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第211話 トウショウが紡いだもの
しおりを挟む「あ?グスタフのクソガキにも会ったのか。あいつだけは気に食わなかった。俺より後に弟子になったのに威張りやがって…」
「そ、そうなんですか。今ではかなりの有名人ですよ。オリハルコンとミスリル合金の新魔剣を作ったって。史上4人目らしいですよ。桜花の保管もやってくれています。」
「あいつがか……まあ気に食わないが確かに才能はあったようだからな。それにしても桜花か…また見たいもんだ。あれは本当に素晴らしい。」
同じトウショウの弟子なのでグスタフのことを話したのだが、基本的にトウは他の弟子たちと折り合いが悪いらしい。しかしどこか表情に昔を懐かしむような感じが見られる。
俺とトウは今、椅子に座りながら出来上がった炭が取り出される様を見ている。取り出しているのは使い魔達だ。100人以上の使い魔によってどんどん取り出されていくので仕事が早いとトウも喜んでいる。
炭を何度も中腰になり回収するというのは実に骨が折れる作業だ。その作業の負担がなくなるだけで随分と楽になる。そして俺とトウの話は徐々にトウショウ最後の名刀、桜花の話になる。
「桜花に使われている合金は俺と師匠と一緒に作ったものだ。特殊な精錬が必要でな、俺の作る炭が必要不可欠だった。だからグスタフもあのレベルの合金を使うことはできない。師匠の時代レベルの剣が今の世では全くないのはそういう理由もある。……桜花に使われている合金と同じレベルの合金があるが見てみるか?」
「是非と」
『スミス・是非ともっす!!』
スミスの奴いつの間に。俺たちの反応がよっぽど嬉しかったのかトウは俺たちを家へ招き入れてくれた。ちなみにイッシンは午後の予定があるとのことですでに家に帰ってしまった。翌日迎えにきてくれるとのことだ。
トウの家の中にはいたるところに金属が置かれていた。どれも高価なものばかりだが、どうやって入手したのだろう。しかしこの答えはなんとも簡単なものであった。
「金属類はイッシンの坊主に炭の代金として貰った。おかげで錬金術が捗るってもんだ。」
「錬金術も得意なんですね。これだけのものがあるなんて…」
「錬金術は知識を素材があればなんとかなる。俺は素材を用意できるからな。知識は師匠が錬金術の秘術書を俺に授けてくれた。兄貴を探す旅の間に読み込みまくったからな。なんでも作れるぞ。」
なんでも作れる。俺はトウショウレベルの錬金術師はこの世にいないと思っていたがそうではなかった。ここに、今まさに目の前にいるトウこそ現代のトウショウとも言える人物だ。だから、だからこの金属もこの男ならば、いや、この男にしか扱うことはできない。
「トウさん、あなたならこの金属も扱えるんじゃないですか?私はこの金属を賢者の石と呼んでいます。」
「賢者の石?……そ、そいつは!…こいつを手に入れることができたのか。どのくらいある。1キロか?10キロか?」
「数トン単位であります。今も発掘中なので今後も増えていきます。…やはりこれをご存知なんですね?」
「数トンか…そいつはすげぇ。師匠もなんとか3キロ入手するのにやっとだったからな。入手方法は聞かないでおこう。そいつの正体を知りたいのか。そいつはな、かつて超大国オリンポスで作成していた特殊金属だ。錬金術で作れる類の金属ではない。師匠はそれの正体をナノマシンと言っていた。」
「な、ナノマシン!?これが!う、嘘……」
ナノマシン、それはナノサイズの超極小サイズの機械だ。SFなんかでよく知られているが、実現は不可能と思われていた。しかし今はこの手に確かにある。そんな感動を受けているとトウが苦笑いをしている。
「まあナノマシンといってもモドキらしい。構造からしても複数の金属の合金が正しいらしいからな。そいつは魔力に反応する…らしいが師匠もよくわかってはいなかった。人工的に作られた金属ということはわかっていたが、錬金術で作れる類のものではないし利用方法も不明だった。」
「そ、そうなんですか。それで…これの精錬は可能ですか?」
