18 / 572
第18話 釣り日和
しおりを挟むあれから5日経った。それまでの間は特に外でやることもなくほとんど屋敷の中でスマホをいじり、ルアーや釣竿に塗装を施し、料理の動画を撮る。
なんとも自堕落な生活を送っていた。しかしそれ以外なにもやることがないので仕方なかったとは言える。
ただ一言言わせてもらえばかなり充実した日々だったとは言えるだろう。
今日はようやくアンドリュー子爵もファルードン伯爵も空いているということで釣りにやって来た。
護衛も引き連れてぞろぞろと大名行列のようだ。
そんな中先頭を歩くのは俺と以前に案内を約束しておいた魚屋のオヤジだ。
これだけの行列の先頭を歩くということでかなり緊張している。
「そんなに緊張しなくても…それよりも今日はその場所は釣れそうですか?」
「へ、へぇ…朝試しに見に行って見たところ大丈夫そうでした。そ、それよりもおら失礼なことしていませんかね。」
「問題ないですよ。問題が起きても魚さえ釣れれば問題ありません。」
俺も今日のために色々と準備をして来たのだ。今日は成功させないと困る。
失敗でもしたら俺が王都に来た意味がなくなってしまう。
それから数十分後、ようやく釣り場に到着した。
穴場と言うだけあって他に人はいないしいかにも釣れそうな雰囲気を醸し出している。
その場で準備を始めた際に俺はルアー釣りを子爵と伯爵に教える。
「今回作ったのがこの新しい竿です。このリールと呼ばれる部分で糸の調節ができるので遠くまで仕掛けを飛ばすことができます。それとこれはルアーと言って毛針と同じ疑似餌です。重たいので遠くまで遠投することができます。今回使うのはこのスプーンと呼ばれるもので投げたら後は糸をゆっくりと巻けばそれで十分です。」
「なるほど、これは面白いですな。さすがは先生です。」
「こんな鉄の塊で釣れるのか?表面は装飾してあるが信じられないな。」
「まずはお手本を見せますからちょっと見ていてください。」
俺も現実で使うのは初めてだが、既にルアーでアプリ内の釣りバカ野郎で何匹も魚を釣っている。問題はないはずだ。
投げるポイントもあるがここはあまり狙いすぎて草木に引っ掛けてしまってもおもしろくない。
ここは安全にまっすぐ飛ばすことにした。周囲に注意して思いっきり投げてやる。
なかなか良い飛距離が出た。距離でいうと30~40mほどはいったのではないだろうか。
遠くまで飛ぶように少し重めのスプーンにしたのも良かったかもしれない。
すると落ちた瞬間何かが食らいついて来た。
一投目と言うのは案外釣れることが多いのだがこれは運が良い。竿のしなり具合からもかなりの大物だと推測できる。
子爵も伯爵も興奮している。特に釣りバカの子爵は大興奮だ。
「先生!すごいしなりですぞ!おお!何やらギィギィ音がして糸が持って行かれていますぞ!」
「かなりの大物ですね。これは…すごい引きだ。」
糸が切れないか心配になるくらいの引きだがあの店員もアーススパイダーの糸の丈夫さには太鼓判を押していた。切れずにすむはずだろう。
それから数分後、ようやく近くまで寄せることに成功して網を入れて掬い上げることができた。
見たこともない魚だが1mは十分にありそうだ。
「こんな大物でも釣り上げることができますよ。まあこれはかなり運が良かったですね。疲れたのでしばらく休憩しながら釣り方をお教えますよ。」
「さすがです!私もこんな大物を釣ったことはありませんよ!是非共その技を教えてください!」
もうノリノリだ。それから何度か教えているとすぐにファルードン伯爵もアンドリュー子爵もコツを掴みぐんぐんと上達しすぐに魚を釣り上げることができた。
1時間ほどで10匹以上釣れたのだからこれはかなりの好調だろう。
随分と魚が釣れたので、俺は釣り上げた魚を〆る作業を行なっている。
その様子を珍しいのか釣れて来た魚屋のオヤジや護衛の兵、さらにはアンドリュー子爵までもが見に来た。
「先生これは何のためにするのですか?」
「魚を美味しく食べるためですよ。エラの部分と尻尾の部分を切って血を流させるんです。こうすることによって生臭さも減りますし身も美味しくいただけるんですよ。それと神経と呼ばれる部分にこの針を通すことによってさらに美味しく食べられるんです。」
日本では割とごく当たり前な神経締めと血抜きである。
海外だと珍しいようだが日本の場合、網で大量に取らない限りは大体の魚でやられているんではないだろうか。ちなみにやるかやらないかで値段は結構変わる。
長期間魚をそのまま保存しておく際には血抜きをしたかしないかで味がまるで違う。
