異世界の治療士達

智恵 理侘

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第二章

Karte.012 北ギルド支部へ

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 たまにはのんびりと買い物に行くのもいいのだが。
 レイコを連れて館を出る際は御者に連絡して待たなくちゃならなくなった。
 監視の一環なのだろう。
 一々呼んで待つのは若干不憫だが、ライザックさん達のほうは元々使ってた馬車を使えるので別行動での移動手段が増えたと考えると、そういう面では悪くないかもしれない。

「それは何?」
「魔力式通信機だ、魔力を注入して番号を選べば繋がる」

 見た目は数字の刻まれた円盤に球体の台が繋がっているだけなんだが、魔力を注入すればごらんの通り、光を宿して起動する。

「ほほう」

 興味津々だが通信中にいじられちゃたまらん、少し離れさせよう。
 レイコに関する書類を読んでいたら、翌日には出来れば彼女の様子についての報告をしてほしいとの一文があったので連絡をしている。
 本部ではラハルェさんが通信に入り、レイコは特に変わりないという事と、街に出ると報告した。
 午後には時間があれば本部に寄って欲しい……ね、まあいい。今日は何も依頼を受けていないから時間はある。
 エルスもライザックさんもどこかでゆっくり過ごしているだろう。俺はすっかりレイコの保護者だが。
 彼女を預かっている間は、本部にも定期的に寄る事になりそうだ。

「イタ電していい?」
「普通にやめろ」

 一日が経過した今、彼女は口数も増え、陽気に外を見たり館を歩き回ったりと好奇心は絶えない様子だった。
 庭に出るや芝生でごろごろするレイコ。
 実に楽しそうだ。
 一つ一つが新鮮なのだろうか。俺達には見飽きた世界でも彼女の瞳から見えるその世界は印象が別物のようだ。
 すると彼女はむくりと上体を起こし、正面門を見た。

「馬車が来た」

 馬車の到着と同時に彼女は駆けて乗り込む。
 早く来いと俺に手を振ってくる、どんだけはしゃいでるんだよお前は。

「素敵な風景」
「だろう?」

 少し視線を延ばせば建物と建物の間から覗く雄大な山々、この都市は緑一色に取り囲まれており、街も歩道には一定間隔で木が植えられている。
 治療士が多く滞在する場所は、自ずと病魔から自然が守られるためだ。
 この景観を見るためにわざわざ遠方から足を運ぶ人だっている。
 年々増えていったせいか観光地としても着々と知名度を上げている。

「ギルド本部は午後に行くとして……。北ギルド支部でも覗いていくか」
「行こう、ついでに治療士への手続きも」

 治療士になる気は満々のようで。
 では北ギルド支部へ向かうとしようか。

「あのなあ、昨日も言ったけど簡単にできる仕事でもないんだからな。ちゃんと考えろよ」
「ちゃんと考えている、私を見縊るな」
「見縊るよ」

 北ギルド支部は近いのもあるが、知り合いも多く利用しているのもあって情報交換がしやすい。
 他の支部だと派閥で囲いが出来ていたりしているためにどうも話しかけづらい雰囲気が作り上げられてしまっている。
 北ギルド支部は、比較的派閥の意識はされていないので無所属にとっては居心地はいい。

「私ならやれる」
「だからその自信はどこからくるんだ」

 自信満々に腕を組んでやがる。

「治療士を目指すより自分の記憶を思い出す努力のほうを優先しろよ」
「少しずつ、思い出せてはいる」
「本当か?」
「しかし曖昧すぎてその記憶が嘘か真かが定かではない」

 欠落した記憶の回復は果たして時間が解決してくれるのだろうか。
 今、彼女に新しい事に挑戦させていいものなのか不安だ。

「……まあいい。今日は北ギルド支部長はいるかな」
「いつもいないの?」
「どっかでふらふらと依頼をこなしたりしてて中々見る機会がないな。噂では依頼ついでに各地で酒を飲んだりしてるらしいが」

