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1章 魔法少女とは出逢わない
1章30 nothing day ②
しおりを挟む時計塔の鐘が鳴り午前の授業の終了を報せる。
大音量のその音に追われるようにして、迷惑そうな顔をした教師が舌打ちをして教室を出ていった。
昼休みだ。
いつもであれば、昼休みになった途端に教室の生徒たちは活気づくのだが今日は様子が違った。
所々で疲労を滲ませた溜め息が漏れる。
何人かの生徒は重い足取りで席を立ち廊下へと出ていき、また残った生徒たちの何名かは迷惑そうな表情で一点に視線を送った。
その視線の先に居るのは、当然弥堂 優輝だ。
「よく午前中を乗り切ったな。偉いぞ。さぁ、この饅頭を食え」
「ご、ごはんの時間だよぉ……、お弁当食べれなくなっちゃう……」
相変わらず水無瀬を膝にのせたままで、彼女の口に饅頭をグイグイと押し付けていると、ワラワラとJKどもが集まってくる。
「おつかれーっ。やー、結局ずっとまなぴーを抱っこしてたねー」
「なんかもう、見ても違和感なくなってきたわ……。つらい……」
希咲から頼みごとをされていた4人組だ。
「ごめんね、真帆ちゃん。もうちゃんと目醒めたから……」
疲れきった様子の日下部さんに、ようやくシャッキリとした野崎さんが謝罪する。
「楓ったら随分尾を引いてたわね。そんなに寝てないの?」
「……うん。実は3日くらいまともに寝てなくて……、えへへ」
「えぇーっ⁉ 委員長なに作ってたの?」
「ITとかって言ってたよね? まさかアプリとか作れるの?」
まさかの土日の休みまるまるを使っての突貫工事に臨んでいたという野崎さんに質問が集中する。
「えっ? えっとぉ……」
何故か答えを探すように目を泳がせた野崎さんは、視線を宙空に彷徨わせるとやがて行き場を失くし弥堂と目が合う。
するとなにかが気恥ずかしかったのか、彼女は困ったように苦笑いをして誤魔化した。
「えっと、いいもの……、かな……?」
「なにそれーっ? まさかエロいもの⁉ エロいものなんだね!」
「やめなさい、ののか。解釈違いよ。委員長オブ委員長はエロいものなんて作らないわ」
「小夜子の解釈は多岐に渡りすぎだよ……」
あっという間に周囲の空間が女の話し声で埋められ、危機感を感じた弥堂は素早く眼球を動かして脱出経路を探す。
すると、それよりも早く水無瀬さんが膝の上でお尻をモゾモゾと動かした。
「どうした?」
「んと、あのね――」
「――あーっ、まなぴーお尻痛くなったんでしょ? ずっと弥堂くんの膝に座ってたもんね」
「う、うん。それもあるんだけど――」
「――ていうか、弥堂君は足痛くならないの? 愛苗ちゃん軽そうだけど、それでも数10㎏をずっと膝にのせてるって……」
「昔の拷問みたいね」
「――あっ、そっか! ゴメンね? 弥堂くんっ。私そろそろ降りなきゃ」
「いや、特に問題ない。地面に横這いになったまま背中にこの数倍の負荷をかけられて野外で数日を過ごしたこともある。この程度ならなんともない」
「なんかサラっと恐ろしいことを聞いた気がするんだよっ!」
「気がしただけなら気のせいだ。安心しろ」
「あ、安心できないよ……。気になるけど壮絶っぽくて聞くのが恐い……」
「はいはい。みんなお昼食べちゃおう」
会話がとっちらかって混沌となりそうなのを、パンパンと手を叩いた野崎さんがまとめる。
女子たちは統制のとれた動きで手早く自分の座る席を用意し昼飯を展開した。
早めに撤退せねばと弥堂が考えている隙に水無瀬がぴょこんっと膝の上から降りる。
