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19.彼の本当の姿

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 コォォオン。
 そんな音が優しく脳内に響いた。
 気が付くとすっかりあたりは暗くなっていた。

「大丈夫か?」
「鼎ちゃん……」

 静かだ。
 とても静かだ。

「て、敵は……」
「大丈夫、全員始末した」
「し、始末……?」
「胸の傷は塞いだ、痛みは?」
「な、ないです」
「そうか、それならよかった」

 鼎ちゃんの笑顔がいつものよりも冷たく見えた。
 しかしなんというこの静けさ、さっきまで――さっきまでといってもあれからどれくらい時間が経過したのかは定かではないがまるで別の場所に飛んだかのようだ。
 でも俺がぶつかったであろう木も目の前にある、血痕が付着していた。
 胸に少量の血痕が付着している。

「銅鐸の一部はあと三つ。さあ、回収しに行こう」

 先ほどよりも大きくなった銅鐸、ポーチにはなんとか入るサイズになっている。
 いや。
 それより。
 あれほど俺達を追っていたあの部隊はどこに行ったのだろうか。
 周囲を見回しても、彼らの姿はない。
 曰く。始末したと言っていた、鼎ちゃんはそう、言っていた。
 聞くのが怖い、始末した――どう、始末したのか。

「まったく、董弥を傷つけようとする輩は許さんからなぁ~」
「彼らを、どうしたんです……?」
「七年前と同じことをしてきたのだ、同じことをしてやった」
「七年前……?」
「ん、あ、ああ~……気にしなくていい」

 鼎ちゃんは視線を逸らした。
 ぽろっと思わず言葉を漏らしてしまったかのような反応だ。

「七年前……書斎のノートに書いていました……。木造さんの襲撃に関する話が」
「……」

 鼎ちゃんの足が止まった。

「死者は一名……。そして七年前――八歳の頃の俺は、記憶が無いんです」
「……」
「もしかして、俺、七年前に一度死んでたんですか?」
「…………そうだ」

 気まずそうに鼎ちゃんは俺を見た。
 その目は、どこか悲しげだ。

「七年前に死んだお前を、わたしはわたしの願いごととして、生き返らせた。とはいえ、作り変えたようなものだ。木造の言う、怪異のようなものにな」
「怪異……」
「お前は不死となった、わたしが、そうしてしまった」
「そう、だったんですか……」
「普段は力をそれほど発揮しないが、わたしといる間は傷はすぐに治るようになる」

 なんといっていいのか。
 なんと、考えていいのか。
 なんと……答えればいいのか。

「わたしを、恨むか?」
「……いいえ」

 そっと俺は、鼎ちゃんを抱きしめた。

「ありがとうございます」
「う、お、ちょ、おまっ……」
「鼎ちゃんにはいつも助けられてばかりですね、俺って」
「そんなことないさ、わたしのほうこそ、助けられてばかりだ」

 心の中にあるのは――そうだ、感謝しかない。
 恨む? そんなことなどできっこない。
 七年前の記憶の欠如などどうでもいい、鼎ちゃんに命を救われた、その事実が重要だ。
 まったく、どうしようもなく。
 俺は鼎ちゃんに恋をしている。
 感謝――嬉しさばかりだ。
 俺のためにしてくれたと思うと、本当に嬉しい。

「と、董弥、そ、そろそろ行かねばっ」
「そうでしたね、行きましょう!」

 なんだか勇気が湧いてきた。
 自分は鼎ちゃんといれば死なない、むしろ鼎ちゃんのためにこの体を盾として使うのが正解なのではなかろうか。
 あ、でも一つだけ言っておかなくちゃあならないな。
 抱擁を解いて、鼎ちゃんの瞳を真っ直ぐに見つめる。

