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第一話.王都オルランテ

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 画面には文章がずらりと並び、更に文章は伸びていく。
 今日も俺はキーボードの上で指を躍らせている。
 何をしてるかって? 物語を書いてるところだ、分かるだろ? 分からんか。
 区切りのいいとこまでまであと数行、指も止まらず調子はいい。
 自分の中にある物語をじっくりと考えて、話を進めている時とこうしてキーボードに打ち込んでいる時が一番楽しい。
 自分でもこの趣味は、思った以上に続いている。
 夢中になれる趣味をようやく見つけたのだ、そして、この趣味を通してのネットで友人もできた。
 創作系サイトのチャットルームで知り合った四人の友人達は、創作意欲を加速させてくれる。
 いつか皆でゲームを作ろう――なんて話をして、みんなの得意分野でそれぞれ作っては進捗を連絡しあったりもした。
 俺はストーリー担当だ、ぽよよんさんがキャラのイラスト担当、武器等のデザインがちゃんぽんさんで、ヘルボイさんがマップ製作、迷い猫さんがゲームのプログラム製作だ。
 もしかしたら本当にゲームが作れるかも、と期待はしていた。
 最初はこういう展開で~と皆に話してそれぞれ意見を出したりして物語を作ったり変更したりとしていたけど、みんな忙しいのか、少しずつ連絡が取れなくなっていって今やどうしていいのか、そしてみんなの進捗はどうなっているのか分からない始末だ。
 俺達のオリジナルワールド、リエノリア。
 リエノリアの意味は……無い、五人で最初に浮かんだカタカナ一文字を打とうって話になって打ち込まれたのを並べただけだ。
 チャットルームを覗いてみるがやはり誰もいない。
 しかし一応……俺はまだこうしてストーリーを書き続けている。
 小説も書いちゃってるんだからね。
 第一部、第二部、第三部、そんでもって推敲しての繰り返しだ。
 一応データ共有サイトを利用して第一部は送ってはおいたけど、返事はない。
 いつか連絡がまだ取れたら、みんなに壮大なストーリーを読んでもらいたい。

「うんうん、いい出来かも」

 それなりに良い出来かも――って、俺が思ってるだけで他人はどうかは分からない。できればその辺を皆に読んでもらって感想を聞きたかったんだが。
 第一部は一応、送ってはいたけど肝心の感想はきていない。

「……大体いいかな」

 うーむ、しかし。
 読み手がいないとなるとどうしていいのやら。
 そういえばここ数年でネット投稿サイトも活気付いているらしいな、そこに投稿するのもありか。
 問題は投稿する勇気。
 ズタボロに叩かれるかも――そんな不安が俺の心を突いてくる。
 そうだ、もう一度見直してからにしよう。
 ……なんて。
 ちょっとした言い訳をして画面をスクロール。
 そのうち絶対投稿はする、今はまだやめておこう。
 見直したら何か物語に穴があるかもしれないし、投稿するなら完璧な状態で投稿したいね。

「設定、細かく書きすぎたかな」

 設定が書かれたメモ帳をクリック。
 ずらっと下までスクロールできるこの量……見直すと若干自分でも引くくらいだ。

「まあ、いいか」

 ストーリーを書く上で設定は大切だ、ファンタジーものなら尚更。
 俺の思うファンタジー溢れる世界とはどういうものなのか、自分の中ではっきりと思い描いておくべきだしな。
 矛盾点がないかを確認しておかなくちゃね。

「このキャラも……ボツのままでいいか、他のキャラでいいし。後は……ああ、休憩しよう」

 数時間モニタとにらめっこは流石に目が疲れてきた。
 誰もいない居間へと入り、台所へと向かった。
 夕食時が過ぎたこの時間、普通の家庭ならば母親が今頃皿洗いでもしてるのかもしれないけど、俺の家には誰もいないのがいつもの光景だ。
 ちょっとした事情ってやつ。
 今は叔母さんとの二人暮らしだ。
 いつも仕事が忙しい(社畜かな?)叔母さんは俺に構ってくれる時間もなく、母親代わりなんて全然できていない。
 家で一人じゃ寂しいだろうからってゲーム機やパソコンを買い与えてはくれているけど、一人でいるのは変わりないんだ。
 母親代わりを努めようという姿勢は感じる……やや空回りだけど。