彼女はそのまま自分のバッグをあさり始めた。
「弥堂くんっ。はい、これっ」
そしてここ最近の例にもれず、弥堂へ手作り弁当の包みを差し出す。
「…………」
反射的に弥堂は断りの言葉を口に出そうとするが――
――月曜さ、またちょっとだけあの子に優しくしてあげて……? おねがい――
先日に約束を交わした少女の顏が浮かぶ。
弥堂は悟られぬよう鼻から息を漏らし、それを受け取った。
「えへへ、今日はね、もういっこあるのっ!」
「なんだと?」
ルンルンと嬉しそうにしながら再び鞄に手を入れる水無瀬の姿に、早まったかと後悔をする。
周囲の女子たちは特に騒ぐこともなく、一様に口を閉じながら面白げにニマニマと笑い二人の様子を見守っている。
「はい、これも」
「……これはなんだ?」
水無瀬が両手で掴んだ包みを警戒しながら視る。
綺麗な包装紙でラッピングされリボンまで付いている。
「お誕生日おめでとうっ!」
「…………?」
『わぁー』と歓声を上げて周囲の女子たちも「おめでとう」と復唱する。なんのことかわからずに弥堂は怪訝な顔をした。
「本当は昨日だったんだよね。一日遅れちゃったけど、私、まさか昨日会えるなんて思ってなかったから……、ごめんね?」
『えっ? なにその情報。知らない』と女子たちは顔を見合わせているのを尻目に、弥堂にもようやく合点がいく。
(そういえばそうだったか。4月19日で登録していたな)
長いこと誕生日を祝ったり祝われたりするような文化に身を置いていなかったので、すっかり失念をしていた――というよりは、そんな発想すら持っていなかった。
(そうか。不要な関わりを作るとこういったことが起こるリスクもあるんだな)
すっかりおめでたいムードで周囲が盛り上げてくれている中、そんなことを心中で確認する。
「……気を遣わせたみたいで、悪かったな」
弥堂は素直に水無瀬が差し出すプレゼントを受け取る。
余計な波風を立てるとより面倒になると判断したからだ。
「うわー、おめでとー! 弥堂くんは何歳になったのかなぁ~?」
「1……7、だな」
「あっ、そっか。4月生まれだから学年上がってすぐに年上になっちゃうんだね」
「来年は夏休み前に車の免許とれちゃうのはお得ね」
周囲を囲まれ“やいのやいの”と囃したてられる。
それに居心地の悪さを感じていると、ふと傍らから野崎さんが顔を覗き込んでくる。
「おめでとう、弥堂君。ふふ……、開けてみないの?」
優しげだが、少しだけイタズラげなその目の色に、こういった状況で面白がった女どもからは逃げきれないと弥堂はよく知っていたので、水無瀬に目線で許しを請う。
水無瀬さんはコテンと首を傾げた。
「……開けてもいいか?」
「うんっ、いいよー!」
仕方ないのでしっかりと言語化してお窺いをたてると、彼女からは嬉しそうにお許しがでた。
紙を留めているテープを慎重に剥がし、ゆっくりと包装を解いていく。
「ちょっと意外。絶対にビリビリーってやるタイプだと思ってたよ」
「こら、ののか。チャカさないの」
早乙女を叱る日下部さんの声を聞き流しながら作業をしていると、すぐに中身に辿り着く。
「これは……財布、か……?」
「うんっ、お財布っ! お札を入れるやつなの!」
二つ折りになるレザーのカバーがついたマネークリップと、あとうもう一つ――
「……これは、なんだ……?」
「そっちは小銭入れだよっ」
「そうじゃなくて……」
「あのね、ネコさん小銭入れなのっ」
水無瀬さんの主張どおり、ぬいぐるみの様な手触りのそれは一応は小銭入れのようだ。問題となるのは見た目で、やはり彼女の言うとおりその形状はネコさん以外のナニモノでもなかった。ちなみに黒猫であることが苛立ちを加速させる。
