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好きって言ってくるのを待ってた
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「范叔。お話があるのです」
本日の議、学びは終わりと場が解散となったとき、趙武が後ろから声をかけてきた。妙に真剣くさい顔をしやがる、と士匄は少し眉をしかめた。
「なんだ、范叔。趙孟がお話があるだと、へえ」
悪友兼幼馴染み兼バカの欒黶が軽く肩をつかみ、意味ありげに士匄と趙武の顔を見てくる。この、家格は国で一番高い貴族であり、頭の中身は一番お悪い友人は、かつて、趙武の顔を見て開口一番
「これは見応えある美しい顔ではないか。なかなかに育て甲斐がありそうだ、俺と義兄弟になれ、かわいがってやろう」
と言って、振られたバカである。士匄が趙武を面倒みることがあれば、
――そろそろ食ったか?
などと平気でのたまう、極めて無神経で厚かましく、傲慢浅慮な人間であった。まあ、そのような欒黶が間にわって入ったのである。趙武は真剣くさい上に、警戒心をあらわにした目で士匄と欒黶を睨んだ。その悪い空気に全く気づかず、なおも食いつこうとした欒黶を、士匄は手で制す。
「昨日の賭け碁の続きはまた今度だ、欒伯。さっさと帰れ」
士匄の声には強い拒絶があった。欒黶は気を悪くした様子もなく、おう、明日な、と去っていった。
「……仲がおよろしいのでしょう、あのような冷たい仰りようをなさらなくとも」
己で呼びつけ、なおかつ欒黶を睨んでいたくせに趙武が言う。が、趙武は基本的に平和主義者である。屈辱には全力で報復をするが、それはそれとして、やはり平和主義者なのだ。そんな趙武を士匄は一瞥し、
「あいつはあのくらいの言い方をせんと、わからん。おそろしいほどものごとを己の都合良くとるからな」
と言い放った。それはあなたもでしょう、と趙武が少ししらけた顔をした。
「で? 話とはなんだ?」
まっとうしごく当然の言葉で士匄は切り返す。趙武が、え、と目を丸くさせた。話の流れは間違っていない。趙武は話があると声をかけ、士匄は友人より趙武を優先し、そして何の話だ、と返したわけだ。未だ二人は大臣候補のものどもが集まる部屋につったっている。二人以外は出て行ってしまったが、宮中の管理をしている小者が困惑した様子で眺めてきていた。この貴人の若者が出て行かないと、部屋が閉じられないのである。趙武が士匄と小者を見たあと、目を泳がし途方にくれた顔をして口を開いた。
「こ、ここでは、ご迷惑、ですし、どこか、他。えっと」
「どこだ?」
士匄はわざと畳みかけた。趙武が、えー、あー、と唸った後にすっと息をすって吐いた。
「……いえ、ここでかまいません。――そこのお方、一旦お引き取りを。私と范叔の二人にしてください。こちらは我々若輩の学びの部屋です。私は先達の范叔に問いがございます。終わりましたら、お呼びしますから」
趙武が士匄に返した後、小者に呼びかけた。小者はかしこまり、扉を閉めて去っていった。それを見届けたあと、趙武が一礼し、床に座る。士匄もならい、座った。目の前の後輩は、ひとまず落ち着いていた。ずっと混乱しつづけるようであれば、そのまま捨てて去っていこうかと思ったが、そこまで鈍くさくはなかったらしい。
「……話は。えっと、まず確認ですが、このたび、長くお声かけございませんでした。先達に対し、失礼致します、単刀直入に伺いますが、もうおやめになられるので?」
ここで、何をだ、と返さないのが士匄である。そこまでぼんくらでもなく、また、受け身でもない。
「わたしはお前に抱かれることを楽しんでいる。幾度もこれきりだと言っていたころも確かにあったが、奥の良さを捨てるのは惜しいから、続けているのだ。長く声をかけなかったのは、お前につき合って我慢してやっただけだろう」
「は? 私につき合う? 我慢?」
趙武の不審さを隠さない声に、士匄は頷く。
「お前は、まあ、ものすごく、無粋かつ野暮ではあったが、わたしを口説こうとしていたではないか。そういったことがしたいのだろうと、待ってやったのだが、詩のひとつどころか、秋波を送るそぶりさえせん。ようやく声をかけたと思ったら、やたら真剣な顔をして、やめますか? などとこちらの軽重を伺うようなことを言いやがって。恋を遊ぶなら、遊ぶでやりかたがあるだろう。やる気あるのか」
たとえ恋情無くとも、それがあると仮定して戯れるというのはおもしろいものである。先日の趙武は、その気もないくせに口説いてきたわけであるから、それをしたいのであろう。士匄はそう結論づけ、駆け引きの一環として声をかけられるのを待っていたのである。口説いて恋仲の気分となりセックスをするのは、まあ盛り上がるであろうから、士匄もやぶさかではない。しかし、趙武はそのそぶりもなく半月以上をほったらかし、ようやく声をかけてきたと思えば、こちらを責めるような言葉を投げてくる。