「異世界にでも行けたら、いいのになあ……」

 俺にとって現実はとても居心地が悪い。
 学校でもこれといって目立つ生徒でもないし、場を盛り上げられるような性格でもない。
 たまに話しかけられても目が怖いだとか、睨まないでとかそういうのばかり。
 あ、でもね。
 自分で言うのもなんだけど勉強はかなりできるほうなんだぜ、家族に自慢しようとしても、できないけど。

「ぷはっ」

 うま味もない水を喉に流し込んで俺はソファに横になった。
 うーん、なんだろ、すっごく眠い。
 仮眠でも取ろうかな。
 起きたら……また、ちょっと書こう。
 まどろみ数分、夢の中へ。


「……ーい」

 ん? なんだ? 叔母さん帰ってきたのかな。
 にしては、男の声……ついに叔母さんに彼氏がっ!?
 俺は思わず上体を起こした。

「えっ」

 目覚めて最初の光景は、あまりにも衝撃的。
 髭もじゃのいかつい人が顔を覗き込んでいた、それも顔がかなり近い。

「どわっ! だ、誰!?」

 叔母さんの彼氏――にしては、こう……中年のごく普通の方を想像していたけど、海の男としか表現が出来ないその容姿。
 予想外だ、叔母さんのタイプってこんなごっつい髭もじゃの方なのだろうか。

「おいおい、どうした。そろそろ着くぞ」
「つ、着く……って?」

 先ほどまでソファで横になっていたのに固い感触が背中から伝わってくる。
 その上揺れてる、地震? いいや違う、そんな揺れではない。

「着くってそりゃあオルランテだ、行き先はそこしかねえだろ」
「オ、オルランテ……?」

 思考がようやくはっきりとしてきた。
 この潮臭さ、木製の建築物――船内? 揺れるたびにぎしぎしと音が鳴っている、どうして俺はこんなとこにいるんだ?

「安全だとはいえわざわざ揉め事抱えてる国に行くなんてなあ。見ろよ、客は兵士が多いぜ。」
「え、えっと……」

 状況がうまく呑み込めない。
 オルランテ、今この人はオルランテって言ったよね?
 俺達の考えたオリジナルゲームの世界にオルランテという国が出てくるけど……。

「夢?」
「何寝ぼけてるんだ。ほら、到着だ。荷袋を……って、いつの間にそんな服に着替えたんだ?」
「えっ? あっ」

 自分の服は部屋着姿……。
 皆西洋の古風な服装や鎧ばかりで完全に俺の服装は浮いてしまってる。

「いや、はは……」

 とりあえず笑って誤魔化しておこう。
 船が停泊したのか揺れが治まり、兵士は皆外へと出始めていた。
 俺も降りるべき、なのか。
 これが夢だとして、いや、夢なら自由にしていいんだが一先ず降りるか。

「さあ行った行った」

 この人には見覚えに近いものがある。

「ど、どうも……ハルアギさん」
「ん? 俺の名前教えたか?」
「あ、その……話をしてるのを聞いただけです」

 やはり、と心の中で呟いた。
 この人は俺の書いた物語の登場人物だ。

「そうだったか」

 最初に主人公と接触する登場人物だから覚えてる、貴方の名前を命名したのは俺なんですよふふふっ。
 といっても想像と見た目はちょいと違ったけど。意外と、毛深かった。
 それは置いといて。

「うわぁぁお……」

 阿呆な声が出た。
 雲ひとつない青空の下、特殊な素材を使って安定した高層の建物の建築に成功し大きく発展した王都オルランテ。
 国を囲むように奥に聳え立つのはオルランテの防衛施設であり、ある意味観光名所ともなっているオルランテ防壁。
 北から弧を描いて南へと建てられている、高さ100メートル、厚さは5メートルのその防壁は容易くは破れない。
 そのためにこの国は他国よりも魔物の侵入率は大幅に低く、安全性は高い。
 街の中央にはオルランテ城が空を穿つかのように聳え立っている。

「本当に、オルランテだ……!」

 今まで文章でしか想像できなかったものがこの目でおがめられている、たとえ夢の中であっても、これほど嬉しいものはない!

