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1章 魔法少女とは出逢わない

1章50 神なる意を執り行う者 ⑤

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 信じられないと――思わず漏らしたボラフの小さな呟きは、弥堂の耳にも届いた。



 そして、それに同意した。



 確かに水無瀬が勝つだろうと、弥堂もそう予想した。

 だが、まさかこんなにも歯牙にもかけずに圧倒して勝つとまでは思っていなかった。


 水無瀬 愛苗の成長。

 それはただ強力な一発が撃てるようになったというだけのことではない。


 今の戦闘で水無瀬がしたことに何か特別なことはない。


 一度に複数の魔法弾を創り出して、保険に一発は残して他は撃つ。

 これは何日か前に水無瀬に催眠術をかけた時に弥堂が適当に教えたことだ。


 魔法の盾を動く壁として相手の機動を妨害したり、その壁を組み合わせて創った箱の中に相手を閉じ込める使い方は、アスが魔法のレクチャーと称して水無瀬に教えていた時に見せた使い方だ。


 彼女は今まで見たこと聞いたことを覚えて忠実に実行しただけのことだ。


 この魔法の操作の精度、応用力が一番成長している部分なのかもしれない。


 しかし、こういった応用力や複数のことを同時に熟す器用さといった部分は、魔法少女ではない女子高生の水無瀬 愛苗という少女には本来最も苦手とするものであったはずだ。


 良く言っても不器用で、言葉を選ばずに言えば頭の回転が遅く、飲み込みも悪く、思慮深くもなく、すぐにテンパる。

 そんな彼女が、こと魔法に関してはまるで違う。


 教わったことをスポンジのように吸収し――どころか一度見ただけのことをその場ですぐに再現する。

 そしてそれらを自身の手足を動かすよりも容易く操る。


 魔法に関してのみ、抜群の適正を見せていた。



 きっとこれらのことに後から理由をつけるのならば――


 アスに魔法のレクチャーを受けた際に、『世界』に存在する魔素という物質を観測できるようになったから。

 これにより自身の魔力で魔法を創り、それによって周囲の魔素へ影響を及ぼすコツを見つけ、それによって魔法で表現できる現象が増えた。

 そういうことなのだろうと弥堂は考えた。


(だが――)


 そんな理屈すら脆弱だ。


 決定的なことはもっとシンプル。


 彼女自身が言っていた――『お願いをしなきゃ』。


 究極的にはただそれだけのことだ。


 願えば、叶う。


 たったそれだけのことで説明がついてしまうのだ。



 もちろん普通はそうはいかない。


 願えば叶う。そうして頑張っていれば必ず叶うなどと言うのは詐欺師だけだ。

 普通の人間はどれだけ願っても、どれだけ時間をかけても、思ったような結果が得られるとは限らない。


 しかし極稀に、どう考えても理屈に合わなくとも、『やる』と意思を発すればそれだけで必ず思うような結果を現実に起こす者が居る。

 何をどうしてそうなった――という理屈を過程に必要としない。


『世界』がその者にそれを許しているから、それが出来る。


 ただそれだけのことで物事を可能にする力、その特別な才能を『加護ライセンス』という。


 それは小さなものから、大きなものまで、様々な『加護ライセンス』が人のみに限らず『世界』から能えられ、しかし全ての者が持ち得るわけではない。


 弥堂はそういった人間をこれまでに幾人も見てきた。

 それこそとるに足らないものから凶悪なものまで。


 例えば“火”に纏わる『加護ライセンス』があったとする。


 通常火を起こすには、燃える物・酸素・一定以上の温度が必要になる。

 人間が化学でそう説明をつけていることだが、しかしそういう仕組みになっているのは『世界』がそう決めているからだ。


 この世界で火を点けたいのなら、最低その3つの条件を揃えた上で適切な手順を踏めと――その場合に限りなんの『加護ライセンス』を持たない存在でも火を得ることが許される。

 そういうルールだ。


 しかし、“火”に纏わる『加護ライセンス』を能えられた者は例外だ。


 その者が火を点けたいと、ただそう願い、そうすると意思を発すれば、燃やす物が無くとも、酸素がなくとも、どんな温度環境下でも――必ず、火は熾る。

 火種も燃料も要らず、ただ『燃やしてやる』と、ただそう考えさえすればそれだけでいい。

 そこに『加護』を持たぬ者たちの理屈は通用しなく、その者だけが例外で特別なのだ。


『世界』がソレをその者だけに許しているから。


 弥堂のよく知る女がソレだった。


 彼女は言っていた。


『――ア? どうやってっかって? 知るかよそんなこと。ムカついたから燃やす。アタリメェのことだろうが……は? カガク……? 何イミわかんねェこと言ってんだクソガキが。燃やすぞ。いいかァ? クソガキ。火は在る。いつもこの腹ン中で“燃え尽きぬ怨嗟”がグツグツと滾ってんだよ。その火をこっちの外に持ってきてるだけだ。カンタンだろ? つか、わかったところでテメェには使えねえよ。コレはそういうモンじゃあねェんだ。カガクだかなんだか知んねえけどよ、テメェはそうやって細ェことばっかウジウジと抜かしてっからダメなんだよ。だから何にも出来やしねえ。例えテメェに加護があったってそれじゃあ使えねえよ……ア? どうすればいい? そりゃオメェ……、アレだよ。気合だよ、気合。ふざけんじゃねえ、ぶっ殺すぞって気合が足りねえんだよ。は? ノーキン? なんだそりゃ。つってもよぉ、アタシの知ってるヤツらぁ、大体こんな感じだけどな……。まぁ、そんなことよりよ。ヘヘッ、金貸してくれよ。飲みに行きてえんだけど持ち合わせがねえんだ。いいだろ? ユキ――』


