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1章 魔法少女とは出逢わない
1章13 Cat on site ④
しおりを挟む(素人め)
心中でそう罵りながら弥堂は対応する。
確かに目を見張る――実際には見張ろうにもほとんど見えない程の――スピードなのだが、そうであることを知っていれば驚きはしないし、備えてさえいれば対処も出来る。
腕枕をするようにして、折りたたんだ左腕で側頭部と後頭部も守りながら、頭上より振り下ろされるしなやかな細い脚を視る。
インパクトの瞬間に自分から当たりに行って打点をずらす。
相手の攻撃がヒットした腕から伝わる、相手の骨や筋肉の動きを読み、それに合わせて膝を抜き衝撃を殺す。
一瞬沈めた身体を戻す反動を利用して速度に換え、ガードした腕を相手の蹴り足の下で回転させその足を巻き込むようにして抑え込みにかかる。
足首を摑まえると同時に再び、今度は先よりも深く身を沈めることによって相手の重心も崩し、バランスを破壊してやる。
そして、次に起こるであろう事象へ対処するために、間髪入れず希咲へ目掛けて右手を突き出した。
「――っ⁉」
希咲は驚愕に目を見開きながら己の失策を悟る。
つい、いつもと同じような動きで蹴りを放ってしまった。
不良たちにはそれで十分でも、この男には自分の攻撃が見えるし、対処も出来るということはわかっていたはずなのに。
『お前も意外と学習しない女だな』とはそういう意味かと気付く。
(うっさいわね――っ!)
声には出さず毒づきながら、自分も相手の攻撃に対応することを優先させる。
自分自身のスピードも自慢ではあるが、優れた動体視力で相手のスピードを見切ることにも自信はある。
打ち出される弥堂の拳の行き先を見る。
顔面狙いならどうにか避けられるが、鳩尾や腹部などの身体の中心を狙われたらマズイ。
それを回避する手段はこの人目の多い所ではあまり採用したくはないが――
(――でも、例の必殺変態パンチを打たれたらマズイ……っ!)
コンクリートの壁を破壊するような威力の攻撃だ。それをここでまともにもらうわけにもいかない。
贅沢は言ってられないかと、決意をしながら見守る弥堂の拳が近づく。
奴の拳は希咲の鳩尾よりも下へ、下腹部よりも下へ、股間よりも下へ向かっていく。
(ん?)
弥堂の右手は、昨日の文化講堂での対決時と同じようにガードされた右足を上げたまま抑えられているために開いている希咲の股の間というか、下というか、その空間へと突き入れられた。
「……は?」
奴の攻撃は空振りしたようなものなので、肩透かしをくらったように希咲は一瞬呆ける。
しかし、弥堂の攻撃はまだ終わってはいない。
弥堂は希咲の股の間に突っこんだ右手で、彼女のお尻側のスカートを素早く掴み、腕を引き戻すと同時にそれを引っ張る。
そして身体の前面、股間側のスカートも同じ手で掴み、そこで手の位置を固定した。
股の下でスカートの前と後ろを合わせて閉じて、不細工な半ズボンにしたような恰好だ。
希咲は自身の股間の下の彼の手を見下ろし、ぱちぱちとまばたきをする。
弥堂は希咲の足を摑まえている左手の指を伸ばして、左耳の穴に突っ込んだ。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ――っ⁉」
当然鳴り響く大絶叫に、弥堂の右のお耳はないなった。
『素人め』などと蔑んだものの、圧倒的なスピードのスペックを持つ希咲 七海という難敵に対抗する為に、自身の右耳は諦めたのだ。
耳は右と左で二つある。
それはつまり片方なくなっても構わないということだ。
「なっ……⁉ ななななななななな――っ⁉」
混乱状態に陥った彼女がバランスを崩しそうになったので、掴んでいる右足の位置を調節してやり重心を整えてやる。
「なにしてんだーーーーっ、このやろーっ!」
「昨日もそうだが、自分から襲いかかってきておいてその言い草はなんだ。反省しろバカが」
