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第510話 内に潜む影

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 突然の事に未だ周囲は理解出来ずに固まっていた。

「ぐぅ!? ク、クリス?」

 ルークはその場で振り返ると、未だにクリスはルークに対して短剣を押し込んでいる状態であった。
 黙ったままでいるクリスに対しルークはすぐさまクリスの頭を肩に手を当て引きはがそうと突き放す。
 するとクリスは突き刺した短剣を握りしめたまま、ルークから離れた。

「うっぅ……」

 苦痛の声を上げながらルークはその場で膝から崩れる。
 刺された腰を抑えるも、そこからじわじわと赤い血が衣服に移り広がる。
 クリスは手にルークを刺した短剣を持ちながら、軽くうなだれた状態でうっすらと笑う。
 次第に結界外の皆も状況を理解し始め、騒ぎ始める。

「ルーク!」

 そういち早く声を上げ、結界内へと入り込もうとしたのはトウマであった。
 が、何故か結界内には入れず壁に当たった様にトウマはぶつかり返って来る。

「いってぇ……おい、どうなってるんだこれ」

 跳ね返された結界に手を当てながら、結界を準備したフェルトの方に視線を向ける。
 フェルトも結界に手を触れ、通れない事を知り驚く。

「俺は何もしてない。渡された手順通りに展開しただけだ。こんな仕様は聞いてないし、知らないぞ」
「お前が持って来て展開させたんだから、解除できるだろ」
「解除は出来ない、これは時間制で消える物なんだ。そもそも出入りできるから、そんな所まで考えられてないんだよ」
「じゃどうするんだよ! 中で起きている事を止めないと」
「分かってる! けど、何も出来ないんだよ! てか、何でクリスの奴はルークを刺してるんだ? 分けわからんぞ」

 フェルトを筆頭に皆も動揺していた。
 するとトウマの元に背後から人をかき分けて、レオンがやって来る。

「トウマ!」
「レオン」
「どうなってるんだあれは? 中に入れないのか?」

 トウマが事情を説明し、レオンも歯がゆい思いを表情に出す。

「どうしちまったんだよクリス! 何でそんな事してるんだよ、お前!」

 その場でトウマが大声で叫ぶと、結界内のクリスがピクッと反応しうなだれた身体を伸ばしトウマに視線を向け不敵な笑みを見せ、再び地に足を付けるルークに視線を戻す。

「ルーク、どうして俺に刺されたか分かるか? いや、分かる訳ないよな」
「クリス……」
「刺されただけなのに、思うように身体が動かないだろ。それは短剣の刃先に身体が麻痺する毒を仕込んでおいたからだ」

 するとクリスはそこで手に持っていた短剣を手放した。
 短剣はそのまま地面に突き刺さる。

「心配するなルーク。別に殺そうとは思ってない。ただこれで俺は、第二王子殺害未遂となって学院も退学、家族も今のままではいられなくなる。俺の家族は娘を差し出す様な家ではないし、どうにかこうにか手段を尽くすがさすがにどうにもならないだろうな」
「何を言ってるんだ、お前は」
「何ってこれからの事さ。そうなったら残されるのは、逃げるだけだよな。家族でひっそりと人目につかない、見つからない土地で死ぬまで暮らすんだ。家族寄り添って、互いに助け合い愛しい存在と共に」

 何故かクリスはそんな事を嬉しそうに語る。
 まるで望んでいたかのように。

「ありがとうルーク。お前が俺の近くにいてくれたから、長年の夢が達成される。本当はお前と会ってすぐにでもこういう展開にしたかったが、周囲の奴が邪魔でな。やっぱりヤルなら二人っきりじゃないとな! 好きな相手に刺される気分はどうだ? 興奮したか?」

 この時ルークは目の前の相手がクリスであってクリスではないと確信する。
 直後覗き込む様に顔を近付けていたクリスがルークから離れると、周囲から注目を集めようと声を掛けた。

「皆! 今何が起きているか分からないよな? 気になるよな? 知りたいなら俺の話を聞いてくれ」

 その発言に結界外の皆がざわつきながらも、結界内のクリスへと視線が一気に向く。

「(何を話す気だクリス?)」
「(何かやばい、このまま何もしないのは何かやばい気がする)」

 レオンとトウマが内心焦っている一方で、クリスは「ダメ押しといくか」と呟く。
 ルークは何かを察しクリスを止めようと口を開けるも、口にまで麻痺が回って来てうまく口が回らない。
 それどころか、先程よりも身体の感覚がなくなってしまい完全に地面に倒れてしまう。

「そこでゆっくりと、クリスの告白でも聞いていてくれよ」

 そう言い残すとクリスは、周囲の皆に向けて話し掛け始めた。

「まず、俺がルークを刺したのは魔が差したからだ。ルークに勝とうと追い抜かそうと日々頑張っていたが、それは無駄な事だと気付いたんだ。俺じゃルークにはかなわない。でも、ルークは俺の事をライバルの様に見て来て俺もそれに応えないと追いつめられた。で、それが積もりに積もって限界が来った訳さ」

 クリスはそこで一息つき、ルークは死んでない事共感してもらおうと思っていない事などを皆に伝える。
 そしてクリスは周囲を歩きながら話し続けた。

「それとこの場で俺は、とある告白をしようと思う。それは俺自身についてだ。俺の名はクリス・フォークロスだが、本当は違う。そもそもクリス・フォークロスなどという人物はこの世に存在しない」

 突然の告白に皆の頭の上にハテナが浮かび、首を傾げる者もいた。

「俺の本当の名は、アリス・フォークロス。フォークロス家の令嬢で、男でもない」

 直後クリスは両手で自らの髪をなでると、短い髪が伸び黒髪が金髪に変わり姿が一変する。
 それと同時に周囲の皆がクリスの姿を見て、対抗戦の時に誰もが目にしたクレイス魔法学院のアリス・フォークロスと同一の人物だと目を疑う。

「まぁ、急に信じてとは言わないけれど俺、いやこれが私の本当の姿。あ~これでやっとクリスから解放される。でもまあ、よくやれてたもんだわ。好きでもないのに男装して、知らない男たちの中に混じって同じ寮で生活とか本当にきつかったわ」

 アリスは呆れた表情をしながら寮の皆が集まる近くで足を止める。

「何でこんな簡単な変装が見抜けないのかね。もう少し人を見る目を鍛えた方がいいんじゃないかな、君たちはさ。それと好きでもない相手からの好意とか、扱いに困るんだよね~」

 これまで共に学院生活を過ごして来た相手に対し、アリスは見下し馬鹿にするような発言を口にする。
 それが自分の本音であったと言わんばかりの表情で。

「本当、お前ら全員――」
「そこまでにしろよ、お前」

 そうアリスの発言を遮るように声を出したのはガウェンであった。
 直後、ガウェンは通れるはずのない結界に手を伸ばすと、そのまま結界内へと侵入して行き結界内に入り込みアリスの前に立つ。
 思いもしない出来事にアリスは驚き、周囲の皆も目を疑う。

「お前っ何で!?」
「どこまでアリスを陥れれば気が済むんだ、テメェは?」
「はい? 何を」
「とぼけても無駄だ、こっちは分かってるんだぞ。お前がアリスの身体を乗っ取っている事は」

 ガウェンの言葉にアリスは黙り込むと、ガウェンは軽く息を吸ってその人物の名を口にする。

「バベッチ・ロウ」
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