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第287話 トウと再開2

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 桜花を前にトウは観察を続ける。その瞳は尊敬と敬愛の眼差しでもあるが、それと同じくらい職人として見極めるための目になっている。

「鍛造のレベルが違う…ただ錬金術で生み出した金属より数倍は精錬されている……一体どうやったらこんなに美しい刃文が描ける………これは錬金術の腕の差じゃない…鍛治師としての腕によるものだ……この歳になってようやくこの凄さが少し理解できるようになった。すげぇ…」

「トウの兄貴…もう3時間は経っているぞ。今回は特別に許しているが、本来は時間制限があるんだぞ。」

「もう少し…もう少しだけ……これほど最高の教科書が他にないんだ。学べることは全て学ぶぞ。」

 それからさらに3時間。トウは日が沈むまで観察し続けた。しかしこれ以上はダメだということで強制的に退場措置を取らされた。なんとも名残惜しいが、トウはその後食事することもなくひたすら何かを書き続けた。

 グスタフの心配をよそにトウは翌朝までその作業をやめなかった。そしてさすがに朝飯くらいは食ってもらおうと呼びに来たグスタフはトウと目が合ってしまい、いきなり飛びかかられた。

「これを見てくれ!桜花を散々見たんだがな、師匠は折り返し鍛錬の際にわずかに温度を変えていることがわかった!具体的な温度はわからないが、その温度の違いがあの美しい刃文と強度を生んでいると俺はみた!それから使用していた薬品なんだがな、お前が使っているものとは違って…」

「なになに…こ、こいつを一晩で完成させたのか……なるほど…早速試してみよう!っとその前に師匠も言っていたが腹が減ってはいけない。飯だ!飯を食ってからやるぞ。」

「おお、そういえば腹が減ったな。じゃあちょっくら飯にするか。」

 すぐにトウとグスタフは朝食を食べにいく。騒がしい飯になるのかと思ったが、なんとも静かに行儀よく朝食を食べている。これもトウショウの教えで食事の時は仕事の話をせずに、しっかりと食事を噛み締めるということであった。

 職人というとサッと飯を食べそうなイメージもあるが、これはトウショウが地球にいた頃に奥さんに徹底的に仕込まれたからに他ならない。

 そして朝食を終えるとすぐに仕事に移る。温度を変化させながら鉄を打ち続けるのだが、何本やってもただの鉄くずになり果ててしまう。それでもグスタフが鉄を打ち、トウがそれを事細かに記録していくと徐々にものになり始めて来た。

「さっきよりは良いがまだダメだな。4回目の鍛錬の際の温度が悪かったようだが…どうだ?」

「ああ、そこで間違い無いだろう。今度はこういう組み合わせでやって見てくれ。」

 それから3日間、ただひたすらに鉄を打ち続けるとようやく満足いく一振りが完成した。そのまま研ぎまで終わらせると見事な鉄刀が完成した。材料費のことを考えて鉄だけで作ったため、ほかの合金の際にはまた温度管理が変わってくるが初の試みとしては成功と言える。

 そしてトウが用意した薬品に完成した鉄刀をつけて魔力を流すと刃文が生まれる。魔力刃文と呼ばれるこの刃文は、完成した刀剣に魔力を流すことで起きる刀剣の強度アップの際に金属の変質が起きて、生まれるものだ。

 この魔力刃文はどんな刀剣でも生まれるものでは無い。下手な刀剣だと魔力波紋が生まれる際の金属の変質の影響で金属が割れてしまう。そのため一般的には特殊な液体に長時間つけることでゆっくりと金属を変質させて魔力刃文を生み出すことなく刀剣を完成させる。