「へぇ~…こんなの長い間魚売って来たけど知らなかったなぁ。切れ込みを入れただけで値段は下がりそうなもんだけどな。」
「知らないとそう思っちゃうかもしれませんね。私の国では生で食べることが多かったので特に身の状態には気を使うんですよ。」
「生!?そんなの食ったら腹壊すだろ!」
「生で食べられるほど鮮度も良いってことですよ。まあ川の魚を生で食べるのはあまり主流ではないので私もあまり食べたことはありませんね。海のものはよく生で食べますよ。」
確かに生魚はある意味ゲテモノかもしれない。
特に海を知らない人にとっては忌避するものだろう。
川魚は寄生虫が多いイメージがあるので俺も刺身はほぼ食べたことはない。
確か一度岩魚か何かの刺身を食べたような気がする。まあ刺身は海のものに限ると思うけどね。
血抜きをしてこの血が放っておくと魚の身にまわって臭みを出すことを説明してやる。
1匹からかなりの量の血が出るのでインパクトはかなり強い。釣り上げた魚は夜にでも食事にだそう。
保管方法は俺の収納袋ということになった。正確にいうと収納袋ではなくスマホなんだがそれは口が裂けても多分言わない。
そんな中釣りを続けていたファルードン伯爵の竿にかなり大きい当たりが来た。
一人黙々と釣りを続けていた甲斐があったようだ。
それと大物を狙いたいということで俺が持っている中で一番大きいミノーを貸し出しておいたのだ。
俺の持っていたミノーは大きさが大きめのイワシくらいあるので正直釣れるとは思ってもいなかった。
俺を食ってきたとなると相当の大物のはずだ。
しかも伯爵の釣り竿がエグいくらいに曲がっている。正直いつ折れても不思議ではないレベルだ。
しかも伯爵の足元を見ると徐々に引きづりこまれている。
その様子を見た護衛が急いで伯爵を抑えに行っている。3人がかりでようやく止まった。
こんな大物は異世界ならではと言えるだろう。
それにしても本当に糸も切れず竿もよく折れていないと思う。
「ファルードン伯爵!焦らずにそのままの状態を維持してください。魚が弱るまで待ちましょう。」
「無理だ。釣竿と糸に針と全てに魔法で強化を加えていないとすぐにでも壊れる!ここは無理やりじゃが一気に上げるぞ。手伝えい!」
よく折れていないと思ったらそういうことだったのか。魔法って万能だな。
なんて今はそんなことに感動している場合ではない。子爵にも手伝ってもらい何とか糸を巻くが一向に巻ける気配がない。
無理やり引き上げるといってから1時間が経過した。魚の方もようやく疲れて来たのか少しずつ巻けはじめた。
それからさらに30分後、ようやくその全体像が見えて来た。
「で、でか…」
「こんなのは…見たことないです。先生。」
「おらも漁師歴長いがこんな化け物は見たことも聞いたこともねぇ…」
全長は一体何メートルあるのだろうか。見た感じシャチに近い大きさがある。もしかしたらそれ以上の大きさも。
どうやって丘にあげようかと悩んでいると魚の方も最後の力を振り絞って大暴れをした。
その暴れようは何と表現したら良いかわからないが水柱が立つくらいの暴れっぷりだ。
そしてその暴れたせいで伯爵は釣竿ごと見事に宙を舞った。
あまりのことに全員が冷や汗を流したが宙を舞っているとうの伯爵は獣のような目つきをしてそのまま魚に掴みかかった。
あのまま引きずりこまれたら溺れる。しかし魚が危険すぎて誰も近づけない。
すると伯爵は懐から短剣を取り出して魚のこめかみの部分に突き刺した。
知ってか知らずかはわからないがそこは魚の急所である。
魚を締める際にも動きを止めるためにその部分、神経を突き刺し動きを止めるのだ。
刺された反動で暴れているがそれからすぐに動きが収まった。
すぐに伯爵を救助しに行くがこんな満足げな伯爵を見たのは初めてだ。
「ガッハッハッハ!さすがの儂も冷やっとしたわい。しかしこの勝負わしの勝ちのようじゃな。これほどまでに血湧き肉躍るのは現役以来じゃ!ガッハッハッハ!!」
「は、伯爵が現役の頃の目つきをしてる…」
「一人で100人の敵兵をなぎ倒した暴乱のファルードンだ…」
何だか物騒な話をしているが聞かなかったことにしよう。そんな伯爵の過去を知ったところで怖くなるだけだ。
とりあえず引き上げる前に血抜きを行い神経締めもしようと思ったが手持ちのもので神経をやれそうなものがないので諦めた。
水に入り直接触って見るとその桁違いな様相がよくわかる。まず鱗は手の平よりも大きくその硬さは鉄のようだ。
エラの部分は手を突っ込んで無理やり血管を切れたが尻尾の部分は持っている刃物では切れそうにない。