 記録を切る。


 相変わらず何を言っているか弥堂にはわからないが、しかし『加護ライセンス』を持つ者の理屈は大抵このように酷く感覚的なもので、そして一人一人まるで違う。

 そしてその力の大小も異なる。


 確かにスゴイと言えばスゴイが手品の域を超えない程度の現象しか起こせない『加護ライセンス』もあれば、それが良いことであれ悪いことであれ、たった一人で世界に多大な影響を及ぼすものまである。


 数多の生物の中で限られた数しか存在しない希少な『加護ライセンス』持ち。

 そしてその『加護ライセンス』持ちの中の更なる上澄み。


 それをこう呼んだ――



「――『神意執行者ディードパニッシャー』……」


 空に君臨し破滅の太陽を灯した杖を下界へ向ける魔法少女。

 その彼女を視て、思わず口に出す。


 まるで神の意を体現するかのような理不尽な力。

 単独で国家に脅威を齎せる程に強力な『加護ライセンス』。


 そういったレベルにあると認定された『加護ライセンス』を持つ者を『神意執行者ディードパニッシャー』と呼ぶ。


 それを認定する教会総本山はここには無いが、『魔法少女』或いは『水無瀬の魔法』はそのレベルに達していると見て問題ないだろうと弥堂は判断した。


 弥堂自身もこれまでに何人かに出遭ったことのある『神意執行者ディードパニッシャー』。

 それらは須らくゴミクズーなど何の問題にもならない程に手の付けられないバケモノだった。

 そしてここで出遭ったのは初めてだった。


(ここにも居たのか……)


 水無瀬の姿をその眼に写す。


 その眼にはハッキリと写る。


 彼女を彼女たらしめる『魂の設計図アニマグラム』が。


 水無瀬 愛苗という意味と、その魂の輝きと、存在の強度が、その設計図には書き込まれている。


 昨日よりもその輝きを増し、昨日よりもその存在は確かで大きなものと為っている。


 毎日毎日戦うたびにその『魂の設計図アニマグラム』は進化し超越したモノへと昇華していっている。


 弥堂がこれまでに出遭った『神意執行者ディードパニッシャー』のクソッタレどもと遜色のないモノと為っていって、恐らくその誰よりも強大なモノへと為っていくだろう。


 それが弥堂には視えた。


 そしてこの戦いがもう終わりだということもわかった。



「……嘘だろ。このオレがこんなカンタンに……」


 それはボラフにもわかっているようだ。

 今の水無瀬を相手にここからの逆転はない。


 ボラフは歯噛みする。

 確かに簡単な相手だとは少しも考えていなかったし、絶対に勝てるとも思ってはいなかった。


 だが、こんなに簡単に負けるとも考えてはいなかった。


(オレはまだ、全てを出し切ったワケじゃあねえ……ッ!)


 心中で落とした負け惜しみは何も意味を為さない。

 出し惜しみをしたつもりもなかったが、死力を尽くす前に制圧されてしまえばどんな隠し手があったところで無駄なことだ。

 それを出せないままで死ぬのなら、そんなものは無いに等しい。


「ボラフさんっ! もう止めてください!」


 それは降伏勧告か或いは願いか。


 何を甘いことを――とはボラフも弥堂ももう言わない。

 もう言えない。


 この場で一番強いのは彼女であり、そして最も存在の格が高いのも彼女だ。


 彼女の言うこと願うことが優先され、それを『世界』が許している。


「……それは、出来ねえぜ」


 だから、拒否をするしかない。


 そしてそれは――


(見事だ)


