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1章 魔法少女とは出逢わない

1章78 弥堂 優輝 ⑤

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 ここから俺が日本に還されるまで大体5年ほどの時間があったと思うが、実は特筆して語るような内容はない。


 何故なら最後まで俺には戦場で活躍を出来るような力は目覚めなかったからだ。

 残りの時間は常に戦争をしていたのだが、そのせいで語れるような武勇伝が俺にはないのだ。


 一応出来ることはそれなりに増えはしたのだが、それで出来ることなどたかが知れていて、戦場の只中で正面から戦えるようにはなれず、大抵は隠れ潜みながらコソコソと人殺しを続けていただけだった。


 だから俺にとって戦争というものは、それに身を投じて経験したことで、特に何かを得られたというようなものではない。

 戦争はただただ喪い続けるだけのものだ。


 だから、クルードが言っていた『戦って勝ち取る』なんて考えは俺にはさっぱり理解出来ないし、人がよく言う『何事も経験』という考えにも頷けない。

 少なくとも戦争は経験などするものではない。

 何も得られず、何もかもを喪うだけだ。


 では、俺は一体何を失ったのだろう。


 何を失って中学生だったクソガキが俺のような人殺しに為り下がったのか。

 言い様によっては、クソガキが何かを失ったことで教訓を得て、その結果に今の俺に成ったと――そう表現することも出来るかもしれない。

 ただ、俺にはどうしてもそうは思えないのだ。


 俺が喪ったのは恐らく大切な人と、自分の人間性だろう。


 何も持たずに身一つで異世界なんかに来てしまったクソガキには当然人間関係なんてものは無い。

 だが、そこで過ごしていけば嫌でもそれは出来てしまう。

 そしてそれを喪うと、そのことで心を痛め、その連続に適応する為に人間性を手放していったのだ。


 異世界で何かを得てもすぐにそれを失い、それによって元々持っていたモノまで失くす。

 トータルで見たら大赤字だ。


 クソガキの――俺の5年に渡る戦争の日々は、大切なものが出来てそれを喪う。その繰り返しだった。




 じゃあ大切だったものとは何か――


 そう考えると浮かぶのは大体女たちの顏だ。


 誤解しないで欲しいのだが、別に俺は男の友人や仲間が居なかったわけではない。

 確かに男なんて自己責任で勝手に死ねという考えを持ってはいるが、だからといって特別女を優遇しているつもりもない。

 それに男なんてどんなに普段偉そうにしていても、結局は女に縋らなければ生きていられないクズばかりだ。

 つまり大体そんなものなのだ。


 それにあの世界は生命の価値が軽すぎた。

 ルビアの傭兵団、グレッドガルドの騎士や兵士、懇意にしていたマフィアたち、教会に所属している者まで――

 気のいいヤツらは居た。

 だが誰もがすぐに死んでしまう。


「オメェ、セックスしたことあるか? セックスはいいぞぉ!」と、新たな生命を生み出す為に非常に重要な性行為について熱く語っていた傭兵のオッチャンも――


「生き残った奴が偉いんだよ! まともに殺りあうなんて馬鹿のすることだ!」と、戦場で上手く隠れてやり過ごすコツを教えてくれた万年ヒラ騎士のオッサンも――


――みんなそれを言っていた次の戦場で死んでしまう。


 知人・友人の関係が出来たとしても、それを重ねて深める前にすぐに死んでしまうのだ。


 だから、ある程度関係が出来てそれを深めるほどの時間があった人物たち――

 喪うことで心が痛むような、『喪った』と感じられるほどの人たちと言うと何人かの女しか思いつかない。



 まず最初はルビアだろう。


 彼女は俺に戦場で生き延びるための流儀を教えてくれた人だ。

 そしてなにより、この時のクソガキにとっては自分を守ってくれる庇護者として、彼女に縋るしかなかったのである。


 あと、この時のクソガキは皇宮で散々イカレ女とクソメイドたちに騙されてきたので、人を疑うということを覚えていた。

