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1章 魔法少女とは出逢わない

1章78 弥堂 優輝 ⑰

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 戦争を終わらせるため。


 その為に俺は日本からこの世界に連れて来られた。


 その為に多くの人が死んだ。


 俺の為に死んだ人もいたし、戦争を終わらせるためと自らの生命を犠牲にした人もいた。


 そして、数千年続いたという魔族との戦争は終わった。


 そのはずだった。



 戦後のイニシアチブをとるために動いていた国のいくつかが、教会をバックにつけてグレッドガルドに戦争をしかけた。

 また、元々関係がよくなかった国同士でも争いが起こる。対魔族という建前で連帯してはいたが、そのお題目がなくなればどうなるかは自明だった。



 戦争は終わったが、またすぐに次の戦争が始まった。


 これまでの戦いに、これまで喪われた生命に、俺のしてきたことに、何の意味もなかったのだ。


 そうか、こういうことか――と、得心がいった。


 魔王――二代目の渇ききった瞳。

 この虚しさがあって、彼は枯れてしまったのか。


 これを数千年も一人で続けてきたのか。

 俺には到底真似は出来ない。


 だから、確かめに行く。


 俺の生命に、これまでのことに何も意味が無かった。

 それは受け入れられる。

 所詮その程度のクズだ。


 だが、俺の周囲で死んだヤツら。

 ルヴィやエルフィ、リンスレットも――

 あいつらの死にすら何も意味が無かったのか、その答えを求めに行く。


 人間と魔族、教会の教義。

 そんなものは何も戦争に関係なかった。

 それが無くなっても人と人とで権力と富を奪い合い争うだけだ。


 だが、一方でそれは当然のことだとも思う。

 人は誰しも立場があって、それを少しでも上げることによって周辺の環境がよくなる。

 だから誰も彼もがその為に行動をする。

 それは間違いじゃない。


 全ての存在は己というモノを肉体の中に閉じ込められている。

 それを拡大しようと思えば外に拡げるしかない。

 だが自分の外は全て『世界』のモノで、貸し与えられたそれを他者と共有している。

 だから他者を弾くか踏みつけるかして、自身で占有できる領域を拡げるのだ。


 この『世界』はそういう風に出来ているのだ。

 そこに生み落とされた俺たちはそういう風にしか在れない。

 そうデザインされている。


 だから『世界』にとって、俺たち一つ一つの生き死になど何の意味もない。


 だが、俺たちにとっては違う。


 この戦いに人々を駆り立てた者。

 そして今尚、戦いの火種となっている者。

 そいつにこの無意味さを問う。


 今起きている戦いを終わらせる。

 その為には死ななければならない者があと二人居る。


 俺と、セラスフィリアだ。


 だから俺はあいつを殺しに行く。



 情勢的にはグレッドガルドを中心に複数の国家と争っている状況だ。

 だが俺自身も放置されているわけではない。


『不死』の禁忌に触れたとしてまた新たに異端認定を受け、暗殺者に狙われ続けていた。『死に戻り』がとうとうバレたためだ。

 次々に迫り来る教会の鉄砲玉と殺し合いながら、俺はグレッドガルドを目指した。


 そんな中、刺客としてある者たちが俺の前に現れる。


 そいつらは俺よりも若い。

 エルフィーネの孤児院で育てられたガキどもだ。


 俺もそいつらとは面識があった。

 エルフィに付き合って何度か世話をしたことがある。

 彼女はこのガキどもを自分の子供のように愛していて、そしてこいつらを守る為に死んだ。


 彼女の孤児院は暗殺者養成所だ。

 エルフィーネが俺を殺す代わりに、この子供たちは普通の子供として育て、暗殺者にはしない。

 その約束はやはり破られていた。


 俺を囲む子供たちは誰もが尋常でない目の色をしている。

 完全に暗殺者として仕上がっているわけではないようだ。

 クスリで無理矢理ブーストさせられている。


 “馬鹿に付ける薬ドープ・ダーヴ”――教会暗部御用達の麻薬だ。

 心臓の鼓動を無理矢理速めることで魔力の生成ペースを加速させる疑似的な魔力増強薬。激しい興奮作用で倫理観を吹き飛ばし中毒性も高い。そして身体には大きな負担がかかるため、何度か使えばほぼ死ぬ。

