27 / 37
第三章
karte.027 交流会
しおりを挟む
橙色の空も東側から黒が少しずつ染め始めた頃。
俺達は再び街へと戻り、今日の交流会の会場へと向かっていた。
フリュウゲさんのおかげで普段はあまり足を運ばない場所へ行く事が出来てそれなりに楽しめた。
レイコも治療都市周辺の大自然を間近で見られて満足だろう。
「ルヴィン様、私はここまでですので、お帰りの際はまた申してください」
「了解です」
帰りも送ってくれるのか、至れり尽くせりだ。
ただそれはいいとして。
「いやはやいやはや、皆予想以上に集まってるさね」
「ルォウ、元気にしてた?」
「元気してたさねレイコちゃん、さあ行きましょ~」
「行きましょ~」
待ち合わせはしてなかったはずなんだが……。
馬車から降りるとルォウが待っていた。
「俺達が来るのは知ってたのか?」
「勿論、あんた達が今日修練所でわいわいしてたのも知ってたしギルド職員に連れて行かれたのも知ってたさね。ギルド職員が来たって事は今日の交流会への参加も強制的って事さね、あたしったら頭良い」
俺達の動向を全て把握できているのはちょっと怖いんだけど。
会場入り口に立っただけで周囲からいくつもの視線を感じる。
有名なチームも何組か参加しているようだ。
「人がいっぱい入ってく」
「都市一の銃士に獣使い、あそこらは治療士講習を開いている教員もいるな。教員には話を一度は聞いたほうがいいぞ」
「講習、あるの?」
「あるぜ、今度受けてみるか?」
こくこくと、レイコは嬉しそうに首を上下させる。
講習といってもそんな楽しいもんでもないんだがな。
「ん、んー。あそこあたりは分かりやすい連中さね」
「ウケる」
ジアフ派のチームはやはりどことなく分かりやすい、正装しているあたりが特に。
正装しなくてよかった。もしも正装していたらジアフの派閥に入ったのかと勘違いされていたところだっただろう。
肝心の当人は見当たらないがきっと交流会で接触してくるはずだ。
「ルヴィン見てみなよ。ジアフ派の熱い視線」
「ったく、別にジアフの派閥に入りたいわけでもないのに」
「西区と東区の連中も中できっと待ってるわよう」
来て早々だが今すぐ帰りたくなってきた。
残念ながら俺の右手はレイコががっしり掴んでて逃げられないが。
「わくわくする」
「俺は全然しない」
中に入るや、いくつも用意されたテーブルには料理が敷き詰めるように並び、四方には教壇置かれていた。
大体は各区の白金特級が初めにあの場へ立ち、技術や知識向上のために今までこなした依頼や特殊な依頼などの話をするのだが、北区の白金特級はいつも欠席している。
今日はあの場に誰が立つのか。
……俺が立たされる可能性は高い。次元病について、話してもらいたいと誘われる気がしてならない。
「ここでは何をすればいいの?」
「別に、行動は自由さ。ただ食べているだけでもいいし話を聞きにいくのもいい」
勉強しに来る者、チームメンバー補充のために勧誘する者、別区の腕が立つ治療士を自分の区へ引き込もうとする者、目的は様々だ。
「ほうら、白金特級のお出ましよ」
俺達が中に入って暫く、一人一人入ってくるたびに周囲が注目しざわつく。
