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第293話 商国

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 ぐったりと疲れ切った表情を見せる3大商会の商会長の前でミチナガは何事もなかったかのように涼しげな表情をしている。これで完全に3大商会に戦意はない。ミチナガは早々に予定していた話を始めようとする。

「少し話をしましょうか。皆さんのことはマッテイさんから話を聞いて、自分の目でも見てきたので大体のことはわかっています。それで少し提案なのですがよろしいですか?」

「ふふ…好きにしなさい。もう終わりよ……」

 メイリヤンヌは自暴自棄になり始めた。他の2人もまるで介錯待ちの死刑囚のようだ。ミチナガは一つ咳払いをしてドルードの方へ向いた。

「まずはドルードさん。仕事をお願いしたいんです。船を作ってください。うちの仲間は船に弱いみたいで揺れの少ないものを作りたいんです。なので…とりあえず300くらいですかね?」

「さ、300隻も作るのか!?」

「いえ、セキヤ国は海に面していないのでそんなにいらないです。全長300mの船を作ってください。」

「300mの船だと!?!?そ、それは無茶だ!うちの造船所じゃ良くて100mまでだ!そんな大きな船……」

「なら造船所も作り直してください。もちろん必要な費用と物資はうちで用意しますよ。ただゆくゆくはそうですね…500…くらいの大きさは欲しいですかね。」

 ミチナガの突拍子も無い発言にドルードは固まる。ドルードの今まで造船した最高の大きさは100mだ。これを自身の誇りとしてきたがその3倍の船を作れと言われている。まず無理だ。それだけの大きさの船を作れる自信が湧いてこない。そんなドルードの目をミチナガは真っ直ぐに見つめた。

「やらないのなら他を当たる。どうする?やるか?やらないか?船大工ドルード。いつまでその腕を燻らせておく。男なら…そのくらいの夢見たくないか?」

「…見てぇ……見てぇさ!情けなくぶるっちまったが俺も男だ!男ならそんな夢みてぇさ!やりてぇ…なんとしてでもやりてぇ!!だが…俺にできるかどうか……だ、だがやりてぇ!!頼む!俺にその仕事やらせてくれ!」

「よし、じゃあミチナガ商会はシドリア商会に発注する。300mの船を造れ!そしてゆくゆくは…500m……俺にあんたの夢と驚きを見せてくれ!」

「おう!確かに受注された!!任せろ!!!」

 ドルードの目に闘志が宿った。この世界のドワーフという職人は無理難題を押し付けられるとよくあの目をする。ミチナガはあの目を見るのが好きだ。特に腕を燻らせていた男がああやって闘志に燃える姿を見ると見ているこちらまで力をもらえる気になる。

 次にハルマーデイムの方を向いた。ミチナガと目が合い思わずたじろぐが体を震わせながらも目だけは逸らさない。するとミチナガはスマホから一品の料理、カレーを取り出した。

「こいつはカレーというものだ。このあたりだと珍しいかな?複数の香辛料を使っているから香辛料の生産地でしか食べる機会はないだろう。大量の香辛料が入っているから刺激が強い。俺の故郷では船で生活する海軍が海の上で曜日感覚を狂わせないために週に一度、決まった曜日に食べさせていた。」

「これは…確かに刺激の強いものですね。しかしこれが一体…」

「これを作る際には毎回香辛料の混ぜる必要があるんだけど…それをひとまとめにした固形のカレールウがこれだ。大体100gで5人前のカレーができる。具材はジャガイモに玉ねぎなどといった保存に適している食材だ。これを大量生産したら…売れそうかい?」

 ハルマーデイムはカレーをもう一口、もう二口食べる。ハルマーデイムは長年海の男たちを相手に商売をしてきた。だからこそ船乗りは何を求めているのか知っている。知っているからこそこれは間違いなく当たることを確信した。

「食品の加工工場。あんまり売れ行きが良くなくて潰れそうなんだろ?改装してカレールウの専門工場に改築すれば費用も浮かせられるだろ?まあ必要な分はこちらからも出資させてもらうよ。」

「ミチナガさん!是非とも!是非ともお願いします!!」

 ハルマーデイムと固く握手を交わす。そして最後にメイリヤンヌの方を向いた。ビクリと身体を震わせたメイリヤンヌを前にしてミチナガは口を開いた。

「この街の店で真珠を見た。白い真珠だったがあまりにも色艶は悪い。3流品も良いとこだ。あれでは海上都市で売られている傷物の安値で売られている真珠の方がよほど価値がある。」

「知っているわよ!この辺りだとあの真珠貝は上手く育たないってことくらい。それが何!」

「マッテイさんが言っていましたよ。白い真珠は大した事ないが、うちの黒真珠は世界最高だって。見せてもらえますか?」

 ミチナガがそう言うとメイリヤンヌは少しためらってから、懐から一つの箱を取り出した。その中には大玉の黒真珠がつけられた指輪があった。その横には小さいが色艶の良い黒真珠が置かれていた。

