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第447話 短剣を突き刺した先

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「おっと、つい話し過ぎちまった。今のは忘れてくれ」
「忘れる? そんなの無理に決まっているだろうが!」
「落ち着けアバン!」
「っ! ……はい」

 ハンスからの言葉にアバンは従うように掴んでいた牢から手を離し「すいません」と口にし唇をかむ。
 一歩下がったアバンの状態を見て、ハンスはバベッチへと視線を戻す。

「……その感じから、お前も本物ではないんだろ? 今お前は何処にいるんだ、バベッチ」

 ハンスの問いかけにバベッチは「さあな」としか答えなかった。

「ユンベールはどうやって落としたんだ? 治めていた貴族はどうした?」
「ただ賛同者を募っただけさ。心配するなよ、誰も殺したりはしてないよ」
「ルークに対してのお見合いの一件もお前の仕業か?」
「鋭いね。いや、こうなったら分かるか。ああ、そうだよ。俺が仕組ませてもらったよ。色々と大変だったんだぞ、聞くか?」
「いい。既にお前が拘束していた担当者を見つけ、偽者は排除した」

 バベッチは口笛を吹きハンスを茶化す。
 ハンスはそれに特に反応する事無く、問いかけ続けた。

「どうして王都を襲撃した? 王座が欲しいからという理由だけではないだろ」
「嘘じゃないぞ。どうせ話し合いをしてもダメかもしれないと思って、状況を有利にするためにやっただけさ」
「それじゃ、何故学院にまでオービンの姿をさせ潜り込ませた? 何が目的だ?」
「あ~学院には面倒な奴がいると思ってからさ、偽者でも送り込んで足止めしようと思ったんだよ。でも結果は失敗。所詮、偽者は偽者でしかなかったって事だな」

 理由としては嘘ではなさそうに思えたが、ハンスはどこか腑に落ちないと感じつつも、追求しても似た答えしか帰ってこないと思い別の質問に切り替える。

「今回お前の計画は失敗した。投降する気はないのか?」
「確かに結果的には失敗したな。でも、邪魔が入らなかったら上手くいっていたかもしれない。俺は諦めてなんかないぞ」
「国中がお前を捜索し、捕らえにかかる。お前に勝ち目なんてないぞバベッチ」
「そりゃ大変だ。こんな所で油売ってる場合じゃないな」

 直後バベッチは拘束状態からいとも簡単に抜け出し、立ち上がった。
 その時片手には短剣が握りしめていた。

「!?」
「抜け出すのは何とか出来たが、牢から出るのは無理だな」
「どこにそんな短剣を隠してたんだ?」
「さあ、何処だろうね~」

 アバンの言葉にバベッチはまともに答えず、その場で持っていた短剣を逆手に持ち腕を伸ばし何故か自分へと向ける。
 そこでハンスは今からバベッチがしようとしている事を察し、牢屋へと近付き牢の中へと手を伸ばす。

「結構答えてやったし、そろそろおいとまさせてもらうよハンス」
「バベッチ!」

 ハンスが伸ばした手はバベッチに届かず空を切る。
 次の瞬間、バベッチは自身の心臓目掛けて短剣を勢いよく突き刺したのだ。
 バベッチはそのまま真横に倒れるのだった。

「くそ!」

 ハンスは倒れたバベッチが徐々に泥へと変わって行く様子を見て、すぐさま部屋を飛び出した。
 アバンは何が起きたのか理解出来ずに呆然としてしまっていた。
 扉を勢いよく開けて出てきたハンスに、外で待機していたカビルたちが驚く。

