異世界の治療士達

智恵 理侘

文字の大きさ
上 下
13 / 37
第二章

Karte.013 治療士の世界

しおりを挟む
 北ギルド支部は巨大な四角い箱をどんと置いたような、建物としては特に面白みのない外観をしている。
 中に入ると高い天井は開放感があるもののそれほど広い建物ではないために油断すると肩をぶつけ合う事もしばしば。
 右側にある掲示板の前には治療士達が多く留まっている。
 端から端まで、壁一面を惜しみなく使った掲示板は実に荘厳で、数えきれないほどに貼られている紙一枚一枚が依頼書だ。
 それほどまでに世界は脆く、多くの治療士に助けを求めているのだ。
 とはいっても声を出せるわけではない、ギルド職員達が魔力を感知し、引っかからないものに関しては調査員が自ら足を運んで情報を集めてくる。
 この掲示板に依頼書が一枚も張られない日は果たして訪れるのだろうか。

「ほら、これが今きてる依頼だ」
「すごい数、いつもこうなの?」
「まあな」

 レイコは瞠目して、掲示板を右から左へとその目でなぞっていく。
 何人もの治療士達が一枚一枚見てまわり、奥のテーブル席で話し合うという流れを見ては、次なる視線はテーブル席へ。
 どうだレイコよ、すごいもんだろう?
 掲示板、テーブル席、受付、そして現場へ、そういった流れが直に見れて、緊張感も直に味わえる。
 人の行き来も激しく、活気溢れる空間だ。最初のうちは、この流れを観察しているだけでも飽きないってもんだ。
 ……師匠が俺を連れてきてくれた日を、思い出すよ。
 あの時も、こうして肩を並べて暫くこの流れを眺めていた。偶然にも、同じような位置で、同じようにしている。

「この二枚重なってるのは?」
「それは診療録って言ってな、病名や症状が詳しく記載されている書類付きだ」
「なら診療録付きのほうが良いという事?」
「そうでもない、診療録付きの中には、前に担当した治療士が処置できなかったから診療録を付けた場合もある。難易度が違うものが混じってるって事だ」

 だからこそ診療録が付いてるからありがたいと飛びつくのではなく、しっかり目を通して自分の技量を考慮し慎重に選ぶ必要がある。
 依頼を受けて、達成できずにこの掲示板へ張りなおしは評価が下がる一因ともなってしまう。
 レイコは一枚一枚じっくり見ていた。
 まだ治療士の知識を微塵も得ていない彼女からすれば何が書かれているかなどよく分かってないとだろうが。
 ……というか。

「……なあレイコ、文字は読めるのか?」
「私の知っている文字じゃない、それは確かなのに何故か……読める。不思議な、感覚」
「ほう、そうか……。まあ、一から文字の読み書きをする手間が省けていいな」
「うん、それはいい」

 しかし別世界から来たにも関わらず文字を読めるというのは、一体どういう事なのだろうか。
 なんか特殊な……ライザックさんが言っていたように、何かしら変化を起こした上でのものなのか?
 ……考えたところで俺には答えを見出せやしないな。

「見ろよ、診療録がない依頼を選んだチームが話し合ってる」

 四人チームの治療士達だ。
 各々が資料を持ち出して見せ合っていた。診療録もなく、難易度は高い依頼なのだろう。話し合いの段階で、表情や目つきからは気迫を感じられる。

「これまで似たような症状の資料を持ち出してどんな病魔かの予測を立てているんだろうな」
「なるほど」

 手術に必要な持ち物も変わってくるために、彼らの話し合いは実に真剣そのものだ。
 見たところ、きっと俺よりも階級は高いだろう。ベテランの雰囲気をそこはかとなく感じる。

「準備も道具も足らずにとんぼ返りで病魔が悪化――それだけは避けなくちゃならん」
「みんな、慎重なのね」
「そりゃあな。自分のせいで魔物が生まれたなんていうのは最悪だぜ」

 今日は十数に及ぶチームが机を埋めていた。
 割りと多いほうだな。俺もいくつか目を通したが診療録付きの依頼はどれも難易度が高かった。
 中には診療録無しの依頼を選んだチームもいるだろう。その場合、話し合いは長く、おそらく今日一日は準備で終えるチームもいたはずだ。
 ざっと掲示板を見ると今日の依頼は難易度は高め、いつもよりテーブル席は埋まっていた。
 俺が次元病を処置したというのが、彼らに良い刺激となったのもあるかもしれない。