「やだやだやだっ! ちかいっ! そこちかい……っ! どこに手ぇ突っこんでんだばかやろーーっ!」
「股だが?」
「だが? じゃねーんだよ、変態っ! 痴漢っ!」
「別に触ってないだろうが、言いがかりはよせ」
「そうだけどっ! 触ってなきゃいいってもんじゃないでしょ⁉ そこは絶対ダメなとこじゃんっ!」
「あ? なにが駄目なんだ?」
「だって……っ! 近いじゃん! そこは!」
「近い……? 何が何と近いって?」
「だからっ! そこに手あるとソコと近いでしょ⁉」
「そこが多くてわからんな。はっきり言え」
「はっきりって……だって…………、ソコは、あたしの、ア――って! 誰が言うかボケがぁーーーーっ‼‼」
「お前はホントにうるせえな……」
「うるさいってなによっ⁉ あんた絶対わざとやってんだろ⁉」
「おい、暴れると手が当たるぞ」
怒り狂って猛抗議をしようとした希咲だったが、弥堂にそう指摘されるとピタっと大人しくなり、自身の手を弥堂の手に重ねてギュッと抑える。
どこか怯えたようにプルプルと震え、涙混じりの瞳で弥堂を睨みつける。
「なんで、すぐえっちなことすんの……? あんた変態すぎっ、マジきもいっ……!」
「そうは言うがな。むしろ俺はお前のパンツが衆目に晒されないように隠してやってるんだが」
「はぁっ?」
「……昨日のことをもう忘れたのか? 全く同じ状況になってどうなった?」
「ゔっ……、それ、は……っ⁉ お気遣いどうもっ! でもこれはなくない⁉ ここはダメなとこでしょ⁉」
「そこまで面倒を見れるか。勘違いをするなよ。そもそも別にお前のためにやってるわけじゃない。またいつまでも恨み言をグチグチと言われるのが面倒だから防いでやっただけだ」
「ツンデレみたいなこと言うな! きもいっ!」
「ツンデレはお前だろうが」
「誰がツンデレか! てか、いい加減スカート放しなさいよっ! いつまで掴んでるわけ⁉」
「別に俺は構わんが……いいのか?」
「はぁ⁉」
そう言って弥堂は周囲に視線を巡らせた。
彼に険悪な声を返しながら希咲もその視線を追う。
「ぅげっ――⁉」
先程まで阿鼻叫喚としていた周囲の者たちは落ち着きを取り戻し、自分と弥堂に注目していた。
その視線の多さに怯む。
「今これを離したらどうなるかは言うまでもないが……どうする?」
「ま、まって……、放さないでっ! ――てか、それ動かすな! 当たっちゃうでしょ⁉」
希咲に尋ねながら、掴んでいるスカートを引っ張ってクイクイする弥堂を希咲は焦りながら咎める。
「どうすると訊いているんだが」
「どうするって…………ねぇ、どうしよ……?」
目尻を下げてその形を歪めても美しさの損なわれない瞼に涙を浮かべ、ギュッとこちらの手を握り縋るような瞳で見上げてくる。
そんな顏と表情を見て、弥堂は酷く暴力的な衝動が湧き上がってきたような気がしたが、気がしただけなら気のせいだろうと視線を逸らした。
だから、『スカートを自分で掴めばいいのではないのか』と解決案を彼女へ伝えるのをやめたことには特筆するような理由はない。
「足っ……足下ろすから……っ! それまで持ってて! てゆーか、こっちもいつまで掴んでんのよ!」
「うるさい。大して強く掴んでないだろうが。外そうと思えば外せるだろ」
「そんな勢いよく動いたら当たっちゃうかもしんないでしょ⁉ 不可抗力っぽくして触ろうとしてんだろ⁉ へんたいっ!」
「そんなわけがあるか。さっさとしろ」
「あっ、待って、待って……っ! ゆっくり! ゆっくりして……? 当てちゃダメっ……、ダメだかんねっ! 絶対触んないでよ! やだっ……、やだからね……? ソコ触ったら絶対許さないかんね……っ?」
「絶対が多いな……」
呆れたような心情で、そこまで絶対を重ねられたら何をしてももう許されないのだろうと知り、そしてそれは同時に、どうせ何をしても駄目ならもう何をしてもいいということになるなと考える。
だが、特段何かしたいことがあるわけでもないので、流れに任せるまま大人しく彼女のやりたいようにさせる。
