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1章 魔法少女とは出逢わない
1章18 4月18日 ③
しおりを挟む「あんだぁ、テメー? 誰に断ってここ歩いて――」
路地裏を征く。
この美景市は、ここまで散々治安が悪いだの穢れているだのと記してきたが、それはあくまで多少なりとも裏側を知っている者たちからの印象である。
そういった事情を知らない者たちからすれば、見た目上、表面上は再開発されてまだそうは年月が経っていないこともあって、比較的綺麗で新しい街であると思われている。
「――オエっ…………、オエエエェェェェっ……!」
「――イデェ……っ! くそっ、テメー一体――」
どこの街もそうであるとも謂えるが、それに倣うのならば、この美景市も多分に漏れずに陽の当たる場所とそうでない場所がある。
一度滅んでもそれでもなお、そういうことになる。
光と陰。表と裏。
新美景駅周辺での話であれば、表となるメイン通りと、文字通り裏となる路地裏とで、明確に明暗が別れる。
「――じゃあーーーっ! コラァっ! テメー!」
「ぎゃああぁぁっ⁉ やめっ……やめて……っ!」
表に居るのは所謂一般人だとか社会人だとかと呼ばれる者たちで、裏側を知らぬ者、知っているから避ける者、そしてそんなものはこの世に存在しないと見て見ぬフリをする者だ。
わざわざ暗がりに首を突っこまずとも平穏、無事に暮らしていける者ということになる。
「――デェェェっ⁉ イデエェよぉ……っ!」
人間とはこう在るべき、そう成るべきと教えられ、そしてそれに大きくは違わずに居られた者たちだ。
一般的に社会と謂えば、そういった光に照らされた場所で、その光の下を歩くことを許された者たちのことを指す。
だが、光が差せば必ず陰となる場所が生まれ、全ての物事には背景があり、さらにそれには裏側があったりすることもある。
「あん? 見ねえツラだな……オマエどこ――」
平穏に無事に日々を暮らす中で、口にする美味しいもの、便利に使う道具、楽しんでいる娯楽。
それらがどうやって作られているか、どうやって成り立っているかを多くの者が知らないし、知らないフリも出来る。
「ヒッ――⁉ お、お前らっ! 逃げるな……っ! まて――」
もしかしたら、今着ている衣服は世界のどこかの侵略された国の住民を強制労働させて作られた物かもしれないし、世界中の人間に大きな感動を与えた催しが行われた会場は、奴隷のように働かされた人々が死傷者を出しながら完成させた物かもしれない。
十分に暖の足りた部屋の中で着飾り、泣きたいという欲求に従い感動を探し涙を流し、生きる為でない食べ物を口に入れながら「美味しい、美味しい」と笑うのだ。
しかしそれは決して咎められることでも、恥ずべきことでもなく、誇るべきことだ。
「外人だっ! 外人どもが殺し屋送り込んできやがった……っ!」
「ミタケさんにっ! ミタケさんに伝えてこいっ! 行け……っ!」
何故なら『世界』がそれを許したからだ。
「ギッ――⁉ こいつ……っ⁉ ツエェぞ……っ!」
「ヤマトくんは……っ⁉ ヤマトくんはいねえのかよ……⁉」
表側に居られる幸運、裏側を見ずに済む幸運は、『世界』から能えられた『加護』だ。
無知なままで、不感症のままで生きていられる幸福をただ喜べばいい。
「ヤベデ……っ! やべでぐだざい……っ! もうなぐらないでぐだざい……っ!」
明日は我が身と怯えてもいいし、怯えなくてもいい。
己で選んで幸運となったわけではないのと同じように、今の幸運が永続的なものなのか、そうでないのかもどうせ自分では選べないのだ。
だから、裏を知らず、闇を覗かず、今日も『世界は美しい』と謳っていればいい。
知ってしまえば、視てしまえば。
その瞬間に世界は美しくなくなってしまう。
たった一歩足を踏み入れただけでもう二度と戻れなくなってしまうこともあるのだから。
だから、知らぬままで、覗かぬままでいて欲しい。
こちらも知られぬよう、覗かれぬよう上手くやる。
気安い好奇心や気紛れのような正義感でこちら側に来られては迷惑だ。
社会の決まり事など所詮は表側の世界だけのものだ。
知られなければ、見られなければ。
何が起きても、何をしても、その全てはなかったことだ。
だから――
