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初夜
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射精後、
「いや、無理だろう」
と、途方に暮れて言うも、はいはい、待っててくださいね、と相手にもされない。士匄は選択を誤ったか、来る場所を間違えたかと一瞬後悔した。しかし、抱きしめ慰めてくる趙武の雄の臭いは安堵と愛しさを思い起こさせる。それが欲しかったのだ、と鼻をすすった。
頻繁に睦み合ったときとは違うのだ。潤滑剤も改めて用意せねばならぬだろう。趙武は室を出ていってしまった。過去をよすがに勢いで来たものの、現実となれば面倒なこともある、と士匄は肩で息をついた。
久しぶり。ほんとうに久々に、私事として会う趙武には呆れと突き放すような拒絶があった。それでも追い返さずに招き入れ、それはやめろと諭してきた。趙武らしい誠実さであった。士匄はそういった趙武が嫌いではなかったが、今欲しいものではない。
「……浅ましいことだ」
ずっと奥底で隠していた想いさえ引き換えにして、このひとときのぬくもりを求めたのであるから、浅ましいことこの上ない。士匄は苦い笑みを己に向けた。
だがそれで、趙武の奥底から、枯れた廃墟ではない、瑞々しく生々しい恋情が引きずり出せたのだから、良い。趙武への恋を永遠とすがる士匄に、彼はうっすらと陶酔の顔を向けた。士匄をつま先指先から頭の先、内臓にいたるまで、じわじわとゆっくり燃やし尽くしていった、粘性の熱情だった。
そこから抱きしめられ、優しく撫でられ、慰めの言葉を貰ったのも良い。しかし。
「もう、今さらだろ。無理だ、騎乗位とか技術ある女であるまいし、うん。ふっつうに股を開いて、ふっつうにツッコんで、わたしがとっても気持ちよーくなって、趙孟がわたしをヨイコヨイコするが最善最適というもの。約束というが今さらではないか」
この、四十路半ばの男は、極めて都合の良い御託を並べて、必死に言い訳をした。もしくは、言い訳の準備をした。
「我が主から案内つかまるよう、命ぜられまかり越してございます」
趙武の家臣でも身分が高い男であろう。士匄と年が変わらぬ小者が室の外から拝礼した。この室は応接のもの、と言われれば、士匄も頷かざるを得ない。半ば公事に使う部屋でセックスをするのは、士匄だって嫌である。
違う棟に連れて行かれてたあたりまでは、士匄は特に何も思わなかった。が、室への道を指し示されたとき、嫌な予感がした。予感ではなく、嫌な決定に近い。
「ほ。へえ。え? 趙孟はこの階段を登った先におられると」
我が主がすでに待っております。3度の同じ問に、小者も3度同じ答えで応じる。いい加減にしろ、とそのねっくび捕まえて怒鳴りたかったが、相手は忠実な趙氏の臣である。同じ言葉を繰り返すだけで、意味はないだろう。
狭い階段を登り、扉を開ければ、果たして趙武がいた。所作美しく、儀礼正しく、入ってきた士匄を丁寧に拝礼し、席を指す。趙武の対面であった。
士匄は、やけくそで、丁寧に儀礼を返し、端然と座った。そして思わず部屋をみまわす。妙に色味を感じさせるのは仕方がない。しかし、それだけである。
「私たち以外はおりません。そこまで私も悪趣味じゃあないです」
趙武がふわりと笑む。苦笑が混じっていた。士匄はその笑みを楽しみ愛しむ余裕もない。苦々しさと、よもやここまで、という気持ちがある。
「東西の道を駆け上り、陰陽は相合す。お前が陽でわたしが陰か。肉を……肉を! 食ったろうが!」
求婚してそれを受け、切り分けた肉を食う。魂も心も体も朽ち果てた先さえ共にいようと誓ったではないか、と士匄はさすがに指摘した。趙武がふわふわとした微笑みのまま、そうですね、と返す。
「あのとき、私は一世一代の大告白で、あなたは受けてくださいました。ままごとではありましたが、あの瞬間、あなたと私は共に生きる家族でした」
静かにふわりと言うと、趙武が士匄へしずしずと近づき、きゅうっと抱きしめた。
「今は、私のお嫁さんです。お嫁さん!」
四十路前とは思えぬ、はしゃいだ声で趙武が言った。
つまり、新郎が新婦を迎える部屋であり、これは儀式である。二人はここで初めて互いの顔を見て名を知るわけだ。初めての儀、つまりは初夜を見守る人間もいる始末である。趙武がそこまで悪趣味ではない、とはそのことであった。
抱きしめながら、趙武が士匄の首筋を軽く噛んだ。士匄はおもわず、小さく声を上げる。趙武からかすかに発情の臭いを感じ、士匄は酔いかけた。このまま、細い腕に絡め取られ、好き放題されたい、という欲がもたげる。
「あのころの私の想いが出たというのはあります。それが本音。建前は、ここが便利だからです」
士匄の欲にあわせたかのように、趙武がそのすそを割って腿をいやらしく撫でた。
「……そんなにお使いなほど、趙孟は嫁をお迎えで」
結婚の儀に使う場所である。むろん一族で使いまわしする初夜部屋としても、便利というのはいささか使いすぎではないか。士匄の言葉に下卑た指摘があるのを、趙孟はくすくすと笑った。
「もうすぐ三人目の嫁を迎えるので、その準備をしてました。あなたが先に嫁になられた」
周の貴族とのことで、聞けば士匄の一人目の嫁と親戚だった。そんなところで繋がっても嬉しくない、と趙武が拗ねて、腿を軽くつねった。その痛みに色気のある声を上げて、士匄は身をよじった。
「いや、無理だろう」
と、途方に暮れて言うも、はいはい、待っててくださいね、と相手にもされない。士匄は選択を誤ったか、来る場所を間違えたかと一瞬後悔した。しかし、抱きしめ慰めてくる趙武の雄の臭いは安堵と愛しさを思い起こさせる。それが欲しかったのだ、と鼻をすすった。
頻繁に睦み合ったときとは違うのだ。潤滑剤も改めて用意せねばならぬだろう。趙武は室を出ていってしまった。過去をよすがに勢いで来たものの、現実となれば面倒なこともある、と士匄は肩で息をついた。
久しぶり。ほんとうに久々に、私事として会う趙武には呆れと突き放すような拒絶があった。それでも追い返さずに招き入れ、それはやめろと諭してきた。趙武らしい誠実さであった。士匄はそういった趙武が嫌いではなかったが、今欲しいものではない。
「……浅ましいことだ」
ずっと奥底で隠していた想いさえ引き換えにして、このひとときのぬくもりを求めたのであるから、浅ましいことこの上ない。士匄は苦い笑みを己に向けた。
だがそれで、趙武の奥底から、枯れた廃墟ではない、瑞々しく生々しい恋情が引きずり出せたのだから、良い。趙武への恋を永遠とすがる士匄に、彼はうっすらと陶酔の顔を向けた。士匄をつま先指先から頭の先、内臓にいたるまで、じわじわとゆっくり燃やし尽くしていった、粘性の熱情だった。
そこから抱きしめられ、優しく撫でられ、慰めの言葉を貰ったのも良い。しかし。
「もう、今さらだろ。無理だ、騎乗位とか技術ある女であるまいし、うん。ふっつうに股を開いて、ふっつうにツッコんで、わたしがとっても気持ちよーくなって、趙孟がわたしをヨイコヨイコするが最善最適というもの。約束というが今さらではないか」
この、四十路半ばの男は、極めて都合の良い御託を並べて、必死に言い訳をした。もしくは、言い訳の準備をした。
「我が主から案内つかまるよう、命ぜられまかり越してございます」
趙武の家臣でも身分が高い男であろう。士匄と年が変わらぬ小者が室の外から拝礼した。この室は応接のもの、と言われれば、士匄も頷かざるを得ない。半ば公事に使う部屋でセックスをするのは、士匄だって嫌である。
違う棟に連れて行かれてたあたりまでは、士匄は特に何も思わなかった。が、室への道を指し示されたとき、嫌な予感がした。予感ではなく、嫌な決定に近い。
「ほ。へえ。え? 趙孟はこの階段を登った先におられると」
我が主がすでに待っております。3度の同じ問に、小者も3度同じ答えで応じる。いい加減にしろ、とそのねっくび捕まえて怒鳴りたかったが、相手は忠実な趙氏の臣である。同じ言葉を繰り返すだけで、意味はないだろう。
狭い階段を登り、扉を開ければ、果たして趙武がいた。所作美しく、儀礼正しく、入ってきた士匄を丁寧に拝礼し、席を指す。趙武の対面であった。
士匄は、やけくそで、丁寧に儀礼を返し、端然と座った。そして思わず部屋をみまわす。妙に色味を感じさせるのは仕方がない。しかし、それだけである。
「私たち以外はおりません。そこまで私も悪趣味じゃあないです」
趙武がふわりと笑む。苦笑が混じっていた。士匄はその笑みを楽しみ愛しむ余裕もない。苦々しさと、よもやここまで、という気持ちがある。
「東西の道を駆け上り、陰陽は相合す。お前が陽でわたしが陰か。肉を……肉を! 食ったろうが!」
求婚してそれを受け、切り分けた肉を食う。魂も心も体も朽ち果てた先さえ共にいようと誓ったではないか、と士匄はさすがに指摘した。趙武がふわふわとした微笑みのまま、そうですね、と返す。
「あのとき、私は一世一代の大告白で、あなたは受けてくださいました。ままごとではありましたが、あの瞬間、あなたと私は共に生きる家族でした」
静かにふわりと言うと、趙武が士匄へしずしずと近づき、きゅうっと抱きしめた。
「今は、私のお嫁さんです。お嫁さん!」
四十路前とは思えぬ、はしゃいだ声で趙武が言った。
つまり、新郎が新婦を迎える部屋であり、これは儀式である。二人はここで初めて互いの顔を見て名を知るわけだ。初めての儀、つまりは初夜を見守る人間もいる始末である。趙武がそこまで悪趣味ではない、とはそのことであった。
抱きしめながら、趙武が士匄の首筋を軽く噛んだ。士匄はおもわず、小さく声を上げる。趙武からかすかに発情の臭いを感じ、士匄は酔いかけた。このまま、細い腕に絡め取られ、好き放題されたい、という欲がもたげる。
「あのころの私の想いが出たというのはあります。それが本音。建前は、ここが便利だからです」
士匄の欲にあわせたかのように、趙武がそのすそを割って腿をいやらしく撫でた。
「……そんなにお使いなほど、趙孟は嫁をお迎えで」
結婚の儀に使う場所である。むろん一族で使いまわしする初夜部屋としても、便利というのはいささか使いすぎではないか。士匄の言葉に下卑た指摘があるのを、趙孟はくすくすと笑った。
「もうすぐ三人目の嫁を迎えるので、その準備をしてました。あなたが先に嫁になられた」
周の貴族とのことで、聞けば士匄の一人目の嫁と親戚だった。そんなところで繋がっても嬉しくない、と趙武が拗ねて、腿を軽くつねった。その痛みに色気のある声を上げて、士匄は身をよじった。
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