父の仇に許された

はに丸

文字の大きさ
上 下
1 / 70
第一部

序章

しおりを挟む
「どうしてこんなことを」
 郤缺げきけつは乱れた衣服を握りしめ、喉奥から呻くように言った。このような床を這うような声など出すのは初めてである。郤缺は常に人に対して礼を以て接し、いっそ敬愛の念を抱くこともしばしばである。それを受けた相手は
「郤主は篤敬とっけいの人よ」
 と讃えることも多い。己としてはそれほどの者ではないと思うのだが、賛辞は好意である。郤缺は謹んで受け止めている。
 そのような郤缺であるにも関わらず、喉奥から怨毒えんどくを吐くような声音で
「どうしてこんなことを」
 と再び言った。同じ言葉をくり返しているのは、未だ混乱しているからであろう。
臼季きゅうきが私となんじが何やら策謀をしているのではと疑い始めていたのだ」
 欒枝らんしが頬杖をつきながら言う。郤缺が睨み付けると、いたずら子のような笑みを返してくる。あと数年もすれば、六十に手が届くであろう男の顔ではないと郤缺は口を歪ませた。その郤缺をいなすように、欒枝が手を伸ばして衣服ごしに膝を撫でた。思わず身じろぎをする。下半身の痺れはまだ収まっていない。
「あんまりその疑心の目がうるさいので、私は汝を囲っている、郤主は年はいっているが私の情人だと応えた。応えたからには、事実にしておいたほうが良い」
「そんな愚かなやりとりで、同意も無く! 既成事実を作ったのですか! いや、本当に、愚か、ありえない、嘘だ」
 郤缺は眩暈さえ感じて、突っ伏した。死にやがれこのオヤジとも思った。他人に対してこのような不快な感情をいだいたのは初めてである。
 この、ちまたでは沈毅貞節と言われるしんの重鎮欒枝に、郤缺は先ほどまで犯され、あげく喘いでいたのである。
 どうして、このような目にあっているのか。郤缺は突っ伏したまま目をつむった。さて、それに関してはこの二人が何故共にいるのか、史書には全く無いそれを語らねばならず、それは逆臣の息子であった郤缺が許されるところから始まる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし

佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。 貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや…… 脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。 齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された—— ※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと
歴史・時代
中国の三国時代、炎興元年(263年)、蜀の第二代皇帝、劉禅は魏の大軍に首府成都を攻められ、降伏する。 蜀は滅亡し、劉禅は幽州の安楽県で安楽公に封じられる。 私は道を誤ったのだろうか、と後悔しながら、泰始七年(271年)、劉禅は六十五歳で生涯を終える。 ところが、劉禅は前世の記憶を持ったまま、再び劉禅として誕生する。 ときは建安十二年(207年)。 蜀による三国統一をめざし、劉禅のやり直し三国志が始まる。 第1部は劉禅が魏滅の戦略を立てるまでです。全8回。 第2部は劉禅が成都を落とすまでです。全12回。 第3部は劉禅が夏候淵軍に勝つまでです。全11回。 第4部は劉禅が曹操を倒し、新秩序を打ち立てるまで。全8回。第39話が全4部の最終回です。

偽典尼子軍記

卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。 戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...