「何か依頼、受けないの?」
「んー、手頃なのはなさそうだし、やめとこうかな。お前のお守に専念するよ」
「つまらない」
「誰のせいだよ誰の」

 レイコは依頼書を掲示板から剥がして俺に見せつけてくる、受けろとでも? いいややめておこう。 
 すかさず俺は元の場所へと戻した。

「この世界では木や岩、空気などに病巣ができる――だったっけ」
「ああ、そうだ」
「何故? 普通の病気とは違うのは、分かったけど」

 俺達にとっては常識ではあってもレイコにとっては疑問の一つ。
 別世界の人間にとってこの差異は大きいだろう。

「そもそも病巣ができる原因は解明されてない。発展に伴う環境破壊や、大地から沸く魔力に異常が生じて病巣の原因になってるのではとされているがな」
「発展していくと病魔が増える?」
「増えているのは事実だ」

 ただし発展を抑える事はしない。
 この都市のみならず、他の都市や国も、同じ考えであろう。

「なら発展をやめれば?」
「発展ってのはな。下り坂に球体を転がすようなもんなんだぜ」

 幼い頃、俺も似たような質問を師匠にしたもんだ。
 師匠から聞いた返答をそのまましてやろう。

「というと?」
「障害物があろうとも、速度の上がった球体はずっと転がり続ける。止められるわけがないし、誰も止めたがらない」

 それに発展が病巣の増加に直接結びつくとも限らないからな。

「この世界からすれば俺達人類も病魔みたいなもんかもしれないな」
「どの世界も人が最も害をなす。けど害を治すのもまた人、ね」

 彼女は腕を組んで一人で頷いていた。
 自分の言葉に酔いしれているだろうか。
 だが彼女の言葉には共感できるものがある。

「これは?」

 先ほど話していた神妙さは既に無く、彼女はとたとたと別の掲示板へ向かっていた。
 俺には到底真似できない模写、絵が描かれた紙を彼女は手に取る。

「こいつらは長らく処置できていない魔物だ」
「誰か処置しないの?」
「追跡が難しいんだ。こいつを見てみろ」

 一つの依頼書を指さした。
 特に変哲のない川のイラストが載っているが――

「川が病魔に侵されていて、病魔自体も見た目がほとんど水に近い。こいつを川の中から見つけるなんて難しいどころの話じゃない」
「大変そう」
「他には山が病魔によって魔物になっちまったのもあるが、相手がでかすぎてな。ま、こっちはほとんど動かんからいいが気まぐれに噴火されちゃあたまらん」
「よし、山の魔物を治療しよう」
「よしじゃねーよ。これほどの病魔だとそうだな……病巣は君のサイズくらいの球体ってとこだろうな。それを広大な山の中で探すのを想像してみろ、しかも病巣は埋まっていて視診できない状態をな」

 彼女は天井を仰いで、やや眉間にしわを寄せた。

「無理すぎて軽くウケる」
「ウケんな」

 皆持て余してるからずっと残ってる依頼だ、完治できるのはいつになるやら。

「私も早く治療士になって依頼をこなしたい」
「先ずは仮登録だが……話は試験に受かったらだな」

 試験自体はさほど難しいわけではない。
 治療士としての最初の位置に立つための試験みたいなものだから、基本を押さえていれば大体は合格できる。
 問題は、そこからが大変なのだ。

「ちなみに治療士になってもある程度実績をあげないと治療士称号剥奪処分があるからな」
「では治療士になったらすぐに依頼をこなす」
「せめて難なくこなせるだけの腕と知識を得てからにしろよ」

 まだ何も知らないってのに自信だけは達者だ。
 近くに置いてあった治療士について簡単にまとめたパンフレットを彼女に手渡す。

「階級は意外と多いのね。ルヴィンはどのあたり?」
「銀下級だ。依頼をこなした量より、依頼内容の質でギルド側が判断するから近道なんてないぞ」

 次元病の処置をした件で中級か上級に上がれる可能性が高いがね。
 早く通知こないかねえ。素直に期待している。

「私が治療士になったら山の病魔を処置して一気に階級を上げる」
「無謀だからやめようね」

 こいつは治療士というもの自体を甘く見てやがるな。
 一度依頼の一つを受け取って見せてみるのも手だが、果たしてギルドが許可するかどうか。

「処置の難しい依頼はこのまま放置?」
「悪化する前に他の治療士がメンバーを集めて処置に掛かるさ、今は準備が出来てないだけで放置はしてないんだぜ」
「君もメンバーに選ばれる?」
「それはないだろうよ。上位の治療士達は派閥を作ってるから大抵がその派閥に所属している奴らから選ばれる」

 俺はどの派閥にも所属していないし、所属する気も今はない――と言葉を添えておく。

「ルヴィンは、どこか所属しないの?」
「いいや。派閥に入ってると処置メンバーに加わったり知識や技術は学べるけど、今のところは……どこにも入る予定はないかな」
「自分中心で動いたほうが気が楽?」
「ああ、そうだな」