西区ギルド支部長の白金特級治療士――
「ドウト・バテウス……」
その風貌は街中に人が溢れていたとしても一瞥するだけで分かる、全身刺青の男。
彼が広間へ入るだけで人垣が割れた。
「髑髏」
「髑髏男さねぇ」
噂によれば全身に魔方陣の刺青を施しているとか。
顔の髑髏の刺青も、何かしらの魔法陣に関するものらしい。
この治療都市で――いや、大陸一の魔法士であり個人の持つ魔力量も抜きん出ており、基本六属性以外の、特殊魔法と呼ばれる領域のものも数多く習得している。魔法のスペシャリストってわけだ。
憧れるね、見た目はあれだけど。
そしてやはり炎術系最強と言われるジアフは、火属性なら彼よりも上――改めてジアフという治療士はそりゃあすごい奴なんだが……なんだかこう、今一ピンとこない。
「あ、こっち見た」
「あらぁ、珍しい。あっちから来るなんて」
本当だ。
いつもはまっすぐに西区用教壇の傍で打ち合わせし始めるのに。
「君か」
うぉ……緊張する。
初めて話しかけられた。
次元病を処置していなければ、こうした接触すらなかっただろう。
身長は同じくらいだが、彼の持つ独特な雰囲気がその身を一回りは大きくさせるほどの雰囲気と圧力が漂ってくる。
「えっ?」
「次元病を治療したのは」
「あ、はい、俺です。ルヴィン・ミカドと申します」
「ミカド? リン・ミカドの息子か? にしては、歳が」
師匠とは交流があったのだろうか。
いや、あっただろうな。あの人の下へ教えを乞おうと何人もの治療師が訪れただろうし。
「息子ではありません。孤児で師匠に引き取られた時にミカドの名を貰いました」
「そうか。二年前の葬儀には参加できず申し訳なかった。花を贈るくらいしかできなかったが、私はあの人を今でも尊敬している」
「ありがとうございます」
見た目と違って意外と律儀。
だからレイコ、そんなに全身くまなくじろじろ見るのやめろ。ルォウもにこやかにそんなレイコを眺めてるんじゃないよ。
「……レイコ、失礼だぞ。っておい、服をめくるな服を!」
「構わん。見たいだけ見たまえ」
「すごい、芸術みたい」
「お嬢ちゃん、レイコと言ったか。芸術と呼んでくれるとは嬉しいよ」
互いに何か共感するものでもあったのか、ドウトさんが笑みをところなんて初めて見た。
これには周りも流石に驚きを隠せず、食事中の何人かはフォークを落としていた。
あまり笑みを見せない者同士でもあり、魔力量も多いのもあり、この二人は意外と共通点が多いな。
「ふむ。この子は素晴らしい魔力を持っているようだね」
「分かるんですか?」
「ああ、君の魔力も。妙なものだ、君のはまるで蓋でもされているかのような。君の得意属性は?」
「その……得意属性は何もないんです。自分は強化と無属性しか使えません」
蓋でもされてるような……とは、どういう意味なのだろう。
「ほう? だがそれでも次元病を処置したとなれば、君は技術を駆使したわけか。一体どれほど基礎と鍛錬と技術を積み重ねたか、努力の賜物だな」
素直に、嬉しい。
俺は今、白金特級に褒められてるんだ。
大丈夫かな、にやついて変な顔になってないか?