 セルヴェハル一の適当治療士とも呼ばれている。
 ギルドの運営は部下に任せっきりだ。

「頼りなさそう」
「けど不思議な事に北ギルド支部長についていく人は多いんだよな」

 支部長の派閥も人が減ったという話は聞かず、相変わらずこの北ギルド支部一番の派閥だ。
 兎に角腕がいいって話らしいが、直に処置を見たわけじゃないからなんともな。

「ルヴィンはどの派閥に?」
「無所属だ」
「自分で派閥は作らないの?」
「作っても人が集まらないさ」
「次元病って、すごい病魔なんでしょう? 宣伝になるのでは?」
「なるかもしれんが、俺みたいな階級の低い奴より、上の階級で活躍してる派閥のほうがまだ入る価値があるってもんだ。得られるものが違う」

 たとえ俺が派閥を作ったとしても入りたい奴なんかいない。
 自分よりも階級の低い奴の派閥に入るって事は、自分の階級は上だけど腕は下だと言っているようなものなのだからな。
 その矜持は重要だ、意外と。
 時に依頼の数だけこなして昇級した奴が、治療技術が足りずで難しい依頼は手を出せず、結局腕を上げるより自分の腕の未熟さを隠すのに必死になっている奴だっている。

「複雑そう」
「複雑さ、そんでもって知れば知るたびにドロドロな世界だと認識するぞ。それでもお前は治療士になりたいか?」
「暇なもので」
「理由が酷いなぁ……。次元病がどうたらって話はどこに行ったんだ……」

 そうしているうちに、あっという間にギルド支部へと到着。
 ――北区ギルド支部、本部と比べればこぢんまりとした建物ではあるが賑わいは負けてない。
 今日も多くの治療士が行き来し、見るからに活気で満たされていた。

「人が多い」
「そりゃあ支部とはいえ治療士が集まるからな」

 支部の入り口付近は治療士の出入りが激しい。
 何人もがレイコを見ては過ぎていく。噂も広まっているだろうし、やはりこの黒髪……良い目印だ。

「また注目されてる」
「皆早めに慣れてくれる事を祈るばかりだ」
「元気ですか皆さん、どうもレイコです」
「手を振るんじゃないよ」

 お前はどうしてこうも自由奔放なのだ。

「よおルヴィン」
「おお、モブさん」

 顔馴染みが早速やってきた。
 依頼の紙をポケットに入れてるな、手ごろな依頼でも見つけたのだろうか。
「また新人を雇ったのか?」
「まあね。生活に困ってたから拾ってやったんだ」

 レイコが俺のほうを見た。
 俺は、肘で軽く突いて話を合わせろと訴える。
 理解してくれたのかは、表情が何も変わらないのでまったく分からない。

「見たところ……東和国の人間か? 珍しいな」
「私はレイコ」
「俺はモブス・マイード、よろしく!」
「よろしくモブさん」

 一部ではモブと呼ばれてるが初対面でいきなりそう呼ぶかね君。
 まあモブさんはその辺気にしない人だからいいけれど。
 常に笑顔を張り付けたような人で、モブさんは自然と人を和ませてくれる人としての魅力がある。
 表情で比べると、レイコとは常に真逆だな。

「可愛い嬢ちゃんだな、治療士を目指してこの街にやってきたのかい?」
「最高の治療士になりにきた」
「ははっ、いいね! それにこんなかわいこちゃんが治療士になったらチームの華間違いなしだな。どうだい俺のチームによ」
「おいおいモブさん、チームのメンバーが聞いたら怒るぞ? 自分のチームには華がないのかってな」
「おおっと気をつけなくちゃな」

 周囲を確認するモブさん。
 安心しろ、モブさんのチームメンバーは近くにはいない。いたらいたでそれは楽しそうな事になりそうだったが。

「今日は依頼でも漁りにきたのか? いや、次元病治したんだったな。暫くは休みか?」
「そうしようかと思ってる、論文もあるしね。けど手ごろなのがあれば引き受けようかな」

 当然ながら支部では俺が次元病を処置したのは既に広まっている。
 派閥のほうも動いてくるか? しつこい勧誘は勘弁してもらいたいところだが。

「休みすぎるのも体に毒だからな、そんじゃお先」

 モブさんは入り口にいる仲間の催促に応え、踵を返して北ギルド支部へ。
 俺達もぼちぼち中に入るとしようか。
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