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1章 魔法少女とは出逢わない
1章76 死に戻り辿り着く場所 ②
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――今までに殺した奴らがそうだったように、俺の『死に戻り』を見た連中が驚いている。
だが、実際はそんなに大層なものではない。
死者蘇生という禁忌に対する嫌悪を強く感じているのだろう。
決して俺自身の戦闘能力に恐れをなしたわけではない。
例えば俺たち人間の前に、薄汚い溝鼠が一匹現れたとする。
そのネズミに生理的な嫌悪感等を抱くことはあっても、その小さなネズミに襲われて自分が殺されるかもしれないなどと危惧する者はまずいない。
ヤツらが今浮かべている感情はそういった種類のものに近いだろう。
では、その溝鼠が――矮小なネズミ風情が、血眼になって自分たちに襲い掛かってきたらどうだろう。
普通は遭遇したら勝手に逃げていくような小さきモノが、絶対に敵うはずのない自分たちを殺そうと向かってくる。
さらにそのネズミは殺しても蘇り、また何度でも殺されに向かってくる。
そんな異常な事態に遭遇したら人間もネズミの一匹に畏れを感じることもあるだろう。
加えて、悪魔たちにとって絶対に不可能で、“あってはならない”、赦されざる禁忌である『死者蘇生』。
それを目の当たりにしてパニックを起こしているのだ。
そう長く続くものではないだろうが、この状況は一時的に俺に有利に働く。
では、その絶対に不可能なはずの死者蘇生を、俺ごとき矮小な存在が何故行えているのか。
どうやって実現しているのか。
それは“魂の設計図”の記録と上書きによって、自己の復元を成立させている。
俺は【根源を覗く魔眼】によって霊子を観測することが出来る。
その霊子で構成された自他の“魂の設計図”を視ることが可能だ。
全ての存在の根幹はその“魂の設計図”であり、“魂の設計図”があることによって存在することが出来ている。
他人の“魂の設計図”に描かれていることは俺には読めない。カタチを視ることが出来るだけだ。
だが、自分の“魂の設計図”については、それよりは少しだけ読むことが出来る。その一つが“魂の設計図”に記録された自分の記憶だ。
俺に限らずどんな存在でも見聞き認知し、感知し、経験したモノは全てが“魂の設計図”に記憶として記載される。
俺は自分のその記憶を全て閲覧し、読むことで、視ることで、疑似的に完全な記憶能力を実現しているとも謂える。
俺が自分の“魂の設計図”を観測すれば、それは記憶に保存され、そして俺はその記録を完璧に視ることが出来る。
俺は聖剣を使うことで少しだけ霊子を操作・干渉することが出来る。
つまりこの『生き返り』は、予め自分の“魂の設計図”をバックアップしておき、死んだらそれを現在の“魂の設計図”に上書きすることで、数秒前あるいは何分か前の生きていた状態の自分に戻しているのだ。
絶命を条件に発動する“刻印魔術”によって行っている。
だが、実はこれはおかしいのだ。
出来るはずがないことなのだ。
『世界』の基本的な原則として“魂の設計図”を自由に書き換えることは許されないというものがある。あるはずなのだ。
なのに、何故このようなことが実現出来ているのか――
――実はそれは俺自身にもわからない。
この『蘇生技法』は俺が0から1に思いついたものではなく、また俺が1から10まで練り上げ組み上げて完成させたものではないからだ。
この禁忌の魔法なんだか魔術なんだがよくわからない技法を創り出したのは、俺の先代――二代目だ。
二代目は魔法や魔術の大天才で、行使についても類稀な才能があったようだが、それ以上に開発・発明に於いて歴史上他の追随を許さないレベルの天才だったらしい。
彼が遺した“魔導書”のような物があり、俺はそれを参考にさせてもらっていた。
その“魔導書”には現役のどんな大魔導士でも理解出来ないようなイカレた魔法から、俺のような魔術師とも呼べないレベルのカスにでも使える基礎的な魔術の組み方、応用の仕方まで事細かに記されている。
さらに普通では知り得ないような、悪魔や天使の知識に匹敵するような『世界』の理までもが解き明かされ解説されていた。
おまけに俺にしか読めないような細工までされて。
まるで次代――三代目がどうしようもないレベルで使い物にならないクズだとわかっていたかのような周到さで以て作られた書だった。
俺は彼――二代目に対してどのような感情を抱いていいか未だにわからないが、その“魔導書”が俺を生き残らせた一因であったことは疑いようもない。
その二代目の“魔導書”にこの『死者蘇生』に関する記述があった。
だが、それは完成された技術ではなく、最終的に“失敗”と認定した研究レポートのようなものだった。
とはいえ、そのレポートにはほぼ完成といえる所までの術式も書かれており、理論的には成功するはずだが、いくつかの解決できない問題があって成功現象を起こせなかったなどと、負け惜しみのようなよくわからない結論で締められていた。
その解決出来ない問題点とは、主に『霊子の観測と干渉』、そして『魂の設計図の観測と記憶』であった。