 そんな中で、このルビアという女は国や権力とは無縁で、がさつで言葉遣いも悪いが開けっ広げで、彼女には自分を騙して得をするようなことが何もなさそうに見えた。

 だからそういった意味でも彼女に安心感を抱いていたのだろう。


 自分より10歳も年上の女。

 クソガキは生き別れにされた母親の代わりをルビアに求めたのだ。


 何度も言っているがルビアが教えてくれたのは流儀だ。

 戦場を生き延びる傭兵としての流儀。

 戦う方法や術を直接教えてくれたわけではない。


 多分だが、これは彼女が死んで大分経った後に思いついたのだが、彼女はクソガキを逃がそうとしていたのかもしれない。


 最前線は国や教会の目の届かない場所だ。

 そこから逃げて一人でどうにか生きていけるようにと、その為の流儀を教えてくれていたように思った。


 傭兵というのはクズばかりだ。

 彼女の傭兵団は多少マシだったが、それでもクズじゃなければ人殺しを生業になどしない。

 きっと団員の中にもセラスフィリアに金を掴まされた内通者がいて、クソガキを監視していたことだろう。


 だからルビアはクソガキを自分と同じ部屋か隣の部屋に常に置いた。

 夜中にこっそり出て行っても気付かないフリをしてくれるつもりだったのだろう。


 だが、バカなクソガキは同じ部屋に居ればベッドの中で彼女にしがみついているだけだし、隣の部屋に居ても布団を被って彼女が他の男に抱かれる音を聞いていることしかしなかった。


 ただ、これは俺が後になって思いついたことで、本当は彼女がどう考えていたかはわからない。

 確かめようもないことだと思っていたが、今日目の前に彼女がまた現れてしまった。だが、実際顔を合わすとこんなことは口が裂けても切り出せないと感じた。だから、どうでもいいだろう。


 ルビアは俺を守って死んだ。


 魔族の侵攻が強まっている地域のある町を守れと、セラスフィリアからルビアの傭兵団へ命令が下った。

 だから俺たちはその町を拠点にしてしばらくの間防衛をしていたのだ。

 その戦いに敗れて町が奪われ、その撤退戦の最中でルビアが捕らわれて殺されたという顛末なのだが、じゃあ何故敗けたのかという話をする。


 一言で言うとその町の住人の裏切りだ。


 俺たちが来るしばらく前からすでに敵と繋がっていたらしい。

 そこにまんまと俺たちは入ってきたというわけだ。


 夜中に差し入れを装って近づいてきた間者に見張りが毒で殺され、そして門が開けられる。

 寝静まっている所に敵軍が入って来て傭兵団は壊滅だ。

 ルビアは俺を逃がすために一人で戦って捕まった。


 クソガキは一人だけ逃れて山の中に逃げたのだが、夜が明けると不安になり昼過ぎには町に戻る。

 ルビアが居ないと一人で何をすればいいか、何処へ行けばいいのかも決められないのだ。


 そこでクソガキは目にする。

 見せしめとして広場に晒された仲間たちの死体を。

 ルビアだけでなく他の団員も皆殺しにされていた。


 クソガキはそのことに怒りを感じるよりもまず茫然としてしまった。


 クソガキはルビアを英雄視し、彼女が運営する傭兵団も最強だと思い込んでいた。

 確かに前述のとおり昨夜話していたヤツが次の日には死んで、また知らない新しいヤツが気付いたら仲間になっていたりと、ブラック企業も真っ青な人の入れ替わりの速さだった。

 だが、その中でもそれなりに生き残っている連中はいた。

 彼らもまた歴戦の猛者なのだと思っていたのだ。


 気の弱いガキにはよくあることで、自分を大きく見せるために自分の所属するコミュニティを最高のものだと、最強なんだと、無意味に無根拠に思い込もうとしていたのだ。


 傭兵たちはどいつこいつもクソッタレのクズだった。

 だがクソガキはそんな彼らを決して嫌いではなかった。


 口を開けば「女を犯したい」だの「金が欲しい」だの「ぶっ殺したいだの」と、そんなクソみたいなことしか言えない連中だった。

 それでも、皇宮にいた奴らのように、こちらの目に優しい微笑みを浮かべて、口からは耳触りのいい言葉ばかりを吐き、しかし腹の中では何を考えているかわからないような嘘つきどもよりは万倍マシだ。