「立った! もう立ったから……! もう放して! 放してって……オラッ! 放せっつってんだろこのボケっ!」
安全を確保したからか、急にオラつきだして足をガシガシと蹴ってくる少女を弥堂はうんざりとした眼で見る。
こいつ途端に強気になったなと思うも束の間、弥堂が彼女のスカートを離して股の間から手を引き抜くとヘナヘナと脱力し、地面にペタンとお尻をつける。
「うぅ……また恥ずかしいことされたぁ……もうお家帰りたい……」
また昨日のように複数人に下着を見られるところだった。
「大丈夫だったよね……?」とソロっと周囲に視線を遣ると思っていた以上に多くの人間がいた。
ともすれば、昨日と同じどころか――
(こんなに大勢のひとに――)
その想像をすると腰元からブルリと震えが背骨を駆け上がり、戦意は萎んでいく。
そんな彼女のヘタれた姿を見下ろして「やはりこいつ意外とバカなのでは?」と懐疑的な眼を向けていると、希咲へ近づく者があった。
「あの……大丈夫ですか……?」
「え……?」
先程希咲に助けられた少女だった。
「だっ、だいじょぶだから! セーフ! セーフだったから……!」
「セーフ……? 大丈夫ならいいんですけど……」
一応希咲を心配して声をかけた彼女は、何がセーフなのかはよくわからなかったが、とりあえず納得した。
「うぅ……ゴメンねぇ……」
「……いえ、いいんです……」
女生徒は口ぶりとは裏腹に、威勢よく出てきたわりにあっという間にヘタれた希咲に若干失望していたが、彼女は気遣いの出来る子なので表情には出さぬよう努めた。
希咲は弥堂の方へ首を回すと、女生徒に向けていたふにゃっと情けない顏を一転させて険しい表情を作る。
「あんたもうこの子にはチョッカイかけんじゃないわよ!」
「…………」
弥堂はそれには応えず、黙ってジッと希咲の顏を視た。
目元の赤らんだ皮膚と涙に濡れた生意気な瞳を見て、先程と同じように暴力的な気分になる。
「ちょっと! 聞いてんの⁉ あたし今休憩だから! 大人しくしてなさいよ⁉」
「…………」
目の前の二人のやりとりを見ている女生徒は『それってヤキモチ?』と心中で首を傾げ、そして『この人たちケンカしてるフリして、イチャついてるだけなのでは?』と疑心を抱いた。
「……休憩だと? 戦場で随分と悠長なことだな」
「何が戦場よ! ここは学校よ!」
「好きに考えればいい。それで守り切れるのならな」
「――っ⁉ あんた……まさかっ」
「そこで見ているといい。お前の甘さのせいで、その女のおぱんつがリスペクトされるところをな」
「そんな――っ⁉ やめなさいっ!」
希咲は焦る。
しかし、当事者たる女生徒は二人に白けた目を向けていた。
彼女視点からでは、弥堂は口ぶりの割に特に動こうともしないので、希咲の気を惹きたくて挑発するようなことを言っているだけのようにしか見えなかったからだ。
そのため特に危機感を抱いていない。
絶賛混乱中の希咲さんには、その様子は恐怖で呆けてしまっているように見えた。
「なにしてるの⁉ ボーっとしてちゃダメよ。早く逃げてっ!」
「え? いや、大丈夫じゃないかなって……」
「そんなわけないでしょ! 甘く考えちゃダメっ! こいつはね、女の子と見れば無差別にパンツをリスペクトしちゃうようなサイアクの変態なのよ!」
「そ、そうかな……? さっきから白目むいててやる気なさそうですけど……?」
「騙されちゃダメっ! あなたは知らないかもしんないけど、こいつはね、一日の大半は白目なの! そうやって油断させてすぐ女の子にえっちなことしてくるのよ!」
「おい、お前適当なことばかり言うな」
「うっさい! あんたは黙ってて!」
切迫した様子の希咲が危険を訴えるがその想いは通じず、女生徒は何故か逆に生温い目になっていく。
黙って聞いていると何を吹聴されるかわかったものではないので、弥堂は希咲の気を逸らして黙らせようと靴底で地面を擦る。
そのジリッという音に希咲はハッとなった。
(ダメ――っ! これじゃ間に合わない……っ!)
