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1章 魔法少女とは出逢わない

1章46 4月22日 ⑥

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――あるべきものが無い。


「――いにゃぁぁぁーーーっ⁉」

「む、何をする?」


 考えるよりも先に超常的な直感と超人的な反射神経で、希咲は天津の背中側から抱きついて自身の手を彼女の身体の前面に回す。

 そして天津の胸を左右の手でそれぞれ鷲掴みにした。


「一体どうした、七海? 突然『いにゃー』などと叫ぶものではないぞ」

「そうです。『いにゃー』だなんて破廉恥ですよ? 七海ちゃん」

「どっ、どっ、どうしたじゃ――っ⁉」


 暢気に何事もないようにしている馬鹿二人を叱りつけようとするが、その直前に七海ちゃんはハッとなってギロリと蛭子を咎めるように睨みつける。


「…………」


 蛭子くんはとばっちりを受けたくないので、「何も気づいてないけど?」といった風に不自然に視線を他所へと向けて、二階へ繋がる階段の段数を数えていた。


 希咲はその彼の様子にジト目になるが、「まぁいいでしょう」と彼よりも問題のある子たちを先に叱ることにする。


「どうしました? 公衆の面前であまり褒められたことではないですよ?」

「私はこいつに腹筋の手本を見せてやらねばならん。離してくれ」

「放せるかバカっ!」

「なにを怒っている?」

「なにをって……、」


 スゥっと息を吸いこむ。


「――なんでブラしてないのよっ⁉」


 至極まっとうなことを叫んだ七海ちゃんが眉をナナメにして怒りを露わにするが、みらいさんと真刀錵さんはキョトンと顔を見合わせた。


「えっ……? なんなの? その『コイツなに言ってんだ』的なリアクション」

「そうは言われましても……」

「うむ」

「真刀錵ちゃんも乙女です。ブラしたくない日だってあるでしょう」

「私は剣だ。ブラなど不要」

「でも真刀錵ちゃん。剣は鞘に入れておくものです。そう考えるとブラが鞘だと謂えないことも……?」

「む? 確かに。すまなかったな七海。明日からは気を付けよう」

「今から気をつけてよっ! もう高校生なんだからちゃんとしてよね! 男子だっているんだし!」

「男子っていっても所詮は蛮くんじゃないですか」

「うむ。蛮ごときどうということもない」


 望莱と天津のあまりに自分を軽んじた物言いに蛭子くんはコメカミをビキビキッとさせたが、今は絶対に関わりあいになりたくなかったので聴こえないフリに全力を注ぐ。


「てゆうか、ブラじゃなくてもいつもはサラシ巻いてるじゃんっ。なんで何も着けてないわけ?」

「七海ちゃんの手ブラしてるじゃないですか」

「うっさい。あんたは黙ってなさい」

「ぶー」

「リィゼの馬鹿のせいで服が汚れてな。全部脱いだ」


 いまいち要領の得ない天津の供述に、ブーたれる望莱を無視して希咲は怪訝そうに眉を顰める。


「……料理してたんじゃないの?」

「うむ。あの白豚女がな、出来もしないのにスープを作ると言い出してな」

「あんた、なんでリィゼに当たりが強いの?」

「高貴なる血の務めを果たさずに怠惰を貪る女は蔑んで然るべき」

「……まぁ、いいわ。それで? 大体先は読めたけど」

「うむ」


 鷹揚に頷き天津は説明をする。

 発言を許されなかったみらいさんは話を聞くのに飽きたので、ジロジロと無遠慮な視線を蛭子に送り、ちょっかいを掛ける為の粗さがしを始めた。

 蛭子くんは必死に気付かないフリを続けた。


「あの馬鹿が鍋をひっくり返してな。それを私が被ってしまったのだ」