「できる!…と言いたいところだが、並の精錬じゃ意味がねぇ。師匠もそいつを扱うときは最新の注意を払っていた。他の難易度の高い合金作成をして肩慣らしをしねぇとな。集中力を最大まで高めてから取り扱う必要がある。時間はかかるが成功させてみせる。」
「ではお願いします。この世界をどれだけ探してもあなた以上に相応しい人間はいないでしょうから。それから…ミスリル鉱石が大量にありまして…そちらもお願いできますか?」
「任せておきな。最高のミスリル合金を作ってやろう。…それこそこの世界に出回っているものよりもとびっきり良いやつをな。」
ニカッとトウは笑う。しかしその目は燃えたぎる闘志を映し出すようだ。どうやらこの賢者の石の精錬はトウにとって師匠に追いつく、師匠を追い越すための判断材料になるようだ。トウの体から熱が発せられる。すでに臨戦態勢といったところだ。
ちなみに俺が勝手に賢者の石と呼んでいるこの特殊合金の名前なのだが、どうやらトウショウは命名しなかったらしい。大量入手も不可能だし、何より面倒だったのだろう。だから俺は今まで通り賢者の石と呼ばせてもらう。
「どうせだ。早速ミスリル合金を作ってやろう。こっちに来て手伝え。良いものを見せてやる。」
そういって連れてこられたのは一軒の小屋だ。天井が異様に高く、奥に大量の土が盛られている。するとトウは早速準備を始めた。作業が始まれば寡黙になるかと思ったら作業中もなかなかおしゃべりなようだ。
「奥にあるあの土は土の精霊が好む土地の中でもさらに力の強い部分を集めた土だ。1キロで金貨数百枚の代物だ。さらにこの木枠は聖樹で出来ている。こいつに魔力を流すと空気が流れる。こいつが肝になる。」
そういうと魔力を放出して土を動かし形を形成する。それはまるで地面から生えた壺のようだ。さらに色々やっているが俺にはよくわからない。すると俺にミスリル鉱石を出せと言って来たので取り出してやる。
「ほう…こいつはなかなかの上玉だ。じゃんじゃんだしな。それからまたあの白いのを貸してくれ。炭を運ぶんだ。」
『スミ・わっかりました!すぐにお手伝いします!』
超イキイキしているな。一流の職人の仕事を見られると言うことで使い魔達が続々とスマホからでてくる。なんかわちゃわちゃしているが、どうやらマザーからの指令のおかげで滞りなく作業は進んでいるようだ。
「良いか?先ずはこの炭を底10cmまでびっしりと埋める。そしたらこのミスリル鉱石を敷き詰めてそこにこいつとこいつ…それにこいつを入れて…」
『アルケ・メモメモ…』
『スミ・ああ…こんなに大量の炭を…なんて贅沢……』
『スミス・なるほどっす。こうやってやるんすね。』
そして一通り入れ終えたところで準備は終わったらしい。これから火付けなのだが、トウはどこかへ行ってしまった。そして1分ほどで再び戻って来た。トイレかと思ったら肩に何か乗せている。
それは小さいが人のようだ。そしてその正体を俺はすぐに見定めた。精霊だ。小さな火の精霊をトウは連れて来たのだ。トウは俺に自慢するように笑う。
「毎日のように炭を焼いているからな。火の精霊が居心地が良いってんで住み着いたんだ。鍛治人も炭焼き人も作業場に精霊が住み着くことを大いに喜ぶ。精霊がいるかいないかで物の出来がまるで変わるからな。そして精霊がいることでこの錬金術も完璧になる。」
トウは精霊を今準備した炭の上に置く。すると火の精霊は急にはしゃぎ出す。それは歓喜の舞だ。そして踊れば踊るほど炭に火がついていく。やがてそれは真っ赤な火から青い火に、そして色のない火に変わる。
「これでしばらく待ってまた炭とミスリル合金の材料を足す。この感じなら…今日の夜更けには完成するだろ。」
「そ、そんな簡単なんですか?もっとこう…魔法でどうとかは?」
「そんなのはない。それに簡単だって言うけどな、材料も道具もすげぇんだぞ。簡単に見えるのはちゃんと準備をしたからだ。一つ一つちゃんとやればワタワタ慌てることもないのよ。さて、これから1時間は放っておいても大丈夫だ。」
話を聞く限り、どう考えても本当に楽だし簡単な作業にしか思えない。そこで俺はこの作業をさらによくするために色々と話をしてみた。例えば炎龍の火袋だ。今ドワーフ街で日々貸し出されてかなりの儲けになっているあの炎龍の素材を使えばもっと良くなるのではないだろうか。
