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第249話 苦しい戦い、そして…

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 翌日からの戦いはなんとも言えないものとなった。指揮官の一人の言う通り戦場には不思議な模様の旗が持ち込まれた。火払いの鎮火旗と言う魔道具のようでその魔道具の半径50m以内のありとあらゆる炎を払い、消し止めると言う能力らしい。

 それこそ魔帝クラスの炎でもなければ全ての炎を消し去ってしまうほどの強力な魔道具だ。そんなものが持ち込まれたら火炎瓶などただの油瓶にしかならない。ここからの戦いは以前と変わらぬ地道なものだ。

 魔法を遠距離まで威力を減退させずに放つというのは意外に面倒らしく、基本的には弓矢に魔法を込めて放っている。様々な属性の魔法が飛び交う戦場かと思いきや、その見た目はなんとも普通なものだ。

 攻撃を守る方法は主に3つあり、飛んできた矢を同程度の魔法で撃ち落とす方法、盾や鎧に魔法をかけて守る方法、そして複数人で集まり魔法防御壁を築く方法だ。戦争においては最後の方法が一番多いだろう。

 攻撃側は何度も攻撃を仕掛け、魔法防御壁の魔力が減退したところで攻撃を貫かせて敵を倒す。一人倒すのに10本以上の矢が必要になるが、それでも複数人で行う魔法防御壁は一度瓦解すると一気に崩される。

 とにかく戦いに必要なものは魔力だ。魔力が尽きれば、もしくは魔力制御の集中が切れればそこで死ぬ。城壁で戦っているこちらは魔力切れが近くなったら順番に交代できるが敵はそうはいかない。魔力が減ったら仲間の魔法防御壁の裏に隠れるしかない。

 この世界の戦争は一人一人の消耗が早い。魔力がなくなった時点で攻撃も防御もできなくなる。先ほども魔力切れの男が盾を構えて身を守っていたが、魔力を込められていない盾など紙同然で矢がいともたやすく鉄の盾を貫いていた。

 戦争で兵士に必要な役割は攻撃と防御と予備だ。この3つに分かれて小さな部隊を組んで戦っている。防御の兵士はとにかく敵の攻撃を防ぐことだけを考える。攻撃も同じく攻撃のみを考える。予備の兵士は魔力が切れた兵士と随時交代していく。

 うまくローテーションを組まないと集団としての魔力切れが起こり、攻撃も防御もままならなくなり瓦解していく。戦争においてどんな部隊にもちゃんと指揮できる人材が必要になっていく。

 だが敵はこの火の国の騒動で鍛えられた百戦錬磨の猛者だ。簡単なミスは犯さない。だからちょっとした気の緩みを狙って戦うしかない。そのため戦いは泥沼化していき、窮地に追い込まれていくのはこちらの方である。

「今日の戦死者は1000名か……人数が減った分、明日からまた大変になる。亡くなった兵士の弔はこちらでやっておく。皆には十分な食料と休息を与えるように。」

「っは!」

 今日の報告を終えて指揮官たちは帰っていく。作戦会議などはもう無い。あるのは兵士たちの移動だけだ。その日多く減った場所に人員を他から補充するだけ。そんなことは使い魔たちがやってくれる。実に優秀な使い魔たちだ。

 部屋にはミチナガとマクベスだけが残る。マックたちも最近は戦争に駆り出されて必死に戦っている。戦う能力のないミチナガとマクベスは裏方で手伝うだけだ。その分多くのことを考えられる。考えてしまう…

「この調子で減り続けたら後1週間…いや、減った分だけ休憩ができなくなるから5日持つかどうか…9万の敵兵が揃う頃にはこっちは残り1万か…笑えないな……」

「て、敵の方が消耗は大きいはずです。だから…その頃には7万くらいまでは減っていると…」

「それでも戦力は7倍差だ。次の増援が来るのは明後日の昼過ぎ…その時点で危ういかも知れないな……っと、すまん。あまり弱気になっちゃいけないな。」

 沈黙が続く。何か良案でも出て雰囲気が明るくなれば良いのだがそれも難しい。結局その日はそのまま解散し各々部屋で休むことになった。ミチナガは疲れ果ててベッドに横になるのだが、まるで眠れない。目を閉じても心臓がうるさいほど脈打っているのだ。

 もう他にやれることはないのか、これ以上できることはないのか、いくらでも考えてしまう。しかしどんなに考えても案は出てこない。不安に陥り息も荒くなって来る。

 それでも必死に寝ようとしていると、やがて少し落ち着いてきた。しかしその頃にはすでに外も薄明かりに照らされ出した。無駄に朝焼けで空が赤く見える。まるで戦場に飛散する血の色だ。

