異世界の治療士達

智恵 理侘

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第三章

karte.027 交流会

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 橙色の空も東側から黒が少しずつ染め始めた頃。
 俺達は再び街へと戻り、今日の交流会の会場へと向かっていた。
 フリュウゲさんのおかげで普段はあまり足を運ばない場所へ行く事が出来てそれなりに楽しめた。
 レイコも治療都市周辺の大自然を間近で見られて満足だろう。

「ルヴィン様、私はここまでですので、お帰りの際はまた申してください」
「了解です」

 帰りも送ってくれるのか、至れり尽くせりだ。
 ただそれはいいとして。

「いやはやいやはや、皆予想以上に集まってるさね」
「ルォウ、元気にしてた?」
「元気してたさねレイコちゃん、さあ行きましょ~」
「行きましょ~」

 待ち合わせはしてなかったはずなんだが……。
 馬車から降りるとルォウが待っていた。

「俺達が来るのは知ってたのか?」
「勿論、あんた達が今日修練所でわいわいしてたのも知ってたしギルド職員に連れて行かれたのも知ってたさね。ギルド職員が来たって事は今日の交流会への参加も強制的って事さね、あたしったら頭良い」

 俺達の動向を全て把握できているのはちょっと怖いんだけど。
 会場入り口に立っただけで周囲からいくつもの視線を感じる。
 有名なチームも何組か参加しているようだ。

「人がいっぱい入ってく」
「都市一の銃士に獣使い、あそこらは治療士講習を開いている教員もいるな。教員には話を一度は聞いたほうがいいぞ」
「講習、あるの?」
「あるぜ、今度受けてみるか?」

 こくこくと、レイコは嬉しそうに首を上下させる。
 講習といってもそんな楽しいもんでもないんだがな。

「ん、んー。あそこあたりは分かりやすい連中さね」
「ウケる」

 ジアフ派のチームはやはりどことなく分かりやすい、正装しているあたりが特に。
 正装しなくてよかった。もしも正装していたらジアフの派閥に入ったのかと勘違いされていたところだっただろう。
 肝心の当人は見当たらないがきっと交流会で接触してくるはずだ。

「ルヴィン見てみなよ。ジアフ派の熱い視線」
「ったく、別にジアフの派閥に入りたいわけでもないのに」
「西区と東区の連中も中できっと待ってるわよう」

 来て早々だが今すぐ帰りたくなってきた。
 残念ながら俺の右手はレイコががっしり掴んでて逃げられないが。

「わくわくする」
「俺は全然しない」

 中に入るや、いくつも用意されたテーブルには料理が敷き詰めるように並び、四方には教壇置かれていた。
 大体は各区の白金特級が初めにあの場へ立ち、技術や知識向上のために今までこなした依頼や特殊な依頼などの話をするのだが、北区の白金特級はいつも欠席している。
 今日はあの場に誰が立つのか。
 ……俺が立たされる可能性は高い。次元病について、話してもらいたいと誘われる気がしてならない。

「ここでは何をすればいいの?」
「別に、行動は自由さ。ただ食べているだけでもいいし話を聞きにいくのもいい」

 勉強しに来る者、チームメンバー補充のために勧誘する者、別区の腕が立つ治療士を自分の区へ引き込もうとする者、目的は様々だ。

「ほうら、白金特級のお出ましよ」

 俺達が中に入って暫く、一人一人入ってくるたびに周囲が注目しざわつく。
 西区ギルド支部長の白金特級治療士――

「ドウト・バテウス……」

 その風貌は街中に人が溢れていたとしても一瞥するだけで分かる、全身刺青の男。
 彼が広間へ入るだけで人垣が割れた。

「髑髏」
「髑髏男さねぇ」

 噂によれば全身に魔方陣の刺青を施しているとか。
 顔の髑髏の刺青も、何かしらの魔法陣に関するものらしい。
 この治療都市で――いや、大陸一の魔法士であり個人の持つ魔力量も抜きん出ており、基本六属性以外の、特殊魔法と呼ばれる領域のものも数多く習得している。魔法のスペシャリストってわけだ。
 憧れるね、見た目はあれだけど。
 そしてやはり炎術系最強と言われるジアフは、火属性なら彼よりも上――改めてジアフという治療士はそりゃあすごい奴なんだが……なんだかこう、今一ピンとこない。

「あ、こっち見た」
「あらぁ、珍しい。あっちから来るなんて」

 本当だ。
 いつもはまっすぐに西区用教壇の傍で打ち合わせし始めるのに。

「君か」

 うぉ……緊張する。
 初めて話しかけられた。
 次元病を処置していなければ、こうした接触すらなかっただろう。
 身長は同じくらいだが、彼の持つ独特な雰囲気がその身を一回りは大きくさせるほどの雰囲気と圧力が漂ってくる。