「え……っと、ヤケドとか……?」

「問題ない。火に掛ける前だったからな」

「そっか」

「仮に火傷を負ったとしても構わない。私の未熟が招いた結果だ」

「それは構いなさいよ、女子高生」

「もしも奴がわざとやったのだとしたら見事だと言わざるをえない。この私に全く攻撃の意思を悟らせなかったのだからな」

「感心するとこじゃないでしょうが……、それで?」


 全部を聞く前に既に疲労を感じていた希咲だが、辛抱強く続きを促す。


「あぁ。だが、屁泥のような内容物を被って服が上下とも駄目になってな。脱がざるをえなかった」

「……スープ、作ってたのよね?」

「豚の餌と考えればあれもスープの内なのかもしれんな」

「それで着替えたんならちゃんとブラなりサラシなり着ければよかったじゃない。もしかして替え忘れちゃったの?」

「いや。みらいじゃあるまいし忘れ物などしない。替えはある」

「……? じゃあなんで?」


 不可解そうに眉を寄せる希咲に「うむ」と天津は頷く。


「時間が無かったのだ」

「そんな時間かかんないでしょ?」

「あぁ、私の言葉が足りなかったな。着替えに戻る時間がなかったのだ」

「……? だって着替えてるじゃん。ますますわかんないんだけど……」


 一向に希咲へ意図が伝わらないが、自身の言葉の拙さを自覚しているので天津は苛立ったりせずに同じ調子で説明を重ねる。


「だからだな、着替えに行かずにその場で脱いだのだ」

「は?」

「私は聖人から指示された材料の切断の途中だったからな」

「えっと……、ジャージの上だけ脱いだとか、そういう話よね?」

「いや全部だ」

「はっ⁉」

「全裸だ」

「言い直すな! いっこも良くなってないからっ!」


 天津から告げられた話に、年頃のJKとしては信じられないと希咲は絶句する。

 しかしすぐに眉を斜めに吊り上げた。


「バカじゃないの⁉ 男子の前で全部脱ぐとか……、信じらんないっ!」

「だが役目を放り出すわけにはいかん。物事には優先順位というものがある」

「ブラが最優先でしょうが! 役目の前におっぱいを放り出すな!」


「全裸なんてありえない!」とギャンギャン怒鳴りつけてくる希咲に対して天津は変わらず冷静だ。


「ん? あぁ、いや、すまない。全裸は言い過ぎたな。実際に本当に全部を脱いだわけではない」

「え? いや、でも、下着は脱がなかったからセーフとはなんないでしょうが」

「下着? 下着は脱いだぞ。サラシもパンツもな」

「はぁ⁉」

「唯一靴下だけは無事だったので、それだけは履いていた」

「変態じゃんっ!」


 自身が想像した最悪の絵面よりもさらに最悪な事実を告げられて、七海ちゃんはびっくり仰天し今日もキュピっとキメていたサイドテールをみょーんっと跳ね上げた。


「あんたバカじゃないの⁉」

「返す言葉もない。リィゼごときに後れを取ったことは申し開きできぬ」

「そこじゃないわよ! リィゼがお鍋溢しちゃったのも、あんたがそれ被っちゃったのもしょうがないことだけど! その後のことを問題にしてんの!」

「……お前の言うことは難しいな。何が悪いか率直に言ってくれ」

「男の前でおっぱい出すなーっ! わかれっ! あたしたちっ、J・Kっ!」

「それくらいはわかっている。だが、致し方ない状況もある。女たるもの、時には乳を晒してでも戦わねばならん時がある。お前も覚悟だけはしておけ」

「イヤよ! つーか、仮にあったとしても絶対今日じゃないから!」

「む。ではお前は何時乳を晒すべきだと考えているんだ? 私は頭が悪い。はっきりと言ってくれ、七海」

「えっ? いつって……、それは、その……、だから……、すきなひとと――」

