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閑話 醤油売りの男
しおりを挟む村に戻り若い男衆を連れてありったけのショウユとミソを馬車に乗せ再び街まで戻ってきた。
約束の8日後までにはなんとか間に合ったようだ。
いつもはただ騒がしいだけだと思っていたこの街も今では楽しい幸せな場所に見える。
「親父!本当なんだよな。これに金貨を出してくれた人がいるのって。」
「それで何度目だ。全く信じられないのはわかるが事実だ。今まで日の目を見なかった我らのショウユとミソがこうして金に変わったのだ。決してこぼすなよ。こぼした分だけ金が減る。」
なんて幸せなんだろうか。今までは地主の貴族にはただの伝統を守るだけの金にもならんことはやめてしまえと何度も言われてきた。
しかしこれで我々の伝統は無駄ではなかったのだと証明された。
我々の先祖の代から守ってきたことは無駄ではなかったのだ。
いつものように街に入ると皆の我々を見る目が違うように感じる。
何やらヒソヒソと話し声も聞こえるがいつもの悪口とは違ったように思える。
そうだ。今までは誰かにバカにされているのだとそう思って生きてきた。
しかしこうして金になるとわかった今ではそんなものは気にしなくなる。ようは心の持ちようなのだ。
待ち合わせの場所に到着したがあの御仁はまだいないようだ。
どうせなので売れないのはわかっているが店を開いて待つことにしよう。
前回はうちの村の出身者が買う前に売り切れてしまった。
出稼ぎに出ている村の者に故郷の味を忘れてほしくはない。少しくらい売ったところで問題はないだろう。
いつものように商品を並べて行く。
独特の匂いが周囲に広がりまたヒソヒソと陰口を叩くものがいるようだが全く気にもならん。
今では我が子のようにこのショウユとミソが愛おしい。
「おい!そりゃショウユか!?」
ようやく商品を並べこれから商売を始めようと思っていると何やら大男の冒険者がいきなり大声をあげて近づいてきた。
その迫力に圧倒されたがどうやらこのショウユのことを知っているということはうちの村の出身者らしい。
「ああそうだよ。同郷の者かい?それにしちゃ見たことないような…あれ?それになんでショウユって言葉を知ってるんだい?ショウユって言葉を知っているのはあの御仁とここにいる村人だけ…」
「おお!やっぱりショウユか!それにこれはミソだな!じゃあこの小さい瓶をくれ!いくらだ?」
「あ、ああ…合わせて銀貨2枚だ。」
しまった。勢いにやられていつもより高い値段を言っちまった。
本当はそんな値段もしないがあの御仁が買いに来るまで少しふっかけた値段でも良いかって思ってやっちまった。
「合わせて銀貨2枚だと?」
「あ、い、いやその…」
「安い!買ったぜ!」
「……へ?」
大男は銀貨2枚を支払うと風のように去って行った。
何が起きたのか色々と問いただしたいがもうどうして良いのか全くわからん。
「おい、それショウユなんだろ?こっちにも1瓶くれ。」
「私にはミソを頂戴。」
「へ?」
いつのまにか惚けていると店の前にはたくさんの人々が集まっていた。これは一体どういうことだ?
「お、親父。売っていいんだよな?」
「あ?あ、ああ…いいんじゃないか?」
そこから先はまさに戦争だった。売っても売っても人がなだれ込んできてまた買って行く。
あれだけ在庫があったというのにもうかなりの量がなくなってしまった。
しばらくしてようやく落ち着いてきた頃にあの御仁がやってきた。
うちの店に賑わいに苦笑いをしている。
「ありゃりゃ…物凄い売れ行きだね。まだ商品残ってる?」
「え、ええ。なぜか人が波のように押し寄せてきて…」
「あー…うちで宣伝しすぎちゃったか…」
詳しく話を聞くと数日前から商売していたらしいのだがその商品がうちのショウユやミソをアレンジしたものを売っているとのことだ。
しかもそれが大盛況ということでその秘密を知りたがった客にうちのことを話したらしい。
この客入りもそれの影響のようだ。
「まあ俺も買える量には限りがあるしさ。これでお客さんも増えてよかったでしょ。あ、とりあえず塩味足したほうがいいよ。それと俺には大瓶を2つづつね。」
「は、はい!ただいまお持ちします。」
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。
しかしこうなったのもすべて彼のおかげだ。彼がいなかったらきっとこれからもずっと日の目を見なかった。
ショウユをすべて買って行かないのもこうして繁盛している今では買い占める必要性がないという判断のためなんだ。
彼にはこの先足を向けて寝られない。
「あ、あぶねぇ…あの時は勢いで言ったけどあんな量一人で買いきれないぞ。店で金稼いだけど金貨数枚程度にしかなってないし本当に…あっぶねぇ…」
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