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第299話 マリアの手帳①

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「では、何かありましたら及び下さいアバン様」
「あぁ。すまなかったね、マリア」

 私はアバン様からのお言葉に軽く首を振り答えた後、アバン様の書斎から退出した。
 そして私は次の仕事の為、移動し始める。
 その途中で時間を見てスケジュールを頭の中で再確認した。
 今の時間だと、ジェーンとウィルソンがリーリア様とエリック様のお付き、ノラとイェレナとヘレンは庭園掃除ね。
 フェルマとリックは手分けして各階の掃除、そしてジェシカは、メイド長と食材のチェックの頃ね。
 メイド長とジェシカの所に合流予定だけど、軽くフェルマとリックの様子を見るルートで向かうか。
 瞬時に私は、キッチンへのルートにフェルマとリックが掃除をしているであろう所を通過するルートを組み立て、そのルート通りに移動をし始める。
 この屋敷には、私以外にメイドは11人・執事は10人おり、計21人がこの屋敷で働いている。
 序列としては基本的にメイドも執事にも長と呼ばれる人がおり、その下に次長と言う形で組織され、その他のメイドと執事が下に並ぶ形だ。
 そしてその序列で、私はメイド次長に位置させて頂いている。

「フェルマ。掃除の方は大丈夫? この前の様に、部屋に掃除道具の忘れはしていない?」
「マリアさん! は、はい。大丈夫です。前回の失敗を活かし、必ず退出する際に掃除道具一式確認チェック表を作ってやってますので」
「流石ね。でも、リボンが少し曲がっているから、後で確認して直しておきなさいね」
「は、はい。分かりました」
「それでリックは下の階?」

 フェルマは私の問いかけに「はい」と返してくれたので、私は足早にその場から下の階へと移動し始める。
 私はその後下の階を歩いていると、リックを見つけ声を掛けるとリックは驚いた表情をする。

「マ、マリアたいち――じゃなくて、マリアさん」

 私はリックに近付きそのまま頭に軽くチョップをする。

「リック。あんたは、いつになったらその言い方がなくなるの? そのせいで、以前アリスお嬢様に変に疑われたでしょうが」
「す、すいません。マリアさん。でも、その~昔の呼び名が抜けないのはとう――」
「いい訳しない。執事次長のウォーレンさんに言っておくから、また鍛えてもらいなさい」
「そ、そんな~酷いですよ、マリアさん」
「フォークロス家に迷惑かけない為よ。リーリア様の顔に泥を塗るつもりなら、今すぐ辞めさせるわ。私たちの正体がこの屋敷外の人にバレる事があってはいけない。それが唯一のルールと言ったでしょ」
「……はい。すいませんでした。以後、気を付けます」
「言葉ではなく、これからの態度と振る舞いで答えてくれればいいわ」

 そう言って私が立ち去ると、リックは両頬を叩いた後意識を改めて切り替えて、仕事に取り掛かり始めた。
 私はそれを横目に見ながらキッチンへと向かった。
 その後、本日分の仕事を全て終わらせた私たちメイドと執事たちは、それぞれに部屋に集まり1日の反省会を行い1日が終わるのだ。
 基本的にエリック様の方針で19時には使用人たちの仕事は全て終了する様にされており、その後は自由時間となっている。
 他の屋敷はどうだか分からないが、物凄く待遇が良い方だと私は思っているし、元からエリック様に仕えているメイド長や執事長たちもほとんどない制度だと口にしていた。

「マリア、あんたも久々に帰って来てるんだから、少しは休みなさいよ。私たち上の者が休まないと、下の子たちも休みずらいでしょ」
「はい、そうですね。気を付けますクォーラさん」
「はぁ~忙しいのは分かるけど、ほどほどにね。あんたに倒れられたら、私だって困るだからね」

 そう言ってメイド長のクォーラは、部屋から退出して行く。
 私は1人部屋に残り、手帳を開き今日振り返りや明日以降のスケジュールを再確認していると、部屋にジェーンとジェシカとイェレナがやって来た。

「やっぱり、まだ居た」
「メイド長のクォーラさんも、ため息ついてましたよ。本当に昔から何度言っても休まない子なんだかって」
「そうそう。少しは休みなよマリアさん」
「今はもう自由時間でしょ。だから、私は自由な事をしているだけよ」

 と、私が答えると3人は同じ様にため息をついた。
 そのまま部屋に入って来て、近くの椅子や机に腰を掛けた。

「少しは息抜きしなさいよ。帰って来て全然休んでないでしょ?」
「クレイス魔法学院にアリスお嬢様として生活しながら情報収集したりして、帰ってたら屋敷のメイドの仕事。どれだけ働くんですか?」
「ジェシカの言う通りよ。執事のウィルソンとジャックも働き過ぎだって少し引いてたわよ」
「別に休んでない訳じゃないわ。しっかり睡眠もとっているし、食事もしているわ」

 私は手帳と視線を向けたまま返事をすると、3人は顔を見合わせて軽く肩をすくめた。
 そしてジェシカとイェレナがジェーンに目線を送るとジェーンは少し嫌な顔をした後、口を開いた。

