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第12話.とっても加虐心をくすぐらせるんですの

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「と、いうわけで」
「どういうわけで!?」
「よろしければ今度、ギルドへ連れていってくださいませ」
「……え~」
「恩返しと思って、ね?」
「まあ……怪我も治してもらったし宿も提供してくれるから、それくらいなら……でも君、回復係といっても、少しくらい戦闘はできないと危険だよ?」

 駆け出しの冒険者が何を仰るのやらってとこではあるが、これでも一応Sランクパーティの戦闘を間近で見てきた男だ。
 パーティは前衛後衛、どちらもやはり戦闘ができなければうまくはいかない。
 後衛を守るために前衛が動いてしまえば前線は当然崩れる、だからこそ光栄は確かな戦闘力を持ち、自らの危機を減らし前衛を支えなければならない。
 お嬢様がそのような立ち位置をうまくできるのか、怪しいところだ。

「これでもわたくし、戦闘はそれなりに心得ておりますの。剣術は五歳の頃から習っておりますわ。ちなみにミュリオは武術の使い手ですわ」
「ふぅん、そう……。でもなんで俺なんかをパーティに誘うんだよ」
「だって楠生さんは……」

 おっ?
 なんだよなんだよ。
 頬を赤らめちゃってぇ……。もしかして俺に気があったりする?
 あー、なんだか意地悪な子だとは思ったけど、あれか? 気になる子にはついつい意地悪しちゃう系なのかな?
 ふふっ、異世界に来てとうとう俺にもモテ期が訪れたかな?

「とっても加虐心をくすぐらせるんですの」
「は?」
「一目見た時にビビッときましたわ。貴方は、弄りがいのある方だと!」

 なーにを頬赤らめて発言しとるんじゃこいつは。

「わかる」
「共感すな!」

 うんうんじゃないんだよ。
 仮面も随分とにこやかな模様になってんなあミュリオさんよぉ!
 しかもどうやって紅茶飲んでるのかと思ったら、鼻の下半分が触れずとも折りたたまれるようになってるのかよ、ロボットの変形みたいでかっこいいなおい。

「是非とも私達とパーティを組んで、魔物に襲われてくださいまし!」
「襲われるのは嫌だよ!」
「そういえば貴方の事、雑魚という事以外分かりません。よろしければお話くださらない?」
「雑魚言うな」

 俺が強くなったら絶対に見返してやるからな。

「ご出身は、東和国ですの?」
「お見合いかよ。……まあ、出身はそのあたり。両親とはもう会えなくて、それまでは一人で頑張って旅をしながら過ごしてたんだ」

 もうこの辺の説明は面倒なので簡潔に述べるとする。

「……嘘」
「ん、べ、別に嘘をついているわけじゃあ……」

 ミュリオがずいっと顔を覗かせてくる。
 仮面は大きな一つ目が浮かび上がっていた、凝視して内面まで見ているぞとでも言いたげに。

「半分は、嘘――と、感じる」

 本当に、鋭い奴だな。
 もはや感心するよ。

「ふっ。ミュリオはこういうのは簡単に見抜くのよ。正直に仰りなさい。それとも、言えない事情でもあるのかしら?」
「正直に言ってもいいが……」

 彼女達は別に俺をここへ招いたからといって信用しているわけではないだろう。
 今日出会ったばかりなのだからそれは当然の事で、自分が見た目的には悪人でないにせよ素性が分からない冒険者には違いない。
 信用と信頼を得るには、正直に話すのが手っ取り早いのだが、いやはや……信じてくれるのやら。試しに言ってみようかな。
 そうしたら「まあ、別世界からやってきただなんて! 素敵!」とか「伝説の勇者様、抱いて」なんていう流れにもしかしたらなるかもしれない。

「まあどうせ大したもんでもないでしょうけれど」
「実は俺、別世界から来たんだ」
「……別世界?」

 ぴくりと、セリシアは眉を動かした。
 ミュリオは、セリシアと同様に眉を動かしているかは分からんが仮面の模様は、奇妙に渦巻いて動いていた。どういう感情なのそれ。

「ああ。別世界で事故に遭って死んでしまって、よく分からない場所で女神と出会ってこの世界に飛ばされたんだ」
「女神……の、お名前は存じてます?」
「ああ、あのカス女神は確か……トリウィアって言ってたな。女神のくせに貧乳だったよ」
「…………なるほど」
「しかも俺が事故に遭ったのはあちらさんの――女神や神様とかだろうな、偉い奴らのミスらしくて、本当ならこの世界に来る時に能力を授かるはずだったんだけど、まあ……この世界の文字と言葉が理解できるっていう能力しか授からなかったんだ」
「ほうほう。まことに興味深いお話ですわね」
「し、信じてくれるか?」
「貴方の妄言を聞くのは堪えられないので明日には精神病院をご紹介いたしますわ」
「折角話したのに酷すぎる!」

 満面の笑みで、言っている事はナイフよりも切れる言葉を並べてきたおかげで俺の心はズタズタだ。

「お心を病んでおられる可能性もありますわね。拘束したほうがよろしいかしら」

 セリシアはメイド二人を見やると、メイド達は深刻そうに頷く。
 やめろ、何を察した。その視線の交差で何のやり取りをしたんだ?