「鼎ちゃん」
「は、はいっ」
「俺のためにしてくれるのは嬉しいんだけれど、人は殺さないでください」
「……でも」
「お願いします」
「…………分かった」

 鼎ちゃんが誰かを手に掛けるのはこれっきりにしてもらいたい。
 そのまま、お互いに視線を交差させて。
 妙な、雰囲気を纏い始めた。

「……」
「……」

 くくっと顔が近づいていく――が、物音が鳴り……顔は離れていった。

「ど、動物か……」
「そ、そのようだな……」
「……」
「……」
「い、行きましょうか」
「い、行こう!」

 ちょっとしたギクシャク。
 けれども心地良いギクシャク。
 鼎ちゃんの耳は真っ赤だった。
 駐車場へ戻り、自転車を見つけた。
 よかった、破壊されてはいない。 
 二人で自転車に乗り、次なる場所へと目指すとした。
 次は北区だ。
 ここからは自転車で再び二十分ほど掛かる距離にあるらしい。
 今日一日だけで中々の移動をするな。
 またヘリが空を飛んでいたが、鼎ちゃんが再び銅鐸を鳴らしてヘリに嫌がらせをしてはにひひっと笑っていた。
 北区はオフィスビルの目立つ一帯となっているが、果たして銅鐸はどこにあるのか。
 夜の街を二人乗りで駆けるのは中々爽快だが、

『そこの二人乗り、止まりなさい』

 まあ案の定、警察に見つかった。

「ふむ、面倒だな」
「どうします?」
「こうします」

 コォォオンと銅鐸を鳴らすと、警察車両は俺達の前で一度停まるも、『あー……行ってよし』と、そのまま車両は走っていってしまった。
 周りのサラリーマン達は何事かと首を傾げている。
 普通は注意して二人乗りを止めさせるべきなのだが、銅鐸があれば御覧の通りだ。
 そのまま自転車を走らせて、辿り着いたのは十三階建てのビル。
 中々に立派なビルだ。

 まさかここに置いてあるのか?
「さあ、入るぞ」
「ここにあるんですか?」
「うむ、奴らが来る前に最上階まで行かねばな」

 中に入るとスーツを着た男性らが鼎ちゃんに頭を下げてエレベーターまで誘導した。
 屈強な男性達だ、ボディガードとはこういう人達のことを言うのだろうか。
 俺もいつか彼らのように体を鍛えて鼎ちゃんを守れる存在になりたいものだね。
 エレベーターに乗り込み、十三階のボタンを押し、男性らは乗り込まずに一階で待機するようだ。
 エレベーターが七階のあたりで、唐突に電灯が消えた。

「うわっ……!」
「むっ、停電させるとはやりおるな。だがこちらにはこれがある」
「銅鐸ですかっ」
「うむ、銅鐸だ!」

 コォォオンと。
 銅鐸を鳴らすとエレベーターは復旧して再び十三階へ。
 十三階に辿り着くとヘリの音が聞こえた。
 これは、屋上からやってくるパターンだろうか。
 長い廊下、窓からは夜の街が広がっていた。
 その窓を、勢いよく割って中に入ってくる武装者達――更には即座に撃ってきた。

「くはっ……!」

 体をいくつもの銃弾が通り抜ける、が――問題はない。
 先ほどよりも治癒力が上がっているのか、痛みもなく衝撃だけが体を通り抜けた。
 そのまま鼎ちゃんの盾となって彼女を物陰へと連れていった。

「鼎ちゃん、大丈夫!?」
「おかげさまで大丈夫だっ」
「なんだか、さっきより体の怪我がすぐ治るんだけどっ」
「銅鐸で董弥の力を増加させている。多少の無茶はできるようになっておるぞ」
「そうなんだ、ありがとう」
「にひひっ」

 ああ、いつもの鼎ちゃんの笑顔。
 素敵だ。銃声のおかげで雰囲気は台無しだけど。

「さあて、どうするか……」
「先回りされた、とみていいんでしょうか」
「うむ、奴らめ……屋上から一気にやってくるとはな。だが銅鐸はすぐには手に入らんだろう。金庫に入っておるからな」
「じゃあ彼らを無力化しましょう……!」
「そうするか。銃弾はやかましいからわたしが止める、董弥は兎に角敵を殴りまくれ」
「分かりました!」

 コォォオン――同時に物陰から廊下へと出る。
 敵が射撃をするが銃弾は宙で止まる。
 あっけにとられているところを俺が突っ込み、宙で止まった銃弾は払いのけて先ずは先頭の一人を殴りつけた。
 体が軽い。それにまるで人形でも殴ったかのように、感触が違う。
 自分は本当に怪異になったようだ。
 鼎ちゃんを守る怪異に。
 武装者は吹っ飛び、もう一人は反撃をしようとしているが遅く見えた。
 攻撃を避けて、カウンター。
 壁に叩きつけられて男はがくんっと動かなくなった。
 奥には更に二人おり、射撃をしてくるも弾はやはり宙で止まる。それを見て、二人は顔を見合わせて、廊下の奥へと逃げていった。
 何よりも鼎ちゃんの銅鐸を恐れているのだろう。
 奥の部屋へと進むと、金庫を取り囲んでいる武装者数名と鉢合わせとなった。
 一斉射撃――コォォオンと、銃弾を止める。

「金庫を引き渡せばお前達には何もせん」
「……」
「本当だ、董弥と約束したからな。殺さないでおいてやる、死者は小山の部隊のみにしたいのならば下がれ」

 彼らは銃を構えたままながら、左右へと別れて避けていった。
 そのまま、部屋から退室していく。

「ふぅ……」
「董弥が全員吹っ飛ばすという展開もよかったのだがのう」
「戦わずに済むならそれでいいですよ。にしても殺風景な部屋ですねここ」

 真ん中に金庫を置いたのみの部屋だ。
 金庫はかなり大きめ、容易くは運び出せないだろう。
 鼎ちゃんはダイヤルを回して金庫を開き――中から銅鐸を取り出した。

「これで二つ目ですね」
「うむ、融合させる」

 銅鐸同士を近づけると、また一体化してしまった。
 大きさもこれにて少し変わる。もうポーチには入らないだろう。
 残る二つは南区と東区。
 ここからなら東区から回って西区へ行くルートとなる。
 建物を出る際、鼎ちゃんは最初に迎え入れていた男性らと軽く話をしていた。
 どうやらこの建物はもう売り払っていいらしい。
 銅鐸の隠し場所は使い捨て感覚って感じだな。

「次に向かいますか」
「うむ、運転のほうは疲れてはいないか?」
「おかげさまで翼が生えたように体が軽いです」

 そうしてまた再び自転車に。
 自動車で送ると言われたが街中ならば自転車のほうが小回りが利いていいのでやめておいた。
 そうして次なる目的地、東区へ。
 東区は住宅街が広がっている。どこに銅鐸を隠しているというのだろう。
 神社や寺はいくつかあるがその中の一つだろうか。
 それとも北区のようにオフィスビル丸々一棟?
 鼎ちゃんの言う通りに進んでいくがまた例の――人が一切いない状況が待ち構えていた。
 遠くから聞こえてくるはタタタタッと聞き覚えのある音――自転車の前輪が破壊され、俺は鼎ちゃんを抱きしめて横へと飛んだ。

「大丈夫!?」
「だ、大丈夫っ、少し刺激的だったが……」
「自転車、壊されちゃったね……」
「ここからなら徒歩でも問題はないぞ。問題は敵が潜んでいることだな」

 電柱から電柱へ、ひとまず身を隠して移動していく。
 相手は単独で動いているようだ。多くの人影はない。

「俺が先行しますよ」
「頼んだぞい」

 前へと進んでいく。
 少しでも顔を出せば銃弾が飛んでくる。
 普通に頭を撃たれたが、意識が一瞬飛ぶ程度で済んだ。
 自分はもう人間ではないようだ。
 だからどうということもなく、むしろ鼎ちゃんを守れる力を手に入れたと思うと嬉しい。
 このまま突っ込んでもいいが連射により回復量を上回る怪我で身動きが取れなくなるのはまずい。
 あくまでも慎重に行動したほうがいい。

「もう少し先なのだが、奴らも勘がいいな」

 鼎ちゃんの視線の先はやはり人のいない住宅街。
 彼らもある程度の予測を立てて人払いをさせてきたのだろう。
 果たしてどうなるか。

「鼎ちゃん、また銅鐸で銃弾を止めて突き進みますか?」
「うむ、だがおそらく……いや、一度やってみよう」

 コォォオンと銅鐸を鳴らす。
 同時に俺は前へ進むも――タタタタッと銃弾を体に浴びた。

「うっ、くぅ……!」
「やはりな、対策してきておる」
「た、対策?」
「銃弾一発一発に結界を張っておるのだろう。無闇に連射しないのは結界の――いわゆる結界弾の数が少ないからであろう」
「となるとこのままここで足止めされるのはキツいですね……」
「弾切れを狙って攻めるか」
「死ぬほど銃弾を浴びるしかないですかね」
「死ぬほど浴びるしかあるまいな、それと――」

 コォォオンと鳴らしては、俺の体に触れる鼎ちゃん。

「今のきみなら、超常的な身体能力も手に入れている」
「例えば?」
「建物から建物を飛び跳ねたりとかな」
「それはすごい、じゃあ敵へ一気に距離を詰めることも可能ですね」
「うむ、慣れるまで大変だろうがな」

 屈伸をするとしよう。
 準備体操をするには遅すぎるが。
 そのまま準備体操を終えて、クラウチングスタートの体勢を取る。

「ちょっと先のほうまで行ってみます」
「いってらっしゃい」

 タンッと駆ける。
 駆けるというか、跳躍――二階ほどの高さまで飛んでいる、体が本当に軽い。
 敵はどこにいるのか、こちらから一気に距離を近づけた場合どう反応するか見ものだ。
 すると人影が慌てたように動いたのが見えた。
 東南、およそ十メートル。
 脇道へと逃げ込んだ。
 俺は跳躍から着地するが、勢いがつきすぎて転げてしまった。
 痛みはない、あるのは爽快感だけ。
 これは、癖になる。
 体をこれほどに動かしたいと思ったのはいつ以来だろうか。
 そのまま脇道に入るとまだ銃声――聞き飽きたタタタタッの音。
 銃弾は受けてももはや気休めにしかならない。
 頭部を撃たれると意識が飛ぶからそれだけは厄介だが。

「くっ……!」

 脇道の奥は行き止まりだったらしい。
 振り返ると同時に武装者は銃弾を浴びせてくる。
 俺は身をかがめて銃弾を避けて、そのまま距離を縮めた。
 男は銃からナイフに切り替えてくる。
 その攻撃より早く、ナイフを弾いて男を塀まで押し付けた。

「ぐはっ……!」
「降参しろ!」
「わ、分かった……バスケ以外にも、こんな戦闘もできるんだな……」
「えっ」

 その声は。
 ……聞き覚えのあるその声は……。
 観念してフルフェイスヘルメットを取るや――松野くんだった。

「松野くん……? ど、どうして……?」
「悪いな、木造さんの部下なんだ俺は」
「ぶ、部下だって……?」
「ああ、お前らを監視してたり、夜中は妙な宗教団体とやりあったりで寝不足の日々だよ。これでも若い期待の兵士なんだぜ俺は」
「そうだったんだ……」

 松野くんはナイフと銃を捨てた。
 完全降伏だ。

「今日、うちの仲間が亡くなった。知ってるだろ」
「……ああ」
「まあ、好きではなかったけど、まさか鼎に殺されるとはな。一応は敵討ちとしてやってきたわけだが、まさか不死者相手となるとお手上げだよ」
「なんというか、ごめんよ……」
「いいよ、謝らなくて。クソみたいな奴だったしな」

 それでも敵討ちに馳せ参じるほどの義理と人情はあったのだろう。

「鼎ちゃんはもう人は殺さない」
「どうだか」
「今日の、小山での件で終わりだ」
「それなら、いいんだけどよ。ただ、木造さんはまだ引き下がらないと思うぜ」
「上等さ」
「俺を殺さないってんなら帰ってもいいか? ここは手薄で俺が突破されたらもう無理みたいなもんだしよ」
「ああ、帰っていいよ」
「……本当に、殺さないんだな?」
「ああ、殺さない」
「よかったよ、今夜はよく眠れそうだ」
「存分に寝てくれ。鼎ちゃんには内緒にしておくよ」
「そうしてくれるとありがたい、一応監視の役目があるんでな」
「俺達の平和な学校生活ならいっぱい監視してくれよ」
「見ていて胸焼けしちまうね」

 松野くんはフルフェイスヘルメットをかぶり、無線で撤退の指示を出していた。

「じゃあ、俺は行くよ」
「うん、また学校で」
「ふんっ、また学校か、今日で終わりだと思ったがな」

 そう言って、松野くんは去っていった。
 ……。
 …………。

「いや、すごく意外だなおい……」

 あの松野くんが木造さんの部下?
 おいおい、今でも信じられないよ。
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