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1章 魔法少女とは出逢わない

1章20 腹ノ中ノ汚イモノ ①

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 路地裏を駆ける。


 耳元で鳴り響く水無瀬とメロの叫び声を意識から除外し、背後から近づく獣の足音に注意を払う。


「――うおぉぉぉっ⁉ おい! なにやってんだこのゴミクズ! 落ち着けっ!」


 ゴミクズーと呼ばれる大型犬くらいの大きさの化けネズミ。

 そのネズミに跨った悪の幹部が何故か焦ったような声をあげているが、今はそれはどうでもいいだろう。



(さて、大分走ってきたわけだが――)


 そろそろ現在の状況をどう終わらせるかを具体的に決める必要がある。


 ここまで弥堂は逃げ、ゴミクズーが追う。

 その中で速度においてはやはりゴミクズーに優位性があることがはっきりとした。


 彼我の距離は着実に縮まっており、このままずっと駆けっこを続けるのであれば、追い付かれて食い殺されるのは時間の問題だ。


 だが、弥堂にそのことに対する焦りはない。

 何故なら――


(――もうすぐ住宅街か)


 このままの進路をとっていれば住宅の多い区画に出る。


 もしも自分たちだけが生き残ることだけを考えた場合、住宅街まで逃げきってしまいさえすれば、適当に目に入った通行人を背後の化け物への生贄にしてしまえばいい。

 見知らぬ誰かが喰われている間に余裕で逃げ切れる。


 だが、明日からのことを考慮すると、化け物と死体が衆目に晒され大きな騒ぎになれば都合が悪くなる。

 下手をすれば駅前の路地裏一帯を閉鎖などということになり、自分の本来の仕事がやりづらくなる。


 ならば――


 チラリと水無瀬の股の間にぶら下がる小型の化け物を視る。


 住宅街に着く前に引き離せば、事が公になる確率はグンと下がる。

 このネコ擬きを喰わせている間に逃げるプランもあるが、その場合は賠償金がネックとなる。


 他人のペットを死なせた際の賠償金の額を決める基準を弥堂は寡聞にして知らない。

 仮に残りの寿命で換算する場合、もしもネコ妖精とやらが数100年生きるタイプの化け物だったらとんでもない金額を請求されることになる。


(それならいっそ――)


 ネコが必死にしがみついているケツに視線を移す。


 飼い主ごと化け物の餌にしてしまえば生き残りはいなくなる。目撃者も証人もゼロだ。


 だが、それなら最初から彼女たちを置いてくればよかっただけの話なのだが、何故そうしなかったのかといえば、不思議と自然に体が動いてしまいどうしてか助けてしまった――などということでは当然ない。