この記録を見つけた時の俺は既に自分のことを、他人に出来ることが出来ないか劣っているどうしようもない役立たずのクズであると――そのように見限っていたが、この『死者蘇生の研究』についてはピンとくるものがあった。
『霊子の観測と干渉』
『魂の設計図の観測と記憶』
この二つだけは、他人に出来なくて俺だけが出来る数少ない事柄だったからだ。
俺は一時期憑りつかれたようにこの『死者蘇生』の実現に打ち込んだ。
二代目が創った術式を丸写しし、現役の大魔導士を脅迫してそれを“刻印魔術”に落としこむ作業をやらせ、それを戦争奴隷となった元捕虜や死刑囚に使って人体実験をした。
最終的な目標はもう既に亡くなり肉体を消失した人物を、俺の記憶の中にあるその人の『魂の設計図』を素に蘇生させることを目指して。
結局それも成功はしなかった。
そして月日が無為に経過し、そろそろ協力者を始末するかと考えたところでその大魔導士が失踪して実験の継続が困難となった。
教会にチクられでもすれば直ちに異端認定を受けて全国指名手配されるので、俺もヤサを引き払うことを余儀なくされたからだ。
夜逃げの準備をしていると、俺の元に別件で教会の使者が聴き取りにきた。
禁忌について嗅ぎつけられたかと勘繰った俺は念のためその使者を殺した。
そうしたらそれがバレて、教会のその地方の支部と抗争になってしまった。
そしてその戦いの中で、俺はうっかり普通に殺されてしまった。
すると、実験の過程で俺の身体にも打ち込んでいた刻印が何故か発動し、何故か俺は生き返ってしまったのだ。
ようやく成功したのかとぬか喜びをしたが、どうもこれは俺にしか効果がないようだ。
念のため別の人間に自分で刻印を打たせて自殺を強要したり、俺が殺してみたりしたのだが成功はしなかった。
そいつらには“魂の設計図”も見えなければ霊子も操作出来ないので当然だが。
というわけで、何がなんだかわからないが、とりあえず自分が蘇生することは出来るようになった。何で出来ているのかは今でもわかっていない。
特にブラックボックスな部分は記憶についてだ。
例えば自分の“魂の設計図”を今術式に保存したとしても、一週間後に死んで蘇生したら、戻ってくるのは一週間前の俺だ。
記憶に関しては常に更新をし続けなければならない。
そのあたりをクリアする為に、二代目の魔導書の中から全く関係ない別のそれっぽい魔法を見つけて、協力者にこれを応用しろと無茶ぶりし、死者蘇生の魔法と一緒に同じ刻印の中に無理矢理ぶちこませたら、なんか成功してしまった。
俺自身どのようにして日常の中でその更新作業が行われているのかさっぱりわからないし、何かを行っている手応えも全くないが、動いている以上は成功なのだろう。
それに、記憶の情報だけでなく肉体の新陳代謝などで細胞も入れ替わったり、成長や衰えなどしているはずなのだが、そのへんがどうなっているのかも全くわからない。
だから、死んで戻った俺が、本当に死ぬ前の俺と同じ俺なのかは確証も保証もない。
そしてどうして成功しているのかわからない以上、いつ失敗してそのまま死んでもおかしくはない。
そのあたりのことを考えていた時期もあったが、その後何百回――もしかしたら四桁いっているかもしれない――と、あまりにも死に過ぎたせいで慣れてしまい、どうせまた死ぬしどうでもいいかと割り切った。
何を考えようが毎回死んでも構わないつもりで戦って死ぬのだから、もう一回死ねてラッキー程度のことと思っている。
どうせ死ぬまで続けるだけだし、死ななければ終わらないのだから、他の人間と何も変わらないという結論になった。
ただ、他の人間から見たら特殊で強力な能力のように見えるだろう。
しかし俺自身は全くそう思っていない。
一見不死身のようにも思えるだろうが、これは疑似的なもの。
不老でも不死でもない。
人より多く死ねるだけだ。
死んで生き返っても、戻ってくるのは所詮俺なのだ。
生き返ったことで強くなりはしない。死ぬ前の俺に戻るだけなのだから。
一回殺されたのだから生き返ってももう一回殺される可能性の方が高い。
だから俺はこれを『生き返り』ではなく『死に戻り』と呼んでいる。
そして、そんな自虐と言葉遊びだけでなく、明確な欠点と欠陥がある。
仕組みとしては、まず死ぬ。
それをトリガーに刻印が起動し、予め保存していた“魂の設計図”が上書きされる。
生き返る。
そしてまた“魂の設計図”のバックアップ作業が開始される。
こういった流れだ。
だから例えば、人間が一瞬で焼け死ぬような業火の中に放り込まれれば俺は焼け死に、そして復活し、また焼け死ぬことになる。
“魂の設計図”のバックアップが終わる前にもう一回死ねばもう生き返らない。
他にも、手足を拘束されて海にでも捨てられれば二回溺れ死んでそのままお陀仏だろうし、監禁され続ければ餓死を何回か繰り返してそのうちバックアップが追い付かなくなって死ぬだろう。
あとは死んだ時に聖剣が手元になければ恐らくそれでも死ぬだろう。
その程度のチカラだ。
さらにこのタネがバレてしまえば、一回殺された後に死体を監視され、生き返った瞬間にもう一度殺されれば、それで俺は死ぬ。
だからつまらない手品なのだ。
他者を生き返らせることは出来ず。
誰も救えない。
自分しか生き返らない。
自分だけが生き残る。