「ックソ……もう今日が始まるのか……」

 結局ミチナガは一睡もできず今日を迎えた。しかし眠れていないことを悟られてはいけない。不安で寝付けなかったなどと知られれば、それだけでも兵士の戦意に関わる。ミチナガが足を引っ張ってはならない。戦いもせず、ただ足を引っ張るような真似はしたくない。

 ミチナガは眠気を必死にこらえながらいつものように仕事をこなした。足元がふらついた時もわざとふざけた様子に変えて笑いをとってごまかした。必死だった。周りの兵士は命をかけているのだ。だから必死に道化を演じて不安を悟らせなかった。

 その日は疲れたと言って早めに寝床に着いた。疲れている、間違いなく眠いはずなのに一人ベッドに横になると不安で寝付けなかった。眠れないと焦れば焦るほど眠ることができなくなる。それでもいつもより早めに寝床に着いたおかげでなんとか眠ることができた。

 そして翌日の戦闘は昼を過ぎたあたりから増援が到着して激化するものと考えていたが、増援は到着することはなかった。どうやら行軍速度の計算を間違えていたらしい。しかしこれは嬉しい誤算だ。

 そしてさらに翌日も敵の増援は到着しなかった。これはもしかすると増援と思われていた部隊は他の国の戦争に向かったのではないかと楽観視できるようになった。しかし楽観視というほどあながち間違っていない可能性もある。というのもこの火の国全体で常に戦争が起きているのだから他の国へ戦争に向かったというのもありえなくはないのだ。

 これは少し光明が見えたのではないかとその日急遽行われた作戦会議は少し明るいものになった。なんせ現状では敵は総勢4万を下回っている。さらに敵の勢いは昨日よりも落ちているように思われる。さすがに毎日城壁近くまで突撃して撤退してを繰り返しているので疲労が溜まっているのだろう。

 これならもしや、と希望が見えてきた兵士たちも増えてきた。景気付けのために振る舞った酒を飲んでいる兵士たちも楽しそうに談笑している。これにはそんな兵士たちを見た指揮官たちも思わず酒を飲んで明るくなっている。


 しかし…しかしそれは大きな間違いであった。翌日の午後の戦闘の際に遠くに敵の増援が見えた。その敵の増援は一つ一つが大きく見えた。それは決して人数が想定よりも多かったわけではない。一つ一つが大荷物を運んできていたのだ。

「お、おい…嘘だろ……」

「た、大量の物資を運んできやがった……ど、どこに…どこにそんな物資があるっていうんだよ!!」

 敵が大量に運んできた物資。それは10万の兵士が数ヶ月は暮らせるのではないかと思えるほどの大量の物資だ。これには思わず兵士の戦意も減少する。長期戦なら可能性があると思っていたところにこの物資だ。敵はすでに長期戦も想定に入れてきたのだ。

 敵はその日、まだ日も沈んでいないというのに引き上げていった。あまりにも早い撤退。本来ならば喜ぶべきものだろうが、この日だけは恐ろしくてたまらなかった。

 その日急遽行われた作戦会議では全員が動揺しており、まともな話し合いはなかなか行うことができなかった。それでも1時間、2時間とたった頃にようやく少し落ち着いてきたため、改めて一から話し合いを行った。

「敵の増援の到着予定が遅れたのはあの大荷物のためだったか…ど、どうする!長期戦も敵は視野に入れている!」

「その前に……だ。あの物資はどこから運んできた?それに…そもそもあれだけの物資があるのならばこの国を襲う理由がわからない!」

 敵は物資を求めてこの国に来たと思っていた。しかしそれはまるで違うようだ。しかしそうなるとなぜこの国を攻めて来たのかわからない。だがミチナガはその答えを知っていた。

「このシェイクス国は沿岸沿いだったな?それに攻め込んで来ている国も。」

「海までは30キロほど離れておりますが…敵の連合国も確かに沿岸沿いの…ま、まさか……」

「法国だ。おそらく法国がこの国に、火の国に攻め込むための足がかりとして沿岸の国々を攻め落として拠点を作るつもりだ。法国の連中なら王子たちを洗脳して体内に魔道具を仕込むことも可能だ。あの大量の物資を用意することもな。間違いなく法国が絡んでいるとは思っていたがここまで手を伸ばしているとはな……」

 すでに法国が関係しているとは考えていた。それでもすでにこれほどまで侵略して来ているとは思いもしなかった。せいぜい数名の工作員を送り込んで徐々に弱らせていると考えていた。だが現実はおそらくすでに大勢の法国の手先が侵入し、この火の国の乗っ取りを始めているのだろう。

