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1章 魔法少女とは出逢わない

1章06 School Days ③

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『もう弁当を作ってこなくていい』


 そう伝えようとしたが、最後まで言い切る前に発言をインターセプトされる。



 自身にとって何か非常に都合の悪いことを言われた気がした弥堂は口を挟んできた者を視る。

 相手はもちろん希咲だ。


「あによ。DMなりチャットなり、やりようあるでしょ」

「…………ちょっと何を言っているのかわからんな……」

「わかんないことないでしょ。あんただってedgeくらいやってんでしょ? パパっとID交換してメッセ一つ送ればそれで解決じゃない」

「…………ちょっと何を言っているのかわからんな……」

 半眼でこちらを追い詰めてくる希咲に対して二度同じ言葉で惚けてみた。もちろんそんなものは通用しない。


「嘘つくんじゃないわよ。風紀委員ってedgeで連絡とり合ってるって前に野崎さんに聞いて、あたし知ってんだから」


 チラっと野崎さんに目線を遣ると彼女は両手を合わせて謝意を示してきた。悪意あってのことではないので彼女は責められない。


「ほら、パパっと今交換しちゃいなさいよ」


 続く言葉に希咲に目線を戻すと彼女は「ふふ~ん」とドヤ顏だ。


(こいつ……)


 彼女の隣の水無瀬さんはわたわたとスマホを取り出し、また期待をするような目でこちらを見ている。


「…………悪いが今日はスマホを家に忘れてな……残念だ」

「あ、あんた……よりによってあたしにその言い訳が通じると思ってんの……⁉」

「なんのことだ」



 希咲はビシッと弥堂の胸元を指差す。


「そこっ! 内ポケにスマホ入ってんの知ってんだから!」

「つまらん嘘を吐くな。貴様が俺のスマホの在処を何故知っている」

「何故もなにもあるかー! あんたHRの時、あたしにスマホ見せてきたじゃん!」

「ちょっと何を言っているのかわからんな」


 熱くなった希咲はガタっと勢いよく立ち上がるとズカズカと歩いて弥堂にとりつき、彼の上着の中へ手を入れようとする。


「出しなさいよっ! ここに入ってんでしょ!」

「おいやめろ。無理矢理服に触れるのはセクハラだと言ったのはお前だろうが」

「なにがセクハラかー! 朝っぱらから変な写真みせやがって!」

「変だと? あれはお前の写真だろうが。あれが変になるのはお前が変だからじゃないのか?」

「うっさい、へりくつゆーな!」

「なにが屁理屈か。人目も憚らず男の胸を弄る変態女め。恥を知れ」

「変態はお前だろうが! 女の胸を弄る変態やろー!」

「人聞きの悪いことを言うな。俺がいつそんなことをした」

「こっこここここのやろうっ……! 昨日あたしにしただろうがっ! なになかったことにしてんだ⁉」

「なかったことにしろと言ったのはお前だろうが」

「だまれ、へりくつやろー!」


 突然掴み合いを始めた二人に周囲はぽかーんとしていたが、漏れ聴こえてくるセンセーショナルな二人の言葉に誤解が生まれ加速していく。


「写真⁉」「七海ちゃんの⁉」「胸⁉」「まさぐる⁉」と、二人の関係性についてヒソヒソと協議が行われる。



「いい加減に出しちゃいなさいよっ!」

「あっ――貴様っ!」


 ついに希咲の手がズボッと弥堂の服の中へ突っ込まれる。

 一息に胸の内ポケットに手を入れると目当ての感触にすぐに辿り着き、希咲はほくそ笑んだ。


「ほーら、やっぱあるんじゃないのよっ!」

「ちぃ、させるかっ!」


 一息に引き抜こうとする希咲の腕をガッと掴み、続いて万が一にも逃げられないように彼女の腰もガッと掴んでグイっと引き寄せた。


「ぎゃーーーーっ⁉ なにすんだこのやろーーー!」
「それはこっちの台詞だ。手癖の悪い盗人め」
「やだやだやめてっ! さわんないでっ!」
「それもこっちの台詞だ。触ってきたのはお前だろうが」