何故ことあるごとに自分の前にはネコさんが立ちふさがるのだろうと、そのネコさん小銭入れを睨んでいると、「プッ」と吹き出す複数の女どもの声が聴こえる。
ネコさんを睨んでいた眼をそのまま女どもに向けると、彼女らは素早く視線を逸らした。
「…………」
弥堂は、ワクワクほめてほめてとばかりに期待の眼差しを向けてくる水無瀬を口汚く罵倒してやりたい衝動に駆られたが、希咲との約束もあるので努めて自重をした。
代わりに何かを言うべきかと口を開きかけて、しかし言うべきことを上手く考え付かずに口を閉じると、マネークリップの方にも違和感を覚える。
閉じた状態でほぼ正方形となるレザーのその四角形の右下。
そこにも不可解な生物が居た。
「……これは?」
「あのね、タヌキさんなの!」
「……何故、タヌキさんが?」
「お母さんに手伝ってもらって縫ったの!」
「……何故、タヌキさんを?」
「えっと……、カワイイかなって思って……、やっぱりネコさんの方がよかった……?」
「そういう問題では……、いや、いい。タヌキさんで大丈夫だ」
「本当に……? 弥堂くんネコさんの方が好きなんじゃないかなって……」
「問題ない。俺はどちらかというとネコさんが嫌いだ」
「えっ⁉ なんでぇっ⁉ メロちゃんもネコさんだし、ななみちゃんもネコさんっぽいから弥堂くん絶対ネコさん好きだと思ったのに……」
「どうしてそれで俺が猫好きだと判断できるんだ? むしろそいつらのせいで猫が……、いや、なんでもない。大丈夫だ。少し言い過ぎた。俺はネコさんも好きだ」
弥堂くんがネコさんを好きじゃないと知って本気でショックを受ける愛苗ちゃんを見て、弥堂は発言を撤回した。これ以上この話題を続けられても面倒なので、水無瀬を再び膝の上にのせて会話を強制的に打ち切る。
マネークリップに縫いつけられたタヌキさんワッペンを人差し指の腹で一撫でして、さぁどうしたものかと考えを巡らせようとすると――
「――ちょっとぉ、通れないんだけどぉ~」
背後から耳に馴染みの薄い声が新たにあがる。
「そこ、通してくれよ」
「じゃまぁ~」
白黒ギャルの結音 樹里と寝室 香奈だ。
気怠そうに要請をしたのが黒ギャルの樹里、ゆるい声音に確かな毒を混ぜたのが白ギャルの香奈である。
別に彼女らはイチャモンをつけているわけではない。
窓際の女子の座席が並ぶ列にある水無瀬の席に弥堂が自身の座席をくっつけているのだが、そうすると必然的に男子の列と女子の列の間の通路となる場所に机を配置する形になってしまっている。
要するに通路のど真ん中に席を置いて朝からずっと好き放題やっている弥堂が、議論の余地もなく悪いということで間違いがない。
この二人組はいくつかの不良の男子グループと仲が良いことが割と知られていて、本人たちも不良女子として1年生の頃から目立った存在である。どこのクラスに編入されたとしても1軍女子となるような生徒で、おそらく希咲 七海がいなければこの2年B組の女子のカーストトップになっていたであろうコンビだ。
だからこそここにいる普通の女子たちとしては、あまり彼女らと波風を立てるような関わり方をしたくないというのが本音だ。特に今は。
「ご、ごめんね二人とも……っ。今空けるからっ」
「仲がよくて盛り上がっちゃうのはわかるけどぉ、少しは周りの迷惑も考えてよねぇ」
「やめろ、香奈。日下部は別に悪かないだろ」
「えー? だってさぁー、授業中とかサイアクだったじゃーん? 小学生じゃないんだっつーの」
スッと舞鶴の目が細まる。