卑賎で卑小で卑劣で下劣な悍ましき外道の使う最低の外法。
それがこのチカラの正体だ。
だが、そんなモノにも使い途はある。
ただの初見殺しではあるが、しかし初見は殺せる。
つまらない手品ではあるが、俺が今日まで生き残っているのは間違いなくこの『死に戻り』のおかげだ。
これがなければもう何年も前にとっくにくたばって、この日本に帰ってくることもなかったであろう。
強敵に対する時の俺の基本的な戦い方は、相手の不意を討って即座に殺しにかかることだ。
出来れば相手が戦闘状態に入る前に殺せるのが理想だ。
【falso héroe】を使って俺を認知していない相手の背後に立ち聖剣で“魂の設計図”ごと刺す。
もしもそれを躱されたらそのまま殺されればいい。
そして俺の死体を確認し、返り討ちにしたと油断して戦闘状態を解除したところを『死に戻り』して、聖剣で殺す。
自分より強い相手に勝つパターンは基本これしかない。
ストロングポイントとハッキリ言い切ることは憚られるが、一応俺の強みとなるのは三つだ。
まず聖剣。
次に【falso héroe】。
そして『死に戻り』だ。
この三つを使った騙し討ち、暗殺、自爆特攻。
それしか出来ない。
そして聖剣が刺さるかどうかが全てだ。
それが通じなければそれ以上の攻撃手段がないので、逃げるか死ぬかしかなくなる。
“魂の設計図”に直接攻撃が出来て、俺のようなクズでは到底及ばない存在との格差も多少埋めてくれる――俺ではその性能の30%も発揮出来ていないだろうが、それでも聖剣は強力な武器だ。
しかし、その聖剣でも埋め切れない差はある。
強力な悪魔や天使といった連中や、水無瀬のような特別な“加護”を持った“神意執行者”には通じない。
隔絶した“存在の強度”の差がある。
だが、それには一部例外を起こすことが出来る。
“存在の強度”には緩む時がある。
強い者が強い意思を以て剣を握る時、その魂は輝きを増して強度が上がる。
ならば当然その逆もある。
存在として格上なモノ、“存在の強度”がより高いモノには、格下からの攻撃は徹りづらい。
だが、戦闘状態に入っていない時はそれが僅かに緩む時がある。
たとえばこちらに気が付いていない時に背後から刺した時とか、たとえば味方だと思っていた者に突然刺された時とか、たとえば殺したと思って戦闘状態を解除した時とか――
その瞬間を狙えば聖剣による“魂の設計図”の《切断》が徹りやすくなる。
それは人間が相手の時だけでなく、この悪魔たちを相手にした時にも――
女のような悲鳴をあげて背を向けた個体に聖剣を突き刺して殺す。
その脇にいた奴が半狂乱で振ってきたハサミのようなモノを、『世界』から自分を引き剥がして躱し、背後から刺し殺す。
やけっぱちになったような奇声をあげた悪魔が、ダンプカーのような大きさの別の悪魔に乗って突進してくる。
俺はそれに撥ね飛ばされ派手に内臓をぶち撒けながら死んだ。
地面に落ちゴロゴロと転がりながら刻印が起動し、また『死に戻る』。
立ち上がった俺を見てヤツらは後退った。
俺は勝算などないまままたヤツらに襲いかかる。
右手の聖剣で敵を殺している内に、首の裏の刻印に熱が灯る。
確証はないが恐らくこれがバックアップ完了の合図だ。
少ししたら力任せの一撃を受けて背骨が砕け、即死はしなかったが戦闘不能になる。
だがこれも死ねば治る。
左手で黒いナイフを抜いて自分の首を掻き切る。
エルフィーネから貰ったこれは自殺用のナイフだ。
右手のナイフで敵を殺し、左手のナイフで自分を殺す。
そうしてまた敵も自分も殺す為に『死に戻る』。
何度殺してもまた死にに戻ってくる俺に悪魔たちは畏れを抱いている。
俺たち人間のような『実在存在』は魂が脆弱なため、その存在のカタチの固定化を肉体に依存している。肉体が壊れれば死に、次に魂もそのカタチを維持出来なくなり壊れる。そして事実死ぬ。
一方で、悪魔や天使といった『非実在存在』は、その魂のカタチの維持に肉体を必要としない。魂の強度が高いから、それだけで自分を維持できるのだ。
今はこの次元に現界するために受肉をしているが、普段はそうではない。
少々語弊があるが、俺たち人間でいう精神だけで存在しているようなものだ。
何が言いたいかというと、精神だけで己を形作っている分、その精神が弱ればその不調はダイレクトに存在の存亡に関わってくる。
ヤツらはメンタルが崩れれば途端に魂が揺らぎ、“存在の強度”が落ちる。
もちろんそれは簡単なことではない。
ヤツらは俺たち人間からすれば、常軌を逸した精神構造をしているモノが多く、強力な個体ほどそれが顕著だ。
生半可なことでは崩すのが難しく、今回は噛み合わせと運がよかったから偶々こうなっているだけのことだ。
ヤツらの禁忌に触れたことで、ヤツらの存在理念を揺るがしたことで、現在ヤツらは一時的なパニックを起こし、非常に殺しやすくなっている。
格上は絶対という価値観を持つモノが格下を恐れるという矛盾は、その存在にも矛盾を起こし、その魂が揺らぐのだ。
水無瀬に負けたクルードやボラフが、格下であるアスや俺に殺されたのはそれが理由だ。
そして水無瀬もまた、魂を揺るがされたことでその存在の強度が落ち、“生まれ孵る卵”によって存在を裏返されたのだろう。
どんなに強い存在であろうとビビれば負けることがあるし、運が悪ければ死ぬのだ。