(――俺の邪魔をするな)
弥堂は必要な作業をしながら路地裏を進む。
もう何度角を曲がっただろうか。
大分奥まで這入りこんだ。
ここいらの建物は街の復旧の最初の方に建てられたものだ。
これから街を復旧するにあたっての“とりあえず”で、適当とまでは言わないが速さを優先させて作られた地区となっている。
そのため、この街の中ではわりと古い方になる建築物が、碌に区画整理もされず乱雑に建てられている。
その復興開始の当時ここいらの建物を使っていた者たちは、後から完成した綺麗に整理された新しい区画へとっくに引っ越してしまっている。
本来であればひと通りの復旧が終わった後にこの辺りも整理される予定だったのだが、復旧のどさくさに紛れて金に糸目をつけずに外国の者たちがここらの土地や建物を買い漁ったため、市も自治体も手が出せなくなってしまい、その末にこのような裏の街が出来てしまった。そのように聞いている。
それが顕著なのが北口の外人街であり、今のところこちらにまでは手が付けられていないようだが、それも時間の問題に過ぎない。
ここを売り飛ばした元の所有者たちは、その取引で得た金で治安の良い場所に綺麗な家を建て、何も知らずに幸運と幸福を謳歌していることだろう。
表のメイン通りを歩いている者たちも同様に、週末の買い物や食事に遊びに心躍らせながら光に照らされた場所を歩いている。
その裏側に何があるのか、何が起きているかなど知ることもなく。
ここで何が起きてもそれは誰にも知られることはない。
ただ運のない者がひっそりと息を引き取るだけのことだ。
それは誰であっても例外ではない。
当然、弥堂 優輝も、例外ではない。
ガリッ、バリッ、ゴリッ――と。
潰して砕く音に紛れてピチャピチャと水音が鳴る。
その音の発生源は進行方向の先。
この路地裏でも一際明かりの届かない暗がり。
積み重なったゴミ袋のような塊が蠢いている。
足を止め眼を細めてそれを視る。
ドッドッドッ――と頭蓋の中身が脈動する。
「ギィっ……?」
ガラスを擦ったような不快な鳴き声とともに形を崩した蠢きから赤い目が浮かぶ。
それが弥堂を見た。
ネズミだ。
昨日もここらで見たネズミの化け物。
(ゴミクズー……)
水無瀬はこれをそう呼んだ。
大型犬ほどのサイズのある在り得ない生物を視れば――
(――なるほど。1種族につき1個体。そんなわけはないよな……)
どうやら二日も続けて交通事故レベルの貧乏クジを引いてしまったようだ。
そして今日はそれだけでなく――
「オイオイオイオイ。ダ~メだぜぇ~? よいこがこんな所に来ちゃあ……」
ネズミのいる場所よりも奥から、化け物の身体の脇を通って何かが近づいてくる。
成人男性ほどの大きさのヒトガタのシルエット。
化け物ネズミ以上の存在感を発しながら、ここに居るようで居ないような、より曖昧に感じられる存在。
その姿の詳細ははっきりと見えない。
辺りが暗いためによく見えないというわけではなく、全身が真っ黒で闇と同化している。
闇夜に浮かぶ三日月が三つ。
二つの目と一つの口。
輪郭のない顏に表情だけを造っているように見える。
(全身タイツの黒い人、ね……)
水無瀬はそう表現していたが、弥堂にはライダースーツのように見えた。
全身を覆う黒のライダースーツに黒いヘルメットを被ったようなシルエット。そしてそのヘルメットに三つの三日月。
(まぁ、どちらでも一緒か)
タイツだろうがスーツだろうが、そんなものはどちらでもよく、そして意味がない。
弥堂はさりげなく周囲を視る。
この場所に辿り着くまで暫くの間、ギャングたちも見掛けなくなっていた。
どうやら自分は奥の奥、裏の裏までノコノコと来てしまったようだ。
世界の裏側で何が起ころうとも表には知られない。
こんな奥では、こんな裏では。
例え人が死んだとしても誰にも知られない。
化け物に食い殺されたとしても誰にも気付かれない。
例え、その“人”が弥堂 優輝だったとしても。
ネズミの少し前でその闇の化身のような黒が立ち止まる。
三日月のような口がニィっと歪められた。
「ドウモ コンバンハー! 悪の幹部デエエェェェッス!」
弥堂は眼を細めさりげなく右足を半歩引いた。
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