「どうせいつもたいして聞いてないでしょ。授業なんて」
「はぁ~? それってもしかしてウチのことぉ~?」
「他に誰がいるの?」
「舞鶴。オマエ頭いいからって一目置かれてんのかもしんねーけど、それ、アタシらにはカンケーねぇからな?」
「あら。頭の良し悪しの話なんていつしてたかしら? 勝手にコンプレックス拗らせて噛みついてこないでくれる? 少しはこちらの迷惑も考えてちょうだい」
「オマエ――」
「――あ、あのっ!」
険悪な雰囲気に声をあげて口を挟んだのは水無瀬だ。
恐れるわけでもなく、攻撃性をこめるでもなく、ただ真っすぐに白黒ギャルの顔を見上げた。
「あのね、樹里ちゃん、香奈ちゃん。私が悪いの。授業中にふざけちゃってごめんね?」
ピクリと、名前で呼ばれたことで結音の眉が動く。
水無瀬に対して何か口を開こうとするが、言葉が発せられるよりも先に、彼女の前に寝室が身を割り込ませた。
「ん~ん。いいんだよぉ? 気にしないでぇ? 『愛苗ちゃん』」
ニッコリと笑い返すその目は笑ってはいない。
舞鶴が口を出そうとしたが野崎さんに肩を掴まれ止められた。
「だって、愛苗ちゃんのせいじゃないもんねぇ? 全部弥堂が悪いんだもんねぇ? ねぇ、弥堂。なんとか言えば?」
我関せずと宙空に視線を投げ出していた弥堂は、名前を呼ばれたことでようやくジロリと彼女らへ視線を向ける。
まるで物を見るような無機質な瞳に寝室は「うっ」と一歩だけ後退る。
「おい、香奈。やめとけよ」
「だ、だってさぁ……! ムカつくじゃんコイツ。どこのグループにも入ってないのにチョーシのっちゃってさ」
「だからってここでモメてもしょうがねえだろ」
「わかったよぉ……。でも、勘違いしないでよね? みんながみんなアンタにビビってるわけじゃないんだから。まだ手を出してないだけ。ウチがお願いすれば10人くらいすぐ集まるんだから」
「それはツンデレか?」
「はぁっ⁉ なにそれっ! バカにしてんのっ⁉」
「別に。ただ希咲みたいな言い回しだなと、そう思っただけだ」
「はぁっ⁉ なんで七海の名前が出てくるの⁉」
「おい、香奈」
どこか余裕を持って、人を小馬鹿にするような口調だった寝室の表情に確かな怒りが浮かんだのを弥堂は視た。
「マジでムカつくっ! 謝るなら今のうちだよ? なんとか言えば?」
「ふむ。そうだな……」
ジロっと無遠慮に二人の顔を見る。
結音も寝室も不快感を露わにした。
「……キモイんだけど?」
「それは悪かったな。ただ、少し思うことがあっただけだ。悪意はない」
「は? なにそれ?」
「別に。大したことじゃない。ただ、やっぱり希咲の方が可愛いなと、そう思っただけだ」
「はぁっ⁉」
「チッ」
今度は明確に二人ともに表情を憤怒に染まる。
「あ、あちゃー。これ完全にやっちゃったよ……」
「さすがなんだよ、弥堂くんは。空気読めてないのに的確に相手を一番怒らせる言葉だけは選べるなんて」
日下部さんと早乙女がヒソヒソと話してる間にも険悪な空気は広がっていく。
「弥堂、オマエ。チョーシのんなよ」
「アンタも七海もちょっと勘違いしてない?」
弥堂に対してはっきりと敵意を露わにする。そして希咲さんはとばっちりで普段から関係性に気を遣っていたクラスメイトからの不興を買うことになった。
「こ、これはマズイんだよ……っ!」
そろそろシャレにならないと判断した早乙女が動く。
「あれー? まなぴーどうしたの? またモゾモゾしちゃって。あ、そっか。お尻痛いって言ってたっけ」
「へ? あ、うん。でも……」
「弥堂くん。まなぴーお尻痛いってさ。一回下ろしてあげなよ」