 そのため魔力刃文のある刀剣は一つの良い刀剣の目安になる。また生まれる刃文はどのような刃文になるか魔力を流すまでわからないので、一種の芸術性にもなる。

「こいつは会心の出来だな。綺麗な刃文もついている。」

「なかなかなもんだな。久しぶりに鉄だけで刀なんて打ったがなかなか良いもんだ。あ!そういや師匠の初期作品がいくつか手に入ったんだが見てみるか?」

「そういうことは早く言え!とりあえずこいつを保管したら見にいくぞ。」

 すぐに作業を終わらせ、休憩がてら刀の鑑賞に移る。グスタフの部屋の金庫に厳重に保管されている刀剣は木箱に納められ、文字が書かれている。

「見ろ、師匠の故郷の言葉の漢字だ。師匠は綺麗で複雑な文字を書くよなぁ…」

「この箱だけでもうっとりして見られるが、今は早く中身を見よう。」

 木箱の中に納められているその刀を取り出す。見事な漆塗りの鞘に納められたその刀身を抜き放つと不思議なことにその刀身には刃文が2つ並んでいた。

「おお!確かに師匠の初期の作品だ。見事な二重刃文だな。」

「師匠は魔力刃文のことを知らなかったからな。土置きをして強度の変化を行なって強度を増していた。この影響で一時期二重刃文は流行ったよな。俺も何度か作った。それで下手こいて刃文が重なっちまってひどいもんだった。」

「あの頃のあるあるだな。まあ二重波紋ができるだけでも十分価値はあったけどな。」

 二重刃文とはその名の通り、2つの刃文が生まれる異世界ならではの現象だ。土置きによる温度変化の刃文、魔力を流したことによる強度変化による魔力刃文。この2つの刃文がわずかにずれてできるこの二重刃文は、まるで押し寄せた波の後に新たなる波が待ち構えているような、力強さを感じさせると人気になった。

 ただし、その後トウショウによって土置きによる温度変化の通常できる刃文は、その後の魔力を通したことによる強度変化の際に、金属が割れやすくなることがわかったため、二重刃文は徐々に作られなくなった。

「…なあグスタフ。頼みがあるんだが…」

「ど、どうした急にそんな神妙なツラして……」

「実はよ…この後……甥っ子と会うんだ。日程でいうと…もう明日だな。」

「甥っ子ってぇと…じゃあ探していた兄貴が見つかったのか!良かったじゃねぇか!」

「良かったんだがよ…いざ会うとなると……緊張しちまって……もうかれこれ1年以上先延ばしにしちまったんだ。それでこれ以上先延ばしにしたらまずいってことで、今回無理やり日にち決めてよ…」

「まあ100年ぶり…いや会ったこともないのか。まあそれは緊張するな。それで俺に頼みってのはなんだよ。」

「…俺がどういうことしているのか知ってほしいからよ。俺の作った金属で作った刀剣を貸してほしいんだ。実物を見せた方が手っ取り早いだろ。」

「そういうことなら任せておけ。後で驚かせてやろうと思ってとっといた秘蔵の一振りがあるんだ。そいつを貸してやるよ。」

「助かる。悪りぃな。」

「そんな神妙な顔すんじゃねぇよ。全く…何事かと思ったぜ。……師匠との最後の約束。果たして来いよ。」

「…おう。」

 その翌日。再びイッシンと合流したトウは再び移動を開始する。いつものようにイッシンが空間を切り裂くと周囲のドワーフ達は思わず感嘆の声をあげる。照れながらもイッシンは目的地へと空間を切り繋ぐ。

「ここ通れば目的地の精霊の森ですけど…大丈夫ですか?」

「…問題ない。少し寝不足なだけだ。」

 嘘である。トウは全く眠れずに今日という日を迎えた。目の下のクマはくっきりと色濃く残っている。そもそもこの数日間、剣を作り続けていたため、もともと寝不足であった。それなのに丸一日眠れなかったためこの目の下のクマである。

 そしてトウは切り裂かれた空間を潜り抜けた。するとその先には森の大精霊が鎮座していた。初めて出会った森の大精霊にトウも思わず固まっている。

『全く…このように無粋に侵入されるのは好かない。しかし神剣の坊やにミチナガが関わっているのならば致し方ない。これを持て。あとは導かれる。』

 不機嫌そうな森の大精霊から渡された森の手形を手にトウはそのまま歩いて行った。やがて深い森の中を抜けていくと一軒の小屋が見つかり、その前には一人の男、ソーマが立っていた。