避難勧告をしたが、どうも危険に対する実感が薄いのか、彼女は逃げようとしない。
それに苛立ちを感じもするが、一方で仕方ないとも思う。
危険とは無縁の普通の生活を送っている人間が、ふいにそれと遭遇した時に即座に状況に適応できるわけがない。
ましてや、この男の変態性への対応の難易度は激ムズだ。
今も彼女は呆けてしまっている。
自分でさえも油断をすれば翻弄されてしまいかねない。どうにかギリギリのところで対応出来ているような状態だ。
希咲さんは、自分はギリギリ対応出来ていると自己評価をしているようだ。
弥堂が靴底を鳴らしたことで女生徒へ近づこうとしていると、希咲はそう誤認し焦っている。
(ヘタれてる場合じゃない……っ! あたしが何とかしなきゃ……、そうしなきゃ――)
――この少女のパンツがリスペクトされてしまう。
希咲は鎮火した戦意をもう一度燃え上がらせて、両足に熱量を注ぎ込む。
そして、もう関わりたくないという気持ちと、お家に帰りたいという願いをも捻じ伏せて立ち上がり、弥堂の前に立ち塞がった。
「ここは、通さないわよ……っ!」
「……一体なにがお前をそうまでさせるんだ?」
「知るか! もうわけわかんなくなってるけど、とにかくあんたの好きにはさせないんだからっ!」
「俺が好きでやってることなど何一つないんだがな」
「うっさい! 嘘つくんじゃないわよ! この『おぱんつ大好きマン』!」
「そのような事実はない」
飄々と受け流す弥堂を無視して希咲は女生徒へ振り返る。
「えっと……あなたC組の金子さんよね……? ここはあたしが食い止めるから今のうちに逃げて」
「えっ⁉ あの、なんで――」
「ゆっくり話してる暇はないの! ゴメンね? 今は黙って逃げて?」
「おい、みすみす見逃すとでも思うのか?」
「なによ! 別にこの子に拘んなくたっていいじゃない! どうせ女の子なら誰だっていいんでしょ⁉」
「誤解を招く言い方はやめてもらおうか」
「うっさい! あんたの相手はあたしよ!」
ビシッと指差す希咲を呆れた眼で見る。
「さぁ! 逃げるのよ! 金子さん!」
「いえ、あの、だからどうして私のなま――」
「さぁ、はやくっ!」
いまいち自分の話を聞いてもらえない金子さんは思わず弥堂の方へ不満そうな顔を向けた。
「あの、差し出がましいですが……確かにカワイイと思いますけど、あんまり揶揄うのは……あと、他の人に迷惑をかけるのも…………」
「誤解を招く言い方はやめてもらおうか。ちょっと何を言っているのかわからないが、キミもキリのいいところで逃げるといい。その方が面倒が少ないぞ」
「はぁ……」
「ちょっと! なに人のこと無視してゴニョゴニョしてんのよ! あたしが相手したげるって言ってんでしょ!」
「お前も懲りないな」
「懲りないのはあんたじゃない! 今日先生に怒られたばっかなのに、こんなにたくさんの人にまた迷惑かけて! ケンカしてたのはあたしでしょ! 他人を巻き込むな!」
「なんのことだ」
「惚けんな! わかってんだからね! 別に誰でもいいんならあたしでいいでしょ⁉ あたしのパンツをリスペクトすればいいじゃん!」
「……何言ってんだお前……?」
本人の申告のとおり、彼女は大分わけわかんなくなっているようで、とんでもない発言が飛び出した。
周囲が俄かにざわつく。
「あ、あのっ……!」
