上 下
7 / 30
第二章

6.自殺薬

しおりを挟む

 伊部凛子。
 年齢は二十八歳、AB型。二十二歳の時にローカル番組にて霊能力者として紹介される。名立たる霊能力者と共に心霊スポットなどを巡っていたが、彼女の発言は他の霊能力者とは違う意見ばかり。
 それも半分以上は「見えない」か「いない」が多く、ポンコツ霊能力者や0能力者といったあだ名がネットではつけられていたが、その美貌から彼女はじわじわと人気が上がっていたようだ。
 心霊系の番組はただでさえ細々となんとかやっていけていた当時であったが、彼女が二十四歳の時に天国事件が発生し、番組はとどめを刺されたようなもので打ち切りとなった。
 それ以降、彼女が何かしら番組に出演する機会はなく、霊能力者を名乗る者達は暴露本を出版しての隠居、占い師などへの転向などで世間から消えていった。
 現在は霊的相談所とは名乗っているものの、彼女の事務所は老朽化の激しいビルの二階。
 看板も下げておらず教えてもらわなければ相談所であるかも分からない。
 それで生活していけているのかと思ったのだが、どうやら彼女はご両親の遺産で食っていけているようだ。
 ご両親は彼女から聞いたとおりで、天国事件から一年後に亡くなっている。それがきっかけとなったのか酒、煙草を始め、吃音症も発症してしまった。
 カウンセリングも受けていたようだがここ二年間は一度も受けていない。
 薬物に手を出したのが半年前、現在はこれといった住居は決めておらず事務所か知人宅で寝泊りをする生活だとか。
 彼女についてのデータをささみちゃんから頂いて、思った感想は……死にたがっている、ような気がして……ならなかった。
 自暴自棄が今も続き、彼女の体は崩壊していく。病院へ行ったのはもういつかも覚えていないらしく自分の体は大切にしていないようだった。
 研究所には医療・宿泊施設も完備されている、彼女とは午後も話を聞いていたが、睡眠不足が深刻で職員に一先ず預けるとした。彼女も同意して、気絶するように眠ってしまっていた。
 危険ドラッグによる体力の低下もあるとの事だ。暫くここの施設で療養させるのも、彼女のためにもいいかもしれない。
 然るべき管轄への引渡しの必要は、特務特権によって保留とされる。
 一応見逃すという取引はしたからな、彼女についての情報を他の管轄へ漏らさねば問題はない。
 彼女は研究所に預けておき、俺と木崎君は押し寄せる仕事を前に一先ず昼休憩を取った後に行動予定の整理から入るとした。
 事務所に戻るべきか、しかし研究所を出るならついでにどこかに寄って何か一つでも済ませられるものがあったら済ませていきたいところだが、これといったついで事もなければ直帰もありだ。
 何よりここの作業室は事務所よりも快適で、事務所に戻って作業するよりも気持ち的な面から捗る。
 暖かな風が送られ、常に過ごしやすい温度をキープしてくれるクーラーがついている。事務所のぼろいストーブは温かかったり肌寒くなったりと安定しない。

「さて。筆跡鑑定のほうは、と」

 届けられた封筒から書類を取り出した。
 長々と文章が並べられている。
 天国交信装置に書かれていた文字と、窓に書かれていた文字とでは比べる上でも難しいが、筆勢や文字形態、筆癖は極端に類似しているため、現段階では同一人物である可能性は高いと記載されていた。
 しかし最速での鑑定であり、確定と言える段階まではまだ時間が掛かるとの事。
 天国交信装置に直接関わっているとされる人物が平輪市にいた、まだ市内若しくは県内のどこかにいる可能性は十分にある。
 人物像は一切ないものの、不審なバンなどがあればすぐに情報がくるようお願いしているところだ。
 書類を彼女にも見せる。

「同一人物である可能性は高い、ですか」
「ああ、後は天国交信装置の使用許可がもしおりればあの場の光景を映像化してもらって調べる事もできるんだがな」
「映像化? そういう事もできるのです?」
「ああ、画質はあまりよくないがな。装置の使用中に録画機器を通して死者が最後に見た光景を映像として保存できるようになったんだ」
「死者の記憶の映像を保存……すごい世の中になってきましたね」
「まったくだ。しかし教団は誰もが顔を隠しているから個人の特定は出来ないがね、背丈や骨格から性別の判別くらいだ」

 使用許可についてはあまり期待は出来ない。
 今回の集団自殺に関して、筆跡鑑定の結果だけでは上が動くとは思えない。もう少し調べて許可が下りるような素材を集めるべきか。
 ポケットの端末に手を伸ばし、電話をかけた。

「やあ、ささみちゃん。ちょっといい?」
『何さ~』
「宮内早苗って名前の人、調べられるかい?」
『ただ調べるつっても、同じ名前の奴が全国にどれだけいると思ってんだ?』
「今日の事件で一命を取りとめた人がいただろう? その人の名前かもしれないんだ」
『マジか? それなら話は早えぞ~』
「もし顔と名前が一致したら彼女に関する情報をこっちによこしてくれないか?」
『オーケー』

