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1章 魔法少女とは出逢わない

1章67 それぞれで歩くグリーンマイル ④

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 希咲は床に広がる大量の魔石を信じられないといった目で見まわす。


「ウソでしょ……、たった一晩でどうやってこんなに――」

「オイ、ここに姫さんが来てな――」

「「――おどりゃぁーーっ!」」

「――どおおおぉぉっ⁉」


 希咲が茫然と呟く最中、部屋の入り口からヌッと大きな影が現れる。

 望莱とマリア=リィーゼはノータイムで声を揃えてその人物にヤクザキックをぶちこんだ。希咲はサッと素早く腕で身体を隠す。


 驚きの声をあげて部屋の外へ蹴り転がされたのは蛭子 蛮ひるこ ばんだ。


「な、なにしやがんだ⁉」


 突然の暴力行為に正当な抗議をするが、お嬢さまと王女さまからゴミを見るような目で見下ろされて彼は怯んだ。


「蛮くんサイテーです。着替え中の女子の部屋にいきなり入ってくるなんて」
「法廷に引き摺り出されたいんですの? 死刑確定ですわよ?」

「き、着替え……?」


 目の前の二人の着衣はしっかりとしたものだったので、蛭子くんは思わず部屋の中へ目線を遣ってしまう。

 するとぶかTを着た七海ちゃんがスーンっとお澄ましをしていた。

 この間に彼女はお着替え済みだった。


 別に誰も着替えてなどいないし、そもそもそれならドアを開けておくなよと、色々と不満はあったが、細かく言及しても絶対にロクなことがないので蛭子くんは我慢して飲み込んだ。


「それよりどうしました? 蛮くん」

「あぁ……」


 望莱の問いに相槌を打ちながら立ち上がる。


「姫さんが魔力ポット持ってったろ? あれ飲まねェんなら指輪に仕舞うから返して貰おうって思ってよ」

「ですって? リィゼちゃん」


 二人に視線を向けられると、マリア=リィーゼ様はフンっと鼻を鳴らして得意げに上体を反り、そしてドヤ顔を放った。


「ありませんわ」
「ア?」

「もう無いと、言っております」
「ハァッ⁉」

「なるほど。そういうことですか……」


 キッパリと言い切るマリア=リィーゼに蛭子は素っ頓狂な声を上げるが、望莱は得心がいったとばかりに頷いた。


「リィゼちゃん、徹夜でMPポットがぶ飲みして、魔石に魔力をチャージし続けていたんですね?」

「えっ……?」

「フッ……」


 望莱の言葉に、希咲がパっとマリア=リィーゼの方を向くと、王女さまはニヒルな笑みを浮かべた。


「リィゼ……、どうして……」

「愚問ですわね。普段よく尽くしてくれる配下に満足に暇も出してやることも出来ないなど、王族の名折れ。驚くほどのことではありませんわ」

「でもリィゼ、赤ポーション嫌いだって……」

「それがなにか? このわたくしを誰だと思っていますの?」

「いや、メチャクチャ顔色悪くなってますけど」

「お黙りなさい! そんなことよりも、ナナミッ!」

「は、はい……っ!」


 茶々を入れてくるみらいさんを一喝して黙らせた王女さまに名前を呼ばれ、思わず希咲の背筋がピシッと伸びる。


「お行きなさい」

「え?」


 目を丸くして見たマリア=リィーゼの顏はとても真剣なものだった。


「我々高貴なる血を持つ者にはやるべきことがあります。しかし、それは自らでは選べず、血と家、それらに連なり、それらが受け継いできた全ての責任を全うすること。しかしナナミ、アナタは違います。アナタは所詮平民。民は自由です。やるべきことはそれぞれが自由に選ぶことが出来ます。ですからナナミ――」

