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1章 魔法少女とは出逢わない
1章53 Water finds its worst level ⑥
しおりを挟む弾幕のような希咲のミニガン説教の前に、早乙女が1分間に2000発以上の激ヅメをぶちこまれたが為に目を回してグッタリとしてしまったので、弥堂が予想したよりも大分早くに終了した。
「……もういいか?」
『……ダメよ』
「駄目だ」
『……わかったわよっ』
「重要な話だ」
『じゃあさっさと言えばいいじゃんっ』
なんて理不尽な女なんだと感じながら、弥堂は切り出す。
「俺がお前に電話したのは、この動画の件だ」
言いながら周囲に眼を遣る。
水無瀬は自席に戻って野崎さんたちと一緒に話をしている。
それを視て少し考えてから弥堂は席を立つ。
『……弥堂?』
「あぁ。場所を離す。少し待て」
『ん』
希咲に断りを入れて歩きだそうとすると腕に引っ掛かりを感じる。
目線だけで振り向くと、フラフラになった早乙女が腕に摑まっていた。
「…………」
弥堂は無言で早乙女の襟首をムンズっと掴むと、そのまま彼女の小柄な身体を片腕で持ち上げ自席の机の上に打ち捨てた。
そして今は主の居ない窓際の最前列の野崎さんの席の方へ向かう。
「早乙女のって意外とエロいよな」
「おぉ。でも狙ってるのが少し鼻につくよな」
「でも悪くはないよな」
「なにがなんでも絶対ェに見てェってこっちも頑張りはしねェけどよ、見れるんなら見とくかってくらいだよな」
「だな。とはいえそれなりの満足感はあるよな」
「お手軽だよな」
「そうな。罪悪感もわかねェしな」
「お安いっつーか丁度いいよな」
「ファーストフードみたいなもんか」
机の上で横向きに寝ながら身体を丸めているため、現在早乙女のスカートの中身はある特定の方向には完全に開放されている。その開放されたものを見た一部の男子たちが口々に好きなことを言っているのが背後から聴こえてきた。
「もういいぞ」
『……あんたってホントさ……』
目的の場所に着いたことを希咲に報せると、画面内の彼女の顏は見事なジト目になっていた。
「なんだよ」
『女の子を雑に扱うなって言ってんじゃん。しかもすぐに何故かえっちな感じになっちゃうし』
どうやら今の男子たちの話し声が聴こえていたようだ。
「別にいいだろ。早乙女だし」
『や。でもカワイソウでしょ』
「……まさか戻ってあいつのおぱんつを隠して来いとでも言うのか?」
『……ま、いっか。ののかだし』
色々と口煩くて細かい希咲も早乙女の扱いは割と雑だった。
『それで? どゆこと?』
希咲が少し声量を落として問う。
現在弥堂の立つ場所は野崎さんと舞鶴の席がある場所で、この席に本来座っているはずの彼女たちは今は水無瀬の席へ行っている為に周囲はほぼ無人だ。
野崎さんの隣の席の元空手部の仁村くんも、今は鮫島くんや須藤くんの席へ行って早乙女のスカートの中を鑑賞しながら忌憚のない意見をぶつけ合っている。
なので、周囲に聞かれる心配は然程ないのだが、とはいえそんなに広くスペースを空けているわけでもない。言い合いをしている時のような声量で話せば内容は筒抜けとなるだろう。
「あぁ」
『本題に移れ』という希咲の意思表示を受け取り、弥堂も彼女に倣って声の大きさを調節して口を開く。
早乙女のスカートの中身はなかったことにして二人は本題に入った。
「早乙女はさっきまであの動画のことを完璧に忘れていた」
『え?』
「あいつらにとっては、あの出来事は完全に無かったことになっていた」
『忘れるって……、でもそんな強引な忘れ方になるの?』
「強引だと感じるのは俺たちが忘れていないからだ。本人たちは記憶違いをしている。忘れていて思い出せないのではなく、そんな出来事はないと認知している。だから強引だと違和感を感じることはない」
『そんな……』
事前にメッセージで弥堂から伝えられていて現状を多少把握はしていたものの、それを実際に目の当たりにしたことで希咲は顔色を悪くする。
その表情の変化を弥堂はジッと視ていた。
『そのことを確認したかったの?』
「あぁ。あと、早乙女から送られてきた動画はチャットの履歴に残っているか?」
『あるけど』
「再生してみろ」
『イヤよ』
「なんでだよ。しろよ」
『だって見たくないんだもん』
弥堂が希咲へ向けていた探るように細められていた眼が懐疑的なものから呆れたものに変わる。
「“もん”じゃねえだろ。そんなこと言っている場合か」
『ベツにいいじゃん。履歴はあるし。ののかも思い出したみたいだし』