やる気あるんか、こいつ
士匄は苦々しい顔を隠さず、ため息をついた。
趙武は、士匄の言葉にも態度にも唖然とし、は? と思わず声をあげた。どうしてそういう話になっているのか、と叫びたくもなったが、やはり慎ましい彼は耐えた。
「……恋って遊ぶものでは無いでしょう。つまり、あなたは半月間、値踏みされていたということでしょうか。私の行いを言葉をしぐさを見て、推し量っておられた。あなたこそ私の軽重を伺う行いではないでしょうか」
しずしずと、そして重い口調で趙武が言葉を紡ぎはじめる。目は奥深い森、昼なお暗くうっそうとしたそれそのものの闇色であった。士匄は反駁しようとしたが、趙武の睨めつけてくるような顔に口が止まった。極めて美しいご面相の後輩であるが、埋み火のような熱と、地を這う泥のような粘性を感じ、いっそ怖さがあった。だれが値踏みだ卑しい者と同じにするな。その言葉が喉の奥から出てこない。
怖じる士匄に荒んだ笑みを向けながら、趙武が近づき、そっと膝に乗り上げた。
「ねえ、范叔。半月じっと我慢したの偉いですね。私が声をかけるまで、お待ちになられたと。前回あなたがなされたように、あなたへの愛しさを込めて見つめて古詩を吟じ……そうですね、邂逅に相遇わば、我が願に適えり、邂逅に相遇わば、子と偕に臧せん、などいかがでしょう。思いがけもなく相逢うたなら、私の心の願うところ。もし出会うのであれば――あなたと私、その欲するもの得て喜びといたしましょう。こちらの恋詩でよろしいでしょうか? 目が合えば愛欲を確かめたいとは少し直裁的だとは思いますけれども、そういったことですよね。私はこういった遊びなど何が良いのか全くわかりませんが、至らぬ未熟者でしてあなたが待ち望んでおられたこと、気づかず申し訳ございません。あなたはすぐに欲にかられて溺れて耐えることをなされないというのに、私が声をかけ愛を語るまで我慢されるなど、お行儀よいこと。後輩として見習おうと思います、ええ、ええ、お待たせいたしました、お体疼いて大変ではなかったですか?」
にじりよるように顔を近づけてきて、その細い腕を体に回したり、もしくは柔らかな手で頬や耳の裏、首筋を撫でながら趙武が笑う。笑みにはもちろん、声音にも嘲弄が含まれていた。とんでもないほどの見栄えの良さのために、粘性の気持ち悪さがいっそう際立つ。士匄は、嫌悪と恐怖と不快で顔をこわばらせて身をよじらせた。
本日の議、学びは終わりと場が解散となったとき、趙武が後ろから声をかけてきた。妙に真剣くさい顔をしやがる、と士匄は少し眉をしかめた。
「なんだ、范叔。趙孟がお話があるだと、へえ」
悪友兼幼馴染み兼バカの欒黶が軽く肩をつかみ、意味ありげに士匄と趙武の顔を見てくる。この、家格は国で一番高い貴族であり、頭の中身は一番お悪い友人は、かつて、趙武の顔を見て開口一番
「これは見応えある美しい顔ではないか。なかなかに育て甲斐がありそうだ、俺と義兄弟になれ、かわいがってやろう」
と言って、振られたバカである。士匄が趙武を面倒みることがあれば、
――そろそろ食ったか?
などと平気でのたまう、極めて無神経で厚かましく、傲慢浅慮な人間であった。まあ、そのような欒黶が間にわって入ったのである。趙武は真剣くさい上に、警戒心をあらわにした目で士匄と欒黶を睨んだ。その悪い空気に全く気づかず、なおも食いつこうとした欒黶を、士匄は手で制す。
「昨日の賭け碁の続きはまた今度だ、欒伯。さっさと帰れ」
士匄の声には強い拒絶があった。欒黶は気を悪くした様子もなく、おう、明日な、と去っていった。
「……仲がおよろしいのでしょう、あのような冷たい仰りようをなさらなくとも」
己で呼びつけ、なおかつ欒黶を睨んでいたくせに趙武が言う。が、趙武は基本的に平和主義者である。屈辱には全力で報復をするが、それはそれとして、やはり平和主義者なのだ。そんな趙武を士匄は一瞥し、
「あいつはあのくらいの言い方をせんと、わからん。おそろしいほどものごとを己の都合良くとるからな」
と言い放った。それはあなたもでしょう、と趙武が少ししらけた顔をした。
「で? 話とはなんだ?」
まっとうしごく当然の言葉で士匄は切り返す。趙武が、え、と目を丸くさせた。話の流れは間違っていない。趙武は話があると声をかけ、士匄は友人より趙武を優先し、そして何の話だ、と返したわけだ。未だ二人は大臣候補のものどもが集まる部屋につったっている。二人以外は出て行ってしまったが、宮中の管理をしている小者が困惑した様子で眺めてきていた。この貴人の若者が出て行かないと、部屋が閉じられないのである。趙武が士匄と小者を見たあと、目を泳がし途方にくれた顔をして口を開いた。
「こ、ここでは、ご迷惑、ですし、どこか、他。えっと」
「どこだ?」
