上 下
423 / 564

第422話 激情

しおりを挟む
「お前がバベッチだと?」

 ハンスが疑いの目で目の前に立っている兵士を見つめると、ティアも疑いの目を向けていた。
 既に二人はバベッチが存在している事に驚いてはいなかった。
 以前リーリアに接触した事件があった事から、捜索を続けていたのだ。
 未だにどうして生きているのか、本当に自分たちが知っていたバベッチなのかという疑問は残りつつも、あまり動揺を顔に出さずにいた。

「そうさ。顔も体も声も何もかも違うが、俺はバベッチだ。そうだな~……信じられないというのなら、昔話でもしようか。直近だと、リーリアに会う為にこの城に来たな。結局は残念な結果だったが。他には、学院生時代の話しでもしようか。ハンスは男子の中でも人気者だったが、初めの頃はあがり症な一面もあって、それを直そうと夜な夜な話したりしたよな」
「……」
「ティアは最初の頃は、浮いてたよな。誰も近づけない感じで、正しく孤高の女王って感じだったな。それがリーリアとぶつかり初めて変わり始めたのは、驚いたな~」
「……確かにその記憶自体は間違いけど、それだけで信じようとは思わないわ」

 バベッチを名乗る兵士は、ティアの返しに軽く肩をすくめる。

「まあそうだよな。でも、信じようが信じまいが今の俺はバベッチだ」

 するとそこへ廊下から護衛の兵士たちがやって来て、バベッチを名乗る兵士に声を掛ける。
 直後、バベッチを名乗る兵士が指を鳴らすと護衛の兵士たち全員の足元が地面に拘束され身動きが取れなくなる。

「おいおい、せっかくの同窓会に水を差すなよ」

 そのまま護衛の兵士たちの体全体を地面を変化させ、口も塞ぐ。

「やめろ!」
「大丈夫だよハンス。殺しはしない。ただ黙って見ててもらうだけだ」

 ティアが手を突き出し拘束された兵士たちを助けようとすると、バベッチを名乗る兵士が一気にティアとの距離を詰め、突き出した手を掴み上げる。

「っ!?」
「大丈夫って言ってるだろ、ティア」
「(速い。ティアが反応出来ないなんて)」
「(いつの間に目の前に……)」

 手を掴んだバベッチは二人の様子を見て、直ぐにティアの手を離しそこから数歩離れる。

「俺は別にお前らを殺しに来たとか、襲いに来たわけじゃなんだよ。それをまずは分かってくれよ、な」
「……それじゃ、ここへ来た目的はなんだ?」
「それは――」

 と、バベッチが言いかけると、音もたてずに突然黒い衣服を纏った者が四名現れ、瞬時にバベッチの各所に刃物や魔法発動直前状態を展開する。
 バベッチはその状況に驚く事なくハンスの方を見つめる。

「なるほど、さすがは国王直属暗部組織だな。全く気配を感じなかったぞ」

 黒い衣服を纏った者は、その言葉に何も反応せずに一度たりともバベッチから目を離さずにいた。
 そして黒い衣服を纏った者はハンスの命令を待っており、ハンスも口を開こうとした時だった。
 黒い衣服を纏った者の更に背後に、同じ様に黒い衣服を纏った者が更に四名現れると、バベッチに刃物などを向けてた相手の首元などに刃物を突き付けるのだった。

「どうなっているのハンス?」
「分からない。何故瓜二つの人物がいるんだ」

 目の前に現れた黒い衣服を纏った者は、既に先に現れた黒い衣服を纏った者と瓜二つの姿をしていたのだ。
 刃物を背後から突きつけられた黒い衣服を纏った者たちも、自分と全く同じ姿の相手に少し動揺が顔に出る。

「ハンス、お前もこの場で誰か死ぬ姿なんて見たくないだろ? 俺も殺させたくはない。だから、な」
「……さがれ」
「! ですが、国王!」
「命令だ! さがれ!」
「っ……御意……」

 ハンスの命令を聞き、黒い衣服を纏った者たちはバベッチに向けた刃物を下ろし魔法展開を中断する。
 そしてその場から黒い衣服を纏った者が一度撤退すると、後から現れた瓜二つの黒い衣服を纏った者たちも同じく撤退するのだった。

「今のはお前の部下か?」
「部下、うんまあそんな所かな。何で似てる人物かってのは、まだ教えられないな。いや~何度か脱線して何話してたか忘れたよ~」
「貴方の目的についてよ」
「そうだった、そうだった。そんなきつい目で俺の事を見るなよ、ティア。悲しくなる」
「よく言うわ。そんな事思ってない癖に」

 ティアの返しにバベッチは、笑って返す。

「で、俺が来た目的だけど……国王の座を俺に譲ってくれ、ハンス。俺には国王の座が必要なんだ」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――王都内東側地区、グーゲンベル隊担当地区にて。

「おいおい、王国軍ってのはこんなにも貧弱な奴しかいないのか? 全然楽しめねぇじゃんかよ」

 全身鎧姿の男が、一人の兵士の胸ぐらを掴み上げながらため息をつく。

「ジーニン! 俺の部下から手を離せ!」
「ん? あーグーゲンベルって言ったけか、お前」

 ジーニンの前に立ち塞がったのは、隊長であるグーゲンベルであった。
 掴み上げられた兵士はグーゲンベルの姿を見て「た、隊長……」と口にする。

「そんなに返して欲しいなら、返してやるよ。別に俺はいらねぇしよ!」

 そう言ってジーニンは、掴んでいた兵士をグーゲンベル目掛けて投げ飛ばす。
 グーゲンベルは、投げ飛ばされた兵士を受けとめると、その背後からジーニンが突進して来るのが目に入る。

