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第二章
karte.021 共闘
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俺は御者の位置を確認した。
少し離れているが何かあった場合すみやかに彼女を業者のもとへと避難させる必要がある。
「レイコ、ナイフを離せ」
「え、どうして?」
「引っ張られている事自体おかしい、ナイフが回収できないかもしれないだとかそういった不安よりも今は――」
まだ話している途中ではあった。
だが、その瞬間に俺達の体は宙を舞った。
モブさんのように吹き飛んだわけではない――ふわっと体を浮かされたような感覚だがこれは、これは異常事態だ。
「ル、ルヴィンッ!」
「大丈夫だ、俺にしっかり掴まれ! 二人羽織りしていてよかったな!」
じゃなきゃ今頃どうなってたか。
レイコの体をしっかりと抱きかかえ、俺は体勢を整えて着地。
浮かされたのは、何かが地面から突き出されたからだ。
それは更に地面からせりあがって頭上に浮いていた無菌結界浄化テントの装置を破壊した。
こいつの正体は予想するまでもない。
「ま、魔物?」
「あ、ああ…けど見た事がない、こいつは」
悪性侵食液病程度なら魔物化しても然程大きいものにはならない。
黒くちっこいのが群れる程度なのに目の前の魔物はどうだ? まるで巨岩そのもの、その上黒い手足が生えて体を石で形成しつつあった。
こいつは、俺の中に記憶されている魔物のリストのどれにも当てはまらない。
……変異、なのか?
「おいあんた! レイコを任せていいか!」
「勿論です!」
御者の動きは早かった。
すみやかに彼女を安全な場所へと移動させ、いつの間にか周辺には何人かが集まって防壁魔法を張っていた。
ギルド職員のようだ、予想よりも多くの職員が身近に潜んでいたようだ。
ともかく彼らさえいれば魔物が街へ侵入するのは避けられるだろう。
後は他に治療師がいれば頼もしいのだが……。
「――ううむ、人手が必要ならば是非とも手を貸したいのだが」
「ジアフ様、ここは悩むまでもないかと思われます」
ん……?
聞き覚えのある、声。
「ん、んー……。ここは南区だし、これほどの病魔を見逃してたのはあんたの責任じゃないのさね?」
またまた聞き覚えのある声が。
振り返るや、まあ確認するまでもなく想像通りの人物らがそこにはいた。
一人は落ち着いた様子でシルクハットを秘書へと渡し、一人はまるでこれから遊戯でもするかのように口端を吊り上げている。
「手を貸すわよ、なんていったって六つほど手が余ってるんだから」
「六つ全部貸してくれ!」
「ルォウ~」
「レイコちゃ~ん!」
ルォウとレイコは手を振りあって挨拶を交わしていた。白金級はこんな状況であっても随分と余裕なもんだな。
俺は剣を抜いて魔物に向ける。
魔物化したばかりなのか動きはまだ鈍い、叩くなら今が好機か。
性質は主に土や石なのだろう、自らの体を構築すべく地面を取り込んでいるようだが体はまだ完全には出来上がっていない。
「私も手を貸そう、君は幸せものだな。なんといっても白金級の我々が君の治療士チームとして加わるのだから」
いいから早くこっちに来てくれないかな。
「妙なものねえ、悪性侵食液病の魔物化も含みつつ、地中内にあった岩石に罹った病魔の魔物と融合しているような感じだわ」
「冷静な分析はいいから! つーかあんたらなんでこんなとこにいるんだ!?」
「いつの間にかいなくなったあんた達を追いかけてきたさね」
「私は夕食前の散歩だ。散歩はいいぞルヴィン君、空の光を身に受けて、軽く火照る程度まで体を動かすと夜は質のいい眠りを得られるのでお勧めだ。何より運動するというのは健康にいい。健康は大切だよ、我々治療士が健康でなければ不健康なこの世界を治せないのだからね」
一々喋ると長くなるなあんた。
「レイコちゃん! あたしが来たからにはもう安心だからねぇ。魔物退治とは如何なるものかをとくと見て頂戴!」