この戦いが始まってから俺も何度も死んだが、ヤツらも何体も殺してやった。
だが――
やはり、それでも俺が勝つことはないだろう。
今はヤツらは恐れ慄き慌てふためいているが、それも徐々に落ち着いていく。
このまま何度も『死に戻り』を見せていれば、そのうちタネが割れて殺される。
本来は暗殺用の技術で、こんな開けた場所での野戦に使うものではない。
いつまでもアスの目を誤魔化すことは出来ないだろう。
また死んで、戻り、立ち上がった俺は全く減らない敵の軍勢を視る。
何も変わっていない戦況を、戦場の光景を眺める。
これを見る俺の感情も変わらない。
「……あぁ…………」
思わず感嘆の息が漏れる。
初めて女にチンポを咥えられた時のような情けない声だ。
ここだ。
この戦場だ。
俺はきっとずっとここに向かっていた。
ようやくここに辿り着いた。
今まで生きてきて感じたことのない、大きな達成感のようなものがあった。
ここでなら死ねる。
ここでなら死ぬことが赦される。
これは不死身故の死ねない苦しみなどではない。
死のうと思えばいつでも死ねる。
だが、俺には自殺は赦されていない。
俺が俺自身に許していない。
戦いの末に死ぬ必要があった。
目的を奪われ、戦いがなくなり、突然放り込まれた平穏の中で、俺はずっと苛立っていた。
今日ここに辿り着き、この地獄のような戦場に行き着き、この光景を見てようやく気が付いた。
いや、気付いてはいたのだろう。
それをようやく今、認めることが出来た。
俺はずっと死に場所を探していた。
人間を遥かに超越した悪魔という敵、その大軍、アスという大悪魔、そして魔王。
限りない絶望、逃れようのない理不尽、そして圧倒的な自分の無力。
この地獄の中で無様に藻掻き抗い、這い蹲りのたうちながら甚振られた挙句惨めに殺され、誰の目にも届かない暗がりに骸を棄てられる。
それが俺のような野良犬のクズに相応しい死に様だ。
魔物のニオイは日常からあった。
橋の上、モールの入口、商店街の潰れた店、駅前の路地裏、他にもいくつもある。
これらは特別な異変などではなく、どこにでもある自然の摂理だ。
生き物がいれば必ず死に、その内の一定数はこの世に未練を残し、魂の残滓を残す。
俺にはその残滓が視えるので、完全に魔物化する前に察知することが出来る。
なのに、それは俺には関係ないと嘯き、事前にそれらを消す慈善も行わず、それでいながら毎日のようにそれらに近づく。
日本に帰ってからの1年と少し、俺はずっとそんな不合理で整合性のとれない行動を繰り返していた。俺が最も嫌う非効率で意味のない行動だ。
面倒は御免だと口では言いながら、生命の奪い合いに巻き込まれることを内心で望み、人の世を彷徨う亡者。
危険を選り好みし、これでは足りない、相応しくないと贅を尽くす異常者。
それが弥堂 優輝という存在だ。
俺は日本に生まれ中学に入るまでは日本で育ち、ある日突然全く知らない場所へ連れていかれ、言葉も通じない場所で、俺のような馬の骨に優しくする何を喋っているのかわからない連中のことを信じ飼われ、そして戦争に身を投じることになった。
セラスフィリアは俺に『戦いを終わらせる』という目的を与えた。
俺自身にそれを為す理由も意義も義理もなかったが、他に何をしていいかわからなかったので、それに従った。
どうせすぐに死ぬだろうからどうでもいいと、流れに身を任せた。
そしてうっかり敵の親玉をぶっ殺してしまった。
だが戦いはそれでも終わらなかった。
俺はセラスフィリアに与えられた『戦いを終わらせる』という目的を果たすためにセラスフィリアを殺しに行った。
そうしたらもう用無しだと目的を奪われ国を世界を追い出され、日本に還された。
そして平和な日本で戦争の亡者となった。
次の目的を自分で見いだせないまま、形だけ高校生となって人間の皮を被り、自分が殺される場所に焦がれていた。
それが俺という救いようのないクズの人生だ。
だが――
それも今日で終わりだ。
これなら顔向けが出来る。
ここでなら申し訳が立つ。
やっと今日、俺を終わらせることが出来る。
こんな俺のようなクズが生き残る為に数多くの人々を殺した。
こんな俺のようなクズを生かす為に代わりに死んだ人がいた。
彼ら彼女らのように俺も無価値なゴミのように惨めに殺されるのだ。
薄汚い掃き溜めに汚ねえ内臓をぶち撒けて、無様に死体を晒すのだ。
水無瀬のことなどどうでもいい。
希咲たちのことも知ったことではない。
チンピラどもの利権争いなどこれっぽっちも興味はない。
当然街の住人どもの生命などに一片の花びらほどの価値も感じていない。
『世界』に未練などただの一つもない。
だが、目的などなくても理不尽に襲いかかる逃れようのない災害のような死がここにはある。
ここだ。
ここしかない!
ここでなら赦される。
彼女らもきっとわかってくれる。
この戦場でなら死んでも仕方ないと納得してくれる。
許してはくれなくともせめて諦めてくれるだろう。
この地獄に出逢う為に俺はきっと生きてきたのだ。
もう何年もなかった、腹の奥から感情が爆発するような強い衝動が身の裡で暴れている。
最期の光景に抱くこの激情の正体は一体なんだろうか。
きっと歓喜だ。
見よ! 死の歓喜が戦場にはある!
