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第119話 世界樹
しおりを挟む翌朝、俺が気持ちよく寝ているとその眠りを妨げる来訪者が現れた。先ほどから扉をドンドンと叩いている奴がいる。念のためにナラームとウィッシを使い魔経由で呼んでおく。
しばらくすると使い魔経由でナラームたちも扉の前に来たことが告げられたので俺はようやく扉を開いてやると、そこには昨日の評議員の一人がいた。そして何やら喚き散らしてくるのでとりあえず落ち着けさせる。
「と、とにかく今すぐ評議会場に来い!い、いやついて来い。」
「わかりましたよ。朝飯も食べる時間なしか。」
文句を言いつつも素直についていく。今度案内されたのは昨日のあのエレベーターではなく別の部屋だ。そこには早朝にもかかわらず多くの評議員たちが集まっていた。
「これはどう言うことか説明願おうか。」
「いきなり呼び出されてこれはとはどう言うことですか?」
「とぼけるな!お前裏組織の隠れ家をいくつも襲撃させただろ!許可なく他国で武力行使するのは犯罪だぞ!!」
おお、さすがに情報が早いな。大したものだ。そう、俺は昨日評議会が終わる前に書類を受け取った時点でマックたちに合図を出していた。マックたちはその合図の瞬間に同時に多数の裏組織の隠れ家を襲撃したのだ。
なんとも都合の良いことに土地の買収を進めるために裏組織と繋がりの無い冒険者達を雇ったことがある。そんな彼らを再度雇って裏組織の隠れ家を襲撃させたのだ。しかもさらに都合の良いことに密偵だった子供に使い魔を潜入させていた。そこから様々な隠れ家を特定できた。
バレたら不味そうな書類や盗品なんかも襲撃に合わせて潜入していた使い魔達に回収させておいた。実に都合が良い。ええ、本当に都合が良かっただけだ。あまりにも都合が良かったから裏組織を攻撃したのだ。だから彼らの言うことは正しい、一部を除いて。
「武力行使の許可は昨日の時点で貰ったじゃないですか。お忘れですか?」
「なっ!あ、あれはあくまで自衛のためのものだ。」
「そんなことは明記されていませんよ。あくまで武力行使の容認です。それに昨日も言ったでしょ?今後この件でお互いに干渉しないと。まさか昨日の今日で約束を破るなんて…」
彼らがすぐに気がついて俺の裏組織に対する武力行使の権限を渡さなければ今回のようなことは起こらなかった。結局は彼らのおかげだ。彼らのおかげで全ての準備が都合よく発動したのだ。
俺はそこまで話すとその場を後にした。これ以上の話し合いは意味がない。まあ本当はもっとやれることもあったのだけれど、それはやめておこう。俺は来た道を戻る。何やら背後から言われているが気にしない。
俺は完全にやってやったとばかりに意気揚々と歩いていたのだが、どこかで道を間違えたらしい。どんなに歩いても外に出られる気配がない。ウィッシとナラームもそんな様子の俺をただ見ているだけだ。
さらにしばらく歩くとようやく外に出られそうな場所に出た。しかし明らかに俺が入って来た場所とは違う。どうやら中庭のように見えるその場所は若い木々が無数に生えていた。その奥には立派な大木がある。どうやら世界樹の根本付近のようだ。周囲を見渡してみると人がいた。あの後ろ姿には見覚えがあるな。
「リッカーさん、おはようございます。」
「おや、これはこれはミチナガさん。こんなところでどうしました?」
「いやぁ…迷っちゃって。」
そう言うことなら用事が済み次第案内してくれると言ってくれた。もうすぐ終わるので少し待って欲しいと言われたのでその場で待つ。するとリッカーはその場にしゃがみ込み祈りを始めた。その祈りの姿は実に美しかった。堂に入っていると言うのだろうか、その姿には威厳を感じた。
「…今の評議員たちをどう思いましたか?」
「え?あ……う~ん…正直に言えばなんともだらしないですね。烏合の衆って感じです。」
「そうですか。しかしあまり幻滅しないでください。今はまとめ役がいないのです。」
「今はってことは前はいたんですか?」
俺がそう言うとリッカーは立ち上がりこちらを向く。その佇まいにはブラント国王にも似た威厳を感じた。思わず俺は息を飲んでしまう。
「私はとうに隠居の身ですが、今代のまとめ役は私の息子なのです。しかし数年前にとある災害が起こりました。その災害によって息子の妻は死に、私の孫娘は今も呪いに苦しんでいます。息子は苦しむ娘のそばから離れたくないと仕事を休み、今も傍で寄り添っています。」
「それは…お気の毒に。何か直す手立てはないんですか?」
俺がそう言うとリッカーは再びしゃがみ込み一本の若木を切ってしまった。そしてその切り口から溢れる液体を丁寧に小瓶に注いだ。
「この世界樹の樹液にのみ直す力があります。世界樹の樹液は万病に効きますから。とは言えこんな若木では進行を遅らせることしかできませんが。」
「世界樹って…ここにある若木全部ですか!?と言うかやはり世界樹の本体は枯れて…」
「もう数百年前に枯れてしまいました。原因は不明です。さらに世界樹の若木も3年以上はなぜか成長することができません。この世界ではおそらく世界樹は二度と成長することはできないでしょう。」
そう言うとリッカーは世界樹の伝説を語り出した。かつてここには天にも届く、いや天をも越すほどの世界樹がそびえていた。その世界樹には9つの国があったと言う。世界樹の周辺の国々はその9つの国と外交をとっており、とても栄えていた。それこそ今の技術をはるかに超える文明社会だったと言う。