魔物を前にして声を高らかに上げるのはルォウくらいだよほんと。
「ルォウ君、魔物を刺激してしまうよそれでは。それに我々治療士たるもの、冷静に落ち着いて対処し――」
「ん、んー……あんたは冷静というよりマイペースって感じな気もするさね」
同感だ。
「さて、対象だが普通の魔物とは違い液体系と岩石系の融合種と思われる。融合とは前例がないのだが、目の前にこうしているという事は、これが初……であろうか」
「しかも一つの病魔はナイフで刺して病殻には到達したんだけど……見てくれよあれ。ナイフが取り込まれちまった」
魔物の頭部らしきものが形成されている。
頭の上にはナイフが刺さったままだ、つまりはあそこに病巣が一つ、もう一つは胴体あたりであろう。どちらもその部分が隆起していて微かに光を帯びていた。
「ルヴィン君、これほど珍しいものとこれまた遭遇するとは君は病魔に好かれているのかね?」
「好かれたくないんだがなぁ」
「刻んで様子を見るとするさね」
最初に動いたのはルォウ。
左側へと回り込み、服の中から取り出すは六つのナイフ。
宙に放り投げるとそれらを器用に六つの腕で取って連撃を開始した。
「おおー」
レイコが声を上げる、ルォウの魔物戦は見ていて実に派手なもので見てて飽きないだろうよ。
もう少し近くで見たいのか、結局レイコは俺のすぐ近くまでやってきてしまった。
御者も慌しく彼女の傍についているが、よくよく考えてみればここはある意味一番安全な場所かもしれない。
なんといっても白金級がすぐ傍にいてくれているのだから。
「これはこれは、噂のお嬢さん。私はジアフ・バルト、こちらが名刺だ。私の研究会に興味はないかね?」
「ジアフ様、この状況で勧誘はお止めください」
「おおっとそうだったな、失礼。今は魔物の討伐に入らねばならなかった。この魔物を討伐できれば今日の酒は実に美味しくなるであろうな」
彼は杖を軽く振り、魔物へと先端を向けた。
「いかに新種の魔物とはいえ、私の前に現れたのは運が悪かったとは思わんかね。なあ? セイル」
「左様でございます、魔物も『うわっ、こんな奴にやられるなんて最悪だ』とか最後に思うのではないでしょうか」
「ん? それはちょっと、おかしい気がするのだが」
「気のせいではないでしょうか。というか口より手を動かしてくださいジアフ様」
「ううむ、引っかかるが……しかし君の言う通りだな。手を動かそうじゃないか」
容赦ない言いようだ。
淡々としていて冷ややかな対応の彼女だがこうして彼に話をしている間、どこか楽しそうに見える。
「これこれ、私が望んでいたのはこれなの」
「これって何がさ」
「こう、剣と魔法の世界的なのと、魔物と戦う的な世界」
今にも魔物へ飛び掛りそうなほど、レイコはそわそわしていた。
魔物用の武器は買ってはいたが馬車の中でよかった。もしこいつが武器を持っていたら今頃魔物に飛び掛っていたかもしれない。
「甘い世界じゃないってのも、理解してくれよな」
俺は剣に手を当てて魔力を注ぎ込んだ。
魔力による強化をしなければ剣は一振りで刃こぼれするか折れてしまう、簡単には折りたくない。
「魔法ね!?」
「そうだよ! てかもう少し離れてくれ!」
すぐ後ろに来られるとやりづらい。
魔物も目と鼻の先にいるから尚更だ。
「ルヴィン、こいつの足を狙ってくれないかぃー?」
「そのつもりだ!」
少しずつ魔物はその造形を確かなものにしていっている。
周囲の土を取り込んで黒い液体がそれを包み込んで固くさせているようだ。
不思議なもんだ、二つの病巣が協力して一つになりたがっているような――お互いに意思疎通しているようにも見える。
「よいっしょーっと!」
――俺は足になりかけている部分へ斬りつける。
やはり脆い、ただ芯の部分は硬く切断までには至らなかった。
もっと魔力を練る必要がある、集中、集中しろ。
「これなら、どうだ!」
魔法に関しては……不得意だが、魔力を注ぐなり単純な魔法技術ならできる。
剣を更に強化しての一閃――斬るもの全てに抵抗もなく通り抜けた。