「そうでしょう? ルヴィンはいつか大物になるさね」
その期待はどこから出てくるのやら。
「期待して待とう。では私はこれで」
後ろで待機しているのは彼のチームか、五人の男女はそれぞれ両手に刺青が施されている。
更にその周りにいるのは彼の派閥のようだ、相当な人数だ。彼の講義を聞くべくずっと近くで待っているのようだ。
彼らの意思も汲み取って、今から講義をというわけか。
ジアフより紳士的だ。
今までは遠目で見る程度で、怖い印象があったけど人は見た目によらないもんだなあ。
「やあやあ、来てくれると思ったよ。交流会も数年ぶりの参加だから会場が分からなくて遅れてしまった。彼女がいなければ私は参加できなかったかもしれない、いや、参加できなかっただろう!」
やかましい奴が来た。
「偶然入り口で彼とも会ってな、見たまえこの巨躯、ううむ荘厳!」
「――こいつが、あれか」
ジアフの後ろから出てくる……巨躯の獣人。
入り口も小さく見えてしまうほどだ。うぉぉ……獣人の中でも抜きん出て大きい……迫力だけで押しつぶされそうになる。
「紹介しよう! 東区ギルド支部長の白金特級治療士、バルトル・シュルドだ!」
この治療都市では獣人として初めて白金特級になった人、だったか。
獣人族の血も色濃く受け継いでいるから見た目は獅子。
過去の交流会では遠くで見るくらいだったがこうして近くで見ると、対峙するだけで身を固めたくなってくる。
「もふもふだ」
「なんだこの米粒は」
「私はレイコ、よろしくもふもふさん」
「もふもふさんではない!」
レイコの襟裏をつまんで持ち上げるバルトルさんは、Wピースを向けるレイコに怪訝な表情を浮かべていた。
「はっはっは、もふもふとは面白い! バルトル君も今後はもふもふと名乗ってみるといいんじゃないかね!?」
「ぶっ飛ばすぞ貴様ぁ!」
バルトルさんは血気盛んのようで。
ぽいっと捨てるレイコをキャッチ。楽しかったのか、もう一回! と言うレイコであったが危ないのでやめさせよう。
「おいお前、米粒二号!」
「俺の事ですか?」
「そうだ! お前が次元病を処置したらしいじゃねえか!」
頼むから声量落としてくれないかな。
注目されるだけされちまってるよこれ。
周りのざわつきは絶対俺の話をしてるに決まってるし。
銀級に白金特級が三人も訪れるなんて光景がそもそも異常だ。
「今日は次元病の話はするのか!」
「してくれというのなら……。けど論文もまだ書いてないですしうまく話せるかは……」
「そうか! 期待してるぞ! 俺のとこに話しにこい!」
「ううむバルトル君、どこで話すかはルヴィン君の自由だと私は思うがね。あまり無理強いはよろしくないと思うよ? 君は少々強引なところがあるからね、それを治せば皆も接しやすいだろうに。ほら、ただでさえ君は外見からして威圧的だしね、なあセイルよ」
相変わらずの仏頂面で秘書登場。
「私に話を振られましても、知ったことかって感じです。それとジアフ様、今日は講義内容が長いため早めに打ち合わせをお願いいたします」
「そうだったか、それならば致し方ない。講義が終わったらまた話そう諸君」
出来れば話をせずに帰りたいよ。
「ふん、いつ会っても口の減らん男だ!」
あんたは声量が減らないな。
「して、ルヴィン! お前は北区のギルドによくいるようだが、まさかあいつの派閥に入ってるのか!?」
「あいつ? というと……」
北区だけでも大きい派閥は三つくらいあったような。
「アンデミスだ! 北区ギルド支部長のアンデミス!」
「あ、ああ……あの人ですか。いいえ、そもそも俺、どこの派閥にも入ってないですよ」
そうか、とバルトルさんは不敵な笑みを浮かべていた。
「ルォウ! お前は!?」
「あたしも入ってないさねえ」
「米粒は!」
「ルヴィンの派閥に入ってる」
「いやチームだろ」
バルトルさんはむふうと一呼吸し、
「よし、ならお前ら俺の派閥に入れ!」
腕を組んで、もはやこいつら入るだろうなと言わんばかりの自信を見せている。
一体その滲み出る自信はどこから来るものなのやら。
「あたしはパス」
「なんでだ!」
「派閥は入りたくないさね、以上!」
「正直だな! 分かった!」
なんかすんなりと断れそうだ。
「すみません、誘ってくれるのは嬉しいんですが俺もお断りさせていただきます」
「なんでだ!」
あれ? 俺の時はすんなりと退かないの?