「あいつのは履歴から消えてるんだ」
『え?』
「人の記憶だけじゃなく、こういった電子機器などにまで影響が及ぶのかを知りたい。だから見ろ」
『……わかったわよ』
渋々といった感じで返事をした彼女は身動ぎをする。
動画を再生するための操作をしているのだろう。
アーモンド型の目が一度パチリとまばたきをすると不機嫌そうな形になった。
動画の再生が始まったのかもしれない。
変わらずに画面に向いている彼女の目線は、変わらずに弥堂を見ているようで今は違うものを見ている。
少しして画面へ向いていた希咲の目がまた少し形を変える。通話画面に戻ったようだ。
『……フツーに再生できるけど』
「内容に変化などはないか?」
『たぶん? てゆか、前もそんなにちゃんと見たわけじゃないし。ぱっと見は変わった感じはないと思う』
「そうか」
弥堂は眼を細め少し思案する。
今度は希咲が彼のそんな表情をジッと見た。
『……どう思う?』
「……なんとも言えないな。辻褄が合わないようにも思えるが、なにぶん専門外だ。機械技術に関しても、今のこの有様に関しても」
『ふぅん……』
「なんだ?」
『んーん。なんでもない』
視線の奥の意味を問うと彼女ははぐらかした。
『そんなことはないだろう』と、今度はこちらを探ってみようかと弥堂が思いついたところで、別の声が挿し込まれる。
「――あのぉ~、ちょっとよろしいでしょうか……?」
『ん? ののか?』
少し気まずそうに遜った早乙女がこちらへやってきていた。
「『二人だけはわかってる会話』に割り込んで大変恐縮なのですが――」
『――そんなんじゃないっつってんでしょ』
「よせ。早乙女、どうした?」
ムッと眉根を寄せた希咲を制止して、弥堂は早乙女に発言を促す。
「動画のことなんだけど。一緒に思い出したことがあって」
『一緒に? なに?』
「弥堂くんがさっき言ってたチャットの履歴のことなんだけどさ。あれ、ののか自分で消しちゃったんだった」
「なんだと?」
弥堂と希咲の目つきが同時に変わったことで早乙女は僅かに怯んで身を引かせるが、気を取り直して誤魔化し笑いを浮かべる。
「いやー、昨日の夜さ、七海ちゃんとちょっとメッセしてたじゃん? ののか実はあの時めっちゃ眠くってさ。返事打ってた時に寝ぼけてて、うっかりミスって動画のリンク消しちゃったんだけど……。結構限界だったから起きてから直せばいっかーって力尽きて寝ちゃって。そのまま忘れちゃってたよー」
『そんなのって……』
「絶対にありえない――と言えるほどのことではないな」
『でもっ……』
「なんか大事になっちゃったみたいでゴメンね? 二人とも」
「あぁ。お前はもう用済みだ。あっちへ行っていいぞ」
「ひどくない⁉」
「うるさい。さっさと行かないとスカートめくるぞ」
「はわわわわ……っ⁉」
実際に早乙女のスカートへ手を伸ばすフリをしてやると彼女は泡をくって逃げ出した。
『あ、あんたってば……、他に言いようあったでしょ』
「効率よく女を追い払う時にはこれが有効だと学んだ」
『それは人間捨ててるだけで学んだとは言わないの!』
「…………」
『ちなみにお前のリアクションからそれを学んだ』とは流石の弥堂も口を慎んだ。
「そんなことより、これが現状だ。ちなみに昨夜あいつと連絡を取り合っていた時に、今あいつが証言したような様子は見て取れたか?」
『なんとも言えないわね。そんなに眠かったかどうかなんて……。返事待ってる間あたしもすることあって忙しかったから、そういう素振りには気付かなかったわ』
「つまり絶対にありえないと言い切れる程ではないということだな?」
『……そうね。でもさ――』
「――それは俺たちが覚えているからだ。同じものを見聞きしたとしてもそれを違うものとして認知していれば会話は成立しない。記憶から思い出せないというのはその認知の“ずれ”の一部だ」
『……ナットクできないけど、そういうものだってこっちが認めるしかないのね』
「そうだな」
不服そうに表情を歪める希咲が飲み込むまで数秒待ってから弥堂は続ける。
「他のこともこうして本人が違和感や矛盾に気付かないように、都合よく記憶違いや思い違いを起こしている」
『例えば?』
「例えば、そうだな……。俺と水無瀬がしていた会話などが一部、俺とお前がしていたものに記憶が置き換わっている」
『なによそれ……』
「おかしな話だが、それを指摘したところで意味がない。今この教室では正しい事実を覚えている――事実を真実として認知しているのが俺と水無瀬だけだからだ。それ以外の全員と認識違いで対立しても多数決でこっちの勘違いにされるだろうな」