「素晴らしい! 魔物への戦闘技術も実に素晴らしいよルヴィン君」
「どうも……!」
魔物の足が崩れていく。
土へと帰ったところを見ると足の部分の魔物化は阻止できたようだ。病殻自体は完全に魔物化してはいるだろう、しかしその体はやはりまだ不完全なのだ。そこを突けば、やれる。
だが新種故に先の予想は不可能、未知の領域に足を突っ込んでいる以上、油断は禁物だ。何が起きるか分からない。
「ううむ、ここが狙いどころかね」
ジアフは魔法による攻撃をするようだ。
俺のような凡人とは違って肌で感じる魔力量、上級魔法を放つつもりだ。
「悪いが一つは消滅でいかせてもらうよ、病巣切除までは少々リスクが伴うのでね」
「未知数ならばそうするのがいいさね、でも確実にやってくんなよ! 中途半端な破壊で周囲に病魔を感染させたらたまったもんじゃない」
たとえ硬質であろうとも魔法による一点集中で狙いを定めて確実に病巣を消滅するための好機を窺っていると思われる。
白金特級となればこれといった魔力を練るための時間も然程は掛からないだろう。
「足止めはしたさね、ちゃちゃっと撃ってちょうだい!」
「この私の練る上級魔法――エルフェントは全てを溶かす熱の放射、通り過ぎるものは全て溶かしてしまうのだ。たとえ病巣であれ――」
「早くやるさね!」
「ううむ致し方ない、もう少し説明したかったのだが」
突如として。
周辺の木々が揺れ始め、空気が引いていくように肌を撫でていった。
ジアフの元に空気が吸い寄せられているかのような、いや、そうだ、そうなのだ。
彼は杖を魔物へと向ける、銃を構えて照準を合わせるかのように。
「――エルフェント」
一言、そう呟くと赤い閃光が走り地面を焦がしながら魔物へと放たれた。
離れていても肌が焼かれそうな熱量、そして踏ん張らなければ上体を押し返されそうな風力は上級魔法ならではだ。
焦げと燻り――魔物のその分厚い岩石はぽっかりと穴を開けており、俺達に向けられていた魔物の手は力なく下ろされた。
胴体にあったであろう病巣は確実に消滅しただろう。
たとえ完全に魔物化していなくても消し炭すら残らないほどのこの威力であれば菌が拡散する事はない。その代わり病巣から魔力を採取する事はできないが、評価や報酬など彼には必要はないだろう。
「あれが、炎術士……ジアフ・バルト」
炎術系最強とも謳われてきた。
この目で見ると、納得がいく。
「ううむ今日も良い焼き加減だ! 夕食は肉を食べようか。焼き加減は勿論、ウェルダンで」
「かしこまりました」
「まだ終わってないさね」
後は頭部にあろう病巣。
胴体の病巣が消失した事により動きはかなり鈍い。
「俺が行く!」
これならば、俺一人でも大丈夫だ。
俺はすぐに腕を伝って頭部へと飛んだ。
反応しようとするも、体全体を動かせる事はもはや無理のようだな。
首を横一閃――頭部を分離すると、小さな魔物達が群れて出てきた。
「悪性侵食液病による魔物化だ!」
まだこっちのほうは動けるようだがルォウと俺がいれば十分捌ける。
「ん、んー。これだけなら簡単さねぇ」
流石ルォウだ。
既に距離を詰めていた彼女は、六つの腕で魔物達をたちまち細切れにしていく。
「病巣は任せていい?」
「勿論だ、すぐに終わらせる」
ここからは、時間が無い時にやる行為だ。
刺さったままのナイフをそのまま捻り、殻の亀裂を広げる――腰袋からもう一つのナイフを取り出して差し込み、ぱっかり割りると同時に中の病巣にまとわりつく糸をナイフで回すように切って病巣をそのまま手づかみで摘出した。
魔物化している分、病巣は硬くなっているので掴みやすい。
この手順は、魔物化していると判断していないとできない。本来は慎重に行うべき行為であり、これについてはレイコに後で説明をしておこうと思う。
「おお、素晴らしい、素晴らしいよルヴィン君!」
「そりゃどうも。てかあんたがもう少し魔力を練ってれば簡単に終わったんじゃないか?」
「ううむすまない、しかしあまり魔力を練ると周りを巻き込む可能性があったので躊躇してしまった。微調整するのも難しい魔法でねこれは」