「ハンス国王!? どうしたのですか急に?」
「あいつの牢は何処だ?」
「あいつとは?」
「学院にオービンの姿で侵入した奴だ!」
「それでしたら、あちらの部屋に」

 カビルの指さした方を見て、ハンスは急ぎそちらへと向かい部屋の扉を開けようとしたが、鍵が締まっている事に気付く。

「そうか、鍵。この部屋の鍵はあるか?」

 すると鍵を管理している兵士が慌てて準備し、その部屋の鍵を開けた。
 ハンスは部屋へと入り、牢屋を見て軽く頭を抱えた。

「くそ、もしかしてと思っていたが、こっちもだったか……」

 その時ハンスの視界に入って来たのは、牢屋の中で捕らえていたはずの人物が消えていたのだ。
 残っていたのは、拘束していたはずの道具と何故か地面に大量の泥の塊があったのだ。
 その光景を後から入って来たカビルたちが見て、驚愕する。

「いない……あり得ない。一体何処に?」
「探してももう奴はいない」
「それはどういう事ですか?」
「正確には分からないが、魔法で創られた分身体だよ。あのインクルって奴のな。それにあのインクルという奴も、こいつと同じ様にさっき消えた」
「!?」
「カビル、至急サストを呼べ。それと、こことインクルがいた部屋には必ず数名兵士を配置しろ」

 その後カビルは動揺しつつも、ハンスの言葉通りに行動し始める。
 ハンスは一度部屋から出てもう一度インクルことバベッチがいた部屋へと戻る。

「アバン」
「っ! ハンス国王、さっきの一体」
「お前はあれについて今は深く考えなくていい。それよりも、今お前に国王として特別任務を与える」

 アバンはハンスの言葉に姿勢を正す。
 するとハンスは上着の内ポケットより一枚のたたまれた手紙を取り出し、アバンへと手渡す。

「これは?」
「リーリア、お前の母親に対しての手紙だ。君には今すぐ王都を立ち、リーリアにその手紙を届けてくれ。それと同時にリーリア周辺で異変が起きていないか確認してくるんだ。」
「母上にですか?」
「そうだ。聞きたい事や妹が心配なのは分かる。だが、今はその手紙を届けるのを最優先にしてくれ。今妹にはティアが付いているから安心してくれ」
「ティア王女様が?」

 アバンはその後黙ったまま渡された手紙を見つめると、ハンスへと視線を向け「分かりました」と返事をする。
 そしてアバンは渡された手紙をしまう。

「では、直ぐに出発いたします。ですがサスト隊長の方には……」
「俺の方からそれは伝えておくから気にするな。突然の任務で悪いが、頼んだぞアバン」
「はっ!」

 アバンはそう返事をして直ぐに部屋から出て行く。
 すると入れ替わる様に、サストが部屋にやって来る。

「ハンス国王」
「サスト、来たか。いくつかこの場でお前に話しておきたい事がある。その後は各隊長たちを集め緊急会議を開く」

 そう言ってハンスはアバンの事やこれまで起きていた状況を簡易的に説明し始めるのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それでは、先に失礼しますティア王女様、リリエル先生」
「タツミしっかり送り届けろよ」
「そんな心配してくても大丈夫だよ、リリエル」

 タツミはそのまま先に部屋を出て行き、私も二人に一礼して部屋を後にする。
 あれから私はティア王女様とリリエルさんと一緒に月の魔女についての話を暫くしていた。
 今回の事に関しては秘密にするという事で、色々と話をしたり私の悩みなどもついで聞いてもらったりし、事故の様な偶然であったが私にとっては夢の様な時間であった。
 その後眠っていたタツミをリリエルが起こすと、タツミは記憶が少し飛んでおりティアが月の魔女である事は一切知った様子がなかった。
 共に廊下を歩いている時にも、私はそっと月の魔女についての話をしたが全く関心がなさそうな態度をとっており、これは本当に知らないんだと理解した。

「さてと、入口付近であの二人を待つか。さすがに勝手に帰ってないと思うが」
「結構話してましたし、まだいますかね?」
「あっちもあっちで色々と話しているだろうし、ちょうどいいくらいだろ」

 そこで私はルークとトウマが誰に会っていたのかをタツミから聞き、何となく何の話をしているのか考えがついていた。
 するとルークとトウマが会話をしながら二人そろって歩いて来る。
 そして二人と合流し、私たちは学院の帰路につくのだった。
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