士匄はわざと畳みかけた。趙武が、えー、あー、と唸った後にすっと息をすって吐いた。
「……いえ、ここでかまいません。――そこのお方、一旦お引き取りを。私と范叔の二人にしてください。こちらは我々若輩の学びの部屋です。私は先達の范叔に問いがございます。終わりましたら、お呼びしますから」
趙武が士匄に返した後、小者に呼びかけた。小者はかしこまり、扉を閉めて去っていった。それを見届けたあと、趙武が一礼し、床に座る。士匄もならい、座った。目の前の後輩は、ひとまず落ち着いていた。ずっと混乱しつづけるようであれば、そのまま捨てて去っていこうかと思ったが、そこまで鈍くさくはなかったらしい。
「……話は。えっと、まず確認ですが、このたび、長くお声かけございませんでした。先達に対し、失礼致します、単刀直入に伺いますが、もうおやめになられるので?」
ここで、何をだ、と返さないのが士匄である。そこまでぼんくらでもなく、また、受け身でもない。
「わたしはお前に抱かれることを楽しんでいる。幾度もこれきりだと言っていたころも確かにあったが、奥の良さを捨てるのは惜しいから、続けているのだ。長く声をかけなかったのは、お前につき合って我慢してやっただけだろう」
「は? 私につき合う? 我慢?」
趙武の不審さを隠さない声に、士匄は頷く。
「お前は、まあ、ものすごく、無粋かつ野暮ではあったが、わたしを口説こうとしていたではないか。そういったことがしたいのだろうと、待ってやったのだが、詩のひとつどころか、秋波を送るそぶりさえせん。ようやく声をかけたと思ったら、やたら真剣な顔をして、やめますか? などとこちらの軽重を伺うようなことを言いやがって。恋を遊ぶなら、遊ぶでやりかたがあるだろう。やる気あるのか」
たとえ恋情無くとも、それがあると仮定して戯れるというのはおもしろいものである。先日の趙武は、その気もないくせに口説いてきたわけであるから、それをしたいのであろう。士匄はそう結論づけ、駆け引きの一環として声をかけられるのを待っていたのである。口説いて恋仲の気分となりセックスをするのは、まあ盛り上がるであろうから、士匄もやぶさかではない。しかし、趙武はそのそぶりもなく半月以上をほったらかし、ようやく声をかけてきたと思えば、こちらを責めるような言葉を投げてくる。
やる気あるんか、こいつ
士匄は苦々しい顔を隠さず、ため息をついた。
趙武は、士匄の言葉にも態度にも唖然とし、は? と思わず声をあげた。どうしてそういう話になっているのか、と叫びたくもなったが、やはり慎ましい彼は耐えた。
「……恋って遊ぶものでは無いでしょう。つまり、あなたは半月間、値踏みされていたということでしょうか。私の行いを言葉をしぐさを見て、推し量っておられた。あなたこそ私の軽重を伺う行いではないでしょうか」
しずしずと、そして重い口調で趙武が言葉を紡ぎはじめる。目は奥深い森、昼なお暗くうっそうとしたそれそのものの闇色であった。士匄は反駁しようとしたが、趙武の睨めつけてくるような顔に口が止まった。極めて美しいご面相の後輩であるが、埋み火のような熱と、地を這う泥のような粘性を感じ、いっそ怖さがあった。だれが値踏みだ卑しい者と同じにするな。その言葉が喉の奥から出てこない。
怖じる士匄に荒んだ笑みを向けながら、趙武が近づき、そっと膝に乗り上げた。
「ねえ、范叔。半月じっと我慢したの偉いですね。私が声をかけるまで、お待ちになられたと。前回あなたがなされたように、あなたへの愛しさを込めて見つめて古詩を吟じ……そうですね、邂逅に相遇わば、我が願に適えり、邂逅に相遇わば、子と偕に臧せん、などいかがでしょう。思いがけもなく相逢うたなら、私の心の願うところ。もし出会うのであれば――あなたと私、その欲するもの得て喜びといたしましょう。こちらの恋詩でよろしいでしょうか? 目が合えば愛欲を確かめたいとは少し直裁的だとは思いますけれども、そういったことですよね。私はこういった遊びなど何が良いのか全くわかりませんが、至らぬ未熟者でしてあなたが待ち望んでおられたこと、気づかず申し訳ございません。あなたはすぐに欲にかられて溺れて耐えることをなされないというのに、私が声をかけ愛を語るまで我慢されるなど、お行儀よいこと。後輩として見習おうと思います、ええ、ええ、お待たせいたしました、お体疼いて大変ではなかったですか?」
にじりよるように顔を近づけてきて、その細い腕を体に回したり、もしくは柔らかな手で頬や耳の裏、首筋を撫でながら趙武が笑う。笑みにはもちろん、声音にも嘲弄が含まれていた。とんでもないほどの見栄えの良さのために、粘性の気持ち悪さがいっそう際立つ。士匄は、嫌悪と恐怖と不快で顔をこわばらせて身をよじらせた。
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