 昨日の経験から学習していた希咲は、身体が密着する前に反射的に腿を上げ自分と弥堂の身体との間に膝を挟む。襟を開かせるために掴んでいた彼の上着を離し、その手で変態の顔面を押し退け出来るだけ遠ざけようとする。


「は、な、れ、ろっ!」
「いてーな、爪たてんじゃねーよ」


 とはいえ、傍から見れば十分に二人は揉みくちゃの状態だ。

 周囲がそれを茫然と見る中で水無瀬さんだけは楽しそうだ。

 愛苗ちゃんアイには二人がとってもなかよしに見えるのだ。


「おい貴様。いいのか?」
「はぁ⁉」
「さっきの例の写真。あれはギャラリーから引っ張り出したものではない」
「どういう意味よ⁉」
「馬鹿め。あれは待ち受けだ。このままこれを引っ張り出せば不健全なお前の不適切な姿が全員に見られることになるぞ」
「はぁーーーーっ⁉」
「それが嫌なら今すぐこの手を離すことだな」
「ざけんじゃないわよっ! あんたなに勝手にあたしのえっちな写真待ち受けにしてんのっ⁉ キモいんだけどキモいんだけどキモいんだけどっ――‼‼」


 その言葉に激震が走った。

 女子4名は緊急会議に入る。


「ふわぁーーーっ! えっちな写真っ! ふわぁーーーー‼‼」
「ちょっ――⁉ ののか! あんた興奮しすぎっ!」
「……ふむ。もしかしてこれガチなのかしら……? どう思う楓?」
「う、うーーーーん…………ありえないとまでは思わないけど……でも、それより…………」


 野崎さんに合わせて4人でソローっと水無瀬を窺う。


 ニッコニコだった。


 何故か二人を見てクスクスと微笑ましそうに笑う水無瀬に4人ともにギョッとする。緊急会議は続く。


「ど、どういう感情なのかな……? あれ……?」
「は、はわわー。まなぴーってば幼気な顏してNTRオッケー女子だったのかぁ……あ、あなどれねぇ…………」
「ののか。ふざけるのもいい加減にしてちょうだい。愛苗ちゃんに性欲なんてないの。お尻ひっぱたくわよ」
「小夜子……貴女なんで水無瀬さんに対してやっかいオタクみたいになってるの……? あれは多分よくわかってないんじゃないかなぁ……」


 なんだかんだ彼女たちも楽しそうだ。


「あんたそういうの絶対やめてって言ったじゃん!」
「意味がわからんな」
「なんでわかんないのよ! 愛苗に誤解されたらどうしてくれんのよ⁉」
「水無瀬……? よくわからんがヘラヘラしてるぞ」
「はぁ? そんなわけないでしょ――って! してるーーー! ニッコニコだぁ! なんでぇ⁉」
「知るか。いいからとっとと離せ」
「うっさい! ちょっと脅せば簡単に引き下がると思うなっ! ナメんじゃないわよ!」
「こいつ……いい加減にしろよ……」


 口頭で伝えてやっても従う様子が見えないので弥堂はそろそろやり過ぎることに決めた。


 この類を見ないほどに煩い女を黙らせるのに有効的な手段は何だろうか。

 己の裡にその術が蓄積されていないか、記憶の中の記録を検索してみる。



 あった。



 以前に一時的に自身の保護者のような立ち位置にいた女、ルビア=レッドルーツ。『うるさい女を黙らせる方法』に紐づいて緋い髪のあの女に言われた言葉が記録から浮かび上がる。


 あの女はこう言った。


『――いいかぁ? クソガキ。女なんかにいちいち言い返してんじゃあねぇよ。そういう男はダセぇんだ。ピーピーうるせぇ女なんかよぉ、無理矢理キスして唇塞いじまやいいんだよ。んでベロ突っこんで掻き回してやりゃあ大抵大人しくなっからよ……んだぁ、そのツラぁ? いっちょ前に照れてんのか? カァーっ! これだから童貞はよぉ! まぁいいや。オラ、こっちこいよ…………あ? なにって? ハッ! 決まってんだろ? 今からお姉さんが『女を黙らせるテク』を仕込んでやっ――』