「まだ居たの⁉ 早く逃げなさいって言ってるでしょ⁉」
「いえ、その、希咲さん……? 何言ってるかわかってます? 大丈夫ですか……?」
「優しいのね、金子さん……。あたしのことは大丈夫だから心配しないで! 早くっ!」
「そうじゃなくって――」
「――うるさいっ! 早く逃げろっつってんだろーーーーっ!」
いい加減焦れた希咲にガーっと怒鳴られて驚いた金子さんは、「ひゃぁっ!」と悲鳴をあげて勢いで逃げ出した。
希咲はその後ろ姿を満足げに見送ると、変態へと向き直り対峙する。
「残念だったわね! あんたの好きになんかさせないんだからっ!」
「……残念ってことは別になにもないんだがな……」
「なによ、そのやる気ない態度っ! ナメてんの⁉」
「いや……それで? どうすればいいんだ? お前のパンツをリスペクトすればいいのか?」
「フンっ! やってみなさいよ! でもね……っ! そう簡単にあたしのパンツをリスペクト出来ると思わないことね!」
そう言って希咲は半身になり後ろ髪を払おうとして空振る。
おさげをイジイジしつつも油断なく弥堂を見据え戦意を漲らせていく。
虹を内包したような瞳が攻撃の意思で煌めいた。
「それはどういう意味だ?」
「大人しくリスペクトされてやると思ったら大間違いってことよ! 力づくでこいっ!」
不退転の覚悟を匂わせる希咲にしかし、弥堂は嘆息した。
「随分と張り切っているところ悪いが、その必要はない」
「は?」
「お前のパンツをリスペクトするつもりは俺にはない」
「……あんたまだ他の子を狙おうっていうの……っ⁉」
「いや。他の女のおぱんつもしない。必要があればまたすることもあるかもしれんがな」
「あんた、一体なにを言って……?」
弥堂の言っている意味が解らず眉を顰める。
「言葉通りだ。今日はもう終いだ。これ以上の不特定多数の女子のおぱんつへのリスペクトは不要だろう。もちろんお前のパンツもリスペクトしない」
「…………ねぇ?」
「なんだ?」
「ずっと気になってたけど聞きたくないからスルーしてたんだけどさ」
「なんだ」
「……なんであたしのパンツだけパンツって言うの……?」
「……? パンツはパンツだろうが」
「そうじゃなくって! 他の子は『おぱんつ』なのに、なんであたしだけ『パンツ』なのって言ってんの!」
「あぁ、そんなことか」
希咲の言い分に合点がいき、弥堂は「そんなこともわからないのか」とばかりに見下した眼を向ける。
「最初に言っていただろう? 『御』は敬意を表す時に付けるものだと」
「はぁ? それがなんだってのよ?」
「つまり、敬意を表さない時は『御』は付けないということだ」
「そんなの当たり前じゃん。なに同じこと言ってんの? バカじゃないの」
「ふん、馬鹿はお前だ」
「なにをーーっ⁉」
学習しない希咲さんはまんまと弥堂の謎理屈を聞いて熱くなる。
「いいか、希咲 七海――俺はお前のパンツをリスペクトしない」
「はぁ――っ⁉」
迫真の雰囲気で白昼堂々往来でパンツについて議論する二人の会話に周囲の人々は眉を顰めた。
「お前のパンツは『パンツ』。だが他の女のパンツは『おぱんつ』だ。掟があるからな」
「なにわけわかんないことを――」
「他の女のパンツはリスペクトするが、お前のパンツだけはリスペクトしない」
「だからなんだってのよ……っ!」