あんたほどの人物であればそれくらいの調整は容易いとは思うのだがね。
少し離れているが何かあった場合すみやかに彼女を業者のもとへと避難させる必要がある。
「レイコ、ナイフを離せ」
「え、どうして?」
「引っ張られている事自体おかしい、ナイフが回収できないかもしれないだとかそういった不安よりも今は――」
まだ話している途中ではあった。
だが、その瞬間に俺達の体は宙を舞った。
モブさんのように吹き飛んだわけではない――ふわっと体を浮かされたような感覚だがこれは、これは異常事態だ。
「ル、ルヴィンッ!」
「大丈夫だ、俺にしっかり掴まれ! 二人羽織りしていてよかったな!」
じゃなきゃ今頃どうなってたか。
レイコの体をしっかりと抱きかかえ、俺は体勢を整えて着地。
浮かされたのは、何かが地面から突き出されたからだ。
それは更に地面からせりあがって頭上に浮いていた無菌結界浄化テントの装置を破壊した。
こいつの正体は予想するまでもない。
「ま、魔物?」
「あ、ああ…けど見た事がない、こいつは」
悪性侵食液病程度なら魔物化しても然程大きいものにはならない。
黒くちっこいのが群れる程度なのに目の前の魔物はどうだ? まるで巨岩そのもの、その上黒い手足が生えて体を石で形成しつつあった。
こいつは、俺の中に記憶されている魔物のリストのどれにも当てはまらない。
……変異、なのか?
「おいあんた! レイコを任せていいか!」
「勿論です!」
御者の動きは早かった。
すみやかに彼女を安全な場所へと移動させ、いつの間にか周辺には何人かが集まって防壁魔法を張っていた。
ギルド職員のようだ、予想よりも多くの職員が身近に潜んでいたようだ。
ともかく彼らさえいれば魔物が街へ侵入するのは避けられるだろう。
後は他に治療師がいれば頼もしいのだが……。
「――ううむ、人手が必要ならば是非とも手を貸したいのだが」
「ジアフ様、ここは悩むまでもないかと思われます」
ん……?
聞き覚えのある、声。
「ん、んー……。ここは南区だし、これほどの病魔を見逃してたのはあんたの責任じゃないのさね?」
またまた聞き覚えのある声が。
振り返るや、まあ確認するまでもなく想像通りの人物らがそこにはいた。
一人は落ち着いた様子でシルクハットを秘書へと渡し、一人はまるでこれから遊戯でもするかのように口端を吊り上げている。
「手を貸すわよ、なんていったって六つほど手が余ってるんだから」
「六つ全部貸してくれ!」
「ルォウ~」
「レイコちゃ~ん!」
ルォウとレイコは手を振りあって挨拶を交わしていた。白金級はこんな状況であっても随分と余裕なもんだな。
俺は剣を抜いて魔物に向ける。
魔物化したばかりなのか動きはまだ鈍い、叩くなら今が好機か。
性質は主に土や石なのだろう、自らの体を構築すべく地面を取り込んでいるようだが体はまだ完全には出来上がっていない。
「私も手を貸そう、君は幸せものだな。なんといっても白金級の我々が君の治療士チームとして加わるのだから」
いいから早くこっちに来てくれないかな。
「妙なものねえ、悪性侵食液病の魔物化も含みつつ、地中内にあった岩石に罹った病魔の魔物と融合しているような感じだわ」
「冷静な分析はいいから! つーかあんたらなんでこんなとこにいるんだ!?」
「いつの間にかいなくなったあんた達を追いかけてきたさね」
「私は夕食前の散歩だ。散歩はいいぞルヴィン君、空の光を身に受けて、軽く火照る程度まで体を動かすと夜は質のいい眠りを得られるのでお勧めだ。何より運動するというのは健康にいい。健康は大切だよ、我々治療士が健康でなければ不健康なこの世界を治せないのだからね」
一々喋ると長くなるなあんた。
「レイコちゃん! あたしが来たからにはもう安心だからねぇ。魔物退治とは如何なるものかをとくと見て頂戴!」
魔物を前にして声を高らかに上げるのはルォウくらいだよほんと。
「ルォウ君、魔物を刺激してしまうよそれでは。それに我々治療士たるもの、冷静に落ち着いて対処し――」