 記録を切る。


 あのクソ女の言葉は途中だったがもう十分だ。この後の記憶は非常に不愉快なので思い出す必要はない。


 後は実行に移すだけだ。


 最初にエルフィーネにそれをやってみた時は舌を噛み切られた上にどてっ腹に『零衝』をぶち込まれて生死を彷徨うような惨事になったが、その後は大体成功した。

 他の女にやった場合も大抵上手くいったように思える。もしかしたら五分五分だったかもしれない。

 それを今一つ一つ思い出していちいちカウントして成功率を出すのは効率が悪い。2回に1回くらい成功するならまぁ分は悪くないと見切り発車することにする。


 弥堂はジロッと希咲を見る。


「な、なによ……っ⁉」


 超常的な女の勘で身の危険を察した希咲はブワっと鳥肌を立てる。

 しかし如何せん距離が近すぎた。


 弥堂は希咲の腰を掴んでいた腕に力をこめ一気に引き寄せる。

 そして彼女の顏に手を伸ばす。


 希咲の髪と顏の間に指先から侵入し頬を撫ぜながら奥まで進んでいく。親指を耳にかけて残り4本の指で彼女の後頭部を掴んだ。

 そして彼女の顏を引き寄せるのと同時に、自身の無感情な瞳も彼女へ近づけていく。


「――えっ⁉ ちょっ、ちょちょちょっ……嘘でしょっ……⁉」


 彼女は焦ってパニックになり抵抗の判断が追い付かないのだろうと予測する。

 確定した事実としてそれを観測できないのは、最早彼女の表情を見ることが出来ないほどの距離にまで近づいているからだ。


 そのまま残り僅かな距離は縮まっていき、そして――


『――――――――――――――――――♬!!』


 希咲の手の中の弥堂のスマホが大音量を発した。


 それはこの場とこの状況に似つかわしくない、愛と勇気が詰まっていて希望を見せてくれそうな感じの軽快なメロディだった。


 希咲は自身の唇にかかる吐息に意識を支配されながら、極間近にある弥堂の瞳を茫然と見つめる。その吐息は彼のものなのか、それとも彼の唇に押し返されてきた自分の鼻息なのか、何もわからない。


 その場の全員がフリーズしたままイントロが流れ終わると、元気いっぱいな女の子の歌声が流れ出す。

 そこで何の歌なのかを理解した周囲の者たちはギョッとした目を弥堂へ向け、水無瀬さんはお目めをキラキラさせた。


――そう、魔法少女プリティメロディ☆フローラルスパークのテーマだ。


 希咲はようやく自失から少しだけ立ち直り、力なく弥堂の身体を押し返す。


 それでも余りのことに脳の情報処理が追い付いていないようで、ボーっと手の中のスマホを見ている。


「…………でんわ……」

「あぁ」

「…………番号しかでてない……登録してない人……」

「いいから寄こせ」


 見れば馬鹿でもわかるようなどうでもいい情報を伝えてくる彼女からスマホを奪い返そうとしたが、死後硬直でもしたかのように彼女の手は固まって離れない。


 ビキっと青筋を浮かべた弥堂は希咲の顏に当てていた手を離すと、雑に彼女の髪をグチャグチャと掻き回してやる。


「ぎゃーーーーーーーっ⁉ なにすんだーーーーっ⁉」


 女子にやってはいけないことBEST5の内の一つをされたことで、皮肉にも希咲さんは再起動に成功した。


 そんな彼女の髪からサイドテールを括っている白い生地に黒の水玉模様の入ったヘアゴムを抜き取り、ペイっと水無瀬の方へ放る。

 放物線を描くそれを目で追って彼女の意識が逸れた隙にスマホも抜き取った。


「えいっ!」


 自身の方へ落ちてきた希咲のシュシュをハシッと両手でキャッチしようとした水無瀬の手はスカッと見事に空振り、それは彼女のお胸でポインっと跳ねてからパフッと机の上に着地した。