 これで、病院で危篤状態になっている今回の自殺志願者の名前が一致すれば、伊部さんの話していた内容がまた的中する。
 であれば……伊部さんから生霊状態である宮内早苗と話をしてもらい、情報を引き出す――まったく、我ながら妙な捜査方法だ。

「伊部さんの話、本当でしょうか……」
「今のところは、当たってるな。一つ気になる点があるが」
「一つ?」
「最初に言っていただろう? 自殺志願者が集まったのは――十人と。現場にあった遺体は八人、一命を取りとめたのが一人で合計九人だ」
「ああ。確かに。しかし数え間違いという可能性は?」
「現場で見つかったPTP包装シートは十錠全てが無くなっていた。一錠は見つかっていない」
「……現場には本当に十人いたという事ですか?」
「かもしれない」

 彼女の話がなければ錠剤の一錠が足りない程度でそれほど疑問視されなかったであろう。
 もし遺体が一人、本当に消えているのだとしたら話は変わってくる。
 今回の事件は他の集団自殺事件とは少し違うかもしれない、より慎重に捜査を進めていこう。

「よう」
「山路さん、来ていたのですか」
「お、お疲れ様です」

 自慢の顎鬚をさすりながら、山路さんは空いていたテーブルに腰を下ろした。
 その独特な枯れ気味な低音の声と行儀の悪さは相変わらずだ。

「今日は研究所に用件が?」
「ちょいとな。話は聞いてるぞ、なんでも霊能力者? を保護して話を聞いてるらしいじゃねえの」
「ええ、まあ」
「まさかそいつの話を聞いて捜査を進めるとか言うんじゃないだろうな」
「……それがですね」

 訝しげに山路さんは俺を見る。
 特務の捜査方法は基本的に本人の自由であり、上司の許可も必要ない。何より上司との接触もほとんどないために一々許可を取って動くのは初動の遅れに繋がる。
 だが今回の捜査方法は自由というよりもやや奇妙。
 このまま進めていいのか、我ながら未だに疑問に満ちている。

「もう少し彼女の話を聞いて、捜査してみようかと思ってます」
「大丈夫なのか? そもそもそいつの危険性は?」
「大丈夫です。多分」
「驚いたよ、お前さんがそんな捜査をするなんてな。お嬢ちゃん、どう思うよ」

 話を振られて、木崎君は肩を上下させてから、口を開いた。

「え、わ、私は……多比良さんに従います」
「いい部下を持ってるねえ。羨ましいよ」
「山路さんは部下をつけないんですか?」
「俺は一人のほうがいい、部下と一緒に捜査をするってのは刑事時代に無理だと気付いたからな」

 山路さんは警視庁刑事部捜査第一課出身だ、刑事としては相当優秀だったとささみちゃんが言っていた。特務設立時の初期メンバーでもある。
 俺も特務に入った当初は山路さんの下で少しだけ就かせてもらったがその期間は短かった。本人が一人で行動したがる傾向にあるのだ。

「そっちの事件は任せてもいいか?」
「はい、今のところは問題ありません」
「なら俺は別んとこを進める」
「別のとこというと?」
「CIA、MI6、MSS、BDNといった諜報機関や宗教団体までもがこぞっとやってきてるんだよ」
「天国交信装置の争奪戦ってところですか」
「そんなとこだ」

 他国や宗教団体は天国交信装置が喉から手が出るほど欲しがっている。
 裏では諜報機関や宗教団体が衝突しあっているとよく聞く。山路さんや他のメンバーが主に引き受けているがいつか俺達にも何かしら関わる機会があるかもしれない。

「とりあえずいつでもフォローできるように情報は笹峰から貰ってはいる。霊能力者がどうこうは置いといて……何か掴めそうか?」
「まだ分かりませんが、今回の件は他とは違うような気がします。天国交信装置は小型化しており、現場から遺体が一人分消えている可能性もあります」
「消えてるだって?」
「霊能力者からの話を元にしておりますが、十人分の自殺薬が入ったPTP包装シートは全て空に対して、現場の人数は九人というのも引っかかります」

 今でも現場から自殺薬が出てきた報告はされていない。

「指紋のほうは?」
「今回は検出されてます、結果はまだ聞いていませんがもしかしたら、十人分の指紋が出るかもしれません」
「そうか、それは気になるな。進展がある事に期待するよ。霊能力者のほうもほどほどにな」
「もしかしたらその霊能力者のおかげで大きな進展があるかもしれませんよ」
「今時霊能力者というのもなあ……」

 俺も最初は同じ反応ではあった。
 今後の調べ次第では、もしかすると――だ。

「上は何か言ってこなかったのか?」
「報告もしていないですが、ささみちゃんとのやり取りから自分がどう動いているのかは把握しているはずです」
「その上で何も言ってこないって事は、一応は容認しているのか」
「おそらく」