 バックについている法国の影響がここまで大きくてはシェイクス国など一溜まりもない。魔神第3位の法神が後ろにいるというのであればそれに対抗できるのは同じ魔神くらいなものだ。せめてもの救いはあくまで法国が関係していると知られぬように攻め込んでいるため、法国の軍隊が大きく動けていないという点だけだ。

 この情報は使い魔を通して勇者神にも伝えた。しかし証拠がないため動くことは難しいだろう。それに動いたとしても今からではもう間に合わない可能性が高い。いや、まず間違いなく間に合わないだろう。

 失意の中その日の作戦会議は終わった。ただ一つ出た結論は全力でこの国を守り抜くこと、ただそれだけ。だがその命令もこなすことは途方も無いほど難しいものになるだろう。

 そしてその翌日、敵の攻撃は昼前まで行われることはなかった。しかしそれが逆に不気味であった。そして敵が動き始めた時、兵士たちは目を見開いた。

 そこに並ぶのは大量の攻城兵器。間違いなく敵は今日この国を攻め落とす気でいる。そして一度開戦されると敵は今までに増した総攻撃を仕掛けて来た。もう2万の増援を待つ必要はない、今日で全て終わらせてやるという強い意気込みが感じられる迫力だ。

 味方はなんとしてでも守り抜こうと必死に戦う。しかしあまりにも猛烈な敵の勢いに自身の身を守るだけで精一杯になる。あまりにも味方の数が足りない。敵は新たに2万の増援を加えた計6万弱の軍勢。一方こちらは1万5000を下回った疲れ果てた軍勢。すでに兵力差は4倍、おまけに敵は攻城兵器付きと来たらもうどうしようもない。

 やがて訪れる不穏な地響き。それは敵の勢いで起きているのでは無い。等間隔で訪れる何かがぶつかり合う音。指揮官は言葉にもならぬ怒声で兵を鼓舞しているが兵士もすでに必死に戦っている。

 このぶつかり合う音は攻城兵器が城門を打ち付ける音だ。すでに城門は悲鳴をあげながらも最後までその役割を必死にこなそうと踏ん張りを見せている。しかしもう一度、もう二度と打ち付けられる攻城兵器に城門は留め具から砂埃を立て、破壊されそうになっている。

 城門は国防の要だ。国を守るように展開される対空防衛魔法も城門に組み込まれている。城門が破壊された時点で魔法使いは飛行して国内に侵入し、城門をくぐって突入される。城門が破壊されれば全てが決してしまうため、兵士の誰もが必死に城門を守るのだ。

 しかしあまりの敵の猛攻に城門を守ることができない。必死に守ろうとすればするほど敵の思う壺と言わんばかりに兵士達は敵の攻撃で倒れていく。ミチナガもマクベスも必死に叫ぶ。叫ぶことしかできない。城門が破壊されたら本当に終わってしまう。何もかもが終わってしまう。

 ミチナガはここで決心する。すぐにマクベスをこの国から逃がそうと使い魔達に指示を出そうとする。しかしなぜか反応がない。こんな時に限ってと悪態をつくミチナガをよそに使い魔達は人知れずどこかで何かを行おうとしている。

 やがて何かがぶつかりあう音がした後にズズンと何かが倒れる音が聞こえた。その音が聞こえた時だけはまるで時間が止まったかのように、世界が静まり返ったように見えた。

 そのまま止まってくれれば良いのにという思いを押しのけるように敵の集団が城門から押し寄せる。戦争の終わりだ。短いような、それでいて果てしなく長いように感じた戦争が遂に終わりを迎えた。

 誰もが失意の中にある時、ミチナガの目に白くて小さな戦士達が走っているのが見えた。




『社畜・終わったのである!もう終わったのである!ああもう!ようやく終わったのである!なんとか間に合った我輩を褒めて欲しいのである!』

『ピース・お、お疲れ様。毎日みんなで頑張ったもんね。』

『社畜・本当である。なんとか第2世代に移行することができたのである。だけど多少はものになる程度である。絶対に無茶はやめて欲しいのである。』

『シェフ・まあそれは無理だろ。ここは正念場。無理をしなくちゃいけないところだからな。特に……一番待ち望んでいたやつが張り切っているからな。』

『ポチ・そうだよ。僕が…僕たちが待ち望んでいたものだからね。さあみんな、準備はいいよね。それじゃあ行くよ。ここからは』


「僕たちの戦いだ。」
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