 クソガキにとっては彼らと一緒にいる方がお上品な皇宮よりも安心感があった。


 口は悪いしすぐに暴力を奮ってくる、でもたまに小遣いをくれたり飯を奢ってくれたりする。

 そんなクソッタレのクズどもがクソガキは好きだった。


 だからその仲間たちの死体を見て茫然としてしまう。


 人はこんなに簡単に死ぬものなのかと。


 あんなに強かったのにこんなに容易に死に至る。


 こんなに簡単に大切な仲間というものは失われてしまうのかと。


 そしてやはり一番ショックだったのはルビアの死だ。


 彼女の遺体には男によって辱められた形跡があったが、正直そのことはあまり気にならなかった。

 元々彼女が性に奔放な生き方をしていたというのもあるが、だがそれに怒りを感じるだけの余裕がなかったのだ。


 この世界のほとんどの人間にとって教会の掲げる信仰の対象がそうであるように、クソガキにとってルビアは神に等しかった。

 それを失った不安で何も考えられなくなっていたのだ。


 クソガキは物陰に隠れて死体を目に映し続ける。


 少し時間が経てば嫌でも多少落ち着く。

 そうすると「あれはルビアではない」と、彼女の死を認めない思考が始まった。


 この事件の少し前くらいからクソガキは自分の目に異変を感じていた。

 目に映っている実像によくわからないナニカが重なって見える時があったのだ。

 それをルビアに相談したが当然彼女にわかるはずもなく、今度会った時にルナリナに相談してみろと言われた。

 ルナリナは可愛いけどすぐに怒るから恐いとクソガキは思っていたので、嫌だなと感じていた。


 もうわかるだろうが、これは魔眼の『霊子を観測するチカラ』だ。

 それがこの頃開花し始めていたのだ。


 あれはルビアではないと考えると、彼女の死体に重なっておかしな図形が見える。彼女の死を否定すればするほどにハッキリとそれが目に映り、そしてそのカタチが崩れていく様が見える。

