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第93話 ミチナガ商店と救い
しおりを挟む今日はミチナガ商店ブラント国支店の開店前日だ。すでに告知は十分で多くの人が感謝の念から来てくれると言ってくれた。明日の開店が行列間違いなしだろう。混雑した状態でも問題なく捌けるように従業員への教育も十分済ませたはずだ。
「おい、ミチナガ。商品の陳列と明日の予定は全部済ませたぞ。」
「ありがとうございますミミアンさん。では今日はもう休んでください。明日からしばらく忙しくなると思いますから。」
ミミアンはこうしてうちの従業員として雇うことに成功した。というより今回の件で発覚した奴隷の人々のほとんどをうちで雇うことに成功した。彼らはこの国では英雄というほどではないが助けてくれた恩人ということで引く手数多だった。
しかしこの国はまだ復興している状態なので給金があまり支払えない。そんな中で俺がこの状況では破格の対応で雇ったのだ。
その条件は元貴族の別荘に住み込みで働くというものだ。なんせいるのは苦難を共にした獣人たち。街で毎日のように感謝されながら暮らすよりか気遣いもなく楽に暮らせる。その上ここは大浴場完備、食堂もある、部屋は一人一部屋だ。まあそのぶん給料はルシュール領の俺の店より低く設定してある。それでもこの国ではかなり高い方らしい。
ちなみに雇えなかった奴隷獣人は故郷に帰ったものたちだ。やはり故郷は恋しいらしい。残ったものたちは戻っても仕方ないのでここで心機一転という考えらしい。そんな彼らだからこそ俺の従業員教育もすぐに覚えてしまい、即戦力として明日から働けるはずだ。
さて、明日はかなり忙しくなるぞ。まあ俺はゴロゴロしているだけだが。
翌日、俺がゆっくりと朝食をすませるとすでにオープンの準備が整っている。開店まであと1時間ほどだ。俺は正装に着替え、開店前の店の前に移動する。すでに多くのお客が集まっていて、今か今かと開店を心待ちにしている。
しかし今来てくれているお客はほとんど感謝の気持ちでお金を落としに来てくれているだけだ。そういったのは案外固定客にならないこともあるし、感謝の言葉を店員に述べてあまり買い物をしない可能性もある。
せっかくのうちの開店初日にしんみりとした感じを出されては困る。熱気が溢れるようなそんなオープンにしたいのだ。従業員には今日の計画を全て話してある。知っているからこそ全員顔が引きつっている。俺は店の2階のベランダに立ち、開店の言葉を述べた。
「え~…本日はこれほど多くのお客様に集まってもらい感謝の仕様がございません。開店まであと5分ほどありますのでもう少し私の話に付き合っていただきたいと思います。」
集まっているお客全員から拍手をもらう。とりあえずこれで話を聞いてもらえる体制は整ったはずだ。それにしても100人以上集まっているな。遠くの道の方までこの店に来る人影が見えるぞ。
「さて、今回この国にはかつてないほどの混乱が巻き起こりました。おそらく魔虫による飢饉よりもある意味では酷いと思います。しかし我々はこうして今、活力ある生活を取り戻しております。これもこの国の王の素晴らしい裁量のおかげです。しかし…我々はまだかつてのような明るさを取り戻し切れてはおりません。そこで……」
俺は使い魔達に合図を出す。すでに全ての準備は整っている。2階のベランダの手すりから垂れ幕を出す。さらにバルーンを飛ばしてより多くの人々に宣伝する。なんか昔のデパートみたいだな。そんな垂れ幕とバルーンには文字が書かれている。その内容は、
「本日から3日間全商品半額セールだ。いつまでも辛気臭い面をしていないでパーっとやるぞ!好きなだけ買っていけ!商品は用意しておいたが売り切れたらお終いだ!さあ!ミチナガ商店の開店だ!」
先ほどまでしんみりしていた人々は俺の突然の発言に一瞬我を失う。しかしすぐに我に帰り先ほどのしんみりとした雰囲気が嘘のような熱気に包まれ始めた。誰もが我先にと店内に押し入り商品を片っ端から買い漁る。そうだ、俺の店はこれでいい。そんなお上品な客に向けた商売なんて元からしていないんだ。
先ほどから1階の店舗から喧騒が聞こえて来る。店員達もてんやわんやだ。商品を次から次へと入荷しているが次から次へと買われていく。これはなかなか良い兆候だ。
この状態は一種の集団心理と言えるだろう。別に欲しくはないが安いし買わないと他の客が買うからとりあえず買ってしまう。とにかく安いからそのうち役に立つと思って買ってしまう。そうすれば本来使うはずだった予算の倍の金額を使ってしまう。
俺の店の商品は原価が0だ。だから売れれば売れるだけ良い。スマホを確認すると予想をはるかに超える速度で在庫が消えていく。これで今まで溜まりに溜まったぶんの食料などが消えることだろう。
いつもこんなことをすればもっと儲けるが、そんなことをすれば他の店に恨まれる。だからこうして何かの理由がつけられるときにこうして売ってしまうのが一番だ。なんとボロい商売だろう。長蛇の列は日が沈むまで続き、閉店もなんとか無理やりやらなければならないほどだった。
「みなさんお疲れ様でした。いや、本当にマジでおつかれさま。今日は好きなもの食べていいから。」