醜い悪魔たちがこの死を祝福してくれている。
『――誰もンなこた頼んでねェんだよ、このバカが』
また幻聴が始まった。
だが、クスリで頭がイカレようが死ねば治る。
だからなにも問題はない。
そんなものでは止まらない。
もう死ねなくなるまで死ぬ。
これから俺は死ぬ。
死ぬまで死ぬ。
俺は死ぬ。
死ぬ。
――
だが、実際はそんなに大層なものではない。
死者蘇生という禁忌に対する嫌悪を強く感じているのだろう。
決して俺自身の戦闘能力に恐れをなしたわけではない。
例えば俺たち人間の前に、薄汚い溝鼠が一匹現れたとする。
そのネズミに生理的な嫌悪感等を抱くことはあっても、その小さなネズミに襲われて自分が殺されるかもしれないなどと危惧する者はまずいない。
ヤツらが今浮かべている感情はそういった種類のものに近いだろう。
では、その溝鼠が――矮小なネズミ風情が、血眼になって自分たちに襲い掛かってきたらどうだろう。
普通は遭遇したら勝手に逃げていくような小さきモノが、絶対に敵うはずのない自分たちを殺そうと向かってくる。
さらにそのネズミは殺しても蘇り、また何度でも殺されに向かってくる。
そんな異常な事態に遭遇したら人間もネズミの一匹に畏れを感じることもあるだろう。
加えて、悪魔たちにとって絶対に不可能で、“あってはならない”、赦されざる禁忌である『死者蘇生』。
それを目の当たりにしてパニックを起こしているのだ。
そう長く続くものではないだろうが、この状況は一時的に俺に有利に働く。
では、その絶対に不可能なはずの死者蘇生を、俺ごとき矮小な存在が何故行えているのか。
どうやって実現しているのか。
それは“魂の設計図”の記録と上書きによって、自己の復元を成立させている。
俺は【根源を覗く魔眼】によって霊子を観測することが出来る。
その霊子で構成された自他の“魂の設計図”を視ることが可能だ。
全ての存在の根幹はその“魂の設計図”であり、“魂の設計図”があることによって存在することが出来ている。
他人の“魂の設計図”に描かれていることは俺には読めない。カタチを視ることが出来るだけだ。
だが、自分の“魂の設計図”については、それよりは少しだけ読むことが出来る。その一つが“魂の設計図”に記録された自分の記憶だ。
俺に限らずどんな存在でも見聞き認知し、感知し、経験したモノは全てが“魂の設計図”に記憶として記載される。
俺は自分のその記憶を全て閲覧し、読むことで、視ることで、疑似的に完全な記憶能力を実現しているとも謂える。
俺が自分の“魂の設計図”を観測すれば、それは記憶に保存され、そして俺はその記録を完璧に視ることが出来る。
俺は聖剣を使うことで少しだけ霊子を操作・干渉することが出来る。
つまりこの『生き返り』は、予め自分の“魂の設計図”をバックアップしておき、死んだらそれを現在の“魂の設計図”に上書きすることで、数秒前あるいは何分か前の生きていた状態の自分に戻しているのだ。
絶命を条件に発動する“刻印魔術”によって行っている。
だが、実はこれはおかしいのだ。
出来るはずがないことなのだ。
『世界』の基本的な原則として“魂の設計図”を自由に書き換えることは許されないというものがある。あるはずなのだ。
なのに、何故このようなことが実現出来ているのか――
――実はそれは俺自身にもわからない。
この『蘇生技法』は俺が0から1に思いついたものではなく、また俺が1から10まで練り上げ組み上げて完成させたものではないからだ。
この禁忌の魔法なんだか魔術なんだがよくわからない技法を創り出したのは、俺の先代――二代目だ。
二代目は魔法や魔術の大天才で、行使についても類稀な才能があったようだが、それ以上に開発・発明に於いて歴史上他の追随を許さないレベルの天才だったらしい。
彼が遺した“魔導書”のような物があり、俺はそれを参考にさせてもらっていた。
その“魔導書”には現役のどんな大魔導士でも理解出来ないようなイカレた魔法から、俺のような魔術師とも呼べないレベルのカスにでも使える基礎的な魔術の組み方、応用の仕方まで事細かに記されている。
さらに普通では知り得ないような、悪魔や天使の知識に匹敵するような『世界』の理までもが解き明かされ解説されていた。
おまけに俺にしか読めないような細工までされて。
まるで次代――三代目がどうしようもないレベルで使い物にならないクズだとわかっていたかのような周到さで以て作られた書だった。
俺は彼――二代目に対してどのような感情を抱いていいか未だにわからないが、その“魔導書”が俺を生き残らせた一因であったことは疑いようもない。
その二代目の“魔導書”にこの『死者蘇生』に関する記述があった。
だが、それは完成された技術ではなく、最終的に“失敗”と認定した研究レポートのようなものだった。
とはいえ、そのレポートにはほぼ完成といえる所までの術式も書かれており、理論的には成功するはずだが、いくつかの解決できない問題があって成功現象を起こせなかったなどと、負け惜しみのようなよくわからない結論で締められていた。
その解決出来ない問題点とは、主に『霊子の観測と干渉』、そして『魂の設計図の観測と記憶』であった。
この記録を見つけた時の俺は既に自分のことを、他人に出来ることが出来ないか劣っているどうしようもない役立たずのクズであると――そのように見限っていたが、この『死者蘇生の研究』についてはピンとくるものがあった。