 これは肉体が死亡したことによって始まる“魂の設計図アニマグラム”の崩壊だ。


 この時のクソガキにはそんな知識はないので当然その現象の意味はわからないのだが、何故かとても恐ろしく感じて目を逸らす。

 他に何も目に映らないように、自分の胸に顎をつけるようにして下を向いた。

 そうすると視界に入るのは自分の身体だ。

 今度は自身の“魂の設計図アニマグラム”が映る。


 ルビアに重なるアレはなんだと考えると、それに紐づいた記憶が勝手に再生される。

 過去の生きていた頃のルビアの映像。

 その時は見えていなかったはずの“魂の設計図アニマグラム”が映っている。


 その過去の“魂の設計図アニマグラム”と今の崩壊の始まった彼女の“魂の設計図アニマグラム”の、その差異をまざまざと見せつけてくる。

 彼女の死を否定すると、まるでそれを許さないとばかりに、記録された事実を突きつけてくる。

 彼女の死が眼に視えてしまう。


 全く望まないカタチで、むしろ嫌がらせかのように、この時に俺の魔眼はその本当のチカラに目醒めた。


 パニックに陥ったクソガキは喚き散らしながら暴れたい衝動を抑え、物陰でジッと身を潜めた。

 そして人気がなくなった夜の時間にルビアの首を持って逃げた。

 仇をとろうだなんて気合はクソガキにはなかった。



 クソガキはルビアと一緒に町の廃墟に隠れる。


 隠れてその後どうするなんてプランは何もない。

 ただイヤなものコワイものから逃げて隠れただけだ。


 そして何日もルビアの死を否定し続ける。


 壊れたベッドに座り膝に彼女の頭を置いて話しかける。

 話しかけてもしも彼女が返事をしたら彼女は生きているということになる。

 だから何日も話しかけ続けた。


 ルビアはよくわからない酔い方をした時にたまに甘えてくることがあった。

 そういった時には膝枕を要求され、ベッドに寝転んだ彼女の頭を膝に置き、その髪を撫で続けるよう命じられた。

 クソガキはそれが別に嫌ではなかった。


 その時のように膝に彼女の頭を乗せてたまに話しかける。

 なんだ、なにも変わってないじゃないかと思った。


 前にそうした時に何を話したっけと考える。

 すると魔眼が勝手にその時の記憶を視せてくる。


 今、膝に乗っている彼女の頭に過去の映像が重なる。

 彼女が上機嫌に喋る。

 ほら、やっぱり生きてるじゃないかとクソガキは喜んだ。


 何日もそうした。

 同じ記憶、同じ映像、同じ会話を繰り返して。


 髪を撫でると段々とそれが抜け落ちる。

 でも映像ではそんなことは起こらない。


 肌を撫でると崩れる。

 でもそんな映像は視えない。


 眼窩には虫が湧き、それが顔の上を這う。

 でも映像のルビアにはちゃんと目玉があって自分を見ている。


 こうしている限りは、この映像を視ている限りは、彼女は永遠に死んだりしない。


 飯も食わず水も碌に飲まず、クソガキは自分が死にかけながらそんな逃避を続けた。

 この時クソガキが何を考えていたかは、頭がパーになっていたので記憶を視てもよくわからない。

 だけど、多分このまま餓死してここでルビアと一緒に無くなった方が幸せだったのだと思う。


 浮き出て血走った目ん玉で彼女を視て、ガサガサの唇を動かして喋りかける。


 だが、そんなことは許されない。


 ルビアと二人きりのはずの部屋に突然悲鳴があがる。


 クソガキが顔を上げると、廃墟の部屋の入口に立って顔を青くする少女がいた。

 この町の宿屋、クソガキたちが宿泊していた店の娘だった。


 すごく気が利いて優しい娘でクソガキはその少女のことを割と気に入っていた。

 クソガキの周囲はクズの大人ばかりなので、歳の近い少女に親しみを持ったなどの理由もあるかもしれないが、どうせその少女の顏がまぁまぁよかったからだろう。

 そういうガキだ。


 彼女へ眼を向けたクソガキには最初その少女が実際にそこに居る存在なのか、過去の映像なのか判別がつかなかった。

 だが、少女の口から出る言葉で認識が変わっていく。


 クソガキの姿を目にした少女は恐怖と嫌悪を露わにした。

 そりゃそうだろう。

 傍から見たら狂気しか感じない絵面だ。


 だからそれは別によかったのだが、続く少女の言葉が聞き捨てならなかった。


 少女は聞いてもいないのに何か言い訳のようなものを始めた。