 子供たちの様子はどう見ても末期患者のそれだった。


 おまけにご丁寧に洗脳まで施されているようで、俺のことももう誰だかわからないようだ。

 ただ殺せと――与えられた命令だけが彼らの全てだ。


 そして、それは俺も同じだ。

 戦争を終わらせろと――セラスフィリアに与えられた命令だけが俺の全てだ。


 だから、止まることは出来ない。


 たとえ全てに意味がなくとも――




 グレッドガルドの皇都に着く。

 他国に攻め込まれているのかと思ったが、ここはまだ平穏なものだった。


 ということは戦線は皇都から離れた場所で展開されていることになり、であるならば軍の戦力のかなりの割合が外に出ているはずだ。


 皇都の中に入ると人気が少ないのに妙に殺気立った雰囲気を感じる。

 どうも捕虜にしていた魔族の処刑を一斉に行うようだ。

 それを見世物にするらしく、民衆も軍人も公人も、大部分の者がが処刑場の区画に集まっているらしい。


 なるほどな、と納得する。

 魔力封じの枷を着けているとはいえ、大勢の魔族を皇都内に抱えたままで戦争をするわけにはいかなかったのだろう。

 魔族との決戦でかなりの兵を失ったはずだ。警備兵を少しでも軍に回したいのだろう。


 これは俺にとって好都合だ。


 この世界での処刑は大人気イベントだ。

 娯楽の少ない生活を送っている民衆は夢中になって合法の殺戮ショーの見物をする。

 さらに相手は憎き魔族だ。興奮し暴走する観客も出るだろうから、相当な数の警備が処刑場に集中するだろう。


 おそらくセラスフィリアは処刑場に併設された管理棟に行くはずだ。過去の処刑イベントの際には、開始の宣言をしに姿を見せてからそちらに移るのが常だった。

 この機会を逃すわけにはいかない。


 俺は処刑が開始されて少し時間が経ったのを見計らって、隣の区画のスラムに火を放つ。

 会場の警備がこちらに人員を割いた時を見計らって処刑場に侵入し、何人かの魔族の枷を破壊して暴動を起こさせた。

 警備が混乱している隙に管理棟へ突入をする。


 正直なところ、セラスフィリアの暗殺が成功する確率は低い。

 警備が多少減ろうとも、あいつの所まで辿り着くのは非常に難易度が高いのだ。


 たまたま皇都に来た時に、偶然絶好のチャンス。

 都合がよすぎる。

 あの女なら俺が殺しに来ることを看破しているような気がした。


 それに、あいつの近くにはルナリナとジルクフリードがいるはずだ。

 上手く警備を抜けたとしても、あの二人を突破することはほぼ不可能だ。


 だけど、成功するかしないかなど、もはやどうでもよかった。

 結局、俺は与えられた目的に対しての役割を続けるしかない。

 その先に終わりがある。



 拍子抜け――


――というほど楽ではなかったが、俺はセラスフィリアの居場所まで辿り着くことが出来た。


 いつもの様に隠れ潜みながら地道に警備を殺しながら進んでもよかったのだが、どうせバレているという確信があったのでほぼ正面から乗り込む。

 これでもう終わりなのだから『死に戻り』を隠す必要もない。

 死にながら強引に殺し続けて塔を昇ってきた。


 途中で何故か一人で現れたルナリナが俺の前に立ちはだかる。

 ヒステリックに投降を呼びかけて来る彼女に絆されたフリをして騙し、自爆特攻をしかけて排除した。


 最後に行く手を阻んだのは、やはりジルクフリードだった。

 こいつには勝てる気がまるでしなかったが、数時間に及ぶ激闘の末――何度も殺されたが何故か勝つことが出来た。

 これは完全に運がよかったとしか言いようがなく、もう一度同じことをやれと言われても不可能だろう。


 そうして、セラスフィリアの居る部屋まで辿り着くことが出来たが、だからといってこれで勝ちが確定するわけではない。

 高位の魔術師でもあるあいつ自身も、戦闘能力が俺よりも高いからだ。

 既に満身創痍で魔力も尽き、麻薬も切れてしまった俺には、あいつを倒すことは難しいだろう。


 だが、俺には確信があった。


 確信というか、ある種の信頼のようなものがあった。


 あの女は全く信用に足るような人物ではないし、俺にとって天敵とも云えるような女だが、だけど――


 何故か、最終的に俺があの女の前に立って、刃を抜けば、その時にはあいつは俺に殺されてくれると――そんな根拠のない不思議な信頼を俺は何故かあいつに対して持っていたのだ。


