし、斥候を放て!冒険者たちに情報を知らせよ!一人たりとも逃すな!我が兵たちには森を取り囲むように伝えよ!ネズミ1匹逃さんぞ…」

 そしてある時には行商人から隣国の情報も寄せられた。

「隣国にはダエーワの拠点があります。奴らは国の内部まで侵食しているようです。アンドリュー自然保護連合同盟に加盟していないのも怪しいかと…」

「奴らは前々から怪しいと思っておったのだ。兵を集めよ!隣国に攻め入るぞ!ダエーワを滅ぼせぇ!」

 人、情報、物資、そして大義名分。これさえ揃えばそれは止めようのない強大な力になる。そして動き出したこの力の前に魔神でさえも息を飲んだ。たった一人の男の呼びかけによって動き出した世界の流れを止められるものはいない。

 魔神さえも恐れさせるほどの強大な力が今、動き出した。
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