『霊子の観測と干渉』
『魂の設計図の観測と記憶』
この二つだけは、他人に出来なくて俺だけが出来る数少ない事柄だったからだ。
俺は一時期憑りつかれたようにこの『死者蘇生』の実現に打ち込んだ。
二代目が創った術式を丸写しし、現役の大魔導士を脅迫してそれを“刻印魔術”に落としこむ作業をやらせ、それを戦争奴隷となった元捕虜や死刑囚に使って人体実験をした。
最終的な目標はもう既に亡くなり肉体を消失した人物を、俺の記憶の中にあるその人の『魂の設計図』を素に蘇生させることを目指して。
結局それも成功はしなかった。
そして月日が無為に経過し、そろそろ協力者を始末するかと考えたところでその大魔導士が失踪して実験の継続が困難となった。
教会にチクられでもすれば直ちに異端認定を受けて全国指名手配されるので、俺もヤサを引き払うことを余儀なくされたからだ。
夜逃げの準備をしていると、俺の元に別件で教会の使者が聴き取りにきた。
禁忌について嗅ぎつけられたかと勘繰った俺は念のためその使者を殺した。
そうしたらそれがバレて、教会のその地方の支部と抗争になってしまった。
そしてその戦いの中で、俺はうっかり普通に殺されてしまった。
すると、実験の過程で俺の身体にも打ち込んでいた刻印が何故か発動し、何故か俺は生き返ってしまったのだ。
ようやく成功したのかとぬか喜びをしたが、どうもこれは俺にしか効果がないようだ。
念のため別の人間に自分で刻印を打たせて自殺を強要したり、俺が殺してみたりしたのだが成功はしなかった。
そいつらには“魂の設計図”も見えなければ霊子も操作出来ないので当然だが。
というわけで、何がなんだかわからないが、とりあえず自分が蘇生することは出来るようになった。何で出来ているのかは今でもわかっていない。
特にブラックボックスな部分は記憶についてだ。
例えば自分の“魂の設計図”を今術式に保存したとしても、一週間後に死んで蘇生したら、戻ってくるのは一週間前の俺だ。
記憶に関しては常に更新をし続けなければならない。
そのあたりをクリアする為に、二代目の魔導書の中から全く関係ない別のそれっぽい魔法を見つけて、協力者にこれを応用しろと無茶ぶりし、死者蘇生の魔法と一緒に同じ刻印の中に無理矢理ぶちこませたら、なんか成功してしまった。
俺自身どのようにして日常の中でその更新作業が行われているのかさっぱりわからないし、何かを行っている手応えも全くないが、動いている以上は成功なのだろう。
それに、記憶の情報だけでなく肉体の新陳代謝などで細胞も入れ替わったり、成長や衰えなどしているはずなのだが、そのへんがどうなっているのかも全くわからない。
だから、死んで戻った俺が、本当に死ぬ前の俺と同じ俺なのかは確証も保証もない。
そしてどうして成功しているのかわからない以上、いつ失敗してそのまま死んでもおかしくはない。
そのあたりのことを考えていた時期もあったが、その後何百回――もしかしたら四桁いっているかもしれない――と、あまりにも死に過ぎたせいで慣れてしまい、どうせまた死ぬしどうでもいいかと割り切った。
何を考えようが毎回死んでも構わないつもりで戦って死ぬのだから、もう一回死ねてラッキー程度のことと思っている。
どうせ死ぬまで続けるだけだし、死ななければ終わらないのだから、他の人間と何も変わらないという結論になった。
ただ、他の人間から見たら特殊で強力な能力のように見えるだろう。
しかし俺自身は全くそう思っていない。
一見不死身のようにも思えるだろうが、これは疑似的なもの。
不老でも不死でもない。
人より多く死ねるだけだ。
死んで生き返っても、戻ってくるのは所詮俺なのだ。
生き返ったことで強くなりはしない。死ぬ前の俺に戻るだけなのだから。
一回殺されたのだから生き返ってももう一回殺される可能性の方が高い。
だから俺はこれを『生き返り』ではなく『死に戻り』と呼んでいる。
そして、そんな自虐と言葉遊びだけでなく、明確な欠点と欠陥がある。
仕組みとしては、まず死ぬ。
それをトリガーに刻印が起動し、予め保存していた“魂の設計図”が上書きされる。
生き返る。
そしてまた“魂の設計図”のバックアップ作業が開始される。
こういった流れだ。
だから例えば、人間が一瞬で焼け死ぬような業火の中に放り込まれれば俺は焼け死に、そして復活し、また焼け死ぬことになる。
“魂の設計図”のバックアップが終わる前にもう一回死ねばもう生き返らない。
他にも、手足を拘束されて海にでも捨てられれば二回溺れ死んでそのままお陀仏だろうし、監禁され続ければ餓死を何回か繰り返してそのうちバックアップが追い付かなくなって死ぬだろう。
あとは死んだ時に聖剣が手元になければ恐らくそれでも死ぬだろう。
その程度のチカラだ。
さらにこのタネがバレてしまえば、一回殺された後に死体を監視され、生き返った瞬間にもう一度殺されれば、それで俺は死ぬ。
だからつまらない手品なのだ。
他者を生き返らせることは出来ず。
誰も救えない。
自分しか生き返らない。
自分だけが生き残る。
卑賎で卑小で卑劣で下劣な悍ましき外道の使う最低の外法。
それがこのチカラの正体だ。
だが、そんなモノにも使い途はある。
ただの初見殺しではあるが、しかし初見は殺せる。
つまらない手品ではあるが、俺が今日まで生き残っているのは間違いなくこの『死に戻り』のおかげだ。
これがなければもう何年も前にとっくにくたばって、この日本に帰ってくることもなかったであろう。
強敵に対する時の俺の基本的な戦い方は、相手の不意を討って即座に殺しにかかることだ。
出来れば相手が戦闘状態に入る前に殺せるのが理想だ。
【falso héroe】を使って俺を認知していない相手の背後に立ち聖剣で“魂の設計図”ごと刺す。
もしもそれを躱されたらそのまま殺されればいい。
そして俺の死体を確認し、返り討ちにしたと油断して戦闘状態を解除したところを『死に戻り』して、聖剣で殺す。
自分より強い相手に勝つパターンは基本これしかない。
ストロングポイントとハッキリ言い切ることは憚られるが、一応俺の強みとなるのは三つだ。
まず聖剣。
次に【falso héroe】。
そして『死に戻り』だ。
この三つを使った騙し討ち、暗殺、自爆特攻。
それしか出来ない。
そして聖剣が刺さるかどうかが全てだ。
それが通じなければそれ以上の攻撃手段がないので、逃げるか死ぬかしかなくなる。
“魂の設計図”に直接攻撃が出来て、俺のようなクズでは到底及ばない存在との格差も多少埋めてくれる――俺ではその性能の30%も発揮出来ていないだろうが、それでも聖剣は強力な武器だ。
しかし、その聖剣でも埋め切れない差はある。
強力な悪魔や天使といった連中や、水無瀬のような特別な“加護”を持った“神意執行者”には通じない。
隔絶した“存在の強度”の差がある。
だが、それには一部例外を起こすことが出来る。
“存在の強度”には緩む時がある。
強い者が強い意思を以て剣を握る時、その魂は輝きを増して強度が上がる。
ならば当然その逆もある。
存在として格上なモノ、“存在の強度”がより高いモノには、格下からの攻撃は徹りづらい。
だが、戦闘状態に入っていない時はそれが僅かに緩む時がある。
たとえばこちらに気が付いていない時に背後から刺した時とか、たとえば味方だと思っていた者に突然刺された時とか、たとえば殺したと思って戦闘状態を解除した時とか――
その瞬間を狙えば聖剣による“魂の設計図”の《切断》が徹りやすくなる。
それは人間が相手の時だけでなく、この悪魔たちを相手にした時にも――
女のような悲鳴をあげて背を向けた個体に聖剣を突き刺して殺す。
その脇にいた奴が半狂乱で振ってきたハサミのようなモノを、『世界』から自分を引き剥がして躱し、背後から刺し殺す。
やけっぱちになったような奇声をあげた悪魔が、ダンプカーのような大きさの別の悪魔に乗って突進してくる。
俺はそれに撥ね飛ばされ派手に内臓をぶち撒けながら死んだ。
地面に落ちゴロゴロと転がりながら刻印が起動し、また『死に戻る』。
立ち上がった俺を見てヤツらは後退った。
俺は勝算などないまままたヤツらに襲いかかる。
右手の聖剣で敵を殺している内に、首の裏の刻印に熱が灯る。
確証はないが恐らくこれがバックアップ完了の合図だ。
少ししたら力任せの一撃を受けて背骨が砕け、即死はしなかったが戦闘不能になる。
だがこれも死ねば治る。
左手で黒いナイフを抜いて自分の首を掻き切る。
エルフィーネから貰ったこれは自殺用のナイフだ。
右手のナイフで敵を殺し、左手のナイフで自分を殺す。
そうしてまた敵も自分も殺す為に『死に戻る』。
何度殺してもまた死にに戻ってくる俺に悪魔たちは畏れを抱いている。
俺たち人間のような『実在存在』は魂が脆弱なため、その存在のカタチの固定化を肉体に依存している。肉体が壊れれば死に、次に魂もそのカタチを維持出来なくなり壊れる。そして事実死ぬ。
一方で、悪魔や天使といった『非実在存在』は、その魂のカタチの維持に肉体を必要としない。魂の強度が高いから、それだけで自分を維持できるのだ。
今はこの次元に現界するために受肉をしているが、普段はそうではない。
少々語弊があるが、俺たち人間でいう精神だけで存在しているようなものだ。
何が言いたいかというと、精神だけで己を形作っている分、その精神が弱ればその不調はダイレクトに存在の存亡に関わってくる。
ヤツらはメンタルが崩れれば途端に魂が揺らぎ、“存在の強度”が落ちる。
もちろんそれは簡単なことではない。
ヤツらは俺たち人間からすれば、常軌を逸した精神構造をしているモノが多く、強力な個体ほどそれが顕著だ。
生半可なことでは崩すのが難しく、今回は噛み合わせと運がよかったから偶々こうなっているだけのことだ。
ヤツらの禁忌に触れたことで、ヤツらの存在理念を揺るがしたことで、現在ヤツらは一時的なパニックを起こし、非常に殺しやすくなっている。
格上は絶対という価値観を持つモノが格下を恐れるという矛盾は、その存在にも矛盾を起こし、その魂が揺らぐのだ。
水無瀬に負けたクルードやボラフが、格下であるアスや俺に殺されたのはそれが理由だ。
そして水無瀬もまた、魂を揺るがされたことでその存在の強度が落ち、“生まれ孵る卵”によって存在を裏返されたのだろう。
どんなに強い存在であろうとビビれば負けることがあるし、運が悪ければ死ぬのだ。
この戦いが始まってから俺も何度も死んだが、ヤツらも何体も殺してやった。
だが――
やはり、それでも俺が勝つことはないだろう。
今はヤツらは恐れ慄き慌てふためいているが、それも徐々に落ち着いていく。
このまま何度も『死に戻り』を見せていれば、そのうちタネが割れて殺される。
本来は暗殺用の技術で、こんな開けた場所での野戦に使うものではない。
いつまでもアスの目を誤魔化すことは出来ないだろう。
また死んで、戻り、立ち上がった俺は全く減らない敵の軍勢を視る。
何も変わっていない戦況を、戦場の光景を眺める。
これを見る俺の感情も変わらない。
「……あぁ…………」
思わず感嘆の息が漏れる。
初めて女にチンポを咥えられた時のような情けない声だ。
ここだ。
この戦場だ。
俺はきっとずっとここに向かっていた。
ようやくここに辿り着いた。
今まで生きてきて感じたことのない、大きな達成感のようなものがあった。
ここでなら死ねる。
ここでなら死ぬことが赦される。
これは不死身故の死ねない苦しみなどではない。
死のうと思えばいつでも死ねる。
だが、俺には自殺は赦されていない。
俺が俺自身に許していない。
戦いの末に死ぬ必要があった。
目的を奪われ、戦いがなくなり、突然放り込まれた平穏の中で、俺はずっと苛立っていた。
今日ここに辿り着き、この地獄のような戦場に行き着き、この光景を見てようやく気が付いた。
いや、気付いてはいたのだろう。
それをようやく今、認めることが出来た。
俺はずっと死に場所を探していた。
人間を遥かに超越した悪魔という敵、その大軍、アスという大悪魔、そして魔王。
限りない絶望、逃れようのない理不尽、そして圧倒的な自分の無力。
この地獄の中で無様に藻掻き抗い、這い蹲りのたうちながら甚振られた挙句惨めに殺され、誰の目にも届かない暗がりに骸を棄てられる。
それが俺のような野良犬のクズに相応しい死に様だ。
魔物のニオイは日常からあった。
橋の上、モールの入口、商店街の潰れた店、駅前の路地裏、他にもいくつもある。
これらは特別な異変などではなく、どこにでもある自然の摂理だ。
生き物がいれば必ず死に、その内の一定数はこの世に未練を残し、魂の残滓を残す。
俺にはその残滓が視えるので、完全に魔物化する前に察知することが出来る。
なのに、それは俺には関係ないと嘯き、事前にそれらを消す慈善も行わず、それでいながら毎日のようにそれらに近づく。
日本に帰ってからの1年と少し、俺はずっとそんな不合理で整合性のとれない行動を繰り返していた。俺が最も嫌う非効率で意味のない行動だ。
面倒は御免だと口では言いながら、生命の奪い合いに巻き込まれることを内心で望み、人の世を彷徨う亡者。
危険を選り好みし、これでは足りない、相応しくないと贅を尽くす異常者。
それが弥堂 優輝という存在だ。
俺は日本に生まれ中学に入るまでは日本で育ち、ある日突然全く知らない場所へ連れていかれ、言葉も通じない場所で、俺のような馬の骨に優しくする何を喋っているのかわからない連中のことを信じ飼われ、そして戦争に身を投じることになった。
セラスフィリアは俺に『戦いを終わらせる』という目的を与えた。
俺自身にそれを為す理由も意義も義理もなかったが、他に何をしていいかわからなかったので、それに従った。
どうせすぐに死ぬだろうからどうでもいいと、流れに身を任せた。
そしてうっかり敵の親玉をぶっ殺してしまった。
だが戦いはそれでも終わらなかった。
俺はセラスフィリアに与えられた『戦いを終わらせる』という目的を果たすためにセラスフィリアを殺しに行った。
そうしたらもう用無しだと目的を奪われ国を世界を追い出され、日本に還された。
そして平和な日本で戦争の亡者となった。
次の目的を自分で見いだせないまま、形だけ高校生となって人間の皮を被り、自分が殺される場所に焦がれていた。
それが俺という救いようのないクズの人生だ。
だが――
それも今日で終わりだ。
これなら顔向けが出来る。
ここでなら申し訳が立つ。
やっと今日、俺を終わらせることが出来る。
こんな俺のようなクズが生き残る為に数多くの人々を殺した。
こんな俺のようなクズを生かす為に代わりに死んだ人がいた。
彼ら彼女らのように俺も無価値なゴミのように惨めに殺されるのだ。
薄汚い掃き溜めに汚ねえ内臓をぶち撒けて、無様に死体を晒すのだ。
水無瀬のことなどどうでもいい。
希咲たちのことも知ったことではない。
チンピラどもの利権争いなどこれっぽっちも興味はない。
当然街の住人どもの生命などに一片の花びらほどの価値も感じていない。
『世界』に未練などただの一つもない。
だが、目的などなくても理不尽に襲いかかる逃れようのない災害のような死がここにはある。
ここだ。
ここしかない!
ここでなら赦される。
彼女らもきっとわかってくれる。
この戦場でなら死んでも仕方ないと納得してくれる。
許してはくれなくともせめて諦めてくれるだろう。
この地獄に出逢う為に俺はきっと生きてきたのだ。
もう何年もなかった、腹の奥から感情が爆発するような強い衝動が身の裡で暴れている。
最期の光景に抱くこの激情の正体は一体なんだろうか。
きっと歓喜だ。
見よ! 死の歓喜が戦場にはある!
醜い悪魔たちがこの死を祝福してくれている。
『――誰もンなこた頼んでねェんだよ、このバカが』
また幻聴が始まった。
だが、クスリで頭がイカレようが死ねば治る。
だからなにも問題はない。
そんなものでは止まらない。
もう死ねなくなるまで死ぬ。
これから俺は死ぬ。
死ぬまで死ぬ。
俺は死ぬ。
死ぬ。
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