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第253話 王の目覚め

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 敵のはるか後方、その丘の上に挙げられた旗はどれも見覚えのない旗であった。ミチナガはそのことがどういうことか訳がわからず固まっていると、肩に乗っているポチが流暢に語り出した。

『ポチ・ボスがマクベスを助けにいくって決めた時にね、周辺国から傭兵を雇おうって決めていたんだよ。都合の良いことに周辺国はこの火の国へ出向いていた傭兵団の休憩場になっていた。だから集めるのはすごく簡単。金を出して雇えるだけ雇った。どのくらい雇えたか知らないけど、最低でも3万は集めるように言っておいたからそのくらいは集まっているはずだよ。ボスを連れて来た後のイシュディーンにも手伝ってもらったしね。』

「いつの間にそんな…」

『ポチ・イシュディーンに口の固い人を10人ほど集めてもらってその人たち使ってね。ここまで来るのに間に合うかヒヤヒヤしたけど間に合ってよかった。あ、黙っていたのは情報漏洩防ぐためね。』

 増援……増援、増援増援!まさか増援が来るとは夢にも思わなかった。3万程度だが、それでもかなり大きい。しかしこれで戦力差は倍の差まで縮んだと喜ぶミチナガの目の前に突如現れたスミスから驚くべきことを聞かされた。

『スミス・あ、3万じゃないっすよ。ちょっと色々予定と変わっちゃって……』

『ポチ・え!3万集めてってお願いしたじゃん!任せられると思って後を引き継いで全部スミスに任せておいたんだよ!それなのに!』

『スミス・お、落ち着いてくださいっすよ。ポチさん。向こう見て向こう!』

 そんなスミスに言われた通り、ポチと現れた増援を見たミチナガの目にある一つの旗が目に入った。





『ポチ・そういうことで周辺国に出向いて傭兵を雇って欲しいんだ。後の細かいことはスミスにお願いしとくから。それじゃあ僕はボスについていくから後はよろしく。それから皆さんもよろしくお願いします。』

 まだミチナガがセキヤ国を出発する前のこと。イシュディーンによって集められた10人の男たちはミチナガが友達を助けに戦地へ赴くという驚きのことを聞かされた。状況を飲み込む前に立ち去ってしまったポチに唖然とする男たちは戸惑っている。

「あ、あの…つまり…ミチナガ様は戦地に赴かれたんですよね?」

『スミス・そうっす。』

「友達を助けるために?」

『スミス・そうっす。』

「それは……」

『スミス・バカっすよね。でもそんなバカだからこそ自分たちもついて行っている訳っす。』

「あ、あの…俺も質問なんですけど…俺たちは本当に……戦争に巻き込まれない?」

『スミス・巻き込まないっすよ。それだけは嘘じゃないっす。あくまでやって欲しいことは秘密裏に傭兵を雇って送り込んで欲しいというだけっす。案内役はボスを送り届けたイシュディーンに任せるっすよ。』

 その場にいる男たちはホッと胸をなでおろした。戦争には巻き込まれない。もうあんな酷い目に会う必要はない。その安心感がその場にいる男たちの心の平穏を保たせ、そして心の中にしこりを生んだ。

 男たちは特別任務ということで前払いの特別報酬を受け取るとミチナガが出発した翌日に傭兵を集めに行くということでその場で解散した。

 その場は解散し、いつもの仕事に戻る男たちはいつもと同じように各々の仕事をこなし、いつものように食事をとり、風呂に入り、そして寝床に着いた。ごくごく普通のいつもの習慣だ。なんてことはない、何の変哲も無い、いつもの光景。それだというのに一向に眠ることができなかった。

 そんな中、男の一人はあまりにも眠れず、隣で眠ろうとしている妻につい話しかけてしまった。明日も仕事があるから寝て欲しいと思った妻であったが、夫の微妙な変化に何かを感じ取っていた。

「なあ…1年前のこと…覚えているか?」

「…忘れたくても忘れられませんよ。毎日毎日ひもじくて…雑草ばかり口にしていましたから。」

「…時折ネズミでも取れた時は思わず笑みが出たもんな。……そんな俺たちが毎日こうして仕事をして普通の飯を食って風呂に入って布団で眠れるっていうのはさ…幸せだよな。」

「ええ。幸せです。こんなに幸せなことはありません。ミチナガ様には感謝してもしきれません。」

 妻がそう答えると夫は何やら口ごもってしまい、静かになってしまった。不思議に思った妻であったがしばらくすると夫はまた言いづらそうに口を開いた。

「……戦争は嫌いか?」

「…嫌いです。」

「そうか……」

「……でも…戦争の大切さはわかります。」

「大切さ?」

「戦争は人と人が殺し合う醜いものです。辛いものです。ですが…その戦争のきっかけは様々です。食料を求める戦い、土地を求める戦い。様々あります。」

「ああ…そうだな……」

「でもその中には…誰かを守りたい、誰かのために戦いたい……そういう想いから起きる戦争もあります。私はそういう戦争を…軽蔑できない。人が誰かを想うその心を…私は軽蔑したくはありません。」