「えっ?」
「次元病を治療したのは」
「あ、はい、俺です。ルヴィン・ミカドと申します」
「ミカド? リン・ミカドの息子か? にしては、歳が」

 師匠とは交流があったのだろうか。
 いや、あっただろうな。あの人の下へ教えを乞おうと何人もの治療師が訪れただろうし。

「息子ではありません。孤児で師匠に引き取られた時にミカドの名を貰いました」
「そうか。二年前の葬儀には参加できず申し訳なかった。花を贈るくらいしかできなかったが、私はあの人を今でも尊敬している」
「ありがとうございます」

 見た目と違って意外と律儀。
 だからレイコ、そんなに全身くまなくじろじろ見るのやめろ。ルォウもにこやかにそんなレイコを眺めてるんじゃないよ。

「……レイコ、失礼だぞ。っておい、服をめくるな服を!」
「構わん。見たいだけ見たまえ」
「すごい、芸術みたい」
「お嬢ちゃん、レイコと言ったか。芸術と呼んでくれるとは嬉しいよ」

 互いに何か共感するものでもあったのか、ドウトさんが笑みをところなんて初めて見た。
 これには周りも流石に驚きを隠せず、食事中の何人かはフォークを落としていた。
 あまり笑みを見せない者同士でもあり、魔力量も多いのもあり、この二人は意外と共通点が多いな。

「ふむ。この子は素晴らしい魔力を持っているようだね」
「分かるんですか?」
「ああ、君の魔力も。妙なものだ、君のはまるで蓋でもされているかのような。君の得意属性は?」
「その……得意属性は何もないんです。自分は強化と無属性しか使えません」

 蓋でもされてるような……とは、どういう意味なのだろう。

「ほう? だがそれでも次元病を処置したとなれば、君は技術を駆使したわけか。一体どれほど基礎と鍛錬と技術を積み重ねたか、努力の賜物だな」

 素直に、嬉しい。
 俺は今、白金特級に褒められてるんだ。
 大丈夫かな、にやついて変な顔になってないか?

「そうでしょう? ルヴィンはいつか大物になるさね」

 その期待はどこから出てくるのやら。

「期待して待とう。では私はこれで」

 後ろで待機しているのは彼のチームか、五人の男女はそれぞれ両手に刺青が施されている。
 更にその周りにいるのは彼の派閥のようだ、相当な人数だ。彼の講義を聞くべくずっと近くで待っているのようだ。
 彼らの意思も汲み取って、今から講義をというわけか。
 ジアフより紳士的だ。
 今までは遠目で見る程度で、怖い印象があったけど人は見た目によらないもんだなあ。

「やあやあ、来てくれると思ったよ。交流会も数年ぶりの参加だから会場が分からなくて遅れてしまった。彼女がいなければ私は参加できなかったかもしれない、いや、参加できなかっただろう!」

 やかましい奴が来た。

「偶然入り口で彼とも会ってな、見たまえこの巨躯、ううむ荘厳!」
「――こいつが、あれか」

 ジアフの後ろから出てくる……巨躯の獣人。
 入り口も小さく見えてしまうほどだ。うぉぉ……獣人の中でも抜きん出て大きい……迫力だけで押しつぶされそうになる。

「紹介しよう! 東区ギルド支部長の白金特級治療士、バルトル・シュルドだ!」

 この治療都市では獣人として初めて白金特級になった人、だったか。
 獣人族の血も色濃く受け継いでいるから見た目は獅子。
 過去の交流会では遠くで見るくらいだったがこうして近くで見ると、対峙するだけで身を固めたくなってくる。

「もふもふだ」
「なんだこの米粒は」
「私はレイコ、よろしくもふもふさん」
「もふもふさんではない!」

 レイコの襟裏をつまんで持ち上げるバルトルさんは、Wピースを向けるレイコに怪訝な表情を浮かべていた。

「はっはっは、もふもふとは面白い! バルトル君も今後はもふもふと名乗ってみるといいんじゃないかね!?」
「ぶっ飛ばすぞ貴様ぁ!」

 バルトルさんは血気盛んのようで。
 ぽいっと捨てるレイコをキャッチ。楽しかったのか、もう一回! と言うレイコであったが危ないのでやめさせよう。

「おいお前、米粒二号!」
「俺の事ですか?」

「そうだ! お前が次元病を処置したらしいじゃねえか!」

 頼むから声量落としてくれないかな。
 注目されるだけされちまってるよこれ。
 周りのざわつきは絶対俺の話をしてるに決まってるし。
 銀級に白金特級が三人も訪れるなんて光景がそもそも異常だ。