 水無瀬はぱちぱちっと瞬きをして机の上のそれを見つめてから「はいっ! ななみちゃん!」と笑顔で希咲に差し出す。


「あ、ありがと愛苗……って、弥堂コラァっ! あんたなんてことすんのよ!」


 乱れ髪の希咲の怒鳴り声を聞き流し、弥堂はスマホのディスプレイに表示された電話番号を見て目を細める。


「仕事の電話だ。悪いがこれで失礼する」


 端的に自分の都合だけを告げて踵を返し教室の出口へ向かう。


「あ、あんたまさかこのままどっか行く気っ⁉ メンタルどうなってんの⁉ なにビジネスマンみたいなこと言ってんだ、ふざけんな!」

「すまない。失礼する」

「あんたが謝んなきゃいけない失礼は他にいっぱいあんだろーが! だいたい…………って、あああぁぁぁぁあっ⁉ 情報量多すぎて何から文句つければいいかわかんないーーーっ‼‼」


 ここに居て欲しい訳でもない者を引き留めるための言葉が出てこなくて希咲は思わず髪を掻き毟る。彼女の髪型はさらにヒドイことになった。


 すると、ヒソヒソと交わされる会話が断片的に聴こえてくる。


 弥堂のスマホが奏でる着信ソングが喧しいためはっきりと聴き取れないが『キス』という単語が頻出していた。


「ちっ、ちがうからっ! されてないからっ! セーフだったからっ!」


 己の尊厳を守るため慌てて5人の友人たちに身の純潔と潔白を訴える。

 乙女アルゴリズムにより弥堂よりもこちらを優先せざるをえない。


 希咲の切実な叫びにハッとした4名のクラスメイトたちは、それぞれ気まずげに目をキョロキョロさせると誤魔化すように違う話をしだす。


「ねっ、ねーねー、知ってるー? この学園の中に猫いるんだって!」
「あ、あーーー、しってるしってるー。C組の子が見たって言ってたー」
「の、野良猫みたいね。白猫らしいわ」
「だ、誰か餌付けしちゃったのかなー。本当はよくないんだろうけど、猫かわいいもんねー」

「きいて! してないんだってば!」

「えへへ、ななみちゃん。弥堂くんとなかよしになったんだねっ」

「ま、愛苗ちがうのっ!」

「え? でもなかよしじゃないとチューしないよね?」

「してないのー! お願いっ、しんじてっ!」

「弥堂くんもプリメロ好きなのかなー?」

「やだっ! ちがうのっ! きらいにならないでーーーーっ!」

「え? 嫌いじゃないよ? 私はねフローラルメロディが好きなの」

「うそっ、やだっ、誤解なの……っ! おねがいすてないで……っ!」


 泣きながら水無瀬に取り縋る希咲をチラチラ見ながら、友人たちは関係ない話を続ける。

 少女たちのそんな声を背に浴びながら、自分とは別世界の出来事だとばかりに弥堂はこの場を立ち去る。


 友好を深めほのぼのとした雰囲気になるはずだった少女たちのランチタイムを台無しにし、空気を四分五裂に引き裂き場に混沌だけを残してガラっと教室の戸を開けると淀みのない動作で廊下へ出てすぐに閉める。


 たまたま教室の入り口近くの廊下で立ち話をしていた生徒さんたちがギョッとした。


 廊下へ出てすぐに目的地へと歩き出す弥堂と擦れ違う人々も、同様にギョッとしてから避けるように道を開ける。


 まるで格闘技選手の入場曲のように、国民的人気を誇る女児向けの魔法少女アニメのテーマソングを鳴らしながら堂々と現れ、肩で風を切って歩いてくる男を誰もが畏れ道を譲る。


 弥堂 優輝はそのまま昼休みの学園内のどこかへと歩いていった。
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