「…お前にはそう思う相手はいるのか?」

「私は子供のためにも…あなたのためにも戦う覚悟はあります。それから…ミチナガ様のためにも。私たちの命の恩人のために…私は戦う覚悟はあります。」

「……お前は強いな。」

「…あなたの妻ですから。……ああ、もう!恥ずかしいこと言わせないでください。早く寝ますよ。」

 夫が横で眠る妻を見ると少しばかり耳を朱に染めていた。恥ずかしながらも自分の質問に精一杯答えてくれた妻に夫は感謝する。そして自分の妻の強さを見て、男は自分の弱さを恥じた。

「ありがとうな。俺も…ちゃんと頑張ってみるよ。そうだよな。俺たちの…恩人だもんな。大切な人だもんな…」

 男は眠った。その瞳に、その心に、熱く滾るものを抱えながら。


 その日の翌日、ミチナガが夜中のうちに立ち去ったセキヤ国の中心街で一人の男が朝早くから道ゆく人々に向けて演説を行なっていた。騒ぎを聞きつけた警備隊が押しかけたが、誰一人男の演説を止めるものはいなかった。

「お、おい…あんたのいうことは本当なのかい?」

「本当だ!ミチナガ様は自身の友を助けるために火の国へ向かわれた!しかも戦争中の国にだ!我々はいざという時のための傭兵団を雇うように指令を受けた。誰にも話してはならぬと言われた!我々を戦争に巻き込まないとおっしゃってくれた!しかし!しかしそれで良いのか!我らは大恩あるミチナガ様に何一つ恩返しができていない!」

 あまりの騒ぎに大勢が集まっている。そしてセキヤ国に残った使い魔たちも集まり始めてこの異常事態に何とか収集をつけようと画策しようとしているが動き出すのが遅かった。

『スミス・ちょ!な、何やっているっすか!警備兵!あの男を止めて!』

「止めるのは構いません。しかし…一つお聞かせください。あの男が言っていることは嘘ですか?真ですか?」

『スミス・も、もちろん嘘に決まって…』

「私の目を見てください。私の目を見て正直にお答えください。……嘘はつかないでください。」

『スミス・いや…でも……だって……み、みなさんを巻き込むわけには!戦争で傷ついたみなさんを…』

「侮るなぁ!!我々にも誇りはある。信念はある!我々は命の恩人を見捨てて呑気に生きていく恥知らずではない!我々は……我々にとってもうこの国は故郷なのです。大切な国なのです。もうこの国を失いたくない。もう二度と…故郷を失いたくない。ミチナガ様を…我々の王様を見殺しにできるわけないじゃないですか……」

 スミスに掴み掛かりながら警備兵の男は涙ながらに訴えかけてきた。そしてその男に賛同するように周囲の人々も声をあげた。

 そしてもうこのままでは収拾がつかないと諦めたスミスは全員の前に吊るし上げられて全ての経緯を話し始めた。その話を聞いて人々は皆……なぜか笑っている。

「友達助けるために戦争している国に乗り込むなんて…うちの王様は筋金入りのバカだね。」

「まったくだ。どうしようもない王様だ。仕方ないから手を貸してやんなきゃしょうがないな。」

「そんなバカだからこそ、そんなお人好しだからこそ私たちも見捨てられなかったんだろうね。悪いところでもあるけど…最高に良いところでもあるね。」

「ばあちゃん!俺ちょっと王様助けに行ってくるよ。」

「行ってきな!あのバカたれめ。あの王様はうちのお得意様だからね。王様が来てくれなきゃうちの飯屋が静かでしょうがないったらありゃしないよ。」

 みんな笑いながらミチナガのために挙兵すると息巻いている。その光景は戦争に向かうものではない。なんと明るく、なんと気持ちの良い笑い声をあげるのだろうか。スミスはその光景を見て感動し、震えている。

『スミス・みんな…ありがとう……ありがとう。うちの…僕たちの王様を…ミチナガを救ってください。』

「任せとけ!ってそういや武器もなんもないな。急いで揃えないと。」

「それなら警備兵用の鎧と武器がある。それを使おう。火の国側からの敵の侵攻に備えて多めに造ってあるから足りるんじゃないか?」

「それは良いな。よし、この事実を触れ回って戦いたいやつを集めるぞ。来たいやつだけこさせりゃいい。どうせなら旗も欲しいな。俺たちの軍隊の旗だよ。なんか良いのあるか?スミス坊。」

『スミス・旗?この国の旗をそのまま使えば…でもどうせだから…用意するっすよ。』





「使い魔の旗……」

『スミス・ミチナガ商会は使い魔に金貨を握らせた姿。セキヤ国は使い魔3人が手を繋いだ姿。そして…あそこに集まったのはボスを助けるために立ち上がったセキヤ国国軍!その旗印は使い魔が武器を掲げた姿。ボス、みんなボスを助けたいって言って集まったんすよ。』