「少しは手を止めて、私たちの話を聞いて下さいよマリア隊長」
「っ!」

 その言葉に、私はピタッと動きを止めジェーンをゆっくりと睨み上げた。

「ジェーン? 貴方、それはここでは――」
「あ~ほら、絶対にこうなるからやりたくなかったのよ。はぁ~最悪な貧乏くじ」
「でも言い出したのは、ジェーンじゃん。決め方は公平にじゃんけんで決めたし」
「まぁでも、もし私だったら言えなかったと思いますね。ジェーンさんだから言う事が出来たんだと思いますよ」
「貴方たち、何を考えているの? もし、アリスお嬢様に聞かれたら」
「大丈夫。しっかり魔法で音をシャットアウトしてるし、アリスお嬢様は今図書室に居るしシェラが近くに付いてる」
「それにこの部屋がある通りには、アリスお嬢様の部屋とは真反対に位置しているので問題ないと思います」

 イェレナとジェシカの言葉を聞いて私は、一度ため息をついて手帳を閉じる。

「どれだけ準備万端にしていたとしても」
「言ってはいけない。でしょ? 分かってるわよ。私たちだってマリアのお陰でここに居るんだし」
「そうですよ。マリアさんには感謝してますし、エリック様リーリア様には感謝してもしきれません」
「だから私たちは、いや皆マリアの心配をしてるよ。少しは理解してよね、元部下の気持ち」

 私は3人の言葉に黙って何も言い返せなかった。
 そう、私にはアリスお嬢様に隠している秘密がある。
 それは、私が元傭兵であり、幼い時に闇組織によって編成された暗殺・情報収集・諜報活動などを専門としていた部隊の隊長であったという事だ。
 目の前にいる、ジェーン・ジェシカ・イェレナはその部隊時の隊員たちだ。
 年齢も近く、部隊編成初期から苦楽を共にして来た者たちだ。
 それ以外にも、この屋敷にはメイドとしてフェルマ・シェラ・ルディン、執事としてウィルソン・ジャック・リック・ノラ・ヘレンがいる。
 皆、闇組織が壊滅した時にいた最後の生き残りであったが、それ以降は皆バラバラになって消息不明であった。

 しかし、私がリーリア様に拾って頂きメイドとして働いている時に、偶然ジェーンと再開出来、それからエリック様とリーリア様がメイド見習いとして雇ってくれ再びこうして一緒にいれるのだ。
 それからは、エリック様が私のわがままを聞いて下さり、バラバラだった皆の居場所を調べ再開し、ジェーン同様にメイド・執事見習いとして雇ってくれてたのだ。
 そこまでしてくれたエリック様、そしてこんな私に手を差し伸べてくれたリーリア様に私は、一生をかけて尽くすと決めているのだ。
 そしてそれは御子息・御令嬢であるアバン様、アリスお嬢様にも同様である。

「やっと気が少し抜けた顔したね。本当はもう少し緩めて欲しいけど、無理とか言うから言~わない」
「それ、もう言ってますよジェーンさん」
「ジェーンは昔から、ちょっと変に抜けてるからな。だから、クォーラさんに変なミスで怒られるんだよ」
「う、うっさいぞイェレナ! そんな事言うなら、お前だってこの前ミスした所を隠そうと」
「あーー! 聞こえないー!」

 私は楽しそうに会話をする3人を見て、ふと思ってしまう。
 もし、こんな風に平和に笑いあえる日がいつか来るなんて、昔の私に言えたとしても昔の私は絶対に信じないでしょうね。
 あの頃は生きる為に必死だったし、笑う事なんて必要なかったものね。
 そんな事を思ってしまい、私は小さく微笑む。

「あれ? 今もしかて、マリア笑った?」
「え、本当ですか?」
「マジ!?」
「な、何よ。私だって、笑う事だってあるわよ……貴方たちは私を何だと思ってるのよ」

 するとジェーンが笑顔で口を開く。

「無尽蔵体力メイドこと、鬼人マリア」
「ジェ~ー~ン~?」
「じょ、冗談だって。だから、私に向かって殺気を出すなよ」

 そんな光景を見て、ジェシカとイェレナは笑っていた。

「……はぁ~全く、冗談も大概にしなさいよ」
「ふ~……久々にマリアの殺気を受けたけど、やっぱ怖すぎでしょ。こんなの受けて生きてた奴が居るとか、未だに信じられないわ」

 ジェーンのその言葉を聞き、イェレナが何か思い出したかの様に話し出した。

「そう言えばだけど、ルディンから聞いた話だけどそのマリアが昔取り逃がした相手と言うか、初恋の相手に最近遭遇したらいいじゃん」
「へぇ~そうなんですか、マリアさん? あの初恋の相手ですか?」
「おうおう、聞き逃せない話じゃないか。例の唯一取り逃がした相手と再開とか、マリア隅に置けないな~」

 何の話をしているんだ、こいつらは?
 私が軽く首を傾げると、3人も同じ様に首を傾げた。

「あれ? 何でマリアが首を傾げてるの?」
「いや、何でと言われても何の話をしているの、貴方たちは?」
「え? どう言う事だよイェレナ」
「偽情報だったんですか?」
「いやいや、そんな事はないはず。え~と確か相手の名前は、タツミ・カミール」
「……はい?」
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