決してこのような変態のクズ男からの、自身の下着に対しての敬意など欲しくはない。それは誓って言える。
だが、希咲は何故か物凄くイライラしてきた。
その苛立ちはしっかりと表情にあらわれていて、弥堂はそれを見て満足気に鼻を鳴らすと、希咲によく見えるようにゆっくりと腕を動かして周囲の女子の一人に指を向けた。
「その女のパンツは『おぱんつ』」
言ってすぐに指をその隣の女子へ向け――
「お前のパンツも『おぱんつ』」
右方向へ流すように腕を動かしながら――
「お前も、お前も、お前も、『おぱんつ』だ」
次々と女子を『おぱんつ』呼ばわりした。
指を差され宣告された女子たちは、意味が解らなかったがとにかくキモかったので都度悲鳴をあげる。
「ちょ、ちょっと! あんた何して――」
「――だが……っ!」
制止の声をかけてきた希咲の言葉を遮るように、今度は彼女へ指の先端を向ける。
「――だが。お前だけは『パンツ』だ!」
普段平淡な話し方しかしない彼にしては珍しくドーンと大きな声で宣言した。
「なっ、なによそれっ!」
「言葉どおりだと言っているだろう。あいつも、あいつも、あの女も。世界中の女のパンツには敬意を表して『おぱんつ』と呼ぶが、お前のパンツだけは未来永劫リスペクトしない」
「なんかムカつくんだけど!」
「うるさい黙れ。この雑草パンツが」
「なんだとーーーっ!」
自身のパンツを酷く罵倒され、七海ちゃんはぶちギレた。
「雑草じゃないもん! 確かに高いのとかは買えないけど、ちゃんとカワイイの選んでんだから……っ!」
「バカめ。値段やデザインの問題ではない。お前が穿くとどんなパンツも凡百の駄目パンツとなるのだ」
「あたしが悪いっていうの⁉」
「そうだ。お前が悪い。だからお前のパンツも悪い」
「あんたにあたしのパンツの何がわかるってのよ!」
「ふん、昨日起きた諸々のことを夜中に様々な角度から考えた結果、お前のパンツはリスペクトする必要がないと、そう総合的に判断した」
「なにが総合だっ! 一回見たことあるからって知った風なこと言うな! 大体なんで夜中にあたしのパンツのこと考えてるわけ⁉ マジキモイんだけど!」
「お前のせいだろうが。夜中にお前のパンツのこと考えさせるんじゃねーよ。昨日一日お前のパンツにどれだけ振り回されたと思ってんだクソが」
「頼んでねーんだよ、クソ変態が! なんであたしのパンツだけバカにするわけ⁉」
「馬鹿にしてんのはお前だろうが。お前のパンツは俺を馬鹿にしてる。だから気に食わん」
「はぁ? あたしのパンツがあんたなんか意識してるわけないでしょ? キモすぎ!」
「お前のパンツは俺をナメている」
「あんたがあたしのパンツナメてんでしょ⁉」
希咲は勢いよくブワっと腕を振り上げてビシッと弥堂を指さす。
「あたしのパンツもリスペクトしなさいよ!」
そう高らかに宣言した。
が――
「七海……ちゃん……?」
聞き覚えがある声で名前を呼ばれビキッと固まった。
ギギギと声がした方へ緩慢に首を回す。
弥堂もそれに合わせて闖入者を確認しようと希咲の視線を追った。
「七海ちゃんったら……こんな所でダイタンですねぇ……」
そこに居た人物を見て、希咲は顔を青褪めさせた。
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