閉店した店の中では従業員が全員疲れ果てて倒れこんでいる。それもそのはずだ、なんせ朝から晩までまともな休みが取れないほどの混雑だったからな。明日に備えての商品の陳列は全て使い魔達に任せている。これがあと2日続くから彼らには本当に頑張ってもらわねば。
「あ、本日の売り上げが出ました。本日の売り上げは金貨326枚と銀貨64枚と銅貨少々ってところです。あと2日よろしくお願いします。ちゃんとボーナスもつけておくんで。あとお酒もつけますね。」
もう誰からも返事がない。返事をする気力さえも無くなっているのだろう。とりあえずここにこのままというのはまずいので使い魔達に運んでおいてもらった。本当に使い魔の数が増えてからというものやれることが増えたな。
俺はその場を任せて部屋に戻る。ベッドに横になってそのままスマホを使う。ここ最近は本当によくスマホを使う時間が増えた。こうして部屋でゆっくりスマホを使えるというのはなんと素晴らしいことか。
それに山のような流通禁止金貨のおかげで課金がしたい放題だ。とはいえもう課金する要素自体が少なくなってしまった。これから先は何か実績を解除してから課金という形になりそうだ。俺は一通りのスマホの作業を終えたら本を読み始めた。
ここ最近は毎日のように寝る前に本を読んでいる。この本はあのゼロ戦があった家の二人の亡骸のうちの一つが持っていた本だ。翻訳アプリで課金することによってこの本の文字を読めるようになったのだ。
ただし本をスマホから取り出すと古いものなので紙が崩れてしまう可能性もある。だからスマホの中でページをめくっている。倉庫に保管されている状態で本のページをめくるというのは意外と難しい。今はだいぶコツをつかんだのでなんとかなっているが、専用のアプリくらい欲しいものだ。いずれ使い魔の解放とともに専用のアプリが出ることを祈っている。
ちなみにこの本の内容は日記だ。筆者ともう一人の日本人と思われる亡骸の人物との日々を綴っている。筆者はなかなか言葉遣いがうまい。読んでいても飽きない文章だ。
それとこの本を読むとわかるのだが、どうやらあの亡骸の二人は夫婦だったらしい。その甘い生活が綴られている。18禁ほどではないがちょっとお色気要素も含まれている。まあそんなことよりも重要なのは二人の幸せな日々の方である。
この異世界の文字の主人は女性だ。旦那である日本人の男のことも書かれているが割と堅物だったらしく、読めば読むほど昭和の男っていう感じがする。そんな二人のやりとりを読んでいくとどこかほっこりとする。
毎日こうして夜遅くまで読み、なんともない夫婦二人のやりとりを読んで心を落ち着けている。そうしていると作業を終えた使い魔たちが戻ってくる。そして全員がスマホに戻ってから俺も眠るのだ。しかし
ポチ『“今日も眠れないの?”』
ミチナガ『“ああ、まだ薬の残りがあるからそれを飲むよ。だけどもう直ぐ無くなるな。明日もらいに行ってくる。”』
俺はあれから普通に眠ることができなくなった。眠ろうとすると、ぼーっとしていると思い出してしまうのだ。カイを焼いたあの時のことを。桜花による爆撃を受けた時のことを。それを思い出してしまいどうしようもなくなってまともに眠れずにいるのだ。
あの時の俺の行動は間違ってはいない。それは今の結果を見れば明らかだろう。しかし俺にとってこの出来事は衝撃的すぎた。人が目の前で燃えている光景、それを直接見て、それを自分が引き起こしたと知って、何も感じずに過ごすことなんてできない。
前に一度、薬を飲まずに眠ったことがある。そうしたら目の前で燃えているカイの夢を見た。カイは苦しみながら俺に近づく、そして俺に触れるとその火が俺へ燃え移るのだ。夢のはずなのに苦痛や恐怖が襲ってくる。そんな状態に耐えられず苦しみながら、悲鳴をあげながら天を仰ぐと上空から桜花が落ちてくる。そしてやっと目が覚めるのだ。
そんな夢を見てしまったらもう眠るのが恐ろしくなる。夢を見るのが恐ろしくなる。だからこうして毎日強力な睡眠薬を飲んで夢を見ることなく眠っているのだ。そうでもしないと俺の中に平穏は訪れない。
「俺は…本当に正しかったのか……他に方法があったんじゃ……ダメだ…もう忘れよう…忘れたいな……なんで俺は……なんで…」
どんなに問いを重ねても誰もそれに答えてくれない。しかしそれで良いのかもしれない。いや、ダメだ。誰か教えてくれ。俺は正しかったのか?俺のやったことは…ただの人殺しとなんら変わりない。それは正しいと言えるのだろうか。
どんなに自分のことを正義だと思っても、どんなに正当化しても人殺しというのは重く辛くのしかかる。どんなに振り払おうとしても決して離れずに自分の過去として重く深く突き刺さるのだ。決して忘れることのできない罪だ。
俺の中の常識を、人殺しは完全悪だという俺の中の当たり前を覆さない限り俺はこうして、これから一生苦しんでいくだろう。しかしその苦しみは人の人生を奪った俺にふさわしい罰なのかもしれない。本当にふさわしいのか?だってこの罰は辛すぎる。人殺しという悪を成した代わりに数多くの人々を救った正義を成したというのにこの罰は重すぎる。
誰か、誰か俺を救ってくれ。
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