「…うちの家宝よ。ここまで大きい黒真珠は100年に1つできるかできないか。黒真珠の養殖を細々とやっている今じゃ2度と作れないかもね。よくできるのはこっちの小さいやつ。」

 よくできる小さい黒真珠は確かに家宝と呼べれるものと比べればかなり小さい。しかし一般的な海上都市の白真珠よりも少し大きい。ミチナガはその真珠を手袋をはめ、手にとって観察した。この街に出回る質の悪い真珠と比べてこの黒真珠は実に良い光沢と黒さを放っている。間違いなく一級品の黒真珠だ。

「これをいくつ用意できますか?」

「欲しけりゃいくらでも用意してあげるわよ。値段は…今は1粒金貨1枚。その程度よ。」

 メイリヤンヌは明後日の方向を向きながらミチナガへ答えた。一粒で金貨1枚と言うとなかなかの価値のように思えるが、メイリヤンヌの作成している黒真珠は2年ものだ。2年かけて金貨1枚と言うのは正直採算を取るのは厳しい。

 しかしそれでもこれほどまで値段を下げないと売れない。そこまで人気のない黒真珠を今でもこだわって売っているのは代々黒真珠を扱ってきたというのもある。しかしそれ以上にメイリヤンヌは一族が大切に育ててきた黒真珠に誇りを持っていた。だから売れなくても育てるのだ。

 ミチナガは少し考え、スマホを少しいじるとまた考えた。そして1~2分ほどメイリヤンヌを待たせるとようやく納得した表情になった。

「それじゃあ黒真珠を在るだけ買う。今見せてもらったこのレベルなら…一粒金貨8枚で買おう。これより小さい場合は金貨5枚だな。」

「ちょ、ちょっと待ってよ!私は金貨1枚で良いって……だって…あ、あんたわかっているの!?黒真珠は人気がなくて……」

「それはこの辺りでだろ?俺はそれなりに広い流通網があるからな。はっきりいって今この値段で入荷しても俺はその倍…いやそれ以上の値段で売りさばける。この黒真珠にはそれだけの価値がある。俺はそう判断した。それから作るのに時間がかかるのなら今のうちから増産しておいてくれ。今入荷しても来年にはなくなっているだろうからな。」

「そんな…だって……わ、わかっているの!うちには在庫の黒真珠が数万はあるわよ!それ全部なんて言ったら金貨10万や20万はかかるのよ!それだけの赤字が……」

「いや、金貨20万程度じゃ……ねぇ?今の所、俺の予定ではシドリア商会にはとりあえず造船所作るので金貨3000万枚は投資するし、ロッデイム商会には工場改築のために金貨500万枚投資するから…正直20万程度じゃ別に…あ、メランコド商会も今のうちから黒真珠大量生産できるように養殖所増設する?金貨100万枚くらい投資すれば足りるかな?」

 ポンポンと大金が出てくるためミチナガ以外の全員が頭を抱えている。そんなミチナガの発言を聞いて笑いを堪えているのはミチナガの背後に立つ騎士くらいなものだ。

「あんた…そんなに簡単に大金出して何も問題ないの?しばらくはその全額が赤字になるのよ?金貨4000万枚くらいの赤字になるのよ?私たちはすぐに成果を出せないし……」

「いや、別にそのくらい。すでにセキヤ国建国した時に金貨数億枚の赤字出しているし。なんならセキヤ国にまだまだ金使っているから赤字増え続けているし。それと比べると可愛いもんでしょ。それに金貨4000万枚でしょ?……ミチナガ商会の方で一ヶ月普通にそのくらいの黒字は出るから潰れることはないよ。この程度で共倒れの心配ないから安心して。」

 その言葉を聞いてさらに頭をかかえる。ミチナガの護衛の騎士は笑っている。メイリヤンヌもハルマーデイムもドルードもミチナガという男の大きさを理解できていなかった。自身の想像を超える程度にしか考えていなかったのだ。

 商国の魔帝ミチナガ。単純に魔帝クラスだと考えると、魔帝クラスの人間というのはこの世界には何人もいるためすごいのかもしれないがそこまででもない。しかしこの世界には魔神クラスの商人はいない。つまり商人としての魔帝クラスというのは商人の世界最高の地位に当たる。

 だがそんなことミチナガは気がついていない。商国の魔帝と呼ばれるようになった時点でミチナガはこの世界の商人の中で10本の指の中に入るほどの強大な商会になったことを。商人としてミチナガの敵になれる商会はすでにこの世界には9人しかいないことをまだ知らない。
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