「ん、んー……あんたは冷静というよりマイペースって感じな気もするさね」
同感だ。
「さて、対象だが普通の魔物とは違い液体系と岩石系の融合種と思われる。融合とは前例がないのだが、目の前にこうしているという事は、これが初……であろうか」
「しかも一つの病魔はナイフで刺して病殻には到達したんだけど……見てくれよあれ。ナイフが取り込まれちまった」
魔物の頭部らしきものが形成されている。
頭の上にはナイフが刺さったままだ、つまりはあそこに病巣が一つ、もう一つは胴体あたりであろう。どちらもその部分が隆起していて微かに光を帯びていた。
「ルヴィン君、これほど珍しいものとこれまた遭遇するとは君は病魔に好かれているのかね?」
「好かれたくないんだがなぁ」
「刻んで様子を見るとするさね」
最初に動いたのはルォウ。
左側へと回り込み、服の中から取り出すは六つのナイフ。
宙に放り投げるとそれらを器用に六つの腕で取って連撃を開始した。
「おおー」
レイコが声を上げる、ルォウの魔物戦は見ていて実に派手なもので見てて飽きないだろうよ。
もう少し近くで見たいのか、結局レイコは俺のすぐ近くまでやってきてしまった。
御者も慌しく彼女の傍についているが、よくよく考えてみればここはある意味一番安全な場所かもしれない。
なんといっても白金級がすぐ傍にいてくれているのだから。
「これはこれは、噂のお嬢さん。私はジアフ・バルト、こちらが名刺だ。私の研究会に興味はないかね?」
「ジアフ様、この状況で勧誘はお止めください」
「おおっとそうだったな、失礼。今は魔物の討伐に入らねばならなかった。この魔物を討伐できれば今日の酒は実に美味しくなるであろうな」
彼は杖を軽く振り、魔物へと先端を向けた。
「いかに新種の魔物とはいえ、私の前に現れたのは運が悪かったとは思わんかね。なあ? セイル」
「左様でございます、魔物も『うわっ、こんな奴にやられるなんて最悪だ』とか最後に思うのではないでしょうか」
「ん? それはちょっと、おかしい気がするのだが」
「気のせいではないでしょうか。というか口より手を動かしてくださいジアフ様」
「ううむ、引っかかるが……しかし君の言う通りだな。手を動かそうじゃないか」
容赦ない言いようだ。
淡々としていて冷ややかな対応の彼女だがこうして彼に話をしている間、どこか楽しそうに見える。
「これこれ、私が望んでいたのはこれなの」
「これって何がさ」
「こう、剣と魔法の世界的なのと、魔物と戦う的な世界」
今にも魔物へ飛び掛りそうなほど、レイコはそわそわしていた。
魔物用の武器は買ってはいたが馬車の中でよかった。もしこいつが武器を持っていたら今頃魔物に飛び掛っていたかもしれない。
「甘い世界じゃないってのも、理解してくれよな」
俺は剣に手を当てて魔力を注ぎ込んだ。
魔力による強化をしなければ剣は一振りで刃こぼれするか折れてしまう、簡単には折りたくない。
「魔法ね!?」
「そうだよ! てかもう少し離れてくれ!」
すぐ後ろに来られるとやりづらい。
魔物も目と鼻の先にいるから尚更だ。
「ルヴィン、こいつの足を狙ってくれないかぃー?」
「そのつもりだ!」
少しずつ魔物はその造形を確かなものにしていっている。
周囲の土を取り込んで黒い液体がそれを包み込んで固くさせているようだ。
不思議なもんだ、二つの病巣が協力して一つになりたがっているような――お互いに意思疎通しているようにも見える。
「よいっしょーっと!」
――俺は足になりかけている部分へ斬りつける。
やはり脆い、ただ芯の部分は硬く切断までには至らなかった。
もっと魔力を練る必要がある、集中、集中しろ。
「これなら、どうだ!」
魔法に関しては……不得意だが、魔力を注ぐなり単純な魔法技術ならできる。
剣を更に強化しての一閃――斬るもの全てに抵抗もなく通り抜けた。
「素晴らしい! 魔物への戦闘技術も実に素晴らしいよルヴィン君」
「どうも……!」
魔物の足が崩れていく。
