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第26話 商談
しおりを挟む晩餐会の翌日。俺は早朝から護衛と荷物とともに、シンドバル商会に向かっていた。実は昨晩釣りの話が大いに盛り上がり、ルアーの作成を依頼されたのだ。
ところが俺に依頼されても俺は作ることはできない。なので大急ぎでシンドバル商会に依頼しに行くのだ。ついでに大きな商売も行ってしまう算段もある。
シンドバル商会にたどり着くとまだ開店前なのか客の姿はない。しかしすでに従業員はいるので商売の話があるということを伝えると奥に案内された。
案内された部屋は取引のための大部屋だった。少し待ってくれということなので待っているがなんというか今の俺には大物感がある。なんせ後ろには護衛が3人。さらに大樽を1つ抱えている。
ものすごく気持ちがそわそわするがなんとかこらえよう。今回の取引は今までの取引がなんともちっぽけに思えるくらいの大金が稼げるだろう。
しばらくすると一人の老人がやってきた。彼がこの商会の会長なのだろうか。
「お待たせしました。ミチナガ様ですね?私は会長代理のハロルドと申します。会長は現在他国にて取引を行なっておりますので私が代わりにさせていただきますがよろしいですか?」
「これはご丁寧に。ミチナガと申します。縁あってご子息様にはお世話になりました。商談さえ行えればなんの問題もありません。よろしくお願いします。」
これで商談の場は整った。あとはどこまでやれるかだ。
お互いに席に着き、俺は一息ついてから頭の中で何度も反復練習していた通りに商談を進めるため、冷静な頭に切り替える。
「まず、製作依頼をしたいのです。ルアーという物なのですが以前作成してもらったこともあるので技術面は問題ないかと思います。これを各100個ずつお願いいたします。」
試しに現物を取り出し手渡す。ハロルドはそれを手に持ちしばらくの間眺めてからまた戻した。
「なるほど…。この程度のものでしたら問題ありませんよ。お値段もお安く済ませることが可能です。」
「ありがとうございます。それからもう一つ、この釣竿もお願いいたします。」
俺は懐から釣竿の図面を取り出す。この釣竿は改良版である。
なんとか今できるだけの改良を加えた最新作だ。前のものとはその性能は比べ物にならない。
「ふむ…細かく書き込まれている。これならばすぐに作業に取り掛かることができるでしょう。」
「ありがとうございます……それで納品の期間なのですが明日の日の出前までになんとかなりませんか?」
「日の出前…なかなかお急ぎのようですね。」
「すぐにでも使いたいという貴族の方々が大勢いらっしゃいまして。数は50本なのですがお願いできませんか?」
ハロルドは顎に手を当て考え始める。俺は反応を待っているが、これは間違いなく問題ないはずだ。なんせ貴族相手の取引だ。シンドバル商会としてもこれは受けたいはずだ。
「無理ですね。」
「え!?」
「このルアーならば問題はありませんが、この釣竿は無理でしょう。精密さが求められますし、手抜きの作業をして下手に貴族の方々に不興をかいましても…」
「そこをなんとか…なりませんか?」
「休んでいる職人たちに手伝わせることになりますからね。他からも人を借りなければならない。そうなると費用が少しばかり多くかかりますよ?」
うぐっ…そういうことか。値段を引き上げるための戦略か。ここは問題ないと思って軽く考えてしまった俺のミスだ。おそらく作業は問題なくできるのだろう。しかしどうせなら金を多く搾り取ろうとする算段なのだ。ハロルドのやり方は問題ない。むしろ当たり前の行動だ。
ここで怒って帰るというのも俺にはできない。他に頼める人はいないし、時間もない。ここは俺の負けだろう。
「い、いくらでやってもらえますか?」
「金貨500」
「ご、ごひゃ…」
幾ら何でもふっかけすぎだろ!ルアーに関しては全部合わせても金貨2~3枚程度だろう。だから残りが釣竿代ということだ。
「も、もう少しお安くなりませんか?流石にそれでは…」
「そうは申されましても、こちらも人を集めなくてはなりませんから。まあ少しならまけられますよ?金貨480ではどうです?」
「き、金貨100枚では…」
「それでは話になりませんな。しかし少しでも安くしたいと思うのはわかります。金貨450枚でいかがでしょう。」
「これは…貴族の方々との大きな繋がりになるはずです。この依頼を受けるだけでも利益になるはずです。金貨150!」
「貴族の方々とは今でも多くの方と繋がりがございます。今更少し増えたところでかわりはありませんな。しかし多少の考慮する点はあるでしょう。金貨430。」
「これは特別な釣竿の製法も売り渡すことになります。製法を売り渡すというのはこちらにとっても痛手なのです。それを考えれば金貨200というところではないですか?」