「おーい、忘れもんだー」
「おわっとっ」

 振り返ると同時に、俺の胸に荷袋が飛び込んできた。
 これは主人公が持ってた荷袋か?
 薄汚い布袋、けどそう見せかけておいて中身は多重の魔法結界によって厳重に、“とあるもの”が保管されている。

「……俺の立ち位置って主人公なのか? それはそれで面白い夢だな」

 ハルギアさんにお礼を言って手を振って、俺は再び目線を街へと戻した。

「これからどうしよう」

 物語を思い返してみよう。
 最初は、そうだな……とある登場人物と接触があるはずだ。
 ほら、よくあるだろ? 街中でぶつかったり、ちょっとした手伝いとかしたりで交流する――掴みっていうやつ?
 こんな港じゃあその場面は作っていない、街中に入った途端に少女とぶつかるはずだ。

「お待ちしておりました、我が神よ!」
「へぇっ!?」

 展開通りとはいかず、そしてそれは唐突に。
 少女がいきなり俺の両手をぐっと掴んで、胸へと押し付ける。

「か、神……?」
「ええ、そうです。お気づきでしょうか? 私です、アリアです!」

 アリア――アリア・ラキアッソ。
 彼女こそ街中でぶつかる予定だった登場人物、そんでもって主人公のサポート役の子。
 でも……おかしいな、港で遭遇する展開はないぞ? 現時点では面識だってないはず。
 ましてや主人公を神などと呼ばない。

「その……神って?」
「貴方様が作ってくださったのですから、私にとっては貴方様は神でございますが」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って! 作ったって、えっと……」
「他の者達は自覚はないようですが、私は憶えております。貴方様がいつも物語を考え、登場人物である私達一人一人に魂を込めて個性を与えてくださった事を。そして、現実になったこの奇跡、なんと素晴らしい事でしょう!」
「げ、現実に、なった……?」
「はい!」

 勢いよく首を振るアリア。
 待て待て。
 これは、現実なのか?

「ちょいお時間を」

 自分の頬をつねってみる。

「いだだ……!」
「何をなさっているのです?」
「ゆ、夢か現実かの、確認っ」
「先ほども仰いましたように、現実でございますよ?」
「うん……そう、だよね」

 そんでもって、青ざめている。
 今、自分が置かれた状況は、かなり特殊なものだ。
 わけがわからなくなってくるが、正気はなんとか保っていられている。

「さあ、物語を始めましょう! 行きましょう! 頑張りましょう!」
「げ、元気だね君」
「元気な私も、貴方様がお作りしたのですよ?」
「そ、そっか。そうだよね」

 このままだと彼女の勢いに呑まれて流れに任せてしまいそうになる。
 冷静に、そうだ、こういう時こそ冷静に、だ。

「現実、かあ……」
「はい。残念ながらか、喜ばしい事にとつけるかは人によると思いますが」

 俺の場合はどっちだろう。

 残念ながら?

 ……いや。
 いいや、喜ばしい事に――か?
 悩んでいても仕方がない。
 否定したところで……どうも夢から醒めるとかそういう気配はない。
 ためしにアリアの頬もつねってみた。

「ひ、ひはいですゆうほはまぁ……」
「あ、そうだよね、ごめん」

 頬の柔らかい感触、弾力もあって、すべすべして、女性の頬っていうのはこうもさわり心地がよいのかと。
 ああ、俺は混乱している。
 そもそも彼女の頬をつねったところで夢かどうかの判断なんてできないのに。
 これじゃあ……。
 そう、これじゃあただ女の子の頬に触れてみたかっただけ、みたいじゃないか。てか女の子の頬をつねったのは人生でも初めてかも。

「君は……その、俺と一緒に物語を進める感じなのかい?」
「左様で、我が神よ」
「神って……。せめて名前で呼んでくれないかな? 俺の名前は知ってる?」
「存じております、ユートン様――いえ、最上下悠斗様」

 深々と頭を下げてどこか忠誠心を見せてくるアリア。
 そのちょっとした堅苦しさも俺の考えた設定のせいか。
 容姿に関してはイメージは俺で、大体はぽよよんさんが描いたからか差異はあるが……美少女だねえ。
 艶やかな長い赤髪、すらりとした体躯、顔立ちも整っていてヒロインにも負けない様子だ。