 水無瀬だろうと、ネコ妖精だろうと、見知らぬ一般人だろうと。


 ただ逃げ延びるだけでいいのならその内のどれを犠牲にしても一緒なのだが、その後のことも考えるとそうもいかない。


 おそらくあのネズミはここらの路地裏に棲みついていたモノで、そして今後も棲みつくモノだ。


 そして弥堂は今日を落ち延びたとしても、月曜日からの『放課後の道草はダメだよキャンペーン!』のために、またここに戻ってこなければならない。

 巨大ネズミの化け物がいたから仕事が出来ませんなどという理屈は許されない。

 であるならば、あのゴミクズーとかいう化け物は始末をする必要がある。

 そしてその為には――


 チラリと左肩の上のケツに意識を向ける。


「――ひゃんっ⁉」


 その為には魔法少女の力が必要となる。


 この場を生き延びても明日からここで仕事をする駒になれないのであれば、弥堂という生命には価値がない。それは死んでいることと何も変わらない。

 だからあのネズミを殺せないのならば生き残る必要がないということになる。


 つまり、この戦闘の勝利条件はここでゴミクズーを殺しきることによってのみ満たされる。


「――おい! コラっ! このドスケベやろーッス!」

「ん? なんだ?」


 思考が纏まったところでネコ妖精に怒鳴られていることに弥堂は気付く。


「なんだ? じゃねーッスよ! この非常時になにやってんスか⁉」

 メロにペシペシっと手を叩かれて、「なんのことだ?」と視線を遣れば、自身の手が肩に担いだ水無瀬の尻を撫でていることに気付く。


「あぁ。悪いな」

「あぅぅぅ……」
「スケベにもTPOが必要じゃろがいッス! どんだけ性欲強いんスか!」

「誤解だ。俺はただ、このケツをどう使ってやろうかと考えていただけだ。それで無意識に手で触れてしまったのだろうな。他意はない」

「他意しかねーッス! 性欲の化け物ッス!」

「うるさい黙れ」


 頭の中でこの辺りの地図を開き角を曲がる。取り壊し中の廃ビル群の地帯へと進路をとった。


「おい、水無瀬。確認だ」
「え?」


 プランが決まった以上無駄口を叩いている暇はない。弥堂は役立たずどもの訴えを無視して、必要な確認作業に入る。


「あのゴミクズーは魔法でしか倒せない。真実か?」
「あ、うん。多分そうだと思う」

「そうか。お前、今のままでは魔法は使えないのか?」
「う、うん……、ごめんね……」

「そうか。では魔法少女に変身する必要がある。そうだな?」
「うん」

「その為にはあのペンダントが必要だと?」
「うん! そうなの!」

「そしてペンダントは化け物の腹の中」
「あぅ」


 結論を共有する。


「つまり、あれを奪い返さない限り何もできないと」

「あぁぁぁあぁっ! なんてこったーッス! 魔法を使うためのペンダントを取り返すための魔法を使うためのペンダントがないッスーーっ!」

「ご、ごめんなさーーーいっ!」


 今頃になって慌てふためく無能どもの叫びを冷えた眼で流す。


「もうダメッス! もう終わりッス! このままジブンら捕まってエライことされるんっす! 薄い本みたいに! 窮猫、鼠に孕まされるッス!」

「おい、ぽんこつコンビ」

「誰がぽんこつじゃー、ボケーッス!」


 喰ってかかるネコを睨みつけて黙らせる。


「お前らの目的はなんだ?」

「へ?」
「は?」

「この状況からヤツを倒した上で生き延びたいか?」

「えと……それは、うん。もちろんっ」

「奇遇だな。実は俺もそう考えていたところなんだ」

「……オマエ、なんでそんなに落ち着いてんスか?」

「ではお前らに提案だ。俺と協力しないか?」

「きょう……?」
「……りょく?」


 揃って疑問の声をあげるコンビへ概要を伝える。


「なに、難しい話じゃない。役割をわけよう。俺がペンダントを取り返す。お前らはその後にヤツを仕留める。シンプルだろう?」

「えっ、でも……っ」
「取り返すったってどうやって……」

「それはお前らが気にすることじゃない。俺が奪還に成功すればお前らはいつも通りにゴミクズを始末すればいいし、俺が失敗したらお前らは逃げればいい」

「弥堂くん、もしかして危ないことするの……?」
「早まっちゃダメッスよ少年っ!」

「なんだ。心配なのか? 失敗しても俺が死ぬだけだし、最悪の場合でもお前らも含めて全員死ぬだけだ。大した問題じゃないだろう?」

「そんな……っ⁉ ちがうよ! 私が心配なのは――」
「こ、こいつ、頭おかしいッス……」


 足手纏いどもの聞き分けが悪いので言葉を強めていく。


「お前らが何を言おうと俺はやると決めたら必ずやる。協力する気がないのなら好きにしろ。だが、その場合。ゴミクズーが魔法でしか殺せないのなら、無事にペンダントを取り返せたとしても俺は殺されるだろうな。それが嫌なら黙って俺の言うとおりにしろ」

「そ、それは……、でも……っ!」
「イ、イカレてるッス……、なんつー脅し方するんスか」

「うるさい黙れ。『魔法』などという特別な『加護ライセンス』を能えられながら、それを全く効果的に使えない無能どもが」

「はぅぁっ⁉」
「こっ、このやろー! 事実でも言っちゃいけないことってあるんスよ!」

「現時刻を以てお前らは俺の指揮下に入る。やれと言われたことをやり、言われてないことは何もしない。ただそれだけの馬鹿でも出来ることだ」

「え? えと、よくわかんないけど、私がんばるねっ」
「おぉ……、さっき協力って言ってたのに手下になれに変わったッスよ!」

「うるさい。いいか、役立たずども。俺がお前らを有効的に使ってやる。つべこべ言わずに俺の命令を聞け」

「はっ、はひっ! ききまひゅっ! なんでもゆうことききまひゅっ! いっしょうけんめいしめつけてこしこしこしゅりまひゅ……っ!」
「わっ⁉ ど、どうしたのメロちゃん⁉」