 仕方なかった。

 脅されていた。

 だから眠り薬を盛った。

 従わないと自分たちが殺されていた。


 大体こんなところだ。


 頭がパーになっていたクソガキだが、不思議とスッと頭にそれらが入ってきた。


 守っていたはずの住民の裏切り。

 むしろ納得した。

 そうじゃなければルビアが、傭兵団のみんなが敗けるはずがないと。


 少女はクソガキに一緒に来るように言った。

 こっそり宿で匿ってあげると。

 でも一人で来るように言われた。

 理由はわからないがルビアは一緒じゃダメなんだそうだ。


 クソガキは首を横に振って少女の申し出を断る。


 すると少女はここのことを敵軍に伝えると言った。


 数日ほぼ飲まず食わずで半死人状態のはずのクソガキの身体が、今までに出来たことがないほどの速さで動く。

 一息で剣を抜いて少女の首を刎ね飛ばした。


 この時、クソガキはちょっとした感動を覚える。


 クソガキはそれまで自分より弱い敵と戦ったことがなかった。

 だから人を殺しても、自分が殺されないように必死に抵抗をしているという感覚が強く、自分が殺しをやっているという意識が薄かった。

 自らの都合で自ら殺意を抱き自らが先にその意思を以て行った人殺しはおそらくこれが初めてだった。


 聖剣すら使っていない。

 傭兵団の仲間と一緒に倒した盗賊からかっぱらった剣。

 その刃が少女の細い首をスッと通り抜ける。

 薄い皮膚を裂いて、鍛えられていない柔らかい肉を斬って、中心にある骨まで断ってまた肉と皮膚を裂いた。


 思わず「おぉ……」という声が漏れる。


 自分より弱い奴はこんなに簡単に殺せるのか――と。


 そんな感動を覚えた。


 この時即座に何かが変わったわけではないが、この気付きは戦いというものに関してのクソガキの認識に大きな影響を与えた。


 とはいえ、この時にそんなことに思いを馳せていたわけではなく、また感動を覚えたといっても上機嫌なわけでもなかった。


 こいつのせいでルビアが死んだ――


 こいつのせいでみんなが死んだ――


 こいつのせいで僕は――


 考えていたことといえばこんなことだ。


 そして、今すぐにこいつもルビアと同じ目に遭わせなければならない――


 何故かと理由を聞かれれば特に答えられることはない。

 ただ何となく、強くそう思っただけのことだ。

 狂っている人間に合理性や論理性を求めても意味がない。


 だがクソガキは次の行動に少し困った。


 ルビアは犯されて殺されてバラされた。


 だからこの少女も犯して殺して解さなければならない。


 だが困った。

 犯す前に殺してしまったからだ。

 拾い上げた少女の首を手に持ちながら、死体の前でクソガキは眉を下げる。


 しかし、そうしなければならないという強迫観念にも似た思い込みにこの時は支配されていたので、クソガキはチャレンジしてみる。

 とりあえず少女の死体から服を剥ぎ取って自分のズボンも下ろしてみた。


 だが、難しかった。

 この時のクソガキは頭がパーになってはいたが、首無しの少女の死体に性的興奮を覚えるような狂い方はしていなかった。

 この少女は顔がよかったので割と好きな方だったがその顔も身体から取れてしまったし、何よりこいつのせいでルビアが死んだのでもう嫌いだ。

 嫌いな女にそういう気にはならないし、何よりもう死んでいる。

 少し頑張ってみたが無理だったので、クソガキは諦めてこの工程は省くべきかと考える。


 その時に気が付く。

 少女の死体から流れた血が床に落ちているルビアの髪を汚していることに。

 クソガキは激昂して少女の死体を滅多刺しにした。


 少女を殺す為に動いた時に自分がルビアの首を放り投げたせいなのだが、狂った人間にそんな判断能力はない。

 それにもう一つ腹が立ったことがある。


 少女の死体に重なって視える名前のわからない図形――“魂の設計図アニマグラム”が崩壊を始めているのだ。

 これにクソガキは激しい怒りを覚えた。


 こんなものを見せられたら、ルビアが死んだことを認めなければならないではないかと。

 もう一回ルビアを殺す気かと。


 何を言っているかわからないだろうが、この時のクソガキはそう考えていたのだから仕方ない。


 滅茶苦茶に剣を突き刺して叩きつけて――をしている内に剣が床に当たって折れてしまった。