 トウは初めてソーマと出会った。しかし初めて出会う気がしない。それは亡き兄の面影が所々に見え隠れしているからだ。トウはゆっくりと歩を進め、ソーマの近くまで寄った。

「あ…その……なんだ…俺は…今はトウって名乗っているが……その…」

「ヤンさん…ですよね?幼い頃に父から聞いたことがあります。……父に変わって言わせてください。すみませんでした。私たちのせいで…ヤンさんには……」

「そうだ。懐かしい名だな。昔はそんな名前だった。…そう呼ばれていた頃の俺は兄貴を恨んでいた。だがな、今はもう…トウと呼ばれる俺は兄貴をまるで恨んでいない。それどころかソーマ、お前を立派に育てた兄貴を誇りに思っている。お前も……よく…頑張ったな」

 トウとソーマは近づきそのまま抱きしめあった。長い、なんとも長い歴史がこの二人にはある。二人はそれから少しずつお互いのことを話し出した。酒を片手に語り出した二人の話は止まることはない。

「っくぅ…やっぱりお前の酒は美味いな。兄貴の酒によく似ている。兄貴の酒は少し尖った飲みごたえだ。温厚だったけど酒に関しては荒々しかったな。」

「優しい父でしたが酒造りに関しては厳しかったです。トウさんは酒を作らなかったとか…」

「俺はドワーフらしくなくてな。酒も作れなきゃ鉄も打てない。だがな、炭作りと錬金術に関しては世界一だぞ。こいつを見せてやろう。俺の弟弟子に俺の作った素材を打たせたものだ。見事なもんだろ。」

「これは…金属関係に関しては詳しくないですが、それでもすごいとわかります。…本当に美しい。」

「そうかそうか。まあそんなもんじゃまだまだなんだけどな。そいつはお前にやろう。記念にもらってくれ。」

「良いんですか?こんなに立派なもの…」

「良い良い。遠慮なくもらってくれ。何かには使えるだろ。」

 トウは気分をよくしてソーマに小太刀を渡した。グスタフから借りているものなので本来はダメだ。しかもこの小太刀一本で金貨数万は超えるほどの名刀だ。後でグスタフに怒られるのだが、今はまるで気にしている様子はない。

「ではありがたく…ああ、忘れないうちに父と母にも挨拶しませんか?大精霊さまにお願いして森の一角に埋葬してあるんです。」

「…そうか……そう…だな。是非とも頼む。」

 ソーマは小屋の中から森の手形を持ってきた。そしてトウの手を握ると再び森の中へ入っていく。そしてものの1分も経たないうちに辺りは開け、美しい花畑が広がった。そしてその花畑の中央には石碑が並んで置かれている。

「右が父で左が母のものです。この花畑は母の要望なんです。」

「そうか。」

 トウはふらふらと歩いて石碑に近づく。そして石碑を確認すると確かに兄の名が書かれていた。そしてその石碑の前には苔に覆われた一つの盃が置かれていた。

「その盃は大切なものだから石碑の前に置いておいてくれと頼まれたんです。それで時々で良いから酒を注いでおいてくれと。酒がまるで飲めなかった父にしては珍しいと思ったんですが…」

「そうか…兄貴…本当に死んじまったのか……この盃はな。酒が苦手な兄貴に試飲くらいはできるようにって…俺が子供の頃に送ったものだ…大事にしてくれていたんだな……兄貴…ごめんよ…俺は兄貴を恨んでいたこともあったんだ……ごめんよ…あんなに優しかった兄貴なのに俺…恨んじまって……ごめんよ…ごめんよ…」

 トウは声を上げて泣いた。その泣き声は天にいる泣き兄にまで届くかのような、それほどの慟哭であった。そしてトウはその隣にある兄の妻の石碑の方を向き、地べたに擦り付けるほど頭を下げた。

「すまない…本当にすまない……あんたも悪いことなんてしちゃいねぇ…悪いのはそれを責めた俺たちの方だ……すまない…すまない……許してくれ…」

 泣きじゃくるトウの肩をソーマが掴んだ。そして二人で泣いた。泣きに泣いて、ようやく涙も枯れた頃、トウは立ち上がった。

「確かに兄貴のせいで俺は国を追放された。だけどよ、あの国はもう滅んじまって無くなっちまった。俺らの故郷はそんなところだった。おかしかったのは俺たちで、正しかったのは兄貴たちだったんだって今は思うよ。俺は兄貴のおかげで生涯の師に出会うこともできたし、今も生きていられる。ありがとうな、兄貴。」

 トウは涙を拭いてニカッと笑った。その表情はかつてないほど晴れやかで、清々しい笑顔であった。
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