「一応聞いてあげる。何のつもりなのかしら?」

「お前を殺す」


 やはりわかっていたのだろう。

 彼女には驚きも怒りもなく、ただ少し疲れたように溜息を吐いた。

 その仕草や表情に魔王のことを思い出した。


「なんのために?」
「お前が生きていると戦いが続く」

「私が居なくてもこの流れは止まらないわよ」
「お前が居ればこの国は勝ってしまい、また別の戦いが起こる。お前が死ねばこの国は敗けて滅ぶ。その方が効率がいいし確実だ」

「そうでしょうね」
「お前は生かしてはおけない」

「エルフィーネの復讐かしら?」
「違う。お前に与えられた目的を達成するためだ」

「私の命令を果たすために私を殺すのね」
「そうだ。戦いが終わりさえすればそれでいい。その為の手段は問わない。お前が俺をこうした」

「……そうかもしれないわね」
「お前と俺が死ねば戦いは終わる。彼女たちの願いは叶う」

「あら? 一緒に死んでくれるの?」
「そうだ。俺とお前は生きていてはいけない」

「……バカな子ね」


 セラスフィリアは薄く笑った。

 作り笑顔でない彼女の笑った顔をこの時に初めて見た。


 それについて何か言おうかと思ったがやめる。

 時間が無い。


 一秒ごとに血が流れ出ていき、もう少しも俺はもたない。

 魔力もほぼ空だ。もう一回『死に戻り』が出来る保証もない。


 聖剣の刃はもう顕現出来ない。エルフィにもらった黒いナイフを握って駆け出す。


 セラスフィリアは困ったような顔をして、動かなかった。


 やはり俺に殺されてくれるようだ。


 だけど――


 そんな期待は勘違いだと、すぐに気が付く。


 部屋の床が赤く光り出した。


 セラスフィリアにあと数歩の所まで迫った時、俺の頭上の空間が裂けた。

 そこは部屋のちょうど中央だった。


 そしてこの現象は過去に一度だけ見たことがある。

 わざわざ記憶を再生する必要すらない。


 約7年前――


 中学校からの帰り道に日本で見たものだ。


 そこからこの処刑場の本来の用途に思考が繋がる。


 この区画まるごとが特殊な魔法陣で、それの起動には大量の血液が必要になり、それを賄うための処刑場と死刑囚で、そしてそれによって齎される魔法の効果は――



「――セラスフィリアァァッ!」


 何故か、今までで一番彼女に裏切られたような気持ちになり、俺は喉を灼くように声を荒らげる。

 セラスフィリアはやはり困ったような顔をして、そこには罪悪感に似たような――でもきっと違う――俺にはわからないナニカの色があった。


「ごめんなさい、ユウキ……」


 俺は床を踏みしめて彼女へ襲いかかろうとする。

 だがそれは叶わず、空間の裂け目に身体が吸い込まれ始めた。


「ふざけるなっ!」


 どうにかこの世界にしがみつこうとするが、掴めるものが何もない。

 広い部屋の中央には何も置かれていない。

 まるで計算されたような配置。計算されたようなタイミングだ。

 最初から、最期まで――


 俺はまた世界から追い出される。


「セイラ……、俺は――」

「さようなら。私の――」


 複雑な表情で作られた笑顔。

 最期の言葉は聴こえず、彼女の唇の動きだけが記憶に記録された。


 視界が白滅する――







 次に意識が戻った時、最初に感じたのは冷たさだった。


 召喚酔いが抜けてくるが、一向に身体に力が入らない。


 頬に感じた冷たさで自分が倒れていることが何となく感じられた。


 視界がまだ白い。


 眼球だけ無理矢理動かしてみると、ぼんやりとした視界の中に見覚えのある物が見えた。


 大分懐かしい、久しぶりに見るドアと、それが取りつけられた家。


 自分の身体の周辺の白が赤く染まっていく。

 どうやら雪が積もっているようだ。


 俺の身体の上にも雪が舞い落ちてくる。

 だけど、段々と冷たさは感じられなくなっていき意識が薄れていく。


 視界に映る白に赤が侵食していく。

 ここに来て早々、この世界の白さを穢す。

 こんなヤツはやっぱり生きていてはいけないと思った。

 だからこのまま瞼を閉じようと思った。


 だけど――


 そんな理不尽があるかと、腹の底に怨嗟が渦巻く。


 気力を振り絞って雪に映る自分の血を睨んだ。


 何の決着もつけられないまま、俺は戦争を取り上げられてしまった。


 何も残せず、何も残らず、何の意味もないまま、何の答えも得られないまま――


 ただ、日本に還されてしまった。


 強制的に、断りもなく、死ぬことも出来ずに、俺の戦いは途切れ――


 そして終わらされてしまった。
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