 何故かネコ妖精が急に興奮しだしたが、ろくでもないことの気配を感じて弥堂は無視をした。


「お前らにする命令は一つずつだ。まずは水無瀬」

「は、はいっ!」

「俺がいいと言うまで絶対に出てくるな。それまでは絶対に何もするな。いいな?」

「え? えと……、どういうこと……?」

「そのままの意味だ。俺がペンダントを奪還してお前を呼ぶまで絶対に何もするなと言っている。『はい』か『YES』で答えろ」

「は、はい! わかったけど、でも弥堂くん、危ないことはしないでね……?」

「俺のことより自分の身の安全に気を付けるんだな」

「え?」


 いまいち理解していない様子の水無瀬だが、それも無視して周囲の風景と脳内の地図を照らし合わせる。

 塀に囲まれた敷地が多くなってきていて、あまり高さのない建物や取り壊し中の建物が増えた。

 ここら辺にあるのは街の再建の時に最初に建てられた仮設拠点のようなものが多く、今では誰も使う者がいなくなり、再開発予定のまま放置されている地帯だ。

 そしてここが予定していた交戦ポイントとなる。


「おい、クソネコ。次はお前だ」

「はひっ! うみまひゅっ!」

「ラリってんじゃねーよ」

「あいてッス⁉」


 酷く興奮状態になる獣の鼻先を指で弾いて正気に戻す。


「おい、お前はマスコットだったな?」

「え? そうッスよ! マナをお助けするキュートなネコ妖精ッス!」

「そうか。じゃあ水無瀬を守りたいか?」

「もちッス! もちもちッスよ!」

「そうか。ではお前に命令だ――」


 ガッと強く水無瀬の服を掴む。


「――上手くキャッチしろよ」

「――へ?」


 体勢を大きく変え急ブレーキをかけながら振りかぶり、塀の向こうへと水無瀬をぶん投げる。


「――ひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」
「――ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッス⁉」