「――はぁ? なんですってぇ? 聴こえないです。もっと大きな声で言ってください」

「――うっさい! あんたは蛮にかまってもらってなさい!」


 首を背後へ回して真摯な眼差しで問う天津に、希咲は彼女の乳を掴みながらゴニョゴニョと口の中で言葉を転がす。

 すると、性的な話題のニオイを嗅ぎつけてきたみらいさんがウザ絡みしてきたので、七海ちゃんはガァーっと怒鳴って彼女を追い払った。

 厄介者を押し付けられた格好の蛭子くんは絶望的な表情を浮かべた。


「だからっ! 着替えてからお料理すればいいじゃんって言ってんの!」

「そうはいかん。私の作業が終わらねば聖人が調理に移れんし、何より腹を空かせたお前らを待たせている。些末な私の事情でこれ以上遅らせるわけにはいかんと判断したのだ」

「……気遣ってくれたのはアリガトだけど……。あんたもみらいも責任を感じるとこおかしいのよ……」

「こいつと一緒にされるのは心外だ。それに理由はそれだけではない」

「あによ。どうせしょうもないことでしょ」

「まぁ、そうだな。お前の言うとおり些細なことなんだが、謎のリィゼ汁を浴びた衣服が煙を吹いて溶けだしてな。危険があるかもしれんと判断し脱衣に至ったのだ」

「は……? えっ? スープ……、なのよね……?」

「ヤツはそう供述していたな。だが、これがあの女による攻撃行動かもしれんと、私が考えた理由だ」

「えぇ……」

「JKたるもの肌を大切にと普段からお前に言われていたからな。だから脱ぐべきかと思ったんだが、不味かったか?」

「いや……、その…………、ごめん……。もう何て言っていいかわかんない……」

「そうか」


 絶対に自分は間違っていないはずなのだが、酷い疲労感からこれ以上言葉を思いつかず、結果として今日も七海ちゃんは悪くもないのに謝罪をすることになった。


「……でも、脱いだのは百歩譲るけど、やっぱ先に着ればよかったじゃん」


 だが、己の運命に抗おうと必死に絞り出す。ただ、若干弱気だった。


「ふむ、次回の参考にしよう」


 案の定天津からも一切改善が期待出来ない言葉が返ってくる。


「……てゆうか、目の前であんたが裸で料理してて聖人もリィゼも止めなかったわけ?」

「いや? 大体お前と同じようなことを言ってたぞ」

「……それで?」

「お前に言ったことと大体同じことを返しておいたぞ」

「……それで?」

「うむ。何と言うか、それまで喧しく調理をしていたのだが、消沈したというか、神妙そうというか、なにやら気まずそうに黙々と作業を続けていたな」

「……そう。まぁ……、そう、よね……」


 七海ちゃんは今度こそ言葉を失い、敗北を認めた。


「顛末として、私は自分の作業ノルマを終え、後を二人に託してから脱いだ服を脱衣所へ運び、そこにあった物に適当に着替え、それからその足でここに来たわけだ」

「……ブラは?」

「ブラもサラシも脱衣所になかったからな。お前らにメシの完成が近いことを告げてから部屋に取りにいこうと考えていたのだ。そうしたらみらいに絡まれてな」

「……そっか」

「うむ。あと、謎のリィゼ汁に侵されたジャージが脱衣所にあるから一応洗濯してみてくれ」

「……さっきお洗濯終わったばっかなのに……」

「すまんな」

「ヘンな汁ついてるなら明日までほっとくわけにはいかないもんね……、はぁ……」


 料理の二度手間がなくなったと思ったら洗濯の二度手間に見舞われ、希咲は幼馴染のナマチチを掴んだまま重い溜め息を吐いた。

 そういえば自分はいつまでブラ係をしていればいいのだろうと考えを巡らせると、無意識にその手がモミモミと動いた。


 唐突に乳を揉まれた逆さ吊りの真刀錵さんがジッと顔を見上げてくるが、思案気に視線を他所へ遊ばせていた希咲は気付かない。