 そこでクソガキは少し冷静になる。

 そういえば分解しなければならなかったことを思い出したのだ。


 だが剣は折れてしまった。

 困ったなと思いつつ仕方ないからクソガキは聖剣を使うことにした。


 こんなチャチなナイフだと何回も切り刻まなければならなそうで面倒に感じた。

 それに死体に触るのも、人体を解体するのも、気持ち悪いからイヤだなと思いつつ、でもやらなければいけないので渋々と作業を開始する。


 するとどうだろう。

 さっきまで使っていた剣よりもサクサクと人体が切れる。


 果物ナイフのようなショボイ刀身だったので今までこの剣で戦うという発想がなかったのだ。

 だから気が付かなかったのだが、このナイフはとてもよく切れる。

 少々不自然なほど、切れる。

 この時に初めて聖剣の性能に気が付いた。


 だが、上半身を腹から裂いて二つに分けようとしたところで内臓がボトボト零れてきて、やっぱり気持ち悪くてムカついたクソガキは癇癪を起した。

 何か怒りのようなものを喚きながら、廃墟の窓から少女の部品を次々に地面へ投げつける。

 全部外に捨てて一頻り満足したクソガキは部屋の中を見て今度は落ち込んだ。


 ルビアと二人で暮らす部屋が汚れてしまった。

 血はとっても不衛生だと小学校で習った気がしたので、こんなに汚れた部屋にはもう住めないかもしれないと悲しくなった。


 とりあえずルビアだけでもキレイにしてあげようと少女の死体から剥ぎ取った服で顔を拭う。

 だが生地が粗いせいかルビアの顏がボロボロ崩れてしまう。

 困ったなと思ったところで床に落ちている下着が目に付く。


 こんな田舎の町の宿屋の娘のくせに、生意気にも下着は少しだけ上等な生地で作られた物を着用していたようだ。

 クソガキはそれを使ってルビアを拭く。


 すると外が騒がしくなってきた。

 どうやら表にぶち撒けた死体が誰かに見つかったようだ。


 しまった――と、クソガキは苛立たしげにおぱんつを投げ捨てる。

 今考えるとそりゃそうなるだろう、当たり前だろうとわかるが、クソガキは何て運が悪いんだと嘆いた。


 とりあえずルビアを隠して一旦逃げなければならない。

 本当は彼女も連れて行きたいが、あまり動かすと顔が壊れてしまうのだ。


 クソガキは急いで床に落ちた蛆虫を拾い集め、掌でギュッと握ってルビアの眼窩に押し込む。

 崩壊する“魂の設計図アニマグラム”の霊子の滓と蛆虫の見分けがつかなくなっていたのだ。

 上手く眼球を治してあげられたと満足して、ルビアをベッドの下に隠して廃墟から脱出する。


 そしてしばらく身を隠して戻ってきたら廃墟は燃やされていた。


 これも今視ればそりゃそうだろとしか思えないのだが、頭がパーになっているクソガキはそうは思わない。


 ルビアを助けようと半狂乱で火の中に飛び込もうとした。

 しかし野次馬に来ていた他の大人たちに止められる。


 クソガキは戦場に出てはいたが町に居る間は基本的に雑用の仕事をやっていたので、他の団員のように警備で町を廻ったりなどはしていない。

 だから顔が売れていなく、ここでは傭兵団の一員ではなく、廃墟に住み着いたホームレスだと思われたのだ。


 飯を何日も食っていなかったのでクソガキはすぐに力尽きて自警団の詰め所に運ばれる。

 拘置所みたいな部屋に数時間ぶちこまれて適当に飯を食わされてから追い出された。


 廃墟に戻ってみると、もう焼け落ちてしまって何も残っていなかった。


 彼女の姿はないし図形も視えない。


 少しボウッとしていると腹の奥底から頭まで熱が上がってくる。


 殺してやると考えた。

 ルビアを三回も殺しやがって許せないと。

 この町に居る人間全員を必ず同じ目に遭わせてやると決めた。


 目の前の焼け跡にもう火はないが、廃墟を焼いた火はクソガキの腹の中に宿る原初の種火と為った。


 だが町をまるごと焼き払うとなると簡単なことではない。

 悠長に何ヶ所にも火を点けて回っていたら住民に逃げられるし、それにその前に我が物顔で居座る敵軍に見つかり殺されるだろう。


 村よりは大きいが街と呼べるほどではない。しかしそれなりの広さはあるので少ない着火回数で全部燃やすとなると、それこそルビアのような強力な加護やルナリナのような大魔導士の魔術が必要になる。