 上司の指示を仰ぎたい気持ちもややある。
 連絡がきて、どうこう動いたほうがいいなどといったアドバイスの一つでもくれやしないかとスマートフォンが振動するのを期待しているのだが、その気配は未だにない。

「分かった。今日は事務所には戻るのかい?」
「時間次第といったところですね」
「そうかい、まあ戻らなくていいがな。オートロックのおかげで戸締りを気にしなくていいってのは便利なもんだなあ」
「まったくで」
「それじゃあ、俺は行く。天国教団を壊滅させたら連絡をくれ」
「ええ、そのうち連絡します」

 山路さんはくっくっと笑みを溢しながら退室していった。
 時計を気にしていたあたり、山路さんも忙しそうだ。

「さて、我々もそろそろ行こうか。筆跡鑑定はとりあえずの段階でも一応は聞けたし、指紋鑑定もまだまだ時間掛かるだろう」
「伊部さんはどうします?」
「話を聞くのは少なくとも明日だな」

 その間、少しでも情報収集と現状整理を優先する。
 現場にもう一度足を運び、教団の逃走ルートなどの割り出しを行いいくつかのルートを回ってはみるがこれといったものは出なかった。
 日が暮れるまで木崎君と聞き込みをしたが、それらしい話も得られなかった。人口減少も響いている。聞き込む相手が少ない上に、国籍が違う相手も多いために聞き込み自体の難易度が上がっている。
 その日の捜査も引き上げるついでに、病院に一度寄った。
 自殺未遂で終わったあの自殺願望者が奇跡的に意識を取り戻している事を願うも、看護師曰く今夜が山だという。
 それも、もし乗り越えられても数日生きれるかどうか。
 自殺薬というものは、本当に恐ろしいものだとつくづく感じさせてくれる。
 一度飲んだら体が徐々に衰弱して機能が停止する。効果のほどは人によって違うらしいが、彼女の場合は途中で嘔吐して成分は全て摂取したわけではないのにこの効果を出している。
 しかしふと思う。
 もし自分が死にたくなったらどんな手段を選ぶのかと。
 携帯している銃をこめかみに突きつけて引き金を引くか、首を吊るか、飛び降りるか――誰にも迷惑をかけずに、死後の処理による手間をかけさせないものを選ぶのならば、自殺薬を手に入れて飲むのがいい。
 もしも捜査段階で、自殺薬を手にする場合があったら――一つくらい貰っても、バレないだろうか。
 ……いや、何を考えているんだ俺は。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

アイリーンはホームズの夢を見たのか?

山田湖
ミステリー
一人の猟師が雪山にて死体で発見された。 熊に襲われたと思われるその死体は顔に引っ搔き傷のようなものができていた。 果たして事故かどうか確かめるために現場に向かったのは若手最強と言われ「ホームズ」の異名で呼ばれる刑事、神之目 透。 そこで彼が目にしたのは「アイリーン」と呼ばれる警察が威信をかけて開発を進める事件解決補助AIだった。 刑事 VS AIの推理対決が今幕を開ける。 このお話は、現在執筆させてもらっております、長編「半月の探偵」の時系列の少し先のお話です。とはいっても半月の探偵とは内容的な関連はほぼありません。 カクヨムweb小説短編賞 中間選考突破。読んでいただいた方、ありがとうございます。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

霧崎時計塔の裂け目

葉羽
ミステリー
高校2年生で天才的な推理力を誇る神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、異常な霧に包まれた街で次々と起こる不可解な失踪事件に直面する。街はまるで時間が狂い始めたかのように歪んでいき、時計が逆行する、記憶が消えるなど、現実離れした現象が続発していた。 転校生・霧崎璃久の登場を機に、街はさらに不気味な雰囲気を漂わせ、二人は彼が何かを隠していると感じ始める。調査を進める中で、霧崎は実は「時間を操る一族」の最後の生き残りであり、街全体が時間の裂け目に飲み込まれつつあることを告白する。 全ての鍵は、街の中心にそびえる古い時計塔にあった。振り子時計と「時の墓」が、街の時間を支配し、崩壊を招こうとしていることを知った葉羽たちは、街を救うために命を懸けて真実に挑む。霧崎の犠牲を避けるべく、葉羽は自らの推理力を駆使して時間の歪みを解消する方法を見つけ出すが、その過程でさらなる謎が明らかに――。 果たして、葉羽は時間の裂け目を封じ、街を救うことができるのか?時間と命が交錯する究極の選択を迫られる二人の運命は――。

神暴き

黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。 神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。

隅の麗人 Case.1 怠惰な死体

久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。 オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。 事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也は、そこで車椅子を傍らに、いつも同じ席にいる美しくも怪しげな女に出会う。 東京駅の丸の内南口のコインロッカーに遺棄された黒いキャリーバッグ。そこに入っていたのは世にも奇妙な謎の死体。 死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。 2014年1月。 とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。 難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段! カバーイラスト 歩いちご ※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。

処理中です...