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第368話 ユンベールにて

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 そこは、都市ベンベルのから更に南に位置する小さな都市ユンベール。
 王都ジェルバンスとも交流があり、ある貴族が都市の長として治めている都市である。
 そんな都市の長として治める貴族屋敷のある一部屋にて、とある人物たちが集まっていた。

「はぁ~あ、何かつまらなわ~。ねぇ、インクル何かないの? 私暇すぎて死んじゃいそうなんだけど~」
「悪いね、ウェント。終わる頃には何かいいものを提供出来るよ」
「今がいいのよ。全くつまんない男。じゃ、ジーニンは? ペルトグレットでもいいわよ」
「なら体を鍛えたらどうだ? 力を付けて、俺と共に何かを壊しに行こうじゃないか!」

 ジーニンと呼ばれた者は、全身鎧を纏って高笑いをしたが桃色の髪をツインテールにし両手にアクセサリーの様に手枷を付けているウェントは、冷たい目で見つめた後、ニット帽を被りソファーに膝を抱えて座っているペルトグレットの方へと視線を向けた。

「え、いや、俺は特に何もないけど……」
「はぁ~つまんな! あ~あ、暇で死にそう~」

 ウェントはソファーに寝そべると、ふと執事服を着て首枷をしている人物が視界に入る。

「そう言えばもう一人いたわね。オムジット、あんたにも一応聞くけど何かある?」
「いえ、私からは何も」
「聞いた私がバカだった。あーも~う、暇暇暇暇暇暇暇!」

 ウェントはその場で足をジタバタさせ始めた。
 その姿を見てペルトグレットは、より身を縮め変に絡まれない様にとニット帽を更に深く被った。
 一方でジーニンは、そんなウェントの姿を見ても未だ高笑いをし続けていた。
 すると紺色の髪が特徴のインクルが、一度手を叩き皆の注目を集めた。

「こらこら、少し自由過ぎるぞ。君たちはここでは最高戦力の『サンショウ』なのだから、もう少し威厳を持ってもらわないと」
「はいはい、分かっているわよインクル。でもね、私は暇過ぎて辛いのよ!」
「あはははは! インクルよ、今のウェントに何を言っても意味はないぞ。ちなみに俺は、今すぐにでもこの沸き上がる破壊衝動を解消したい気分だ! あはははは!」
「僕は別に……皆の意見に賛同するだけなので、気にしないでいいですよ」
「はぁ~全く、今日は特にウェントの機嫌が悪いな。でも、定例会議は始めさせてもらうよ」

 インクルはそう口にして、扉付近でじっと黙って立っていた執事服のオムジットに視線を向けると、オムジットは黙って扉を開けるのだった。
 すると扉の奥に立っていたのは、綺麗に着飾った一人の女性が立っていた。

「誰?」
「誰だ?」
「……」

 ウェントやジーニンがそう口にする中、彼女は一礼して部屋へと入って来た。
 そしてインクルの真横で立ち止まる。

「誰じゃないだろ君たち。彼女の話は前にしたろ、この都市を治める貴族の一人娘ヴェレッタだよ。俗に言う、貴族令嬢さ」
「で、その貴族令嬢が何の様なわけ? もしかして、私の遊び相手にしてい――」
「違うよ」

 インクルがウェントに被せる様に話すと、ウェントは小さく舌打ちをするのだった。

「彼女に来てもらったのは、年明け早々に仕組んだ王都の第二王子ルーク・クリバンスとのお見合いについて話を共有する為さ」
「そう言えば、前にそんな話をしていたな。もう内容は忘れてしまったがな」
「もしかして、例の作戦を開始するんですか?」

 ペルトグレットのその言葉に、ウェントとジーニンは顔つきが変わりインクルの方を見る。
 するとインクルはゆっくりと頷く。

「いいかい、前にも伝えたがお見合いの一件はそれに関してのちょっとした下調べさ。これから王都に攻め入れようって言うのに、相手の状態など知らないで向かう程俺は無謀じゃないからね」
「なによ! そう言う話なら早くいいなさいよ!」
「そうだぞ、インクル! 俺たちは早く暴れてたくてうずうずしているんだぞ!」
「まぁまぁ、まだ熱くならない。王都の協力者のお陰でお見合いを強引に進めさせて、王都に潜り込み兵士などの情報は手に入れた。まずは、君たちにはこの敵の情報を頭に入れて欲しい」

 そう言ってインクルは、ウェントたちに兵士たちの情報が書かれた資料を渡す。
 そして、王都襲撃決行日や次回の定例会の日程を決めるとウェントは上機嫌でその部屋から出て行った。
 ジーニンやペルトグレットも同じ様に部屋から出て行き、最後にオムジットも一礼し部屋にインクルと貴族令嬢であるヴェレッタを残して、部屋を後にするのだった。

「はぁ~『サンショウ』の相手をするのはいつも疲れる」

 そう口にしてインクルは、ソファーへと座り込む。
 そして足を組み、ただずっと立ち尽くしている貴族令嬢のヴェレッタを見つめる。

「もう彼女の利用価値はないし、片付けていいか」

 するとインクルが指を鳴らすと、ヴェレッタの形をしていた存在が泥の様に溶けて行き、衣服や装飾品だけが床に残るのだった。
 直後、インクルの背後に五名の全身が黒い衣服で、顔も布で隠した者たちが現れ、一斉に全員がインクルに片膝を付き軽く頭を下げた。

「バベッチ様、ご報告い――」
「おい、その名はここでは出すなと言ったろ。ここではインクルで通っているんだから」
「っ! も、申し訳ありません! インクル様」
「まぁいい。それで、例の日程の詳細は分かったのか?」
「はい。インクル様が予想されていた通り、王都メルト魔法学院の冬の修学旅行は、1月29日からでした」

 その言葉にインクルことバベッチは、不敵な笑みを浮かべる。

「それじゃ、作戦決行日の変更はなしだ。お前らは引き続き、本人たちに気付かれぬ様に王都にて王国軍の監視をしていろ」
「「ハッ」」

 黒い衣服を纏った五名は返事をすると、瞬時にその場から姿を消すのだった。
 バベッチは部屋に一人になるとソファーから立ち上がり、部屋の窓側へと近付いて行き外を眺める。

「さて、あいつらはどんな風に迎えてくれるのか、今から楽しみだ」

 窓の外ではしんしんと雪が降り続いているのだった。
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