しかしある時、なぜか世界樹は枯れてしまった。誰もが原因を突き止めようとしたが誰にもわからなかった。人々は嘆き悲しんだという。さらに世界樹に存在した9つの国は世界樹が枯れた途端、世界各地に消えていった。その消えた9つの世界が現在でも残る9大ダンジョンになったという。
「私の一族は世界樹があった当時は何代も続く魔神の家系だったと言われています。樹神と呼ばれ世界樹に愛された一族であったとか。まあ今ではあくまで伝承でしか残っていませんが。」
「そうなんですか。とても貴重なお話を聞かせてもらいました。ありがとうございます。」
「いえ、こんな老人の戯言を聞いてくださりこちらこそ感謝の仕様がございません。そう言えばミチナガさんは商人でしたね。それも旅を続けているとか。ではこの世界樹を持って行ってはくれませんか?」
ここには無数にあるとは言ってもそんな大切なものをもらうわけにはいかない。すぐに断ろうとしたのだが、かつて世界樹を成長させるためにこの場所以外に持ち運んだことがあるという。その時はうまくいかなかったが、今ならうまくいくかもしれないので是非とも持って言って欲しいとのことだ。
「まあ…そういうことなら分かりました。是非とも協力させてもらいます。」
しかしどれが良いかなんてよくわからないな。こういう時はドルイドに頼むのが一番だ。すぐに連絡を取り、世界樹が見られると言ったら大精霊との修行を中断しすぐに駆けつけてくれた。多くの世界樹の若木を見られて興奮しているようだ。
ミチナガ『“どれでも好きなのもらえるから選んでくれ。”』
ドルイド『“…難しい……どれも生きる…気力がない……諦めている…”』
ミチナガ『“そういやお前植物の気持ちとかわかるんだっけ?なんでこうなったかとかわかるか?”』
ドルイド『“…盗まれた………だから…世界に…拒絶される…”』
盗まれた?世界に拒絶される?なんかよくわからないのでもっと詳しく聞いてみるとそこまでしかわからないとのことだ。もうその時のことを知る世界樹が死んでから長年が経っているので知る者がいないということだ。
何か調べれば分かりそうだが、今はどうしようもないか。俺が頭を悩ませていたらドルイドが一本の世界樹の若木を選んだ。なんでもこの若木はまだ諦めていない根性のあるやつらしい。とは言え世界に拒絶されたらもう育てるのなんて無理だと思うけどね。
「じゃあこの若木をいただきます。すぐに掘り出すので少し待ってください。」
ウィッシとナラームに手伝ってもらい世界樹を掘り出す。根を傷つけないように掘り出された世界樹はなんとも立派に見えたが、それと同じくらいなんとも悲惨なものに見えた。こんなに立派な世界樹でも数年しか大きくなることができないなんて。
俺はその世界樹をスマホにしまうとリッカーの案内でこの評議会の建物の外に出る。このまま孤児院まで帰ろうと思い、またリッカーに車を出してもらえないか頼んでみた。すると今はメンテナンス中とのことだ。まだまだ魔動車は完成品ではなく、様々な不具合のでる試作品のようだ。
「明日には治りますから明日送ります。馬車では1日かかってしまいますから。」
「すみませんありがとうございます。じゃあ今日もゆっくりこの辺りを散策させてもらいます。それと…お孫さんが治ることを願っています。」
リッカーはありがとうというとどこからかやってきた馬車に乗って行ってしまった。しかし数年前の災害で呪いを受けたと言っていたが、それ以降ずっと苦しんでいるのだと考えるとなんとも言葉が出ない。その苦しみと痛みは俺の想像を超えるだろう。そんなのが数年か。
「ウィッシ。何か万病に効く薬草とかモンスターとかないのか?」
「そんなものが見つかれば今頃大金持ちだ。冒険者はやっていないだろうな。…まあおとぎ話ならいくつか知っているがそれも厳しいだろう。どれも世界樹の葉を食べた聖獣とか世界樹関連のものばかりだ。」
「俺も知らないな。盗賊やってた頃にポーションなんかも奪ったが万病に効くのはそうそうないだろ。」
「ナラームはさりげなく怖いな。だけどそんなものか。世界樹を育てるしかその子を治す方法がないっていうのがなんともな……」
ドルイド曰くこの世界から世界樹という存在が拒絶されてしまっているのでは厳しいだろう。世界樹以外に世界樹並みに治癒力のあるものを探さないといけない。ナイトにも頼んで何か良いものがないか探してもらおう。
「ま、悩んでいたってしょうがないか。とりあえず今日はこの貴族街ってとこで色々買い物しようぜ。ちょっとなら奢ってやるよ。」
「お、太っ腹だな。行こうぜ行こうぜ。」
そうと決まればそこら中にある店々を回る。色々と面白そうなものがあるが如何せん値段が高い。それにデザインばかりが凝っているので旅のように外で使うのは厳しそうなものばかりだ。結局何も買わず、食べるだけ食べていった。物珍しいものを色々食べることができたが、正直庶民の味に慣れている俺の口には合わなかった。
結局、早い所孤児院の方に戻って普通の食事がしたいという気持ちが強くなったままホテルに戻った。正直2日目にもなるとこの豪華なホテルも飽きてくる。というか疲れてくる。なんというか心が休まらないのだ。そんなことだから結局ベッドの上でゴロゴロしながらスマホをいじって眠くなったら寝た。
どんなに金を持っていても根が貧乏人だとこういう生活は身に合わないんだな。俺には6畳一間の狭い畳の部屋が合っているんだ。そう思うとなんか悲しくなってくるな。
『……世界樹…確認……システム…再構成………世界……再構成…………』
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