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027 裏設定

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「み、美耶子さーん!」

 今にして思えばこの扉は事務所の入り口を飾るにしては似合わない鉄製のもの。
 蹴破られる心配もなく、逆に閉じ込めるという手段としても活用でき、まさに今その活用をされている。
 扉越しに聞こえる階段を下りる音、何度呼びかけてもその足音は止まらず遠ざかっていく。
 曇りガラスから見える人影は凛ちゃんか。彼女にも呼びかけてはみるもこちらを振り向く素振りはない。

「くそっ……!」

 どうする、どうすればいい……?
 物語的にこれは――先輩はどんな展開を望んでる?
 俺がここからどうにか脱出して治世の元へと行く展開? いや待てよ。

「先輩……悲劇がどうとか言ってたよな……」

 一度冷静に、そして考えをまとめるべくソファに座るとした。

「誰かが命を落とす展開を作るのなら……まさか治世を?」

 待て待て、いきなりヒロインが命を落とすとかあるか?
 先輩がどんな結末を考えているのか、未だに分からない。もしかしたら、そのようなぶっ飛んだ結末を用意しようとしていたりするのだろうか。

「こうしちゃいられない!」

 再び席を立つも塞がれた窓に突破できない扉、まさに八方塞がりの状況に俺は室内をうろうろするしかなかった。
 誰かに助けを求めようとスマホを取り出すも――電波は圏外。
 室内だとそうなるよう仕掛けを施していたのか、抜け目がないな。
 ……そういう設定にしたのは俺なんだけどね。

「どこか脱出できるところは……」

 壁を叩いたり窓のシャッターをこじ開けようとしてみたり、扉に体当たりしてみたりと一つ一つ試してみる。
 その結果、こうして再びソファに腰を下ろして溜息をつくしかなく。

「このまま物語が結末を迎える……なんていうのはないはずだ……」

 落ち着け、冷静に考えろ。
 何か脱出できる手段があるはずなんだ。
 これは現実であって、物語でもある。
 物語の観点からも考えるべきだ。
 扉の向こうには凛ちゃん――彼女をなんとか使って打開せよってとこだろうか。
 俺の持つ特異の出番?
 凛ちゃんの異能は確か……黒い人型の分身を召喚する異能だ。成人男性くらいの大きさで、凛ちゃんの命令を聞く異能なんだよな。
 特異でそいつを操ってこの場から脱出しろって事なのだろうか。
 それか、凛ちゃんの設定を思い返して……か。

「凛ちゃん……」

 扉をノックしてみる。
 彼女が顔だけを振り向かせているのが曇りガラス越しに見える。
 反応はしているが、扉は開けてくれそうにない。
 さて、どう動くか。
 正直、あれから特異を発動させてみようと何度か試してみたがうまくいっていないんだよね。
 設定のほうで、攻めてみようか。
 先輩が知っているかどうか分からないが、凛ちゃんの裏設定のほうをね。

「協力、してくれないかい?」
「……」
「君は――治世の事が大好きだったよね。どうだろう、治世を撮った画像数枚をあげるから俺に協力するというのは」
「……な、う、あっ」

 ガタンッと扉が振動した。
 どうしたのだろうか、想像以上の反応だ。

「うーん、よく撮れてるなあ。学校で結構撮ったんだよねえ~」
「はぅ、う、うぉ!」

 この反応。
 やはり、裏設定のほうは活きている。
 扉が勢いよく開き、顔をひょっこり出してくる。
 いつもの不愛想な表情ではなく、好物をぶら下げられた動物のように目をギラつかせている。
 苦労して脱出方法を探した割りに開くのが絶望的だった扉のほうがなんともあっさりと開いた。
 画像を見せつけてやるとする。

「おまっ……それ、送れ!」
「ああ怖い、そんなにすごまれるとうっかり削除ボタンを押しちゃうかもしれない」
「うっ、あぅ……!」

 狼狽えている。
 中に入ってきては、両手を空でばたつかせて。
 さてさて。鍵は開けられたままだ。後は出るだけだが当然彼女はすんなりと通してやくれないだろう。押し倒して逃げるとしても、追いつかれたら終わりだ。
 であれば、引き入れるべきだ、こちら側に。

「協力してくれたら、画像全てが君のものだ」
「うぉ、うぅ、ぬぅ……!」
 
 下唇を噛んで葛藤していた。

「美耶子さんには特異を使われたと説明すればいい」
「うぅ……な、何故、私が、治世たんを好きだと……気づいた?」

 治世たんって裏では呼んでたんだよなこの子は。
 素っ気ない態度は愛情の裏返し。

「な、なんとなく、かな? これでも勘がいいほうでね!」
「そうか……」

 項垂れて、両手をぎゅっと閉じる凛ちゃん。

「わ、分かった」
「本当かいっ!?」
「協力、する。その代わり、画像……」
「ああ、いくらでもあげるよ!」

 やった。
 やったやった!

「ところで美耶子さんがどこへ向かったのかは知ってるかい?」
「……知ってる。案内する」
「ありがとう、助かるよ」

 もはや治世の画像をくれるのならばなんでもするといった様子だ。
 ううむ、まさか自分でもこんな設定が役に立つとは思いもよらなかったな。
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