 代わりに幼気な男子高校生にセクハラをはたらく妹分の姿を見つけた。


「蛮くん、蛮くん」

「あっちいけよ」

「どうですか?」

「なにがだよ」

「意外に育った幼馴染のおっぱいは」

「……俺に聞くんじゃあねえよ」

「なにがって聞かれたから言ったのに……」


 望莱はシュンと落ち込んだフリをするが、蛭子が同情してかまってくれる素振りを一切見せないのですぐに諦め、再び絡みだす。


「ちっちゃな頃から一緒なせいか、幼馴染同士って異性として見づらいってよく言いますよね?」

「そうな」

「でもでも。そうは言ってもですよ? ここまで赤裸々に女性としての象徴をおっぽり出されたら、急に意識しちゃったりしません?」

「しねえな」

「お? 意外に育ってんな、ワンチャン抱くか? ってなりません?」

「なるわけねぇだろ。カンベンしろし」


 執拗に失言を誘おうとする望莱に蛭子はにべもない。

 自分はあまり口が上手くないことを自覚しているので、迂闊な発言をしないよう短い返事に留めることに努めた。


「えー? ホントですかー? 真刀錵ちゃんとはいえJKのナマチチですよー?」

「JKとはいえ真刀錵なんだよなぁ……」

「でもしっかりと目を背けてますよね? もしかしてぼっきしてます?」

「するわけねえだろ。キメェな」

「ホントかなー? どれどれー?」


 インファイトボクサーのように身体を揺すりながら自身の股間をジロジロと覗いてくる年下のJKに蛭子は不快感を露わにする。


「オマエ、オレにセクハラすんじゃねえよ。どうかしてんじゃねえの……?」

「幼馴染とはいえ、私は蛮くんに性的な目を向けています。でも私は兄さんの女なので蛮くんが私に性的な目を向ける時は事前に兄さんの許可を取って下さいね?」

「んなことありえねえってのが大前提だが! 理不尽だろうが!」

「兄さんがいいって言うなら、いい……ですよ……?」

「いらねえよ! クソッタレ!」


 中年男性並みにネチっこいみらいさんの攻勢に、蛭子君の牙城は決壊寸前だ。彼女のペースにすっかりと巻き込まれている。


「ふふふ……、おや……?」


 楽しそうに彼を嬲っていた望莱だったが、あるものに気が付き表情を変える。


「……なんだよ?」


 蛭子は警戒心たっぷりに問いかける。


「……ぼっき、してません……」

「なんでオマエが残念そうにすんだよ……、マジキメェ……」


 蛭子くんは自分の股間を凝視して、ふにゃっと眉を下げて悲しげにするみらいさんを心底から軽蔑した。


「なんでぼっきしてないんですか? 真刀錵ちゃんが可哀想です」

「それで可哀想ってどういう価値観なんだよ……」

「だって花も恥じらうJKがナマおっぱいまでサービスしたんですよ? 礼を失しているのでは?」

「人前で脱ぐ方が礼儀知らずで恥知らずなんだよなぁ。花に押し付けてねえでテメェらが恥じらえよボケが」

「んま、なんて言い草ですか! 例え! 残念にも蛮くんが真刀錵ちゃんに性的好奇心を向けていなくても! それでも真刀錵ちゃんが頑張っておっぱい出したら『しょうがねえな。一回くらいヌいてやっか』ってなるでしょう⁉ 見損ないました!」

「……頼むからよ。たまにはオマエのこと見直させてくれよ……。年々アタマおかしくなってんじゃねえか……。カンベンしろよマジで……」


 彼女とは幼い頃から一緒に育ってきたといっても過言ではない。

 親友の実妹でもあり、自身にとっても妹同然に思っていた少女の下ネタがあまりに酷く、これはもう取り返しがつかないのだなということを痛感してしまい、蛭子くんは本気で落ち込んだ。
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