――死を意味する。



 いくら相手が『神意執行者ディードパニッシャー』だろうと、決して敵わない相手だろうと、役目を持って戦いに臨んでいる以上、はいそうですかと退くわけにはいかない。


 役目に殉ずると、そう意思を見せたボラフを弥堂は称賛してやった。手向けのつもりだ。


 水無瀬もそれ以上は何も言わず、一度目を閉じ開くと瞳に再び強い光を灯した。


 杖の先を捕らえた敵へと向け直す。


Lacrymaラクリマ……」


 その光を放とうとした時――耳をつんざくような絶叫があがる。


 ボラフに謎の薬品を大量に投与されて以降、白い毛並みを汚しながら藻掻き苦しんでいたネコのゴミクズーだ。



 その身をさらに肥大化させながら立ち上がると、背中の肉が裂け中から黒いモノが出てくる。


 それは翼。

 黒い、まるで鴉の様な翼だった。


 ネコが吠える。

 その目には正気の色はない。


「――えっ……?」


 突然の事態に水無瀬が驚いている内に、黒い翼を生やしたネコは動き出す。

 向かった先は弥堂の元だ。


 ネコは弥堂の服を口で咥えると、そのまま空へと飛び立つ。

 そして翼を羽ばたかせ、時計塔と校舎を越えて飛行した。


 意図の掴めぬその行動にボラフも呆然としていたが、すぐにその目を鋭いものにする。


「――いや、いいッ! そのまま行けッ! ソイツを連れてけッ! それで目的の半分は果たせるッ……!」


 聴こえてはいないだろうが、飛び去っていくその姿に声を張り上げた。

 ボラフの考えていることと、あのゴミクズーが同じことを考えているとは到底思えないが、このまま諸共に魔法少女に滅ぼされるよりはマシだと判断したのだ。



 そんな余力もないので抵抗しても無駄だろうと簡単に連れ去られた弥堂は、上空の冷たい風に身を晒しながらゴミクズーへと無感情な瞳を向ける。


「言っておくがそれは悪手だぞ」


 意味はないだろうが、ただ一言だけ伝えた。



「――オ、オマエッ……⁉」


 ボラフの焦燥した声が聴こえたが、気にせずに水無瀬は杖を動かす。

 それが向く先は、時計塔の右側の空を飛ぶゴミクズーだ。


「ま、まさか……っ⁉」


Lacrymaラクリマ……ッ、BASTAバスターァァーーーッ‼‼」


 狙いを付けると同時、水無瀬は一切の躊躇いもなく魔砲を撃ちだした。



 それが撃ちだされる直前、ピンと立てていた片耳をピクピクっと動かしたネコは――


「――フギャアァァァーーッ!」


 気合の叫びをあげ、飛行の軌道を大きく変える。


 高度を上げながら左へと進路を変えると、そのすぐ横の元の場所を破滅的なビーム砲が校舎を一棟消し飛ばしながら通り抜けた。



 一か八かに近いタイミングではあったが、確かに回避に成功した。


 しかし――


「――まだっ……!」


 水無瀬は魔砲の放射を続けながら、手に握った杖を強引に横に振り上げた。


「――ッ⁉」


 ゴミクズーが驚愕に息を呑んだ。


 水無瀬はラクリマ・バスターを放った状態のまま、まるで巨大な剣を振るようにしてゴミクズーを追い、強引に射線を変更させた。


 その巨大な光の剣は射線上にあった時計塔を薙ぎ払い、その反対側の空を飛んでいたゴミクズーを破壊の奔流である刀身で飲み込んだ。


 ブォンッと規格外の斬撃が振られた跡には何も残らない。

 弥堂以外は。


 校舎を消し飛ばし、時計塔を斬り払い、ゴミクズーを蒸発させ、だが弥堂のことは一切傷つけない。


 理不尽で理屈に合わぬ現象だが、しかし“それ”が彼女には許されている。


 水無瀬の魔法が消えた空には、ただ一人無事だった弥堂だけが取り残され、そしてすぐに地上へ落下を始める。


 弥堂は特に姿勢を整えることもしない。


 今よりもコンディションのいい状態で着地を試みても失敗したのだ。

 今回は挑戦するだけ無駄であろう。


 それに――


「――まに、あったぁ……」


 身体の落下が止まるのと同時にそんな気の抜けるような声が聴こえる。


 昨日に引き続いて今夜もお姫様抱っこで受け止められてしまった恰好の弥堂だったが、最早屈辱に感じることもなかった。


「ちょっと失敗しちゃった。ごめんね? 弥堂くん」


 にへらと笑いかけてくる彼女に呆れたような気持ちになり弥堂は嘆息する。


「別に。謝る必要はないさ。俺にはな。お前はよくやったと思うぞ」

「そう、かな? えへへ、弥堂くんがホメてくれたぁ」

「あぁ。俺には、な」

「……? あっ、とりあえず一回下りた方がいいよね」

「好きにするといい。それがキミには許されている」

「……? よくわかんないけど、私いっぱい頑張るねっ」

(これ以上頑張られたら、ヤツらはいい迷惑だろうな)


 最後は口には出さずにただ肩を竦めてみせると、何もわかっていないだろうに水無瀬は満面の笑みを浮かべてゆっくりと降下を始めた。


 敵に連れ去られかけた弥堂を難なく救出し、この場にいたゴミクズーは全て滅ぼした。

 最も厄介な敵は拘束済みだ。

 今夜の戦場はこれで終わる。


(だが――)


 心中で独り言ち、弥堂はチラリと水無瀬の顔を視る。


 最早ほとんどのモノに脅かされることはない程に強くなり、能天気な表情でなにやらルンルンとしている彼女だが――



――この後そう間もなく、その表情を青褪めさせることになるだろう。


 弥堂にはその未来へ繋がる道筋が見えていた。
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