それにこの世界には魔法錬金というものもある。そういった魔法技術を使えばさらに良いものが出来上がりそうだ。しかしトウは何故か俺の話を笑いながら聞いている。
「クククク…っとすまねぇな。つい昔を思い出した。俺も似たようなことを師匠に言ったことがあった。それこそ弟子ならみんな師匠に同じことを言った。だけどこれが不思議なもんでよ、師匠のやり方が一番良いものが出来上がるんだよ。地味な方法かも知れねぇが、本物を作るならこの方法なんだ。まあ出来上がったものを見ればわかるぜ。」
「そ、そういうものなんですか……だけどなんとも簡単な方法すぎてなんか…」
「だからこそ、この技術は師匠以外誰もたどり着けなかった。師匠はこれをたたら錬金と呼んだ。本来鉄の純度を上げるたたら製鉄っていうものを金属の合成に用いたそうだ。」
たたら製鉄とは古来より日本で行われて来た製鉄方法だ。日本刀を作るための鋼づくりもこのたたら製鉄を用いて作る。ただしこのミスリル合金を作る今回のたたら錬金は通常のものとは異なる。
高純度の魔力を含む炭と精霊の炎、さらに魔力が霧散しないように精霊の加護を吸収した土で炉を作り、聖樹から作られた送風機で周囲の魔力を集める。こうして炉の中は高温と高濃度の魔力で常に安定した状態になる。
これにより通常のミスリル合金よりもはるかに結合率、純度の高いミスリル合金が完成する。なお、これには炉の中に空気の滞留する箇所があると安定したミスリル合金の作成ができない。簡単なように見えて実は超高度な魔力コントロールと炉の見極めが必要になるのだ。
しかしミチナガはトウの作業風景を見てしまったため、なんとも適当でなんとも簡単に作れてしまうと勘違いしている。まあトウ本人が材料を追加しながらこんなもんでいいだろ、もうちょっと足しておくか、などと呟きながらやっているので簡単だと勘違いしてしまっても不思議ではない。
なお、一般的なミスリル合金の作り方はグラム単位で正確に計量した金属を魔法錬金により混合する。この時、配合量、魔力調節を間違えるとただの鉄屑になる。かなりの経験者でも時折失敗することがある錬金術の中でも難関な作業だ。
そして日をまたいだ夜更け。トウの言った通りミスリル合金が完成したらしく、炉を破壊して中でまだドロドロに溶けたミスリル合金を取り出す。そのミスリル合金の出来はグスタフの元で見たこともないほど上質なものだ。
ミチナガと使い魔達が完成をあげて喜んでいるとトウは黙々と出来上がったミスリル合金を選り分け始めた。3つに分けているようだが。何やら少しずつ色が違う。
「それは何を分けているんですか?」
「…真ん中が最低品質、左が高品質、右が最高品質だ。完成品のほとんどは最低品質になる。約40%だな。高品質が40%ないくらい…今回は36%ってとこか。ッチ…腕が鈍ったか。残りが最高品質だ。最近は材料も少なかったし、体もガタが出始めているから作る回数が減っていたんだ。全盛期なら高品質が一番多くできたし最高品質もかなりできた。明日の昼からもう一度同じ作業をする。感を戻さねぇと本番の作業に入れねぇ。」
最低品質とか最高品質とか言われても俺にはどのくらいすごいものなのかまるでわからない。分かりそうなスミスに聞いてみると最低品質が、一般的なミスリル合金よりもすごく良いもので最高品質がやばい、これ何?となるレベルらしい。
それだけすごいものを作っておいてトウは全然物足りないどころか反省点ばかりらしい。とりあえず完成したミスリル合金を選り分け終えるとそのまま家に戻り、布団に入って横になった。しかし寝ているのではなく、感を取り戻すために色々と考えているらしい。
ちなみに完成したものは全てもらえることとなった。まあ炭以外の材料は全て俺が用意したものだ。もらって当然…とは言えないが、貰っても文句は言われないと思う。
しかし、もしも炎龍の高炉の人気がなく、手持ちの鉱石を精製してしまっていたらここでこうしてミスリル合金は完成しなかったかもしれない。そう考えると炎龍の高炉が人気で良かったと心から思う。
だがその日から1週間、毎日ミスリル合金造りに付き合わされたミチナガはあの時なんで炎龍の高炉で精製しなかったのだろうと激しく後悔したという。
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