 ブオンっと宙に浮かび上がって塀の反対側に落ちていく水無瀬を尻目に、靴底を路面に摩擦させながら身体を反転させそのまま半身になる。


「きゃぁぁーーーーーっ!」
「マっ、マナぁーーーっ!」


 ネコ妖精がきちんと仕事をすればそう酷いことにはならないだろう。なったとしたらそれはネコのせいであり自分は悪くはないと弥堂は考え、完全に彼女らは意識から切り離す。

 そして、正面から迫る敵に集中する。


「お、おいっ! オマエなにやってんだ⁉ 危ねぇぞ! そこどけ!」


 ネズミに跨った悪の幹部が何かを言っているが無視する。

 当面の脅威は化けネズミだ。ヤツを血祭りに上げるのはその後になる。


 ドッドッドッ――と頭の中で響く音に神経を溶け込ませながら脅威の姿を視線で捉えて視る。

 血に飢えた獣に相応しい興奮しきり血走った目。


 四つ足。

 獣。

 爪。

 牙。


 予想される攻撃パターンをいくつか頭に浮かべてみる。


 スッと息を吸い込み一気に肺を膨らませた。


「ギィィィィィィ――っ!」


 交戦可能距離に入り、耳障りな鳴き声をあげた化けネズミが足を踏み切って跳ぶ瞬間――



「―――――――――――――――――――――――っ‼‼」


 特殊な呼吸法から声に威をのせて敵へぶつける。


 先日学園で一般生徒たち相手に身動きを封じた時や、昨日ネコ妖精相手に大きくバランスを崩させた時のようにはならない。

 弥堂程度の存在が、このサイズの化け物の根幹を揺るがすほどの威を発することは出来ない。


 だが――


「――ギィっ⁉」


 宙へと跳ぶために踏み切る瞬間を狙ってぶつけてやれば、選択の強要をしてほんの一瞬の思考の隙間を生みだすことは可能だ。


 獲物に跳びつこうとしていたネズミは踏切りにほんの僅かな迷いを生じさせ、中途半端な形と勢いで跳躍する。

 そして姿勢の制御と次の行動の選択をし直す為に、一瞬だけ獲物から意識を外す。


 そしてその一瞬を使って弥堂は姿勢を下げながら前に踏み込み、跳び上がったゴミクズーの下に潜り込む。

 自身の身体がブラインドとなったネズミは弥堂を見失う。そこに次の一手の為の一瞬が生み出される。


 ガードをするように構えた左腕を、落下してくるネズミの両前足の付け根に合わせ、力の流れを変えながら掬い上げるように化け物の身体を縦にする。


「おっ、おわあぁぁーーーーっ⁉」


 ネズミの背中から落とされたボラフは無視し、道路脇のブロック塀へ受け流した力を利用しながら抑えつけるようにネズミの背中を叩きつけた。


「ギュィっ――⁉」


 これ自体では化けネズミには何らダメージはないだろう。

 だが、身を返されたことと衝突のショックでここにも一瞬の思考の隙が生じる。

 ヤツが次の行動選択を決定する前に、弥堂は左腕をネズミの前足の付け根に押し付け、下から担ぎ上げるようにして抑えたまま、腹に右の拳を当てる。


 間髪入れずに足の爪先から拳までを順に適切に捻り、敵を殺す為の威を大地より汲み上げる――


零衝ぜっしょう


「ギッ⁉」


 頑丈な外皮を貫通しその身の内部へと威を徹す。


 ネズミの背後のブロック塀に放射状に罅が入る。


【零衝】


「ギャッ!」


 すぐさま二撃目を打ち込む。


(またズレたか……)


 内臓を破裂させる為に威力を全て獣の腹の内部に徹したつもりだったがいまいち上手く徹らない。背後の塀の罅が増える。

 その結果を評価しながら左腕は押し付けたまま身体だけを少し横にズラす。


「ギュイィっ!」


 前足を付け根から抑えつけられていて動かせない為、ネズミが蹴りのように跳ね上げてきた後ろ足が今さっきまで弥堂の身体があった場所を通過していく。


(ならば――)


 獣の身の脇を通して右拳を押し当てる。


 今度は後ろのブロック塀に――


【零衝】


――その一撃で既に亀裂の入っていたブロック塀は砕け散った。


 ゴシャァっと音を立てて破砕する塀が崩れたことで支えを失った化けネズミの身は宙に浮かぶ。


 そして、バランスを失い目を白黒させる獣をそのまま自分の体重を乗せて地面に叩きつけた。


「――――っ⁉」


 一瞬、息が詰まったように口を開けたゴミクズーの様子を確認しながら、マウントポジションをとるように上に跨り、その動作の最中に地面から握り拳大のブロックの破片を拾いあげる。


 左腕で抑えていた両前足の付け根を両膝で固定すると、この時になって自分の上に乗った弥堂にようやく気が付いたネズミと目が合う。


 身体が大きくなったことで獣としてのプライドも大きくなったのか、ヤツが次に選択した行動は反撃ではなく、己よりも矮小な存在である人間への威嚇の叫びだった。


 弥堂は冷酷な瞳で敵を見下ろしながら、声を発する為に持ち上げようとした上顎へのカウンターとなる形で、手に持ったコンクリの塊をネズミの鼻面に叩きつけた。


「ギュァっ!」


 痛みからか、途中で遮られた威嚇の叫びが漏れただけかはわからないがネズミが大声で鳴く。

 わからないからもう一度同じ場所をコンクリで叩く。


「あいてててっ。腰打ったじゃねえかクソッタレめ…………あん?」


 ネズミから振り落とされて転倒していたボラフが立ち上がり、自身が従えていたゴミクズーに跨って殴りつける人間の姿に気が付く。


「オマエなにやってんだ? 人間がゴミクズーをぶん殴ったってどうにもなんねえぞ。死にてぇのか?」


 自分が追い回していた相手に逆転された形になったはずだが、まるでそのことに危機を感じている様子はなく、どこか呆れたような口調だ。


 弥堂はそれを無視してもう一度獣の顔面を目掛けて無機質の塊を振り下ろす。
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