「ミュリオ、貴方はどう見えた?」
「嘘は、ついていないように……みえる」
「な、なんですって……?」

 セリシアの驚きからして、それほどまでにミュリオの嘘を見抜く力を信用しているのようだ。
 ほらほら、どうするよ。信じたほうがいいんじゃないの? まあ、信じてもらったところで、で? っていう話でもあるのだが。

「これでもあっちの世界では正直者で名が通ってたからな」
「それは嘘」
「はい……」

 ミュリオの前では嘘は言わないほうがよさそうだ。

「にわかには信じられませんけれど……本当であれば実に興味深いお話ですわね。ご家族は別世界にいるからお会いになれないという事でしょうか」
「そういう事。俺が死んじゃったからもう会えないさ、会えたとしても歓迎はされないだろうけどね」
「ゴミクズですものね」
「ゴミクズ言うなや」

 話をしてすっきりはした。
 別に理解してもらわなくてもいいけれど、こうして異世界にいる経緯を、誰かに話したかったなあ俺って。
 それから俺は自分の世界について、どのような文明なのかをさらっと説明したが、紅茶を飲みながら聞く話としてはそれなりに楽しんでは貰えたかな?

「一応、精神科医のお医者様を今度お呼びいたしますので、診てもらいましょう」
「結局信じてないなこいつ」

 それからは少し裏庭を見せてもらうとした。
 昔に授業の一環として牛小屋を見学した事はあったが、あの時の匂いは未だによく覚えている。
 なんというか、家畜や糞などの様々な臭いが混じってあの感じは記憶にまで染みつくほどだ。
 しかし牛小屋へ行ってみると、意外とその臭いはなかった。

「あんまりにおいはしないんだな」
「風属性を付与させた魔力石で換気をして、通気性を高めていますし消臭効果のある薬草を加工して設置しておりますから、街外れでよく見る杜撰な管理をしている農家とは違いますわよ」
「力を入れてるね」
「労働環境を整える事はもちろんの事ではありますが、家畜も労働者も快適な環境を作る事はやはり良い効果を生み出しますもの。長年我がエルーイ家はずっとそうしてきました。だからこそここまで発展できたと言えますわ」

 窓から見えていたのは、本当に、ほんの一部にしかすぎなかった。
 裏庭はまるで一つの村でも作っているかのような規模だった。
 奥の奥まで立派に広がる畑は作物の他に葡萄畑もあるようだ。
 緩斜面を利用して耕されており、いくつかは実がなってはりんごなんかは既に収穫がされていた。
 ミュリオから頂いたりんごはあの中から一つもぎ取ったものだろう。
 巨大な貯水槽もいくつか設置されており、山から引いた水を魔力石で浄化して綺麗な水として利用できているのだとか。
 もはやこの屋敷周辺で自給自足ができる環境となっている。こいつは素直に驚いた。

「ここ以外に、山の一部を畑にして作物を収穫して取引をしてるんですの。お父上ったら、貴族のくせにこういうのが大好きで、おかげで取引や商談であちこち駆けまわって休む時間がないのですわ」
「働き者なんだねえ」
「働きすぎなのはどうかと思いますわ」
「確かに」

 人間、どんな事もほどほどっていうのが大事なのさ。
 俺もこの世界では適度に働き適度に遊びたいね。

「そういえば貴方は、エルーイ家は存じておりませんの?」
「あんまり世間を知らないもんで」
「あらそう。無知で蒙昧ですのね」
「そこまで言う?」

 そりゃあ、この世界については国情も情勢も何も知らないから、無知蒙昧には属するだろうけどさ。

「あ、でも魔族と取引してるとかなんかそんな噂は聞いたような」
「あらそう。まあ、噂というより真実ですけれどね」
「えっ、そうなの?」
「魔族の中にも良い魔族もいれば悪い魔族もいる、人間だって同じですし良好な取引ができるのであれば種族なんて関係ございませんわ。エルフ種や人獣種とは取引できて魔族が駄目だなんて、そもそもおかしいでしょう?」
「ん、そうだけど……」

 魔族に対する印象は、周りから聞かされたもので構築されて行っている。
 荒くれもの、野蛮人、犯罪種族――女神だって魔王討伐を望んでいたしそれほどまでにこの世界は魔族による侵略は悪影響を及ぼしてはいるのだろうが。
 良い魔族、ねえ?

「エルーイ家が取引する相手の条件は善人、ただそれだけですの。だって悪人は悪銭を用いて、大した取引もしてくれませんが、善人はやはり取引額もよくて儲けられますもの! ねえ皆さん!」
「おー!」

 使用人達のパワフルな掛け声が響き渡った。
 結局金か、と思うもののしかし共感はできる。儲けるっていうのは、いいものだねえ。
 俺も乗るしかない、このビックウエーブに!
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