「確かに製法を得られるのはありがたいですな。しかし釣竿など貴族の道楽の一つでしかありません。それで得られるのはほんの少し。金貨400といったところですな。」
「それでも…それでも……」
「もう無いようですね。まあ今回は坊ちゃんのご友人でもあられるミチナガ君の頼みですしね。金貨350まで譲歩しましょう。」
「……ありがとうございます。」
ハロルドは金貨350枚でもかなりの儲けだろう。材料費などを考えれば元手は金貨50枚ほどでしか無いのだから。しかし俺ではこれ以上食い下がることはできないだろう。
「では、すぐに作業に取り掛からせましょう。おい、職人たちを集めてすぐに作業に取り掛からせろ。」
ハロルドはすぐに人を呼び作業にあたらせてくれた。これでまず第1戦は俺の負けだ。だが次がある。
「では、次の商談に入りましょう。まだあるのでしょう?例えば…その後ろの樽とか。」
「ええ、私としてはこれがメインでして。実はこれを買い取っていただきたいのです。」
俺は背後に待機していた護衛の人から樽を受け取り、上部を開けて中身を取り出してみせる。
「それは!まさかコショウですか!」
「ええ、手にとって確認してもらっても構いませんよ。良質なものです。」
ハロルドは早速コショウを手に取り一粒一粒確認する。先ほどまでの微動だにしない顔つきが嘘のようだ。
まあれそれもそのはずだろう。なんせこれは確実に金のなる木なのだから。
「いかがですか?これは良い取引になると思うのですが。」
「確かに。これほどの量と品質のコショウを見たのは初めてです。是非ともその入手経路を知りたいですね。」
「すみませんがそれだけはお教えすることはできませんね。それで…商談を続けても?」
これはかなりの手応えだ。これならばかなりの金額を一気に稼ぐことが可能だろう。なんせコショウの価値は同量の大金貨と同等の価値があるというのだから。この量なら大金貨700枚はくだらないだろう。金貨70000枚の価値だからな。これで色々と買い放題だ!
「ええ、商談を続けましょう。このコショウの量でしたら金貨1万枚ですね。」
「は?」
いやいやいやいや!安すぎだろ!足元見過ぎだろ!足元見られているのか?単に舐められているな。
怒りのまま商談をしてもいいけどここは一旦落ち着こう。息を吸って…吐いて…吸って…よし!
「幾ら何でもそれは安すぎですね。最低でも金貨8万枚は必要です。」
「それだけの価値はありませんよ。まあ少し増やして金貨1万5千枚です。」
「それだけの価値がない?バカを言わないでください。コショウは同量の大金貨と同じだけの価値があると聞いています。金貨8万枚は譲れませんね。」
いかん。少し苛立ってきた。頭に血が上ってはまともな商売はできない。一旦落ち着こう。
「構いませんよ?では他の商会に金貨8万枚で売ってきてください。惜しい気持ちはありますが仕方ありませんね。」
「なっ!…いいんですか?」
「ええ、構いませんよ。しかし…うちの商会以外にそれだけの量のコショウを捌ける商会があったらですが。」
やられた…この国随一の商会というだけある。もっと俺も考えるべきだった。もっと冷静になるべきだった。
この国でシンドバル商会は随一の商会だ。だからと言って他の商会が金貨8万枚払えないというわけはない。しかしこれだけの量のコショウを全て売りさばけるかというと微妙だ。
コショウを買うのは貴族くらいだ。平民にはとてもじゃないが手が出せない。では他の商会で、この量のコショウを買い取ってくれる貴族と付き合いのあるところがあるだろうか。
少量づつで売る場合でもこれだけの量を分けて、複数の貴族に売れるほどの商会があるだろうか。
これからこのコショウを使って貴族と親交を得ようとしても、シンドバル商会で売れなかったものを持ってきたという話を聞いたら買ってくれる貴族はごくわずかだろう。
つまり、この国でシンドバル商会抜きで大きな商売をすることはできない。
だったらここで売らずに他の国に持っていくという手もある。しかし現状としては金が欲しい。しかもコショウは今もまだ作り続けていく。ここで売れなかったら在庫だけが無駄に増えていく。
「もう…もう少し価格を上げられませんか?」
「ふむ…このままでは少しかわいそうですね。では金貨3万枚でいいですよ。」
金貨3万枚。当初の半分以下の買取価格。しかしこれ以上値段を釣り上げる交渉の術が俺にはない。あまりの悔しさに目眩がしてきた。
「も、もう少し…」
「無理ですね。これ以上は上げられません。先ほど少しは譲歩したでしょう?これ以上は無理ですよ。」
「わ、わかりました…」
圧倒的な格上。商売人として格が違う。俺では太刀打ちできない。敗北。完全な敗北だ。
そのまま俺は悔しさのあまり項垂れた。
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