「…………」

「――お行きなさい。やるべきことを見つけたのならば、真っ直ぐに」

「リィゼ……」

「それとも。これっぽっちの魔石では不足だと申しますの?」

「ううん、十分よ……っ!」


 口元に手を当て茶目っけたっぷりにウィンクをするマリア=リィーゼに、希咲も力強く笑顔を返した。


 バッと身を翻し、床に広がる大量の魔石に向きなおる。

 右手を翳すと小指の指輪が輝き、全ての魔石を収納した。


「ありがとう、リィゼっ」

「よきに」


 再度彼女へ礼を言うと、金髪の王女様は楚々と微笑む。

 希咲は今度は蛭子の方へ手を伸ばす。


「蛮。指輪ちょうだい」
「アン?」

「アイテム。置いていける物全部、そっちの共用の方に移しちゃうから」
「ん? あぁ」


 蛭子は希咲から預かっていた指輪を投げ返した。

 希咲は危なげなくそれをキャッチすると左手で摘まみ、右手の小指の指輪と並べて中身の整理をする。

 パッパッパッと小さく細かく指輪同士の間で光が何度も点滅する。


 希咲が作業に入ってしまったので、蛭子はマリア=リィーゼの方へ顔を向けた。

 見直したような目で彼女を見た。


「ヨォ、姫さん。オマエもたまにはイイとこあんじゃねェの」

「無礼者ォーーッ!」


 褒めたはずなのだが、王女さまには即座にブチギレられた。


「ウルセェな。なんでキレんだよ。つか、オマエ顔色ヤベエぞ? ムチャしすぎだろ」

「誰の顏がヤバイですって……? これは驚きましたわ。わたくしこのような侮辱を受けたのは生まれて初めてです。痴れ者め! 誰に口をきいているつもりですの⁉ わたくしの名を言ってごらんなさい!」

「『顔色』だっつってんだろ」

「わたくしはマリア=リィーゼ・フランシーネ・ル・ヴェルゥオロロロロロオ……ッ!」

「――ちょ、ちょっと⁉」
「――うおおお⁉ こ、こいつ吐きやがった!」


 力いっぱいの声量で名を名乗ろうとした王女さまは、力が入り過ぎてしまい、一晩かけて胃に注入し続けたモノをリバースした。

 希咲と蛭子がギョッと目を剥いて驚く。


「まぁ大変です。大丈夫ですか? リィゼちゃん。今わたしが介抱ヲボロロロロロロロォ……ッ!」

「ぎゃああぁぁっ⁉」
「もらいゲロしてんじゃねェよ!」


 健気にもマリア=リィーゼ様を介抱しようと近づいたみらいさんも、ツンっとしたニオイにやられてしまった。

 そこへ廊下から新たな人影がやってくる。


「煩いぞお前ら。一体何を騒いでいるんだ」

「真刀錵……?」


 部屋へやってきたのは天津 真刀錵あまつ まどかだ。

 真刀錵さんは部屋の中の様子を目にして、ピクっと眉を動かす。


「む、なんだ。こんなに床を汚しおって。どれ、私が面倒をみてやろう」

「ちょ、ちょっと待っ――」


 ここまでの流れから非常にイヤな予感がしたので、希咲は慌てて天津を止めようとするが――


「――まったく手間のかかるゥオロロロロロロォ……ッ!」

「や、やっぱりー!」
「オ、オレも、もらいそう……っ」


 一歩間に合わず、腰を折って望莱へ手を伸ばした真刀錵さんも毒沼を生成してしまう。

 パターン通りの展開に七海ちゃんは両手で頭を抱え、蛭子くんは釣られて顔色を悪くした。


「――七海」


 阿鼻叫喚の地獄となりかけた部屋へまた新たな人物が現れる。

 消去法でもう彼しかいないが、現れたのは紅月 聖人あかつき まさとだ。


「聖人……」


 しっちゃかめっちゃかの状況から一転して、希咲の顔に緊張が表れる。


 聖人はそんな彼女の顔を見て、苦笑いを浮かべた。


「そんな顔しないで」
「……あたしは――」

「安心して。止めに来たわけじゃないよ」
「……言っとくけど――」

「――うん。もちろん連れていけとも言わない。僕はここに残るよ」
「へ……?」


 拍子抜けしたように口を開ける希咲に、聖人はさらに苦笑いを重ねた。

 そして表情を真剣なものに改める。


「でも、一つだけ約束して欲しいことがある……」

「……なに?」


 希咲も同様に真剣な瞳で彼を見つめ返した。


「もしも、向こうで、敵がいて……。もしも、それが一人じゃ敵わないかもしれないって……、そう思うような相手だったら……」

「…………」

「その時は迷わずに撤退して欲しい」

「……そんなにヤバイ予感がしてるわけ?」

「わからない」


 慎重に窺う希咲に、聖人は頭を振った。


「でも、今朝になって嫌な予感が増したんだ……」

「…………」


 彼の言葉に希咲の抱える不安はさらに膨らむ。

 そのことを察して聖人は申し訳なさそうにまた苦笑いをした。


「父さんに頼んで船と人を用意してもらった」

「え?」

「美景の港。古い方のね。そっちにもう準備してもらってる」

「…………」

「もしも、ヤバイと感じたらその船でこの島に引き返して。それで僕らと合流してから一緒に対応しよう。それを約束して欲しいんだ」

「……出来ないなら行かせないってわけね?」


 警戒を浮かべる希咲へ聖人はばつの悪そうな顔をして、また表情を真剣なものに戻す。


「勘違いしないで。意地悪で言ってるわけじゃないんだ。ただ、僕の居ないところで、七海に一人で生命なんて賭けて欲しくない。僕が守れない場所でそんな危ないことして欲しくないんだ」