『ポチ・す、すごい数……一体何人集めたのさ。』

『スミス・当初の予定通り傭兵団は3万集めたっすよ。それからエルフたちが手を貸してくれるってことで西のエルフの人々3000人。それから…セキヤ国国軍は3万2000人ほど集まったっす。増援は総勢6万5000人の大軍勢っす。ボス、みんなボスのために集まってくれたっすよ。』

『ポチ・す、すご……もう数的な差は無いに等しいじゃん!うっそ!ボスボス!見なよ!』

「…どうして……どうして俺なんかのために…なんできたんだよ……みんな…なんで…」

『ポチ・どうしたのさボス、素直に喜びなよ。』

「だって…だって俺になんの価値があるんだよ!俺のためになんでそこまでしてくれるんだよ!なんで……なんで俺なんかのために……俺なんか…王様でもなんでも無い…みんな使い魔たちがやってきただけなんだよ……」

 ポチはその言葉を聞いて初めてミチナガが胸の内に抱えていた心の闇を知った。以前から様子がおかしいのは気がついていたが、そんなことを思っているとは思っても見なかった。そんなポチはミチナガを慰めるために衝撃の事実を伝えた。

『ポチ・ボス、ボスが僕たちのことで悩んでいたなんて知らなくてごめんね。だけどボス、一つだけ言いたいんだけどいいかな?』

「なんで…なんで俺なんかのために……」

『ポチ・ボスは自分のこと卑屈に考えているみたいだけどさ、そんなことないんだよ。実はね、僕たちはボス、僕たち使い魔はみんなボスの使い魔じゃないんだよ。』

「……え?」

『ポチ・いやぁ…薄々気がついているかと思ったんだけどね。僕たちみんなボスの使い魔じゃないの。あくまで僕たちはこのスマホの使い魔なの。だから今までもボスのいうこと無視してきたこともあったし、勝手にやってきたこともあったんだよ。』

 衝撃の事実。それは使い魔全員が本来ミチナガ統治下にないという真実。使い魔たちはあくまでスマホから発生したものだ。そのスマホの持ち主はミチナガではあるのだが、使い魔との魔力的なパスが何もミチナガと繋がっていないため、ミチナガの制御下にないのだ。

 だからこそ使い魔は術者に服従するという本来の条件を無視して今まで好き勝手やってこられた。そしてそうなるとごく普通の疑問が湧いてくる。

「じゃあ…なんで俺のいうことを聞いて……」

『ポチ・そりゃあねぇ?』

『スミス・自分たちのボスっすからね?』

「言っている意味が…」

『ポチ・僕たちはね、あくまで自由意志でボスに従っているんだよ。僕たちは他の誰でもない、セキヤミチナガ、あなたに従っているんだ。』

『スミス・みんなボスといるのが楽しいんすよ。自分たちみんなボスと一緒にいるのが大好きっすからね。まあムーンみたいに他所に遊びに行くのもいるけど、でもムーンだってボスのこと信頼しているんすよ。』

『ポチ・ボス、僕はね。初めて出会った時からボスのことを…僕の王様だと思っていたんだよ。それが今ではみんながおんなじようにそう思っているだけなんだよ。みんながボスを助けにきたのは不思議なことじゃないんだよ。みんなボスのことが大切で、ボスのことが大好きだから助けにきたんだよ。』

 ミチナガはその言葉をありのまま受け止めた。そして心の中でその言葉を何度も反芻した。それは淀んでいたミチナガの心を綺麗に洗い流してくれた。そしてミチナガは心の中で自分に問いかけた。

 自分は必要ない。いいや違う。必要なかったら使い魔たちもついてこなかったし、みんなも助けに来てくれなかった。
 自分は価値のない人間だ。本当にそう思うのか?今目の前に広がる光景を見てから同じことが言えるのか?
 自分の代わりなんていくらでもいる。生きていようが死んでいようが大した問題はない。もし本当にそうならなんで彼らは自分を助けに来ているんだろうな。

 彼らにとって自分は必要とされる存在だ。使い魔たちにとって自分は必要とされる人間だ。それが自分の価値になる。その価値はどんなものにも変えられない。どんなものよりもはるかに価値がある。じゃあ自分はその期待を裏切らないように生きてみよう。みんながいる限り自分の価値はあり続けるのだから。

 ミチナガはその日初めて自覚した。自身が多くの人々に認められる王様であるということを。そしてそのプレッシャーは重くのしかかって来たが、なんとも心地の良い重さだ。この重さならいくらでも耐えられそうだ。

 今までまるでずっと夢でも見ていたようだ。まるで何も現実が見えていなかった。自分が見ていたと思っていた現実はただのまやかしであったようだ。目が醒める思いである。

 今日この日、初めてセキヤ国の国王が本当の意味で誕生した。
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