 クソガキは必要な時にこの場に居ないルナリナを強く憎んだ。


 じゃあ正面から戦いを挑んで叩き伏せてから火炙りにしてやるかという話になると、どう考えても不可能だ。

 敵の中には割と有名らしい魔族がいて、そいつは防衛戦の際に一対一でルビアともやりあっていた。クソガキが勝てる相手ではない。


 やはり実現は難しい。困ったなとクソガキは思い悩む。

 だったらというか、普通は、せっかく生き延びたのだからとっとと逃げればいいのだ。

 しかしクソガキはどうしても殺したかったのだ。一人残らず。

 そうしなければならないと強くそう思っていた。


 すると、喉が渇いていることに気が付く。

 水を飲もうとふと眼を向けた先には井戸だ。

 どこの町にもある普通の物だ。


 そういえば殺した宿屋の娘が言っていた。

 井戸から遠い山側の住民は、山から流れてくる川を水源にしていると。


 クソガキは思いつく。

 戦って勝てないのなら、戦わずに動けなくしてから燃やしてやればいいのだと。


 クソガキは山に入った。

 宿屋の娘から教えてもらっていた、子供しか知らないような抜け道を使って町を出た。


 クソガキには野生の植物を採取して毒物を生成するような知識も技術もない。だから魔物を使うことにした。


 この世界には普通に魔物がいる。

 だがクソガキが視聴していた作品のように積極的に人里に現れて人間を襲ったりはしない。

 何故かというと、このクソッタレの世界は何千年も人間と人間が休む間もなく殺し合っている世界だ。魔物よりも人間の方が狂暴なのでヤツらも積極的に近づいて来ないらしい。

 もちろん偶然出遭ってしまったなら戦いにはなるが、わざわざ凶悪な人間を狙うより山や森に入ってナワバリを作り動物を狩っていた方がはるかに安全だからだそうだ。


 それで不思議に思って以前にルビアに尋ねたことがあった。

 動物を狩るみたいにして魔物を狩って食べたりしないのかと。

 珍しく彼女はひどく驚いた顔をしていた。


 どうも魔物の血や肉というのは人間にとって毒性が強いらしく、そんなことをすれば死ぬらしい。

 それに教会がそれを禁忌として戒めていると。


 そのことを思い出し魔物を狩ることにした。

 だがクソガキに山での狩りのスキルなどない。

 とはいえ必要なのは生きる糧ではなく死体だ。


 どうにか頑張って苦戦しながらも兎を一羽捕まえる。

 足を切り落として腹を裂いて木の根元にそれを放置し、その木に登って潜む。

 血の臭いにつられて他の動物や魔物がやってきたら、その木の上から真下に飛び降りて聖剣で一撃で仕留める。

 数が多い時はやり過ごした。


 少しずつ死体を増やして少しずつ川に移動しながらさらに増やしていく。

 そして川縁で解体をする。


 昔、家族で焼き肉屋に行った時に母に言われた。

 お腹を壊すから内臓系はちゃんと焼きなさいと。


 それはつまり焼かないで内臓を食えば腹を壊すということだ。

 さらにそれが腐ってもいればすごくお腹が痛くなることだろう。


 クソガキは母に感謝をしながら内臓を集めて掘った穴に放り込む。

 なんかションベンとかかけとけばもっと腐る気がしたのでそれを便所にすることにした。

 そして何日間かそこを拠点として守ることにする。


 それが死ぬほど臭くなって他の動物が一切寄り付かなくなったところでついに川に投下した。

 さらに夜中に抜け道から町に忍び込んで、全ての井戸にもそれらを投げ込む。一度に入れすぎると臭いでバレそうだったので少しずつ入れることにした。


 正直、ここまでに何日か経っていたのでクソガキは少し冷静になっており、これは成功しないだろうと思っていた。

 しかし自暴自棄にもなっていたのでそれでもよかった。


 全員殺されてしまったので、もうどうしていいかわからないから、これで自分も死ねばいいと考えていた。

 だが、出来るだけ多く殺したいのも本音なので、戦う際に敵が全員腹を壊していたら少しは長く戦えて、少しでも多く殺せたらいいなくらいの感覚だった。


 だが――


 運がよかったのだろう。

 材料にした魔物に特別毒性が高い個体が居たのかもしれない。

 たったの数日で町には病人しか居なくなった。

 あの屈強な魔族ですら吐き気と下痢が治まらず脱水症状を起こして起き上がれなくなっていた。症状が酷いものは高熱で意識を飛ばしていた。


 後で知った話だが、この世界には医療などという概念が一般には広まっていない。

 教会が治癒の利権を固めるために錬金術協会に圧力をかけて、医療薬の開発と販売を規制していたのだ。だから一般人は薬なんてものは持っていない。

 病気になったら快復を祈るしかなく、それで治らなければもう終わりなのだ。


 クソガキは嬉ションでもしてしまいそうなほど喜んで、一軒一軒丁寧に火をつけて回った。

 家の中で倒れている病人は無抵抗で丸焼けだ。

 たまに表に出ている奴らも漏れなく病人だったのでクソガキにも殺すことが出来た。トドメを刺して燃える建物に死体を放り込む。


 一人だけ、魔族の将軍だとかいうバケモノが火達磨になりながら怒り狂って追ってきたが、地獄のマラソン勝負の果てにクソガキは勝った。

 その後執拗に町中を徘徊して生き残りを探して、見つけたら手足を切り落として中心の広場へ引き摺っていき纏めて焼き殺した。


 もしかしたら、住人の中には敵との内通をしていなかった者がいたかもしれない。