「どちらでお呼びすればよいのでしょう?」
「うーん……」

 ハンドルネームでも本名でもそんな変わらないんだよね。

「悠斗でいいよ」
「それでは我が神、今後は悠斗様と呼ばせていただきます」
「そんな、様付けしなくても」
「呼び捨てなど恐れ多くてできません!」

 そのかたくなさを抱いた瞳。
 後ずさりしかけるほどの圧に否定も出来ず。

「わ、分かった分かった。それで、君はこうなる前は何か憶えてる?」
「いえ……気がついたら私はこの街におりまして、作り手様五人がいる事、私を特に愛情を込めて作ってくださったのは悠斗様、そしてぽよよん様であるというのだけは憶えておりました」
「じゃあ、元の世界に戻る方法は……?」
「元の世界?」

 そのきょとんとした顔から、ああ、答えは聞かずともな、と。
 もしやこれは、俺達の作った世界に飛び込んでしまった……のかな。
 にわかには信じられないが、この光景、全身で感じるこの感覚、夢とは言えない。 
 ならば、先ずは――

「よし、持ち物を確認しよう」
「殊勝な心がけです!」

 荷袋を開いてみる。
 その中に一つ、目に留まるのは小さな箱。

「これは……」
「上位第五魔法級の封印が施されておりますね」
「上……ああ、そんな魔法設定作ってたね」

 魔法の紋章陣が浮かび上がってる、主人公以外が手を入れようとすればたちまち弾き飛ばされて痛い目に合う――っていう設定の、それ。

「これほどの封印、一体何を持ってきたのですか?」
「中には過去に英雄と呼ばれた人達の力が宿った石――神遺物が入ってる」
「し、神遺物……!?」
「神遺物があれば、誰もが英雄と同等の、いやそれ以上の力を得られるんだ」
「それを、どうするのです?」
「んー……どうしよっか。考え中」

 我ながら、中二病満載である。
 しかし言い訳をさせて欲しい、これは俺だけが考えたんじゃなく他の四人の意見も取り入れた結果なのだ。

「他はお金も入ってるな。さて……」

 周りに視線を振りまく。
 俺は今――ちょっと目立ってる。
 言わずともこの服装が問題なのだ、異世界を現実世界の部屋着で歩いているなんていうのはこの世界じゃあ奇抜なスタイルすぎる。

「あ、いや皆さん、これはですね、日本の普段着でして」
「悠斗様の普段着、素敵です!」

 周りに説明をしておくが、一人を除いて怪しさの払拭はできず。
 金も十分にあるんだ、服屋に行こう。

「あの、この辺に服屋は?」
「ございます、案内いたしましょう」

 ヘルボイさんからこの世界の地図は見せてもらったとはいえ、こうして現地に足を運ぶとなると流石にどこをどう行けばいいのか分からない。
 記憶もおぼろげで正確じゃないし、地図があったら購入して改めて確認しなくちゃ。

「よお兄ちゃん、妙な格好だなあ?」

 歩いて一歩目と同時に、声を掛けてくるのは通りかかった男性。
 頬がこけていて肌は若干黒ずみが目立つ――こいつは……。

「そう、ですよね。ははっ」
「妙な服とは、無礼ですよ! この方はもごごご!」
「よしよしアリア、いらない事喋っちゃ駄目駄目」

 彼女の口が滑らないように注意しておかなくちゃ。
 そんでもって、ここで最初の物語あるある。
 主人公は新たな国や町に行くと何かしらトラブルに遭うんだが、最初のトラブルってとこ。

