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青春よ、さようなら

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 二人の蜜月であるが、三年はもった。その後、二年はほそぼそと惰性で会ってもいたが、結局終わった。

 互いに嫌っても飽きてもいなかったが、自然に消滅した。簡単に言えば、忙しくなったのである。

 恋を謳歌し続けた三年の後、士匄しかいは死した父の後を継ぎ、趙武ちょうぶは後見人の手を離れて独り立ちした。氏族の当主として忙しい上に、ちょうど政変が起きた。ひとつの氏族が完全に滅ぼされ、宰相が君主を弑殺しいさつするという、とんでもなく大きな血なまぐさい政変であり、ふたりとも己の責をまっとうするので手一杯だった、と思えばよい。

 かたや、親を継いだばかりの三十路にならぬ若造であり、かたや、ようやく後見人が離れたばかりの二十半ばの青年である。

 士匄は恋心も感傷もねじ伏せて立ち、趙武は士匄への恋心も心配も耐え押し込んで進んだ。

 そうして、まともに会えたとき、お互い、狂おしい情熱がぽっかりと抜け落ちていることに気づいた。恋情もあり、愛惜はさらにあったが、どこか焼け落ちきった灰のようなぬるさであった。

 それでも――

「お会いできて、良かった。あなたは大変でしたでしょう、その……いえ、本当はそばで支えたかった」

 趙武が愛しさを隠さず、士匄を抱きしめた。士匄は一瞬だけ躊躇したが、結局その細い体を抱きしめる。

 できもせぬことを、と士匄はあてこすらなかった。

「お前のその言葉はあの頃のわたしの喜びになる。言祝ぎとしよう」

 三年の狂おしいほどの愛しさが、ほんの一年あるかないかの短い期間で、終わってしまった虚しさを双方いだいた。ただ、これで終わりに向かうと本能的に察したのは士匄で、趙武はこの先があると信じた。

 趙武はこの日、士匄を丁寧に丹念に抱いた。士匄は久々に開かれて、遠慮なく喘ぎ、すすり泣いた。趙武は少し度を越して、士匄を泣かせて鳴かせた。

「あなたを、泣かせたくなるときが、あります。今です」

 熱い息を吐きながら流れ落ちる涙を指で拭い、趙武が甘やかにささやく。士匄は、

「見るな」

 と言って首を振った。快楽と責めに混乱し、媚び、泣いている姿を見られたくない。そうもとれる言葉である。

「見たいわけではないです。泣かせたい。あなたはとてもお強いけれど、弱ったら泣いてほしい」

 そう言うと、趙武が腰を進めて叩きつける。久しぶりであるのにこの悦楽はおぼえており、きもちいい、と泣きわめいた。

 そこから呼び水のようになって、士匄は身も世もなく泣いた。自己肯定強く、自信家で厚かましい士匄だって、父親が自殺すれば辛い。宰相に近い立場の父親は士匄たちを政変から守るために自殺し、士匄はを願い立て、全てから背を向けることができた。彼は強いため、静かに弱音一つ吐かず、その傲岸さも自信も溢れさせながら、家を守った。

趙孟ちょうもうっ、あっ、も、もっと」

 士匄は手をばたつかせながら伸ばし、その袖を、腕を掴む。趙武が振り払わず、そのままにさせながら士匄の奥をえぐり、引いてまた突き上げる。士匄は、趙武の腕をつかんだままのけぞった。

「あ、あ、こわっ、こわ、し、て、」

 趙武が少し淡い苦笑を浮かべると、ぐずぐずになった肉壺をかき混ぜるように動いた。おあ、と士匄が身をよじり、腰を揺らした。

「私は……あなたを傷つけたくないけど、傷つきたいと仰るなら努めるのみです。……好きです、ええ。とても、范叔はんしゅくが好き……」

 趙武の、優しく温かい風のような告白に士匄は頷く。

「わたしも、好きだ。お前ならいい。好きに、ぐちゃぐちゃに……」

 理性がほとんど消えかけた瞳であった。本気かどうかなど、わかりようもない。趙武はその手をとり指先に軽く口づけをすると、望みどおりにぐちゃぐちゃにした。

 傷ついてほしくなく、もちろん傷つけたくもない。しかし、よもやその傷を慰めることもできぬことがこんなにつらいとも思わなかったし、そしてそれが現実なのだと受け入れた自分も情けなかった。

 この日、二人は嵐のよう交わったし、そよ風のような睦言をかわした。士匄は泊まることなく帰り、趙武は見送った。

 熱が少しずつ冷めるように、二人は会いたいと思う頻度が減っていった。会えば嬉しく喜ばしいが、その感覚も鈍さが伴っていく。

 ある、冬の終わりであった。

「もうすぐ春ですね。野に出て歩くのはいかがでしょう。いつかのように……」

 クコの葉を煎じた湯を飲みながら、趙武がぽつりと言った。かつて、早春の野に出てクコを摘み、互いの心を確かめあった時があった。

「それも、いい」

 士匄はぬくめたあまざけを飲みながら、言った。粘性のそれが少しあふれ、顎を伝っていく。趙武が色のないしぐさで己の布を出して、拭ってやった。

 うっすらと淡い霧の向こうで、己と趙武が葉を摘み、恋情をかわして、はしゃぐように体を重ねていたが、士匄には淡すぎて遠く、懐かしさがあっても身近ではない。

 ただ、芍薬しゃくやくだけが、鮮やかではある。

 この日をさかいに、二人は会わなかった。趙武も士匄も後ろめたさなく、飽きたわけでなく、嫌いになったなどではもちろんない。

 情熱が無くなっていたことを、互いに知って、自然に終わっただけだった。

 青春よさようなら。良き思い出を胸に、大人になります。そうはいっても同僚で顔はよく見かけるわけだが、だからこそ、自然に関係は消滅したのだろう。

 ゆえに、である。

「趙孟。わたしを抱け。抱き潰せ」

「……あなた、本当にこう……うん、懲りない。今さらですし……いえ、うん、懲りない……」

 関係がすうっと終わって十五年以上経ったこの日、この夜。士匄が邸に押しかけて、ふたりきりになり、開口一番放った言葉に、趙武は呆れた。
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