 もしかしたら、そんなこと自体まったく知らない者がいたかもしれない。

 もしかしたら、俺と同じように生き残って隠れていた傭兵団の者がいたかもしれない。


 だが、どうでもよかった。

 そんなこと考えもしなかった。

 俺はこの作戦の後で自分が生き残っているとは思っていなかったのだ。


 だが成功してしまった。

 運がよかっただけとしか言いようがないが、町一つ丸ごと軍人も住人も残さず皆殺しにしてしまった。


 火が燃え尽き、生きる者のいなくなった焼け跡でしばし呆然とする。

 燃やすモノがなくなって空っぽになってしまった。


 俺は徐に立ちあがり、確かこのへんで死んだよなと探す。

 無事に見つかり、魔族の将軍だとかいうヤツの首を切り落とした。

 マラソン勝負の最中に彼は死んだので、少し離れた場所に死体が放置されていて燃えていなかったのだ。

 俺はこれを手土産に皇都へ帰ることにした。


 普通に考えて、帰る理由など無い。


 国やセラスフィリアの為にこの戦争を続ける義理はない。

 このまま帰らなければ俺は死んだと判断されるだろう。

 だからこのままバックレて世界のどこかでひっそりと生きることも或いは出来たのかもしれない。


 だが、俺にはどうにも気になることが出来てしまったのだ。


 2年近くの間ルビアと傭兵団と一緒に前線で戦ってきた。

 その時間の中でたまにシャロたちが様子を見にくることがあった。


 シャロは教会で指定された聖女で、召喚された英雄に付き従う役割として宛がわれた女だ。

 だが彼女を最前線送りにするわけにはいかないので、たまに会いに行くだけにするようにとセラスフィリアが調整した。教会にとって重要な聖女を無駄死にさせるわけにもいかないからだ。

 その護衛としていつもエルフィーネが付いてきていた。


 それはいいのだが、彼女らはこの町の防衛に俺たちが着いてからは一回も来なかった。


 あと、この町は要所だから守るようにとの話だった。

 確かに色んな地方に繋がる道の近くにはあるが、商業的に発展した街や都市というほどではない。

 そこまでの重要な場所にはとても見えなかった。


 それに、確かにルビアの傭兵団は強い。

 だがあくまでも“神意執行者ディードパニッシャー”であるルビア=レッドルーツありきの強さだ。

 そのルビアの加護は防衛には向いていない。

 逆に拠点に引き籠る敵を丸ごと焼いてやる方が向いている。


 何より、要所の防衛のはずで、最前線に近い激戦区のはずなのに正規軍が一切参加していなかった。


 俺はセラスフィリアを強く疑った。


 別に俺を殺す為の工作だったのなら最悪それは構わない。

 こんな役立たずを殺したくなる気持ちはわかる。


 だが――


 どうにも苛だちがおさまらなかった。


 俺たちはこの町の住人を守る為に戦ったはずだ。

 なのにその住人どもにみんな殺されてしまった。


 宿屋の少女は多分心配して俺を探し、そしてよかれと思って声をかけたのだろう。

 これから知ることになるが、この世界ではこういうことはよくある。強い者には逆らえないのだ。みんな悪魔になるしかない。

 ここに来るまでにクソメイドたちを見てそれは知っておかなければならなかった。

 だが宿屋の少女はその俺に殺されてしまった。


 そして少女はたわいのない世間話として、町の水源や抜け道のことを以前に俺に話してくれていた。屈託のない笑顔で。

 だがその情報が町の住人を皆殺しにした。


 俺はこの世界を救うためにと連れてこられた。

 なのに、俺を喚んだセラスフィリアが一番俺に殺意を向けてくる。


 なにもかもがちぐはぐだ。


 自分が何をしていて、何のために何をさせられているのか、その全部がまったくわからなくなる。


 そのちぐはぐさが俺を苛々させる。


 だから訊かなければならない。


 この魔族の首を目の前に叩きつけて、セラスフィリアに事の次第を問わねばならない。


 そして、それからあのイカレ女に斬りかかって、それで護衛の騎士ジルクフリードに一太刀で首を刎ねられて死ねばいいのだ。


 俺は魔族の首を一つ持って皇都へと歩く。


 これは凱旋だ。


 戦いがあり、戦いに参加して、そして俺は生き残った。


 俺だけが生き残り、俺以外は皆死んだ。


 だから俺は勝った。


 俺だけが勝った。


 だから凱旋のはずなのだ。


 それなのに何も手に入らなかった。


 大切になったモノを全て失い、この手にあるのは欲しくもない敵の首だけ。


 達成感も喜びもなく、あるのはちぐはぐで気持ちの悪い怒りだけだ。


 この意味の分からなさの正体を皇に――戦争をする者に問わなければならない。


 そしてその背中にナイフを――


 仲間の生命という大きな代償を払い、クソガキだった俺に戦う意思というものが芽生える。


 だがそれを誰に向ければいいのかわからなかった。


 わからないまま、敵軍の人間や魔族だけでなく、味方のはずのグレッドガルド皇国へもそれを向けた。


 全員と敵対して一番ムカつく顔をしたヤツに殴り掛かればいい。


 ルビアがそう言っていた。


 その第一候補がセラスフィリアだ。


 異世界のその全てと、俺の、戦いがここから始まった。


 俺はようやく自分の意思で戦争に挑む。


 だが、やはりその先の目的は何もなかった。
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