『なんか……、気持ち悪いわね……』
「まぁ、勝手に俺との関係性を改竄されるのは気分が悪いだろうな」
『そっちじゃなくって』
「うん?」
『あんたとのことは“キモい”だけど。そうじゃなくって今起こってることが、本当に“気持ち悪い”わ』
「そうだな」
言葉どおり本当に顔色を悪くする希咲にまた少しの時間を与える。
すると今度は彼女の方から口を開く。
『……ねぇ? あんたは“なに”が起きてるかわかる?』
「いや。まったく見当もつかないな。お前に水無瀬のことを頼まれたせいも相まって、わけのわからないことに巻き込みやがってといった気分だ。そんなつもりはないんだろうがな」
『それは……、ゴメン……』
「冗談だ」
『なによ……もぅ……っ』
「ところで。お前は何故自分が何ともないのか、心当たりはないのか?」
『うーん、ないわね』
二人にしては珍しく言い争うでもなく柔らかなやりとりではあるが、しかしお互いに核心に近い部分に触れあった。
一見砕けたような会話にも聴こえなくもなく、少し歩み寄ったように見えなくもないが、その実はそうとは言えず、内心ではお互いに同じことを思う。
(――嘘だな)
(――ウソね)
お互いに相手が偽りを述べていること。
そして自分自身の虚偽も見破られていること。
それを承知の上で嘘を吐く。
だが、それをお互いに前提にしているからこそ、嘘で成立する意思疎通。
嘘だとわかっているからこそ想像して察することが出来る。
例えば嘘を吐くその背景を――
(――言えない、のか)
(――言いたくない、のね)
今しがたの嘘でそれがわかる。
例えば弥堂からの視点では――
――水無瀬の守護を俺に依頼してきたのはこいつだ。
そのうえで必要だと思われる情報を開示しないのはそれが出来ない理由がある。
おそらくそれは、しがらみ。
水無瀬のことは希咲の個人的な事情。それはこいつの周囲の連中――紅月たちには関係がない。おそらく俺に全ての情報を開示すると芋づるでヤツらのことも明かす必要があるのだろう。
それは逆にあいつらが今回の件に関与していないことも意味し、そして連中は水無瀬のこと――魔法少女のことを把握していないということにもなる――
そのように察することができる。
そして希咲の視点では――
――目的のためなら手段を選ばない。
恥をかいたり罪に問われちゃうようなことも平気でするくせに、ここで事情をあたしに全部明かさないのは、そんなコイツが身バレしちゃうことだけは避けてるってこと、よね。
これが今回のことに対するこの子のスタンス。みらいの言ったとおりだ。
頼まれたから一応やってはいるけど、自分のこと全部明かしてでも解決しようとまでは思ってないってことよね……、ううん。むしろそうだってあたしに言ってるんだ。
隠してる相手は三家に……? そこに知られたくないって思ってるの……?
てことは、そっちの業界に関係してるのかしら? みらいが言ってた“外法師”で正解……?
でも、もしそうじゃなかったら。きっともっとヤバイ身元ってことかも――
嘘を吐いて、何でもない表情で見つめ合いながら、お互いの認識を深め合う。
少しの間そうして、希咲が話題を変えた。
今度は自分にとって最も重要なことを聞きだすために。
『愛苗はどうしてる?』
「結構参ってる。俺がそれに気付いたのは今朝のことだが」
『そう……。そう、よね……』
「念のためもう一度言っておく。物理的な脅威ならある程度取り払ってやれるが、精神的なケアは無理だ。それは向いてなさすぎる。お前がなんとかしろ」
『うん……、わかってる。ありがと』
「まぁ、外的要因の方も俺にはどうにも出来ないものが起こってしまっているようだがな」
『…………』
そこで会話は止まってしまう。
取り繕って続けることは出来るが、それは全く意味がない。
現状の事態を解決することを目的とするのなら、現状の関係性ではこれ以上は進めないのだ。
それには今しがた吐いた嘘を撤回しなければならない。
二人ともにそれはわかっていて、弥堂の方には当然そのつもりがなく、希咲の方にも躊躇いがあった。
水無瀬に起こっていることを希咲と弥堂が解決するのなら、現在の何でもない関係では先へ進めない。
それを発展させるか進化させるか、もしくは変化をさせるのか。
何れかが必要なのかもしれない。
希咲はふとそう思い、感じて、そしてやはり迷い、足を止めてしまった。
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