「じ、自分は派閥とか、そういったのは合わないかなと思って」
「知らん! 入れ!」
ルォウはそそくさとレイコを連れてご飯食べに行ってしまった。
置いていかないで欲しい、なんとか俺もこの場から逃げ出したい……。
「俺は北区住みだし他の区の派閥に入るってのは大変で……」
「俺の区に住む場所があればいいんだな! 用意するぞ」
「用意とかそういう問題ではなくてですね」
おいおい勧誘ならジアフのほうがまだマシだったぞ、なんだこの強引さ。
誰か助けてくれないか。
って、皆先ほどとは打って変わって目を逸らしてやがる! この人の人格ってのがどういったものなのか、彼らは知っているようだ。
「お前は光る原石だ!」
「光る原石なら今食事に行きましたよ」
俺はたまたま次元病に遭遇して処置できただけで、魔法もまともに扱えないんだ。
それに対してレイコはあの魔力量、誘うなら絶対にあいつだ。
とはいえこの人はレイコの持つ魔力量は分からないだろうが。
「ルォウか! あいつは昔から派閥には入らん性質だから諦めてはいる!」
なら何故あいつを誘ったんだか。
いや、そもそも光る原石はルォウじゃなくてレイコね。
「あの、そもそもの話をしますとね。自分は本当にどこの派閥に入る気も今はないので――」
「縛られたくない、それは分かる。だがな! お前は過去に囚われている気がするのだ!」
「えっ?」
「気のせいだったらすまんな!」
野生の勘っていうものだろうか。
言われてみれば、そんな気もしてくる。
誰かの下につくならば、真っ先に浮かぶのは師匠だけだ。
各区のギルド支部長の派閥になんて、入って成果を上げようだなんて気持ちは微塵も沸かない。
「銀級が次元病を処置したというのは正直疑った! しかしだな! リンの弟子となれば納得がいく! 技術は持っているだろう! 我がギルドに、そして我が派閥にお前は置きたい!」
「すみません……」
「……そうか、駄目か! だが我がギルドはお前をいつでも歓迎するからな! 俺の講義も聞いていけ!」
おうおう。
北区の治療士達がずっとこちらの様子を伺ってる。
俺がどの区の、どの派閥に入るのかと冷や冷やしているだろうな。
だけど安心して欲しい、南も西も東も、そして北区の派閥にも入るつもりはない。
俺達は再び街へと戻り、今日の交流会の会場へと向かっていた。
フリュウゲさんのおかげで普段はあまり足を運ばない場所へ行く事が出来てそれなりに楽しめた。
レイコも治療都市周辺の大自然を間近で見られて満足だろう。
「ルヴィン様、私はここまでですので、お帰りの際はまた申してください」
「了解です」
帰りも送ってくれるのか、至れり尽くせりだ。
ただそれはいいとして。
「いやはやいやはや、皆予想以上に集まってるさね」
「ルォウ、元気にしてた?」
「元気してたさねレイコちゃん、さあ行きましょ~」
「行きましょ~」
待ち合わせはしてなかったはずなんだが……。
馬車から降りるとルォウが待っていた。
「俺達が来るのは知ってたのか?」
「勿論、あんた達が今日修練所でわいわいしてたのも知ってたしギルド職員に連れて行かれたのも知ってたさね。ギルド職員が来たって事は今日の交流会への参加も強制的って事さね、あたしったら頭良い」
俺達の動向を全て把握できているのはちょっと怖いんだけど。
会場入り口に立っただけで周囲からいくつもの視線を感じる。
有名なチームも何組か参加しているようだ。
「人がいっぱい入ってく」
「都市一の銃士に獣使い、あそこらは治療士講習を開いている教員もいるな。教員には話を一度は聞いたほうがいいぞ」
「講習、あるの?」
「あるぜ、今度受けてみるか?」
こくこくと、レイコは嬉しそうに首を上下させる。
講習といってもそんな楽しいもんでもないんだがな。
「ん、んー。あそこあたりは分かりやすい連中さね」
「ウケる」
ジアフ派のチームはやはりどことなく分かりやすい、正装しているあたりが特に。
正装しなくてよかった。もしも正装していたらジアフの派閥に入ったのかと勘違いされていたところだっただろう。
肝心の当人は見当たらないがきっと交流会で接触してくるはずだ。
「ルヴィン見てみなよ。ジアフ派の熱い視線」
「ったく、別にジアフの派閥に入りたいわけでもないのに」