 とりあえずギルド内を見て回る。
 換金所から休憩所、メンバー募集欄にと一通り見せてちょいとだけ彼女に自由時間を与えた。

「はぁ……」

 子守は疲れる。
 ライザックさんとエルスが朝から武器や薬の調合云々言って早々に出て行ったのはもしや俺にレイコを押し付けたかっただけなのではないか。
 彼女の見える位置で休憩しながら、コーヒーを一杯飲むとした。

「また会ったねぇ」
「……その声は」

 振り返る前に、腕の一本が俺のコーヒーを奪い彼女――ルォウの口元に。

「んかっ、苦いわぁ。お茶はないさね?」
「人の飲み物奪っておいてそれかよ」
「彼女、楽しそうねぇ」
「俺は楽しくないがな、それよりコーヒー返してくれないか? あとなんでここに来てんだ? あんたはいつも西区だろ?」

 ルォウからコーヒーは取り返したが二口で随分と飲まれたな。
 もうほとんどないじゃないか。

「そりゃあレイコちゃんが来てるって話を聞きつけたから来たに決まってるさね」
「意外と暇人なんだな」
「ん、んー、あの子に会うために今日の予定は全てキャンセルしただけよ」

 そこまでするかね普通。

「本部ならともかく別の支部にまで来るなんて、治療士にいい目では見られないぞ?」
「依頼を横取りしにきたわけじゃないしいいでしょう?」

 新人治療士ならまだしも、別区の支部へと足を運ぶのは好まれる行為ではない。
 依頼を奪ったりでもしたら支部との衝突もありうる。
 どこかの派閥に入っていればそこからまた絡みに絡んでの連鎖が生じるため、何かしら重要な用件がない限りは別区の支部へは足を運ばないのが暗黙の了解だ。

「それならまあ、いいけど。あいつと話をしたいならどうぞお好きに」

 ルォウどの派閥にも所属していないのもあっては然程煙たがられやしないしへの尊敬の眼差しを向ける者もいる、所謂人気者だ。
 ……無名の俺と違ってね。
 今日は折角時間を割いてくれたんだ、ここは彼女の希望を叶えてやるとしよう。

「いやぁありがたいわぁ」

 俺より歳が上なくせにまるで子供のようにスキップをしながら彼女はレイコに近づいていった。

「レイコちゃ~ん!」
「ルォ~ウ」

 レイコは六つの腕それぞれにハイタッチ。
 あれ? こいつら昨日会ってちょっと話しただけだよな? ここから見ると旧知の仲みたいに見えるのだが。
 ……よし、レイコは暫く彼女に任せてもよさそうだな。
 折角ギルドに来たんだし、ふらっと見てまわろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

お人好し底辺テイマーがSSSランク聖獣たちともふもふ無双する

大福金
ファンタジー
次世代ファンタジーカップ【ユニークキャラクター賞】受賞作 《あらすじ》 この世界では12歳になると、自分に合ったジョブが決まる。これは神からのギフトとされこの時に人生が決まる。 皆、華やかなジョブを希望するが何に成るかは神次第なのだ。 そんな中俺はジョブを決める12歳の洗礼式で【魔物使い】テイマーになった。 花形のジョブではないが動物は好きだし俺は魔物使いと言うジョブを気にいっていた。 ジョブが決まれば12歳から修行にでる。15歳になるとこのジョブでお金を稼ぐ事もできるし。冒険者登録をして世界を旅しながらお金を稼ぐ事もできる。 この時俺はまだ見ぬ未来に期待していた。 だが俺は……一年たっても二年たっても一匹もテイム出来なかった。 犬や猫、底辺魔物のスライムやゴブリンでさえテイム出来ない。 俺のジョブは本当に魔物使いなのか疑うほどに。 こんな俺でも同郷のデュークが冒険者パーティー【深緑の牙】に仲間に入れてくれた。 俺はメンバーの為に必死に頑張った。 なのに……あんな形で俺を追放なんて‼︎ そんな無能な俺が後に…… SSSランクのフェンリルをテイム(使役)し無双する 主人公ティーゴの活躍とは裏腹に 深緑の牙はどんどん転落して行く…… 基本ほのぼのです。可愛いもふもふフェンリルを愛でます。 たまに人の為にもふもふ無双します。 ざまぁ後は可愛いもふもふ達とのんびり旅をして行きます。 もふもふ仲間はどんどん増えて行きます。可愛いもふもふ仲間達をティーゴはドンドン無自覚にタラシこんでいきます。

婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!

昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。 ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。 この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。 ------------------------------------

処理中です...