「今日は次元病の話はするのか!」
「してくれというのなら……。けど論文もまだ書いてないですしうまく話せるかは……」
「そうか! 期待してるぞ! 俺のとこに話しにこい!」
「ううむバルトル君、どこで話すかはルヴィン君の自由だと私は思うがね。あまり無理強いはよろしくないと思うよ? 君は少々強引なところがあるからね、それを治せば皆も接しやすいだろうに。ほら、ただでさえ君は外見からして威圧的だしね、なあセイルよ」

 相変わらずの仏頂面で秘書登場。

「私に話を振られましても、知ったことかって感じです。それとジアフ様、今日は講義内容が長いため早めに打ち合わせをお願いいたします」
「そうだったか、それならば致し方ない。講義が終わったらまた話そう諸君」

 出来れば話をせずに帰りたいよ。

「ふん、いつ会っても口の減らん男だ!」

 あんたは声量が減らないな。

「して、ルヴィン! お前は北区のギルドによくいるようだが、まさかあいつの派閥に入ってるのか!?」
「あいつ? というと……」

 北区だけでも大きい派閥は三つくらいあったような。

「アンデミスだ! 北区ギルド支部長のアンデミス!」
「あ、ああ……あの人ですか。いいえ、そもそも俺、どこの派閥にも入ってないですよ」

 そうか、とバルトルさんは不敵な笑みを浮かべていた。

「ルォウ! お前は!?」
「あたしも入ってないさねえ」
「米粒は!」
「ルヴィンの派閥に入ってる」
「いやチームだろ」

 バルトルさんはむふうと一呼吸し、

「よし、ならお前ら俺の派閥に入れ!」

 腕を組んで、もはやこいつら入るだろうなと言わんばかりの自信を見せている。
 一体その滲み出る自信はどこから来るものなのやら。

「あたしはパス」
「なんでだ!」
「派閥は入りたくないさね、以上!」
「正直だな! 分かった!」

 なんかすんなりと断れそうだ。

「すみません、誘ってくれるのは嬉しいんですが俺もお断りさせていただきます」
「なんでだ!」

 あれ? 俺の時はすんなりと退かないの?

「じ、自分は派閥とか、そういったのは合わないかなと思って」
「知らん! 入れ!」

 ルォウはそそくさとレイコを連れてご飯食べに行ってしまった。
 置いていかないで欲しい、なんとか俺もこの場から逃げ出したい……。

「俺は北区住みだし他の区の派閥に入るってのは大変で……」
「俺の区に住む場所があればいいんだな! 用意するぞ」
「用意とかそういう問題ではなくてですね」

 おいおい勧誘ならジアフのほうがまだマシだったぞ、なんだこの強引さ。
 誰か助けてくれないか。
 って、皆先ほどとは打って変わって目を逸らしてやがる! この人の人格ってのがどういったものなのか、彼らは知っているようだ。

「お前は光る原石だ!」
「光る原石なら今食事に行きましたよ」

 俺はたまたま次元病に遭遇して処置できただけで、魔法もまともに扱えないんだ。
 それに対してレイコはあの魔力量、誘うなら絶対にあいつだ。
 とはいえこの人はレイコの持つ魔力量は分からないだろうが。

「ルォウか! あいつは昔から派閥には入らん性質だから諦めてはいる!」

 なら何故あいつを誘ったんだか。
 いや、そもそも光る原石はルォウじゃなくてレイコね。

「あの、そもそもの話をしますとね。自分は本当にどこの派閥に入る気も今はないので――」
「縛られたくない、それは分かる。だがな! お前は過去に囚われている気がするのだ!」
「えっ?」
「気のせいだったらすまんな!」

 野生の勘っていうものだろうか。
 言われてみれば、そんな気もしてくる。
 誰かの下につくならば、真っ先に浮かぶのは師匠だけだ。
 各区のギルド支部長の派閥になんて、入って成果を上げようだなんて気持ちは微塵も沸かない。

「銀級が次元病を処置したというのは正直疑った! しかしだな! リンの弟子となれば納得がいく! 技術は持っているだろう! 我がギルドに、そして我が派閥にお前は置きたい!」
「すみません……」
「……そうか、駄目か! だが我がギルドはお前をいつでも歓迎するからな! 俺の講義も聞いていけ!」

 おうおう。
 北区の治療士達がずっとこちらの様子を伺ってる。
 俺がどの区の、どの派閥に入るのかと冷や冷やしているだろうな。
 だけど安心して欲しい、南も西も東も、そして北区の派閥にも入るつもりはない。
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