「西区と東区の連中も中できっと待ってるわよう」
来て早々だが今すぐ帰りたくなってきた。
残念ながら俺の右手はレイコががっしり掴んでて逃げられないが。
「わくわくする」
「俺は全然しない」
中に入るや、いくつも用意されたテーブルには料理が敷き詰めるように並び、四方には教壇置かれていた。
大体は各区の白金特級が初めにあの場へ立ち、技術や知識向上のために今までこなした依頼や特殊な依頼などの話をするのだが、北区の白金特級はいつも欠席している。
今日はあの場に誰が立つのか。
……俺が立たされる可能性は高い。次元病について、話してもらいたいと誘われる気がしてならない。
「ここでは何をすればいいの?」
「別に、行動は自由さ。ただ食べているだけでもいいし話を聞きにいくのもいい」
勉強しに来る者、チームメンバー補充のために勧誘する者、別区の腕が立つ治療士を自分の区へ引き込もうとする者、目的は様々だ。
「ほうら、白金特級のお出ましよ」
俺達が中に入って暫く、一人一人入ってくるたびに周囲が注目しざわつく。
西区ギルド支部長の白金特級治療士――
「ドウト・バテウス……」
その風貌は街中に人が溢れていたとしても一瞥するだけで分かる、全身刺青の男。
彼が広間へ入るだけで人垣が割れた。
「髑髏」
「髑髏男さねぇ」
噂によれば全身に魔方陣の刺青を施しているとか。
顔の髑髏の刺青も、何かしらの魔法陣に関するものらしい。
この治療都市で――いや、大陸一の魔法士であり個人の持つ魔力量も抜きん出ており、基本六属性以外の、特殊魔法と呼ばれる領域のものも数多く習得している。魔法のスペシャリストってわけだ。
憧れるね、見た目はあれだけど。
そしてやはり炎術系最強と言われるジアフは、火属性なら彼よりも上――改めてジアフという治療士はそりゃあすごい奴なんだが……なんだかこう、今一ピンとこない。
「あ、こっち見た」
「あらぁ、珍しい。あっちから来るなんて」
本当だ。
いつもはまっすぐに西区用教壇の傍で打ち合わせし始めるのに。
「君か」
うぉ……緊張する。
初めて話しかけられた。
次元病を処置していなければ、こうした接触すらなかっただろう。
身長は同じくらいだが、彼の持つ独特な雰囲気がその身を一回りは大きくさせるほどの雰囲気と圧力が漂ってくる。
「えっ?」
「次元病を治療したのは」
「あ、はい、俺です。ルヴィン・ミカドと申します」
「ミカド? リン・ミカドの息子か? にしては、歳が」
師匠とは交流があったのだろうか。
いや、あっただろうな。あの人の下へ教えを乞おうと何人もの治療師が訪れただろうし。
「息子ではありません。孤児で師匠に引き取られた時にミカドの名を貰いました」
「そうか。二年前の葬儀には参加できず申し訳なかった。花を贈るくらいしかできなかったが、私はあの人を今でも尊敬している」
「ありがとうございます」
見た目と違って意外と律儀。
だからレイコ、そんなに全身くまなくじろじろ見るのやめろ。ルォウもにこやかにそんなレイコを眺めてるんじゃないよ。
「……レイコ、失礼だぞ。っておい、服をめくるな服を!」
「構わん。見たいだけ見たまえ」
「すごい、芸術みたい」
「お嬢ちゃん、レイコと言ったか。芸術と呼んでくれるとは嬉しいよ」
互いに何か共感するものでもあったのか、ドウトさんが笑みをところなんて初めて見た。
これには周りも流石に驚きを隠せず、食事中の何人かはフォークを落としていた。
あまり笑みを見せない者同士でもあり、魔力量も多いのもあり、この二人は意外と共通点が多いな。
「ふむ。この子は素晴らしい魔力を持っているようだね」
「分かるんですか?」
「ああ、君の魔力も。妙なものだ、君のはまるで蓋でもされているかのような。君の得意属性は?」
「その……得意属性は何もないんです。自分は強化と無属性しか使えません」
蓋でもされてるような……とは、どういう意味なのだろう。
「ほう? だがそれでも次元病を処置したとなれば、君は技術を駆使したわけか。一体どれほど基礎と鍛錬と技術を積み重ねたか、努力の賜物だな」
素直に、嬉しい。
俺は今、白金特級に褒められてるんだ。
大丈夫かな、にやついて変な顔になってないか?