「その髪や肌の色、見慣れないな。どこの国から来たんだ?」
「えっと……」
「この国は初めてか? 街には詳しいぜ、案内してやろうか? 美味しい飯屋とかどうよ」

 トラブルは、これから何が起こるのかは知っている。
 なんていたって考えた張本人だからね。

「あ、いや大丈夫、貴方とこうして気を逸らしている間に後ろから貴方の娘さんが俺の荷袋を取ろうとしてる時点で案内してもらえなさそうなので」

 さっと荷袋を上にあげた。
 するとどうだ。

「あわっ!?」

 少女の手が荷袋のあった位置を通り過ぎて空振りした。

「はっ! いつの間に……。悠斗様、お見事でございます!」
「なっ!? くそっ、何故分かった!」
「そりゃあ――」

 そこで言い留まる。
 なんて説明すればいいんだか。
 スリ親子の展開は知ってたからと言っても彼らはクエスチョンマークを浮かべるだけだ。

「うーんと、ちょっと待って、説明が難しくて。いや、説明が下手だからっていうわけじゃなくてね」
「悠斗様は神故に特殊なお力をお持ちなのですね?」
「そういうわけじゃあ」

 悩んでいるうちにスリ親子は行ってしまった。

「……ないんだけど、なあ~」
「あら。どうしましょう?」
「被害に遭ってないし、見逃してあげようよ。おーい、スリはやめとけよー」
「その懐の深さ、感服いたしました」

 俺は二人に手を振って背中を見送った。
 これでいいんだ。
 物語の序盤では主人公――エンリ・ヴェリアルはこの街に入るや早速スリ親子の被害に遭う。
 荷袋の中身に手を出そうとするも封印魔法によって彼は痛い目に遭うはずだったのだから。
 あの少女も泣きながら助けを求める必要もなくなった。
 今思うと主人公は優しい人っていう一面をただ見せたかった蛇足とも言っていい部分だったな。

「さ、行こうか」
「何事もなかったかのように颯爽と踵を返すそのお姿、惚れ惚れ致します!」
「あんまり褒められると、照れるね……」

 大した事はしていないんだがなあ。
 それから暫し歩いて服屋へ。

「いらっしゃーい」
「どうもどうも、ふは、これは……いい!」

 いかん、にやけてしまう。
 この国の特徴でもある白をを基調としたさわやかさ抱かせる色と、通気性も良く着心地のいい服がずらりと並んでいる。
 異文化を視覚で堪能できていて、眺めているだけでも楽しめるというもの。

「お、異国の方とは珍しい。服も斬新だねっ」
「でもこの服だと目立つからオルランテの服を買いたくて」
「うーん、そうねえ、目立つわね」
「私はそのままでもいいとは思うのですが」

 服屋のお姉さん――リリルエは興味深そうに俺の部屋着をじろじろと見ていた。
 ちなみにこの人は、主人公がスリ親子について情報を聞きに訪ねる予定だった人だ。スリもされずに済んだので聞き込みはしなくていい、ちょっとした時短になったな。
 ただし彼女にも気をつけねば。
 優しく丁寧に教えてくれるのだが、ちゃっかり装飾品を買わせるやり手だ。流されて買うなんて事にならないようにしなくちゃ。

「ねえそれ、どこの国の生地? しっかり作り込んでるね、その服の模様はどのような技術で?」

 おおう俺の部屋着に食いついてきたっ。

「これは、その……」

 どうやって作ってるかなんて俺には説明できないわけで。

「ちょっとした、とある国の、技術的な?」

 言いよどんだ挙句、酷い説明だと我ながら思う。

「気になるわね!」
「そ、それより、あっ! これください!」

 話を逸らすべくとりあえず目に入ったこれといって特徴のない服を指さした。

「えーこれぇ? もっといいのがあるけど、どうー?」
「悠斗様はどれでも似合います!」
「お嬢ちゃん、分かってないねえ。ちょっと値が張るけどかっこいいもんとかあるわけよー」
「か、かっこいいもの!? ゆ、悠斗様のかっこいいお姿……! じゅるり」

 じゅるりて。
 これは高いものを買わされる流れに早くも片足を突っ込んでしまっているな。

「いえいえ! これで十分です!」
「ほら、こっちのフード付きの服とかさー。あっ、このブレスレットもつけるよ!」

 お洒落なブレスレットを出してきた。
 色鮮やかなガラス玉がついたちょっとお高い装飾品、主人公は購入したが俺は――

「どうかな~?」
 彼女は前かがみに女性の色気を武器として使ってきた、

「買います」
 仕方ないね、口が勝手に動いちゃったんだから。

「まいどありー!」
 退店後に溜息をつく俺であった。
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