「聖人……」


 彼の真剣な言葉に、希咲は一度目を伏せて、きちんと受け止める。

 そして、また彼へ目線を戻した。


「わかった。約束する。でも、お願いがあるの……」

「なに?」

「もし、逃げなきゃいけないような状況だったら、その時はちゃんと逃げる。約束する。でも……」

「…………」

「……その時に、もしも、どうしてもそうしなきゃダメな状況だったら――」

「――うん。いいよ」

「え?」


 全てを言い切る前に承諾した聖人の言葉に、希咲は目を丸くする。

 聖人は全てわかっているとばかりに、意思の強い目で希咲へ微笑んだ。


「向こうに置いていけないような状況だったら、その時は水無瀬さんや弥堂を、最悪ここに連れてきたいってことだろ?」

「あ、うん……」

「まぁ、その時はしょうがないよ。本当はダメなんだろうけど、七海が死んじゃったり、二人が死んじゃったり――そうじゃなくっても大怪我しちゃったりとかさ。そんなことになるよりは全然いいよ」

「……ごめん」


 申し訳なさそうに頭を下げる希咲に、今度はいつもの曖昧な苦笑いを浮かべた。


「謝らないで。僕が行ったとしてもそうするだろうから。それに、京都は……まぁ、うるさいだろうけど、郭宮や父さんたちならちゃんと説明して謝れば、ほら、きっと大目に見てくれるよ」

「でも……」

「大丈夫。もしも問題が起きても、その時は必ず僕がなんとかする。だから、そういうのは僕に任せて、七海はやりたいことをやってきて。もちろん、自分を大切に」

「聖人……、ありがとう……」


 端正な面差しで頼りがいのある笑顔を向ける聖人に、希咲は僅かに涙を浮かべて感謝をした。


「――ところで兄さん」


 そんな場面に横合いから口が挟まれる。


 先程ゲロったみらいさんだ。


「なに? みらい」


 聖人は床にペタンと座る妹の方は見ないまま柔らかく返事をする。


「パパたちは大目に見るだろうと、そう豪語する、そんな兄さんは何故わたしたちの方を見ようともしないんです?」

「い、いや……、見たら僕ももらっちゃいそうで……」


 爽やかイケメンスマイルでキメていた聖人は途端に顔色を悪くした。

 やはり、床の方は見ようとしない。


「女に優しいことが兄さんのアイデンティティでしょう? ゲロったわたしたちのことも受け止めて守ってなんとかして下さい。ゲロごと」

「そ、それは……」


 聖人は先ほどの頼りがいはどこへやら、情けない表情で視線をキョロキョロとさせて助けを求める。


 しかし、同じくもらいゲロをしたくない蛭子は目を背けており、つい数秒前までジィーンっと感動するヒロインのような仕草をしていた希咲は、また指輪同士のアイテムの入れ替え作業に戻っていた。

 既にこちらを見てもいない希咲の様子に聖人は絶望的な表情を浮かべる。


 だが、その間に調子を取り戻してきたようで、ゲロった三人組がノロノロと緩慢な動作で立ち上がってきた。

 足元の汚物などなかったかのように、それぞれ好き勝手に喋り始める。


「ミライ」
「はい」

「わたくし実は昨夜からお花畑を更地にする勢いでお花を摘んでおりまして。いい加減尿道がクソイテェんですわ。治してくださいまし」
「いいですよ。ちょわーーっ!」


 患者さんの切実な訴えに適当なかけ声で答えたみらいさんが手を翳すと、マリア=リィーゼ様の股間がぺかーっと光る。


「治りましたわー!」


 歓喜に包まれた王女さまは完治の感動をクルリンっとターンすることで表現した。


「ついでに、この気分が気持ち悪ィのも治して下さいますこと?」
「それはダメです」

「なんでですの!」
「ダメです」


 みらいさんが頑なに診療拒否している頃、希咲の作業が終わった。


「蛮」


 名前を呼んで彼がこちらを向いたのを確認してから指輪を投げ渡す。

 そして遠慮がちに彼の顔を窺いながら姿勢を正した。


「あの、蛮。たぶん迷惑かけちゃうと思うけど……」

「あーいい、いい。そういうのいらねェから」


 しかし、蛭子はぞんざいな態度で彼女の言葉を遮った。

 希咲はキョトンとした目を彼に向ける。


「今口開くとゲロりそうだからよ、あんま喋らせんな」

「蛮……」

「ヘッ、とっとと行っちまえよ」

「ありがと……っ!」


 希咲は次に天津に顔を向ける。

 彼女は黙ってコクリと頷いた。

 よく見ると、いつもの仏頂面ではあるが口の端が僅かに上がっている。

 希咲はパチリとウィンクで返した。


 改めて全員に声をかける。


「じゃあ、みんな……、ゴメンね」

「気をつけてね、七海」
「後のことは、このみらいちゃんにお任せください」


 紅月兄妹が応え、他のメンバーとはアイコンタクトだけ交わした。


 希咲は最後に笑顔を返し、バッと勢いよく身を翻すと、部屋着に裸足のままで窓の方へ駆けた。


 窓枠に乗せた右足で勢いよく踏切り、2階の窓から外へ跳ぶ。

 窓の近くにあった木の幹を左足で蹴って跳び上がりながら宙返りをした。


 トンボを切る瞬間、希咲の足首のアンクレットが輝き、一瞬の後に彼女の脚をロングブーツが包んだ。

 ヒールのあるそのブーツで屋敷の屋根を踏んだ。

 すぐにその屋根の上を走り出す。

 たっぷりと助走をつけて、この辺りで一番背の高い木へ向かって跳んだ。


 木の幹に足をつけると同時に、ものすごい速さで細長い脚を回転させ木の幹を駆け上がっていく。


 視界前方に待ち受ける木の枝を、木の幹を周回するように走って次々に躱していく。

 そして枝と枝の間、葉の集中した箇所に勢いを落とさずに飛び込んだ。


 その瞬間――


「――煌めけ、『七色の宝石アルカンシェル』……ッ!」


 言葉に応え彼女の右手薬指の指輪が輝く。

 希咲の飛び込んだ無数の葉で包まれたロッカールームの中が強く色鮮やかに煌めいた。


 木の天辺を超えて上空に飛び出した希咲の服装が変わっている。


 丈が短く袖のないベストのようなショートジャケット。

 胸元は水着のようなチューブトップに包まれ、薄手の生地の上には黄色と蒼の宝石のついたネックレスが。

 胸から下はお腹が全て露出していて、おへそにピンクの小さな宝石のついたピアスが輝く。

 布面積の小さなショートパンツを穿き、腰回りにはベルトループを無視してショートパンツの上から太いベルトを提げている。

 左の太ももには紫の宝石が飾られたガーターリング。

 左の手首には緑色の宝石の付いた腕輪。

 右手には、既に見た小指と薬指の指輪に加えて、人差し指に黒い宝石の指輪が増えている。

 そしてその手にはマリア=リィーゼに魔力をチャージしてもらった魔石が一つ握られていた。


 ジャンプの最高到達点まで上がると重力に従って落下を開始する。真っ直ぐに伸ばした身体を縦にグルンっと回転させた。

 さっきまで下ろしていた長い髪は一つにまとまりサイドで括ってある。

 長いネコのシッポと両耳の赤い宝石のイヤリングが空で大きく踊った。




 落下の最中、希咲は魔石を握りこんで念じる。


「――“魔力装填リローテッド”……ッ」


 手の中の魔石が輝き、その命に従ってこめられた魔力が別の物へと譲渡された。

 ロングブーツの白い宝石が輝きを放つ。


「――【跳兎不墜クラッシュレス・リープ】ッ!」


 左右のブーツから一本ずつ白い兎の耳のような、翼のようなものものが生えた。


 希咲はそのブーツ――【クラッシュレス・リープ】で宙を踏む。


 トンッ――トンッ――と、軽やかに、まるで宙空に足場でもあるかのように空を駆ける。

 何度も何度も連続で跳ねる。

 堕つることなき無限の跳躍。


 羽先の垂れた翼が、希咲が宙を跳ぶたびに兎の耳のように跳ねる。


「美景まで百数十キロ……、全開でぶっ飛ばすわよ!」


 一際高く跳び上がると、その手にはまた魔石が一つ。


「――“魔力装填リローテッド”……ッ」


 再び、魔石にこめられた魔力を別の物へ充填する。

 指先で首のチョーカーを撫でると、その紐が長く伸びてマフラーのように太くなり黒い羽となった。


 その羽をたなびかせて、パラグライダーのように滑空した。


「待ってて愛苗……! 今行くからね……っ!」


 真っ直ぐ見つめる先は日本列島、東京湾の方向。


 太平洋上約百数十キロメートル。

 その距離の独力走破に、希咲 七海きさき ななみは挑む。
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