伯爵がどうやってこの魚に短剣を差し込んだか気になるがおそらく魔法のおかげだろう。そう考えたい。
尻尾は諦めエラの部分からのみ血抜きを行いながら丘に引き上げるが今回集まった20人の護衛でようやく途中まで引き上げることに成功したがそれ以上は難しそうだ。
「う~む。釣り上げたのは良いが運べぬか。このまま捨てるのは勿体無い。さてどうするか。」
「応援を呼びましょう!これは偉大なことですぞファルードン殿!何としてでも持って帰らねば。」
「大丈夫ですよ。多分私の収納袋に入るので。」
本当は全容を見てから収納したかったがこれではどうしようもないだろう。
俺は袋を開けて収納するふりをしてスマホにしまう。
一瞬にして消えたので明らかに怪しまれただろうが俺としてもこれの情報は欲しかった。これで釣りバカ野郎の図鑑が埋まったはずだ。
その後いくつかの質問が来たが何とか交わしていると今日の釣りはここまでと言うことで屋敷に戻ることになった。
案内してくれた魚屋の親父は報酬として金貨数枚をもらったようで大喜びしていた。
さて、今日はこの釣り上げた魚たちを使ってお祭り騒ぎかな。
10
お気に入りに追加
545
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
どーも、反逆のオッサンです
わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。
婚約破棄は誰が為の
瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。
宣言した王太子は気付いていなかった。
この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを……
10話程度の予定。1話約千文字です
10/9日HOTランキング5位
10/10HOTランキング1位になりました!
ありがとうございます!!
石田三成だけど現代社会ふざけんな
実は犬です。
ファンタジー
関ヶ原の戦いで徳川家康に敗れた石田三成。
京都六条河原にて処刑された次の瞬間、彼は21世紀の日本に住む若い夫婦の子供になっていた。
しかし、三成の第二の人生は波乱の幕開けである。
「是非に及ばず」
転生して現代に生まれ出でた瞬間に、混乱極まって信長公の決め台詞をついつい口走ってしまった三成。
結果、母親や助産師など分娩室にいた全員が悲鳴を上げ、挙句は世間すらも騒がせることとなった。
そして、そんな事件から早5年――
石田三成こと『石家光成』も無事に幼稚園児となっていた。
右を見ても左を見ても、摩訶不思議なからくり道具がひしめく現代。
それらに心ときめかせながら、また、現世における新しい家族や幼稚園で知り合った幼い友人らと親交を深めながら、光成は現代社会を必死に生きる。
しかし、戦国の世とは違う現代の風習や人間関係の軋轢も甘くはない。
現代社会における光成の平和な生活は次第に脅かされ、幼稚園の仲間も苦しい状況へと追い込まれる。
大切な仲間を助けるため、そして大切な仲間との平和な生活を守るため。
光成は戦国の世の忌むべき力と共に、闘うことを決意した。
歴史に詳しくない方も是非!(作者もあまり詳しくありません(笑))
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
念動力ON!〜スキル授与の列に並び直したらスキル2個貰えた〜
ばふぉりん
ファンタジー
こんなスキルあったらなぁ〜?
あれ?このスキルって・・・えい〜できた
スキル授与の列で一つのスキルをもらったけど、列はまだ長いのでさいしょのすきるで後方の列に並び直したらそのまま・・・もう一個もらっちゃったよ。
いいの?
死んでないのに異世界に転生させられた
三日月コウヤ
ファンタジー
今村大河(いまむらたいが)は中学3年生になった日に神から丁寧な説明とチート能力を貰う…事はなく勝手な神の個人的な事情に巻き込まれて異世界へと行く羽目になった。しかし転生されて早々に死にかけて、与えられたスキルによっても苦労させられるのであった。
なんでも出来るスキル(確定で出来るとは言ってない)
*冒険者になるまでと本格的に冒険者活動を始めるまで、メインヒロインの登場などが結構後の方になります。それら含めて全体的にストーリーの進行速度がかなり遅いですがご了承ください。
*カクヨム、アルファポリスでも投降しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる