光の輪にはいって

すふにん

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プロローグ

第四話

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 部屋のドアを開けると、甘い香りがただよってくる。私は洗面台で手を洗ってから、リビングへ向かった。食卓にはお母さん自慢の手作りシチューが三皿、家族分並べられていた。

「霞、お父さんを呼んできてくれる? あとご飯を食べる前にはちゃんと神様にお祈りするのよ」

「はいはい、わかってるよ……お母さん」

 お母さんにそう指示を受け、私はお父さんの部屋の前まで行き、ドアをノックしてからご飯ができたと合図した。部屋の中から返事が聞こえたのを確認して食卓へと戻る。椅子に座っているとすぐにお父さんはやってきた。

「神様、今日のかてをありがとうございます」

 食事の前のお祈りを済ませた私はスプーンに手をつけた。

 確かに今日のシチューは美味しく感じる。お母さんが自信作と言うだけのことはあった。三口ほど味わったところでお父さんが話しかけてきた。

「霞、学校はどうだい? 友達とは仲良くしているのかい? 悩んでいることがあったらちゃんとお父さんに相談するんだよ。霞はもう高校三年生なんだから……今から進路のことも考えないといけないよ」

「順調だから大丈夫だよ」

 淡泊たんぱくに学校の近況を伝えた私は残りのシチューをスプーンで口に運んでいく。そうして静かな夕飯を家族で共に過ごし、部屋へと戻った。

 ……そうだった、理彩のノートを書き写さなければならなかったんだ。私は机に向かい、ノートに今日の授業で習ったところを丸ごと書き写した。いつものようにテレビを付けて、バラエティー番組を見ているとなぜだかむなしい気持ちがやってきた。

 変わらない毎日、どうしてだろう。私は決して恵まれていない訳ではないのに……。なのにどうして心の中は満たされないのか。

 何かが足りない。

 何が私の中に欠けているんだろう。

 大学に進学すれば何かが変わるのだろうか。考えても、考えても、答えがでないことに気が付いた私はもう休むことにした。明日こそは新しい世界が訪れることを神様に祈りながら。

 ——

 ざわざわとした雰囲気が辺りを包む。街中を歩いていると、人々のれに疑問を持ってしまう。この人たちは、自分が生きているという実感を持っているのかな……、と。いつもと変わらない道を歩き、いつもと変わらない毎日を過ごすことに何の疑いも持っていないのだから。

 これが日常なのだと言われても、納得はできない。皆、自由になりたくはないの? この世界から脱出したいと思わないのだろうか。果たして、この世界の外はどんな景色につながっているのだろう。この青空の向こう側には別世界のような場所がきっとあるはず。

 そこに行くにはどうしたら良いのだろう。その世界に行くのには死んだあとにしかいけないというのなら、私には全くどうしようもない。あきらめにも似た感情を抱いた私は大人しくいつものコースを歩き、学校へと向かうことにした。

 昨日とは逆方向に走るバスに乗り、席に座ったあと、静かに目を瞑つむった。こうやって目を閉じていると、色々なことに気が付かされることがある。普段、感じ取ることのできない音や景色。無色透明になった世界で、ただ思うことは、人のいなくなった世界というのは素晴らしい……と、いうものだ。例えると遠くからクラシックでも聞こえてきそうである。瞑想めいそうにも近いようなことをしていると、あっという間に時間は過ぎた。

 学校に到着した私は、校門をくぐり中に入る。昨日と全く同じように教室へと入り、いそいそと自分の席に座ると、私の身にいつもの日常がやってきた。

「霞、ノートはちゃんとやって来たんでしょうね!?」

 理彩にドヤ顔をして見せた私は、かばんからノートを取り出して、中身を見せつけた。

「当然です、私って奴は、成績だって決して悪くはないんだからね」

「どれどれ……って、ほとんど丸写しじゃない。成績だって悪くはないって? 前に渡された、君の通知表の内容を見たこの私に言っているの?」

「まあ、理彩……細かいことは良いじゃない。別に進学できなくても、この社会なんとかやっていけるって。大学に行くことが全てじゃないでしょ?」

 すると理彩は深いため息を付いて言った。

「はああ、あんたねえ、この鬼のような社会を舐めてない? 霞には何かやりたいことがあるの?」

「特にないけれども」

 ぎょっと理彩の目が鋭くなる。そんなことじゃ……と、言わせる前に私は返事をした。

「あ、でもね」

「いつか宇宙飛行士になって、月や火星に行ってみたいな。まあ、NASAに入るのは無理だとしても、この地球から飛び出したいって気持ちはある。民間でもいつかお金さえ出せれば、将来的に決して行けなくはないらしいよ。スペースシャトルとかに乗って、宇宙ステーションとかで過ごしてみたいな!」

「霞……あんたって」

「なによ」

「まあ、夢が全くないよりは良いのかもしれないね。いつか霞が宇宙に行くことになったら、私も一緒に行ってあげる。でもその為には、今から頑張ってお金を貯めないとね」

「おお……てっきり馬鹿にされるかと思っていたのに。理彩様はお人ができていらっしゃる」

「宇宙に行こうなんて、普通の人は発想すらできないよ。案外、霞って大物なのかもね」

「うん、かもね」

 私たちは授業が始まるまで語り合った。こんな話ができるのも、学生の身分の間だけかもしれない……と、私は青春の味を噛みしめるのだった。
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