「そうでしょう? ルヴィンはいつか大物になるさね」
その期待はどこから出てくるのやら。
「期待して待とう。では私はこれで」
後ろで待機しているのは彼のチームか、五人の男女はそれぞれ両手に刺青が施されている。
更にその周りにいるのは彼の派閥のようだ、相当な人数だ。彼の講義を聞くべくずっと近くで待っているのようだ。
彼らの意思も汲み取って、今から講義をというわけか。
ジアフより紳士的だ。
今までは遠目で見る程度で、怖い印象があったけど人は見た目によらないもんだなあ。
「やあやあ、来てくれると思ったよ。交流会も数年ぶりの参加だから会場が分からなくて遅れてしまった。彼女がいなければ私は参加できなかったかもしれない、いや、参加できなかっただろう!」
やかましい奴が来た。
「偶然入り口で彼とも会ってな、見たまえこの巨躯、ううむ荘厳!」
「――こいつが、あれか」
ジアフの後ろから出てくる……巨躯の獣人。
入り口も小さく見えてしまうほどだ。うぉぉ……獣人の中でも抜きん出て大きい……迫力だけで押しつぶされそうになる。
「紹介しよう! 東区ギルド支部長の白金特級治療士、バルトル・シュルドだ!」
この治療都市では獣人として初めて白金特級になった人、だったか。
獣人族の血も色濃く受け継いでいるから見た目は獅子。
過去の交流会では遠くで見るくらいだったがこうして近くで見ると、対峙するだけで身を固めたくなってくる。
「もふもふだ」
「なんだこの米粒は」
「私はレイコ、よろしくもふもふさん」
「もふもふさんではない!」
レイコの襟裏をつまんで持ち上げるバルトルさんは、Wピースを向けるレイコに怪訝な表情を浮かべていた。
「はっはっは、もふもふとは面白い! バルトル君も今後はもふもふと名乗ってみるといいんじゃないかね!?」
「ぶっ飛ばすぞ貴様ぁ!」
バルトルさんは血気盛んのようで。
ぽいっと捨てるレイコをキャッチ。楽しかったのか、もう一回! と言うレイコであったが危ないのでやめさせよう。
「おいお前、米粒二号!」
「俺の事ですか?」
「そうだ! お前が次元病を処置したらしいじゃねえか!」
頼むから声量落としてくれないかな。
注目されるだけされちまってるよこれ。
周りのざわつきは絶対俺の話をしてるに決まってるし。
銀級に白金特級が三人も訪れるなんて光景がそもそも異常だ。
「今日は次元病の話はするのか!」
「してくれというのなら……。けど論文もまだ書いてないですしうまく話せるかは……」
「そうか! 期待してるぞ! 俺のとこに話しにこい!」
「ううむバルトル君、どこで話すかはルヴィン君の自由だと私は思うがね。あまり無理強いはよろしくないと思うよ? 君は少々強引なところがあるからね、それを治せば皆も接しやすいだろうに。ほら、ただでさえ君は外見からして威圧的だしね、なあセイルよ」
相変わらずの仏頂面で秘書登場。
「私に話を振られましても、知ったことかって感じです。それとジアフ様、今日は講義内容が長いため早めに打ち合わせをお願いいたします」
「そうだったか、それならば致し方ない。講義が終わったらまた話そう諸君」
出来れば話をせずに帰りたいよ。
「ふん、いつ会っても口の減らん男だ!」
あんたは声量が減らないな。
「して、ルヴィン! お前は北区のギルドによくいるようだが、まさかあいつの派閥に入ってるのか!?」
「あいつ? というと……」