土へと帰ったところを見ると足の部分の魔物化は阻止できたようだ。病殻自体は完全に魔物化してはいるだろう、しかしその体はやはりまだ不完全なのだ。そこを突けば、やれる。
だが新種故に先の予想は不可能、未知の領域に足を突っ込んでいる以上、油断は禁物だ。何が起きるか分からない。
「ううむ、ここが狙いどころかね」
ジアフは魔法による攻撃をするようだ。
俺のような凡人とは違って肌で感じる魔力量、上級魔法を放つつもりだ。
「悪いが一つは消滅でいかせてもらうよ、病巣切除までは少々リスクが伴うのでね」
「未知数ならばそうするのがいいさね、でも確実にやってくんなよ! 中途半端な破壊で周囲に病魔を感染させたらたまったもんじゃない」
たとえ硬質であろうとも魔法による一点集中で狙いを定めて確実に病巣を消滅するための好機を窺っていると思われる。
白金特級となればこれといった魔力を練るための時間も然程は掛からないだろう。
「足止めはしたさね、ちゃちゃっと撃ってちょうだい!」
「この私の練る上級魔法――エルフェントは全てを溶かす熱の放射、通り過ぎるものは全て溶かしてしまうのだ。たとえ病巣であれ――」
「早くやるさね!」
「ううむ致し方ない、もう少し説明したかったのだが」
突如として。
周辺の木々が揺れ始め、空気が引いていくように肌を撫でていった。
ジアフの元に空気が吸い寄せられているかのような、いや、そうだ、そうなのだ。
彼は杖を魔物へと向ける、銃を構えて照準を合わせるかのように。
「――エルフェント」
一言、そう呟くと赤い閃光が走り地面を焦がしながら魔物へと放たれた。
離れていても肌が焼かれそうな熱量、そして踏ん張らなければ上体を押し返されそうな風力は上級魔法ならではだ。
焦げと燻り――魔物のその分厚い岩石はぽっかりと穴を開けており、俺達に向けられていた魔物の手は力なく下ろされた。
胴体にあったであろう病巣は確実に消滅しただろう。
たとえ完全に魔物化していなくても消し炭すら残らないほどのこの威力であれば菌が拡散する事はない。その代わり病巣から魔力を採取する事はできないが、評価や報酬など彼には必要はないだろう。
「あれが、炎術士……ジアフ・バルト」
炎術系最強とも謳われてきた。
この目で見ると、納得がいく。
「ううむ今日も良い焼き加減だ! 夕食は肉を食べようか。焼き加減は勿論、ウェルダンで」
「かしこまりました」
「まだ終わってないさね」
後は頭部にあろう病巣。
胴体の病巣が消失した事により動きはかなり鈍い。
「俺が行く!」
これならば、俺一人でも大丈夫だ。
俺はすぐに腕を伝って頭部へと飛んだ。
反応しようとするも、体全体を動かせる事はもはや無理のようだな。
首を横一閃――頭部を分離すると、小さな魔物達が群れて出てきた。
「悪性侵食液病による魔物化だ!」
まだこっちのほうは動けるようだがルォウと俺がいれば十分捌ける。
「ん、んー。これだけなら簡単さねぇ」
流石ルォウだ。
既に距離を詰めていた彼女は、六つの腕で魔物達をたちまち細切れにしていく。
「病巣は任せていい?」
「勿論だ、すぐに終わらせる」
ここからは、時間が無い時にやる行為だ。
刺さったままのナイフをそのまま捻り、殻の亀裂を広げる――腰袋からもう一つのナイフを取り出して差し込み、ぱっかり割りると同時に中の病巣にまとわりつく糸をナイフで回すように切って病巣をそのまま手づかみで摘出した。
魔物化している分、病巣は硬くなっているので掴みやすい。
この手順は、魔物化していると判断していないとできない。本来は慎重に行うべき行為であり、これについてはレイコに後で説明をしておこうと思う。
「おお、素晴らしい、素晴らしいよルヴィン君!」
「そりゃどうも。てかあんたがもう少し魔力を練ってれば簡単に終わったんじゃないか?」
「ううむすまない、しかしあまり魔力を練ると周りを巻き込む可能性があったので躊躇してしまった。微調整するのも難しい魔法でねこれは」
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