言いながら水無瀬の手を引いて爆心地から回収をしようとする。
「二人ともごめんね? 今、机動かすから。弥堂君も、ね……?」
野崎さんも早乙女が作った隙に割って入り弥堂に目配せをする。
「……キミに言われたら従うしかないな」
弥堂は肩をすくめ、野崎さんの顔を立てることにした。何故なら野崎さんは使える女だからだ。
「あのね? ののかちゃん。違うの。お尻が痛いんじゃなくてね、ホントはおトイレ行きたいの」
「お? なんだー? ガマンしてたのかー?」
「うん。実はけっこう前から行きたかったの」
「おーし。じゃあ、ののかと一緒におトイレいこうな?」
二人の会話を背景に、弥堂が引き下がってくれたことで野崎さんは内心安堵する。
あとはこの二人にもどうにか矛を納めてもらおうと白黒ギャルに目を向けると、意外にも二人とももう怒ってはいないようだった。
ただ、寝室はニンマリとした笑みを浮かべていて、結音はそんな寝室を呆れたような目で見ていたのが、どこか不自然に映った。
「あー、いいよ、大丈夫、委員長。ウチらもういくから。ね? 樹里?」
「……そうな」
「ほらほら、いくよぉ。みんな邪魔しちゃってゴメンねぇ」
野崎さんが何かを返事する前に寝室は結音の手を引いて教室の出口へ行ってしまった。腑に落ちない点もあるが、何はともあれと野崎さんが安堵の息を漏らす。
弥堂はその二人を視線で追っていた。
教室から廊下に出て壁の向こうへ消えていく寸前、寝室の目が一瞬だけこちらへ向いたのを視た。
「…………」
廊下の方をそのまま視ていると、早乙女の能天気な声があがる。
「よぉーしっ。んじゃ、ちょっくらまなぴーとトイレ行ってくるぜ!」
「でもわるいよぉ。一人で大丈夫だよ?」
「バッカやろう! 一人でトイレに行くなんて女子力足りないぞ!」
「え? じょしりょく……?」
「てことで、弥堂くん? まなぴーを開放しておくれ」
空気を入れ替えるように元気に声を張り上げる早乙女の要請に弥堂は一度考え、立ち上がる。
水無瀬を横抱きにして。
「おっ? おっ?」
「ふわわ……っ⁉」
突然の行動に混乱する二人へ乾いた眼を向ける。
「ションベンに行くんだろ。俺も一緒に行こう」
「えっ⁉」
唐突に女子トイレへの同行を申し出た男に女子たちはびっくり仰天する。
「い、いや……、一緒にってあなた……」
「ののかちゃん。きっと弥堂くんもおトイレ行きたかったんだよ」
「あ、そ、そうだよねっ? トイレ前まで一緒でその後は男子トイレに入るってことだよね?」
「いや? 俺は別に便所に用はないが」
「えぇっ⁉」
女子トイレに入場する意思があることが確定し、全員が驚愕をする。
「時間がもったいない。さっさと行くぞ。おい水無瀬、これ持ってろ」
「え? あ、うん……」
「え、えっと、弥堂くん冗談だよね? あまり冗談に聞こえなかったんだけど……」
「冗談など言っていない。早くしろ。女子力が足りないぞ」
言いながら弥堂は弁当袋を持たせた水無瀬を抱いて歩きだす。
早乙女は慌ててその後を追った。
「ちょ、待って! このままじゃののか、女子トイレに変態を手引きした裏切者になっちゃうんだけど⁉」
「だったらそこで待っていろ。お前が居ても居なくても、俺はこいつを女子トイレに連れていく。そういう約束だからな」
「七海ちゃんとどんな約束したの⁉」
残された者たちは呆然と3人を見送った。
ズカズカと大股で進む弥堂の後をパタパタと早乙女が追いかける。
「弥堂くん! 歩くの速いっ! てか、どこのトイレ行くの? 一番近いのは逆方向だよ!」
「わかってる。だが、こっちでいいんだ」
「いいんだって……あっ! ははぁーん、そういうことね。オッケーだよ。そっちでいいね!」
何かを察した様子の早乙女は弥堂に追いつくことに集中する。
「おい、漏れそうか?」
「え? ううん。そんなにギリギリなわけじゃないよ?」
「そうか」
弥堂は少し歩調を緩めた。
すると早乙女が追いつき、横に並んで歩く。
昼休みの校舎内で女子をお姫様抱っこしながら闊歩する男とすれ違う生徒さんたちは一様にギョッとして道を譲る。
「てゆーか、まなぴーばっかずるーい! ののかも楽したーい! ねーねー、おんぶしてー!」
「とっさに動きづらくなるからダメだ」
「なんだとー? 女子をおんぶできるとか役得でしょー! 弥堂くんなかなかやるじゃーんって思ったからサービスしてやろうと思ったのに!」
「え? なんのお話?」
「ふふーん、まなぴーは気にしなくていいんだよっ」
「そうなの?」
「そうなのだー」
「わかったのだー」
キャッキャとお喋りする女子たちに弥堂は顔を顰める。
「うるさいぞお前ら。黙って歩け」
「お? そういうこと言っちゃうんだー? それならののかにも考えがあるぞー?」
「余計なことをするなよ」
「やーだよ! ダメって言われたけどおんぶしちゃうもんね! えいっ!」
早乙女はぴょんこと飛び上がり弥堂の背中へ飛びつく。
弥堂は嘆息交じりに水無瀬を片手で持ち直し、体を横にずらす。
そして、今まで歩いていた場所に飛び込んできた早乙女を空いた片手でキャッチして抱える。
そのまま両手に女子を一人ずつ持って何事もなかったかのように目的地を目指した。
「おぉっ! 片手で持つとかすごいっ!」
「ねー? 力持ちだねー?」
「舌を噛むと面倒だから黙ってろ」
「てゆうか弥堂くん?」
「なんだ」
「これってさ、ののか達もしかしてパンツ丸見えなんじゃないの?」
「それがどうした?」
「やっぱりぃぃーーっ⁉」
「おい、うるさいぞ」
「こんなのってないよ! もうちょっと配慮してよ!」
「別にいいだろ。どうせたいしたモンじゃないんだ」
「なんだとぉーっ⁉ それはののかのパンツにリスペクトが足りないと思います!」
「わかった。あとでちゃんと指さしてリスペクトしてやる」
「意味がわかんないよ!」
「わっ、ののかちゃん。暴れたら危ないよ?」
「まなぴーはなんでそんなに落ち着いてんの⁉ パンツ見えてんだよ⁉」
「えっ? あ、えっと……、ごめんね……?」
「なんでまなぴーが謝るの⁉」
しかし早乙女の心配は杞憂であった。
周囲から見れば、小柄な少女二人を浚った仕事帰りの山賊の姿にしか見えなかったので、誰もが心から関わりたくはないと思い、目を背けていたからだ。
ギャーギャーと騒ぎながら進んでいるとまもなく目的地に到着する。
「よし、では行ってこい。俺はここで3分待機した後にこの場を離れる。帰りは勝手に帰れ」
「色々言いたいけど、わかったんだよ! ちゃんと人通りの多いとこ選んでまなぴーを連れて帰ります!」
「え? 弥堂くんは教室戻らないの? 一緒にごはんたべようよ」
凛々しい顔で敬礼をする早乙女の横で、水無瀬がキョトンとした顔をする。
「悪いが用事がある。昼休みは席を外させてもらう」
「甘やかしDAYでもそこは頑なに断るんだ……」
「そっかぁ、ざんねん」
「いいからさっさと行け」
弥堂は女子をトイレの中へ追いやり、待機時間を利用してスマホでメールを1件作成し送信する。
そうしているうちに3分かからずに出てきた彼女たちに暇を告げ、次の目的地へと向かった。
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