「お前も吹き飛んじまえよ!」

 しかし、ジーニンは次の瞬間何故か壁へと突っ込んでいた。

「!?」
「舐めるなよジーニン。お前が『サンショウ』の一人だか知らないが、俺は王国軍8部隊の隊長だ」

 ジーニンは壁から抜け出し、グーゲンベルの方へと視線を向ける。

「そう言えば、そんな事言ってたな。ただの一般兵だと思ってたわ」

 グーゲンベルは負傷した兵士に下がり治療してもらう様に伝え、後方に控えていた兵士たちの方へと行くように伝える。
 一方ジーニンは、ゆっくりとグーゲンベルへと近付き始めるが、途中から一気に踏み込み殴り掛かる。
 が、ジーニンの拳はグーゲンベルに届かず何故かグーゲンベルの目の前の地面へと叩き込んで来た。
 そこで顔を上げると、グーゲンベルが顔目掛けて『バースト』を放たれ吹き飛ばされるが、鎧を着ているからダメージを受けている様子は見られなかった。
 直後ジーニンは怯むことなく再びグーゲンベルへと突撃するが、グーゲンベルは次々に魔法を放ち攻撃をする。
 しかし、ジーニンはその全てを受け吹き飛ぶことも止まる事もなく、グーゲンベルへと辿り着き拳を振り抜くが、またしてもその拳はグーゲンベルへは届かず何かに流される様に空を切る。

「なるほど、なるほど。分かって来たぞ、お前の魔法」
「分かった所で無駄だ」

 グーゲンベルは、ジーニンの腹部目掛け『ウォーターガン』と『ガスト』を同時に放ち、鎧の破壊を目的にしかつジーニンを再び壁へと吹き飛ばす。
 そのまま魔法の威力で壁を突き抜けて行くのだった。

「(あの鎧、異様に硬すぎる。あれだけの魔法を受けているのに、ほぼ傷がない。それに奴のパワーも高いのが、厄介だ。まずはあの鎧を剥がす事に専念だな。幸い周辺の人々の避難誘導は出来ているし、部下たちも近くに控えている。これは勝負ではない、防衛だ。どんな手段だろうと王都を脅かす敵は捕まえる!)」

 すると吹き飛んでいたジーニンが壁の奥から戻って来ると、何か手にしているのが目に入る。
 その時ジーニンが手にしていたのは、武器などではなく逃げ遅れた一人の女性であった。

「!?」
「おーおー、ビックリしたぞ。吹き飛ばされた先に人がいてよ」
「離してよ! 離しなさい!」

 捕まれた女性は反抗する様にもがくも、ジーニンは全く離す気はなくグーゲンベルへと視線を向ける。

「グーゲンベルよ。これなら俺に対して攻撃出来ないだろ?」
「っ! 人質をとるきか?」
「ああ。お前の魔法厄介だしな。お前を殴り飛ばして、戦闘不能にしたら解放してやるよ」

 そう口にすると、ジーニンは人質の女性をグーゲンベルに向けて歩き始める。
 グーゲンベルは卑怯と思いつつも、こんな事にならない様にと先に人々の避難誘導を優先としていたが、さすがに細かい所や家の中までは手が回っていなかった。
 これは真剣勝負ではない、目的に為に手段を選ばない戦いだ。
 グーゲンベルはすぐさまどうすれば人質の女性を助け出せるかを考え始めるが、直ぐにそんな作戦が思いつかないグーゲンベルは、近付くジーニンに対し少しずつ後退し時間を稼ぐ。
 その間にもジーニンはゆっくりとグーゲンベルへと近付き、人質の女性がもがきその声だけが周囲に響く。
 その時だった、ジーニンが吹き飛ばされた壁の奥から一人の男が出て来て声を上げる。

「てめぇ! その汚い手でメイナさんに触るんじゃねぇよ!」

 周囲のその声が広がり、この場にいた者の全員の視線が一気に集まる。
 この時全員の視線の先に居た人物は、白髪に赤い瞳が特徴であるヒビキ・スノークであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン
恋愛
「ライラ=コンスティ。貴様は許されざる大罪を犯した。聖女候補及び私の婚約者候補から除名され、重刑が下されるだろう」 ……カッコイイ。  画面の中で冷ややかに断罪している第一王子、ルーク=ヴァレンタインに見惚れる石上佳奈。  彼女は乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』のメインヒーローにリア恋している、ちょっと残念なアラサー会社員だ。  仕事の帰り道で不慮の事故に巻き込まれ、気が付けば乙女ゲームの悪役令嬢ライラとして生きていた。  十二歳のある朝、佳奈の記憶を取り戻したライラは自分の運命を思い出す。ヒロインが全てのどのエンディングを迎えても、必ずライラは悲惨な末路を辿るということを。  当然破滅の道の回避をしたいけれど、それにはルークの抱える秘密も関わってきてライラは頭を悩ませる。  十五歳を迎え、ゲームの舞台であるミリシア学園に通うことになったライラは、まずは自分の体制を整えることを目標にする。  そして二年目に転入してくるヒロインの登場におびえつつ、やがて起きるであろう全ての問題を解決するために、一つの決断を下すことになる。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

処理中です...