北区だけでも大きい派閥は三つくらいあったような。
「アンデミスだ! 北区ギルド支部長のアンデミス!」
「あ、ああ……あの人ですか。いいえ、そもそも俺、どこの派閥にも入ってないですよ」
そうか、とバルトルさんは不敵な笑みを浮かべていた。
「ルォウ! お前は!?」
「あたしも入ってないさねえ」
「米粒は!」
「ルヴィンの派閥に入ってる」
「いやチームだろ」
バルトルさんはむふうと一呼吸し、
「よし、ならお前ら俺の派閥に入れ!」
腕を組んで、もはやこいつら入るだろうなと言わんばかりの自信を見せている。
一体その滲み出る自信はどこから来るものなのやら。
「あたしはパス」
「なんでだ!」
「派閥は入りたくないさね、以上!」
「正直だな! 分かった!」
なんかすんなりと断れそうだ。
「すみません、誘ってくれるのは嬉しいんですが俺もお断りさせていただきます」
「なんでだ!」
あれ? 俺の時はすんなりと退かないの?
「じ、自分は派閥とか、そういったのは合わないかなと思って」
「知らん! 入れ!」
ルォウはそそくさとレイコを連れてご飯食べに行ってしまった。
置いていかないで欲しい、なんとか俺もこの場から逃げ出したい……。
「俺は北区住みだし他の区の派閥に入るってのは大変で……」
「俺の区に住む場所があればいいんだな! 用意するぞ」
「用意とかそういう問題ではなくてですね」
おいおい勧誘ならジアフのほうがまだマシだったぞ、なんだこの強引さ。
誰か助けてくれないか。
って、皆先ほどとは打って変わって目を逸らしてやがる! この人の人格ってのがどういったものなのか、彼らは知っているようだ。
「お前は光る原石だ!」
「光る原石なら今食事に行きましたよ」
俺はたまたま次元病に遭遇して処置できただけで、魔法もまともに扱えないんだ。
それに対してレイコはあの魔力量、誘うなら絶対にあいつだ。
とはいえこの人はレイコの持つ魔力量は分からないだろうが。
「ルォウか! あいつは昔から派閥には入らん性質だから諦めてはいる!」
なら何故あいつを誘ったんだか。
いや、そもそも光る原石はルォウじゃなくてレイコね。
「あの、そもそもの話をしますとね。自分は本当にどこの派閥に入る気も今はないので――」
「縛られたくない、それは分かる。だがな! お前は過去に囚われている気がするのだ!」
「えっ?」
「気のせいだったらすまんな!」
野生の勘っていうものだろうか。
言われてみれば、そんな気もしてくる。
誰かの下につくならば、真っ先に浮かぶのは師匠だけだ。
各区のギルド支部長の派閥になんて、入って成果を上げようだなんて気持ちは微塵も沸かない。
「銀級が次元病を処置したというのは正直疑った! しかしだな! リンの弟子となれば納得がいく! 技術は持っているだろう! 我がギルドに、そして我が派閥にお前は置きたい!」
「すみません……」
「……そうか、駄目か! だが我がギルドはお前をいつでも歓迎するからな! 俺の講義も聞いていけ!」
おうおう。
北区の治療士達がずっとこちらの様子を伺ってる。
俺がどの区の、どの派閥に入るのかと冷や冷やしているだろうな。
だけど安心して欲しい、南も西も東も、そして北区の派閥にも入るつもりはない。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる